第9話 えらく、なれたね
丘の上には、
《おしごとをきめるおうち》
があった。
「…………」
白い。
丸い。
窓も丸い。
屋根には花。
入口には虹。
中央には巨大な笑顔。
両脇の低木まで、にこにこの形に刈り込まれている。
「かわいい!」
ポポが跳ねた。
「絶対ろくなこと決めてない外観」
「かわいいよ?」
「だから怖いの」
階段を上がる。
胸では、
《にこにこ係》
《おせっかい係》
《しわけじょうず係》
三枚の名札が、
じゃら。
じゃら。
鳴っている。
出世の音。
重い。
でも。
嫌いじゃない。
「ここから」
建物を見上げる。
「もっと偉くなる」
「がんばって!」
「出世だから許す」
後ろ。
ノノ。
あくび。
「坂、長かった」
「あなた何しに来たの?」
「寝るところ」
「私の出世についてきたんじゃないの?」
「ちがうよ」
「分かってても傷つく」
《だれか係》もいる。
灰色の小さな身体。
背中には、昨日より少し増えた仕事札。
「ここ、えらい?」
「たぶん」
「きみ、もっとえらくなる?」
「なる」
「どうして?」
「楽するため」
「えらいと、楽?」
「…………」
一瞬。
ノノがこちらを見る。
「何」
「べつに」
「その顔やめて」
*
入口。
花の取っ手。
扉。
開く。
「いらっしゃいませ?」
受付。
橙色の小さな子。
頭に白い花。
胸。
《おねがいをきく係》
机の上。
紙。
紙。
紙。
「今日はどんなお願いですか?」
「お願いじゃないです」
「お願いじゃないお願い?」
「違う」
「じゃあ、お願いにしておくね?」
「勝手に依頼化しないで」
さらさら。
書く。
《おねがい:もっとえらくなりたい》
「…………」
見る。
「まあ」
合ってる。
「そこは合ってる」
「よかった?」
受付の横。
箱。
《きょうのおねがい》
満杯。
隣。
《さっきのおねがい》
満杯。
さらに。
《いまきたおねがい》
満杯。
「多くない?」
「みんな、いっぱいお願いがあるから?」
「断らないの?」
受付。
きょとん。
「どうして?」
「必要ないお願いとか」
「お願いした子には、必要だよ?」
「…………」
「断ったら」
少し悲しそうな顔。
「かなしいでしょう?」
「…………」
なるほど。
入口から。
もう。
終わっている。
「じゃあ」
わたしは聞く。
「《断る係》は?」
「いないよ?」
「最初に作るべき役職!」
*
二階。
《おしごとをまとめる係》
青い子たち。
大量の札を分類。
箱。
四つ。
《いそぎ》
《とてもいそぎ》
《できればきょう》
《きょうじゅう》
「…………」
一つ。
二つ。
三つ。
もう一度。
「全部今日じゃん」
「きれいに分けられたでしょう?」
「分類しただけで優先順位ついてない!」
別の棚。
《大事》
《とても大事》
《みんなに大事》
《だれかには大事》
「《やらなくていい》は?」
青い子。
首。
こて。
「それ、おしごと?」
「昨日からずっとこの戦いしてる!」
ポポ。
一枚取る。
《橋があることを、橋を見るたび確認する》
「大事?」
担当。
「ここまで来たから大事だよ?」
「来たから!?」
「大事じゃなかったら、ここへ来ないでしょう?」
「ここへ来たから大事で、大事だからここへ来た!?」
「うん?」
「永久機関、増殖してる!」
*
三階。
円卓。
十二人。
真剣。
うなずく。
メモ。
お茶。
お菓子。
「何を決めてるんですか?」
一人。
「次の会議で、何を決めるか」
「その会議はいつ?」
「それを、この会議で決めるよ」
「じゃあ今決めて」
「いま、その決め方について相談してるの」
「…………」
一拍。
わたしは札を取る。
《つぎの会議で決めることを決める会議》
《やらない》
箱へ。
「はい」
十二人。
「…………」
「終わり」
「え?」
「会議」
「もう?」
「もう」
一人。
時計を見る。
「早い!」
「でしょう?」
別の子。
「すごい!」
声。
半音。
上がる。
「まあね」
危ない。
褒められると。
本当に早い。
*
四階。
《はんこ係》
赤い子。
机。
ハンコ。
《よくできました》
《みんなのため》
《たいせつなおしごと》
《すてき》
《がんばって》
どん。
どん。
どん。
一枚。
《広場の石を三センチ右へ》
どん。
《たいせつなおしごと》
「待って」
「なあに?」
「何を基準に《たいせつ》?」
「ここへ来たから」
「内容は?」
「ここへ来たから」
「必要性は?」
「ここへ来たから」
「誰が困る?」
「ここへ来たから」
「会話しろ!」
どん。
《みんなのため》
「前世で見た」
「ぜんせ?」
「知らなくていい」
書類になった。
会議を通った。
ハンコが押された。
すると。
その仕事が必要だったことになる。
「…………」
懐かしい。
死ぬほど。
嫌な意味で。
*
「分かった」
胸。
《しわけじょうず係》
前へ。
「ここから私やる」
「いいの?」
「役職ある」
「すごい!」
「まあね」
また。
半音。
「これ」
紙。
「同じの三枚」
「ほんとだ」
「統合」
一枚。
「これ」
《確認したことを確認する》
「廃止」
「でも確認が」
「その確認を確認し始めたら終わらない」
「なるほど!」
「これ」
《昨日報告したことを、今日も報告したと報告する》
「廃止」
「早い!」
「これ」
《困っている子がいないか確認する係が困っていないか確認する》
「…………」
一回。
読む。
もう一回。
「誰が考えた?」
「みんな」
「廃止!」
びりっ。
「これ」
《会議を減らすための会議》
「今すぐ廃止!」
「でも、会議を減らすには」
「もう減った!」
次。
次。
次。
机。
減る。
書類。
消える。
職員たち。
ざわ。
「すごい」
「早い」
「いっぱいなくなる」
「分かりやすい」
「かわいい」
「最後のもっと言って」
「かわいい!」
「そう」
気持ちいい。
*
噂。
早い。
一階。
「すごい子が来た」
二階。
「おしごと減らせる」
三階。
「会議終わらせた」
四階。
「はんこ押す前に止めた」
五階。
「笑顔もかわいい」
「そこ大事」
わたしは。
上へ。
上へ。
案内される。
ポポ。
「えらくなる?」
「なる」
ノノ。
「仕事増えるよ」
「権限も増えるから!」
「ふうん」
「何その顔」
「べつに」
「絶対あとで回収される顔!」
*
最上階。
ふわふわの絨毯。
金色の扉。
「…………」
ちょっと。
緊張。
「開けるよ」
ポポ。
「うん!」
ノノ。
「眠い」
《だれか係》。
「おしごとある?」
「今は黙って」
取っ手。
回す。
扉。
開く。
「…………」
広い。
明るい。
大きな窓。
花。
机。
一つ。
そして。
椅子。
「…………」
ふかふか。
ものすごく。
ふかふか。
丸い。
大きい。
柔らかそう。
「…………」
視線。
横。
棚。
瓶。
透明。
中。
淡い桃色。
泡。
しゅわ。
しゅわ。
ラベル。
《しゅわしゅわ木の実酒》
「…………」
止まる。
ポポ。
「どうしたの?」
「この世界」
小声。
「分かってる」
「なにを?」
「私を」
*
部屋の奥。
小さな扉。
開く。
「おや」
白茶色。
ふわふわ。
小さい。
長い耳。
毛先。
少し灰色。
胸。
《おしごとをきめる係》
「きみだねえ」
「はい」
「下で、いっぱいおしごと減らした子」
「はい」
「会議も終わらせた」
「はい」
「はんこも止めた」
「はい」
「すごいねえ」
「まあ」
半音。
「かわいいねえ」
「そこも大事です」
白茶色の子。
ふふ。
笑う。
「もう」
自分の名札。
外す。
「きみのほうが、上手かもしれない」
「…………」
差し出す。
《おしごとをきめる係》
わたし。
一歩。
引く。
「待って」
「うん?」
「具体的に」
慎重。
成長した。
「何ができる?」
「村のおしごとを」
「うん」
「決めていいよ」
「やります」
ポポ。
「早い!」
「これはやる!」
*
ぱちん。
胸。
《おしごとをきめる係》
今までで。
一番大きい。
一番重い。
でも。
嫌じゃない。
「今日から」
白茶色の子。
「きみが、いちばん上だよ」
「…………」
いちばん。
上。
「村で?」
「うん」
「仕事、決めていい?」
「うん」
「減らす?」
「うん」
「人に任せる?」
「うん」
「《やらない》も?」
「きみが決めるなら」
「…………」
胸。
熱い。
「勝った」
「何に?」
ポポ。
「世界に」
*
まず。
椅子。
座る。
ぼふ。
「…………」
沈む。
白い身体。
半分。
埋まる。
「…………」
良い。
ものすごく。
良い。
「これ」
「うん?」
「私」
身体。
預ける。
「転生してから一番欲しかったものかもしれない」
「椅子?」
「座ってて怒られない椅子」
前世。
ずっと。
座っていた。
でも。
休んでいたわけじゃない。
今。
座る。
偉い。
つまり。
座っていることが。
仕事。
「…………」
ちょっと。
泣きそう。
「出世って素晴らしい」
ノノ。
隣の長椅子。
すでに丸い。
「これも寝やすい」
「そこ来ると思った」
*
瓶。
《しゅわしゅわ木の実酒》
開ける。
ぽん。
泡。
しゅわ。
甘い。
木の実。
少し酸っぱい。
一口。
「…………」
飲む。
「…………」
おいしい。
「おいしい?」
ポポ。
「おいしい」
「よかったね!」
「うん」
二口。
「…………」
本当に。
泣きそう。
欲しかった。
ずっと。
欲しかった。
そして。
今。
飲んでいる。
ふかふかの椅子。
酒。
権限。
部下。
「…………」
全部。
ある。
「ピピ」
「ピピ!」
飛んでくる。
「《にこにこ係》お願い」
「お願い?」
「次」
職員。
「《おせっかい係》、現場担当つけて」
「うん」
「《しわけじょうず係》も、下で」
「うん」
胸。
三枚。
外す。
残る。
《おしごとをきめる係》
一枚。
「…………」
軽い。
身体。
軽い。
名札。
一枚。
椅子。
酒。
「働いてない」
呟く。
ポポ。
「おしごと中だよ」
「でも働いてない」
「えらいね!」
「最高」
本気で。
思った。
*
十分。
平和。
二十分。
酒。
三口。
三十分。
机。
こと。
一枚。
《判断お願いします》
「はいはい」
見る。
《広場の椅子を五センチ右へ》
「やらない」
ぽん。
次。
二枚。
《今日のおやつを一個増やしたい》
「いい」
《花の色を曜日で変えたい》
「やらない」
五枚。
十。
「まあ」
余裕。
酒。
一口。
二十。
「…………」
五十。
「…………」
百。
「…………」
机。
埋まる。
床。
落ちる。
椅子の横。
積もる。
酒。
置く。
さらに。
《どうしてわたしのおしごとがなくなったんですか?》
《昨日は必要だったのに、今日はやらなくていいのはなぜ?》
《どちらを先にすればいいですか?》
《誰がやりますか?》
《だれか係ができないときは誰がやりますか?》
《みんな係と意見が違います》
《おせっかい係がおせっかいしすぎました》
《しわけじょうず係が、どちらにも仕分けられません》
《ピピが違う指示を二つ同時に真似しています》
「…………」
ポポ。
「おしごと」
「言うな」
「いっぱい!」
「笑顔で言うな!」
*
「これ」
札の山。
「下へ回せない?」
職員。
「下で決まらなかったから、ここに来たよ」
「…………」
「じゃあ」
上。
指す。
「上」
「ないよ」
「…………」
「上司」
職員。
わたし。
指す。
「きみ」
「その上」
「ない」
「責任者」
「きみ」
「最終判断」
「きみ」
「トラブル」
「きみ」
「誰もやりたくない仕事」
「きみが決める」
「決まらなかったら?」
にこ。
「きみがやるよ?」
「…………」
静か。
とても。
静か。
「…………」
一番。
偉い人。
一番。
自由な人。
ではない。
最後。
責任を。
上へ投げられない人。
「…………」
騙された。
口。
開く。
止まる。
「誰に?」
自分で。
自分へ。
聞く。
誰にも。
騙されていない。
仕事内容。
聞いた。
村のお仕事を決める。
本当。
一番上。
本当。
自分から。
喜んで。
「やります」
言った。
「…………」
騙したの」
椅子。
沈む。
「私だ」
*
夕方。
酒。
半分。
仕事。
倍。
「…………」
ふかふか椅子。
最高。
酒。
最高。
権限。
最高。
仕事内容。
最悪。
「黒幕」
わたしは言った。
職員。
「くろまく?」
「この仕組み作ったやつ」
「しくみ?」
「誰?」
「みんな?」
「具体的に!」
「昔のみんな」
「だから!」
机。
叩く。
ぽふ。
柔らかい。
「責任者!」
「きみ」
「今じゃなくて最初!」
「さいしょ?」
「王様!」
「いないよ」
「神様!」
「知らない」
「社長!」
「しゃちょう?」
「経営者!」
「けいえい?」
「独裁者!」
「どく?」
「ラスボス!」
「らす?」
「…………」
いない。
本当に。
いない。
「資料」
「あるよ」
「全部持ってきて」
*
古い帳面。
分厚い。
角。
丸い。
表紙。
《おしごとのおやくそく》
「…………」
開く。
最初。
古い文字。
《みんなに、できることをひとつ、みつけてあげよう》
「…………」
悪くない。
次。
《できたら、ほめてあげよう》
「…………」
悪くない。
次。
《もっとできそうなら、もうひとつ》
「…………」
嫌な予感。
《かなしい子には、笑えるおてつだいを》
「…………」
《ひとりにならないよう、みんなに役目を》
「…………」
《お願いされたら、できるだけ助けよう》
「…………」
ページ。
めくる。
《がんばった子には、ごほうびを》
《困っている子には、別のおてつだいを》
《みんなが同じように笑えるように》
《誰かができないことは、できる誰かが》
《昨日より、今日》
《今日より、明日》
《ひとりでできなければ、みんなで》
「…………」
閉じる。
また。
開く。
読む。
一個。
一個なら。
全部。
優しい。
誰かへ。
居場所。
褒める。
助ける。
孤独にしない。
頼られたら応える。
成長を喜ぶ。
「…………」
全部。
足した。
今。
地獄。
「誰が書いたの?」
職員。
「昔のみんな」
「具体的に」
「分からない」
「最初の一人」
「分からない」
「王族」
「いない」
「偉い人」
「いっぱいいたかも」
「誰が命令したの?」
「命令?」
「強制」
「きょうせい?」
「嫌がる子にやらせた人」
「…………」
職員。
考える。
「みんな」
一拍。
「よかれと思って」
「…………」
ポポ。
帳面。
覗く。
「やさしいね」
「…………」
「みんな、やさしい」
「だから」
頭。
抱える。
「最悪なの」
*
悪い人がいるなら。
怒れる。
倒せる。
追い出せる。
責任を取らせる。
終われる。
でも。
いない。
誰かを苦しめたい人。
いない。
みんな。
助けたい。
褒めたい。
笑ってほしい。
居場所をあげたい。
頼られたら応えたい。
その善意。
一個も。
捨てなかった。
削らなかった。
止めなかった。
積んだ。
だから。
ココ。
名札。
山。
ミミ。
三百六十二。
《だれか係》。
名前。
なし。
わたし。
過労死。
転生。
再就職。
「…………」
本当に。
「最悪」
*
「じゃあ」
帳面。
最初。
《みんなに、できることをひとつ、みつけてあげよう》
「これ」
指す。
「消す」
職員。
「消す?」
「そう」
炭。
線。
引こうとする。
文字。
光る。
《おてつだいが、たりません》
「いや、なくすの」
《おてつだいが、たりません》
「ゼロでいい」
《おてつだいが、たりません》
「会話しろ!」
光。
消えない。
「これ何!?」
「昔から」
「一番嫌いな説明!」
職員。
帳面。
別ページ。
「みんな」
読む。
「ひとつは、おてつだいがいるよ」
「どうして?」
「おてつだいがあると」
指。
「おうち」
次。
「ごはん」
次。
「ごほうび」
次。
「門」
次。
「記録」
「…………」
「みんな、つながってる」
「…………」
役職欄。
一つ。
必須。
空欄。
不可。
「名前は?」
「なくてもいいよ」
「…………」
「仕事は?」
「ひとついる」
「…………」
静か。
「名前」
「うん」
「空欄でもいい」
「うん」
「仕事」
「うん」
「空欄だめ」
「うん」
椅子。
立つ。
「この世界!」
机。
ぽふ。
「名前は空欄でいいのに!」
ぽふ。
「仕事欄は必須なの!?」
「うん?」
「そこを逆にしろ!」
*
夕暮れ。
最上階。
仕事札。
山。
その隙間。
「えらくなった?」
灰色。
《だれか係》。
やってきた。
「なった」
札から。
顔だけ。
「楽?」
「聞くな」
「椅子、ふかふか?」
「最高」
「お酒?」
「最高」
「じゃあ楽?」
「聞くな」
背中。
また。
札。
増えている。
「それ」
「うん?」
「また増えた」
「みんな係が」
「分かってる!」
一枚。
取る。
「これはやらない」
びりっ。
「これも」
びりっ。
「これも」
びりっ。
《だれか係》。
少し。
黙る。
「ねえ」
「なに?」
「ぼく」
「うん」
「《だれか係》やめたら」
胸。
名札。
「ごはん、もらえない?」
「…………」
手。
止まる。
制度。
そう。
役職。
一つ。
必須。
仕事。
なし。
家。
食事。
記録。
つながらない。
「……今は」
言葉。
出ない。
だから。
聞く。
「やめたい?」
《だれか係》。
考える。
長い。
「…………」
首。
少し。
傾く。
「分からない」
「そっか」
「でも」
「うん」
「名前」
「…………」
「決めたい」
胸。
刺さる。
「おしごとやめるより」
「うん」
「先に」
「うん」
「名前ほしい」
「…………」
役割をやめたい。
ではない。
その前。
役割以外の。
自分。
「そっか」
わたし。
言う。
「じゃあ」
「うん」
「決めよう」
「いつ?」
「仕事が全部終わる前」
「ほんと?」
「全部終わる日は来なさそうだから」
「うん!」
「そこ元気に肯定しないで」
*
夜。
みんな。
帰る。
最上階。
わたし。
一人。
ではない。
ノノ。
ふかふか椅子。
占領。
「…………」
「すぅ」
「…………」
わたしの椅子。
取られた。
仕方なく。
机の前。
床。
座る。
「一番偉いのに床」
呟く。
酒。
瓶。
残り。
飲む。
「…………」
炭酸。
抜けている。
今日。
欲しかったもの。
全部。
手に入った。
椅子。
酒。
権限。
出世。
評価。
上司。
なし。
「…………」
そして。
仕事。
一番多い。
「知ってた」
笑う。
「前世から」
*
帳面。
開く。
役職欄。
必須。
空欄。
不可。
「…………」
消せない。
なら。
埋める。
何か。
一つ。
仕事。
あればいい。
内容。
誰が決める?
「…………」
今。
わたし。
胸。
《おしごとをきめる係》
つまり。
「…………」
白い札。
一枚。
取る。
何も。
書いていない。
真っ白。
「ねえ」
まだ残っていた職員。
「なあに?」
「役職欄」
「うん」
「空欄は?」
「だめ」
「何か書いてあれば?」
「おてつだいなら」
「仕事内容は?」
「おてつだいなら」
「誰が決める?」
職員。
わたしの胸。
見る。
「いまは」
笑う。
「きみ」
「…………」
そっか。
口角。
ゆっくり。
上がる。
「そっか」
悪い顔。
自分でも。
分かる。
*
ノノ。
目。
少し開く。
「なにしてるの?」
「仕事作る」
「また?」
「うん」
「増やすの?」
「うん」
「へんなの」
「知ってる」
白い札。
前。
炭。
持つ。
「どんな仕事?」
「まだ」
「ふうん」
「でも」
札を見る。
「世界で」
一拍。
「いちばん」
もう一拍。
「何もしなくていい仕事」
ノノ。
少し。
考える。
「いいね」
「でしょ?」
「寝る?」
「それも」
「食べる?」
「それも」
「何もしない?」
「それも」
「じゃあ」
ノノ。
目。
閉じる。
「もうできてるね」
「…………」
止まる。
「そうなんだよね」
白い札。
まだ。
何も書いていない。
でも。
頭の中。
少しずつ。
形。
できている。
仕事欄。
必須。
なら。
埋めればいい。
この世界が、
《仕事が一つ必要》
と言うなら。
一つ。
用意する。
誰でも。
最初から。
できるやつ。
昨日より上手にならなくていい。
百パーセントを目指さなくていい。
褒められなくても消えない。
笑えない日でも。
失敗にならない。
何もしない日でも。
終わっている。
「…………」
炭。
白い札。
先。
触れる。
まだ。
書かない。
ノノ。
もう。
寝ている。
「ほんと」
呟く。
「あなた、役に立つな」
返事。
ない。
「働いてないのに」
返事。
ない。
「それでいいんだよな」
最上階。
窓の外。
村。
灯り。
小さい。
いっぱい。
その下。
誰か。
まだ働いている。
誰か。
寝ている。
誰か。
笑っている。
誰か。
笑えていない。
「…………」
明日。
終わらせる。
世界。
ではない。
そんな大それたこと。
たぶん。
できない。
仕事も。
なくならない。
みんな。
急には変わらない。
善意も。
なくならない。
それでいい。
でも。
一つ。
穴。
作る。
逃げ道。
一つ。
この世界のルールの中に。
堂々と。
「ふふ」
笑う。
「待ってろ」
誰も。
待っていない。
「世界」
白い札。
前足。
押さえる。
「仕様どおりに」
口角。
上がる。
「めちゃくちゃにしてやる」
夜。
《おしごとをきめるおうち》。
一番偉い部屋。
一番偉い椅子では。
ノノが寝ていた。
その下。
床。
わたし。
真っ白な名札。
まだ。
空欄。
世界でいちばん、
何もしなくていい仕事は。
まだ。
名前を持っていなかった。




