第8話 だれかに、おまかせできたね
「これ、おまかせしていい?」
「やだ」
即答した。
灰色の小さな子が、ぱち、と瞬いた。
丸い身体。短い耳。眠そうな黒い目。本人より何倍も大きな仕事札の山を、背中いっぱいに積んでいる。
胸の名札には、小さな文字で、
《だれか係》
と書かれていた。
「でも、できるよ?」
「できる」
「じゃあ?」
「やらない」
「…………」
「昨日、覚えた」
胸を張った。
《しわけじょうず係》の名札が重い。
身体が後ろへ、
ころん。
転がった。
「…………」
起き上がる。
「今のは忘れて」
「かわいかったよ」
「そこは覚えてて」
*
昨日。
わたしは、仕事を減らす方法を覚えた。
《できた》
《やらない》
《またこんど》
仕事は、全部やらなくていい。
できることと、やることは別。
さらに。
世界が数字しか見ないなら、
数字の意味を、こっちへ寄せればいい。
その結果。
ミミは休めた。
わたしは百パーセントを取った。
さらに出世した。
《しわけじょうず係》。
村じゅうの仕事へ口を出せる。
わたしは順調だった。
かなり。
人生で初めて、
ブラック労働へ適応するだけではなく、ブラック労働そのものへ指示を出す側へ近づいていた。
完璧。
だった。
今朝。
《だれかにおまかせ》
という箱から、
こいつが出てくるまでは。
*
「名前は?」
「だれか」
「違う」
「だれか」
「役職じゃなくて」
「だれか係」
「それも役職!」
灰色の子は首を傾げた。
「みんな、だれかって呼ぶよ」
「それ、名前じゃないでしょう」
「呼ばれたら振り向くよ?」
「機能としては名前なの腹立つな」
ポポが横で、ぱっと前足を合わせた。
「じゃあ、《だれかちゃん》!」
「悪化した」
「かわいい!」
「可愛いから余計に腹立つ」
《だれか係》は気にしていない。
にこにこ。
背中の札。
山。
本人。
小さい。
「これ」
一枚差し出してくる。
《広場の落ち葉を、一枚ずつ数える》
「なんで?」
「お願いされたから」
「誰に?」
「だれか」
「お前じゃなくて!」
次。
《誰も飲まなかったお茶を、もう一度あたためる》
「誰が飲むの?」
「だれか」
「誰!?」
次。
《余ったリボンを、きれいに結びなおす》
「誰が使うの?」
「だれも使わない」
「じゃあなんで結ぶの?」
「ほどけてるから」
「ほどけてていい!」
次。
《昨日動かした石を、今日もとに戻す》
「誰が動かした?」
「だれか」
「またか!」
次。
《だれかが忘れた帽子を、持ち主が見つかるまで持つ》
「これはまあ……」
帽子。
見る。
すぐ隣。
黄色い子が頭を押さえている。
「帽子なくした?」
「うん!」
「これ?」
「あった!」
「終わった!」
札。
びりっ。
「わっ」
《だれか係》が目を丸くした。
「いま、おしごと死んだ?」
「言い方!」
*
「何個あるの?」
「分からない!」
「元気よく言わないで」
「数えるのは」
嫌な予感。
「《かぞえる係》のおしごとだから」
「出た」
少し離れたところ。
ノノ。
《だれか係》の仕事札を二十枚ほど抜き、
その束を枕にしていた。
「何してるの?」
「使ってる」
「仕事札を?」
「寝るのに」
「昨日から用途がずっと寝具!」
「紙はやわらかいよ」
「知ってるけど!」
ポポ。
「ぼく数える!」
「お願い」
一枚。
二枚。
三枚。
十。
十五。
ポポ。
止まる。
「どうしたの?」
「雲」
「雲?」
「今日もかわいい」
「飽きた!?」
「数えるの大変だね!」
「十五枚で!?」
数える係。
不在。
ノノ。
戦力外。
ポポ。
十五枚で離脱。
ピピ。
門。
わたし。
「…………」
管理職って。
思ったより実務が多い。
*
「でも」
簡単な方法がある。
「これ、頼んだ子へ返せばいい」
昨日と同じ。
依頼者へ返す。
本人にやらせる。
不要なら消す。
わたしは一枚取る。
《広場の落ち葉を、一枚ずつ数える》
「これ誰が頼んだ?」
「だれか」
「具体的に」
「だれか」
「顔」
「いろいろ」
「色」
「いろいろ」
「何人」
「いっぱい」
「…………」
次。
《空を見て、雨が降らないか心配する》
「これ?」
「みんな」
「出た」
この世界における、最強の責任者。
《みんな》。
「みんなの誰?」
「みんな」
「全員?」
「たぶん」
「確認した?」
「してない」
「じゃあ誰!?」
《だれか係》は嬉しそうに言った。
「みんな!」
「話が一ミリも進まない!」
*
分かった。
この世界。
仕事はある。
依頼もある。
お願いもある。
でも。
誰が頼んだのか。
あまり残らない。
《みんなから》
《だれかお願い》
《できる子へ》
《気づいた子へ》
《やさしい子へ》
頼む側。
消える。
やる側だけ。
残る。
「…………」
前世にもあった。
全体チャット。
『誰か、こちら対応できますか?』
三分。
誰も返事しない。
五分。
沈黙。
七分。
既読だけ増える。
十分。
わたしの中で、
《感じのいい人でいたい自分》
が耐えられなくなる。
『私やります!』
送信。
直後。
『助かります!』
ハート。
スタンプ。
感謝。
そして次回も、
『誰か』
が来る。
「…………」
嫌な記憶。
仕事を減らす前に。
誰が頼んだか、捕まえる。
*
村の中央。
机。
椅子。
看板。
《おねがいするときは》
《おなまえを かいてね?》
花。
星。
ハート。
いっぱい描いた。
「かわいい!」
ポポ。
「でしょ?」
中身は。
かなり怖い。
依頼票。
三項目。
《だれが おねがいしましたか?》
《だれが こまりますか?》
《ほんとうに ひつようですか?》
ポポ。
「かわいい!」
「中身は圧迫面接」
「あっぱく?」
「知らなくていい」
*
最初の依頼者。
桃色の子。
「お願いします!」
「どうぞ?」
依頼票。
《広場の石を 三センチ右へ》
「…………」
笑う。
完璧に。
「お名前?」
「え?」
「誰がお願いしましたか?」
「……ぼく」
「書いてください?」
「うん」
書く。
「では?」
二項目。
「誰が困りますか?」
「え?」
「石が三センチ右へ行かないと」
にこ。
「誰が困るんですか?」
「…………」
「あなた?」
「…………」
「ほかの子?」
「…………」
「村?」
「…………」
「石?」
「…………」
桃色の子。
石を見る。
わたしを見る。
また石。
「……石?」
「本人へ確認します?」
「…………」
少し考える。
「やっぱり」
依頼票。
引っ込める。
「いいです」
「はい?」
一件。
消滅。
「…………」
気持ちいい。
*
二件目。
《花びらを色順に並べる》
「お名前?」
「…………」
「誰が困る?」
「…………」
「必要?」
「…………」
「やめる?」
「……やめる」
「はい?」
*
三件目。
《夕方になったことを、夕方に知らせる》
「必要?」
「夕方になったら分かるね」
「はい?」
*
四件目。
《誰かが暇そうなら、仕事を渡す》
「…………」
笑顔が。
消えた。
「これ誰?」
沈黙。
村の子たち。
右。
左。
空。
地面。
全員。
目を逸らす。
「誰?」
静か。
「…………」
わたしは札を持つ。
笑顔。
戻す。
「廃止?」
びりっ。
遠く。
ノノ。
ぱち。
拍手。
一回。
「いいね」
「あなたが褒めると妙に自信出るな」
*
効果は。
劇的だった。
名前。
ただ書かせる。
それだけ。
《赤い花を毎朝七回数える》
「誰が?」
「…………やめます」
*
《橋の板が橋にあるか確認する》
「誰が困る?」
「……いないかも」
*
《誰かがするかもしれない仕事を、誰かが忘れないように覚えておく》
「文章からやり直して」
*
《昔からやっていること》
「誰が始めた?」
「分かりません」
「誰が困る?」
「分かりません」
「必要?」
「昔から」
「必要?」
「昔から」
「質問に答えて?」
「分かりません」
「廃止?」
びりっ。
びりっ。
びりっ。
《だれか係》の背中。
軽くなる。
どんどん。
針。
見える。
灰色の背中。
「ふふ」
楽しい。
名前。
責任。
必要性。
三つ聞くだけ。
仕事が消える。
「私」
呟く。
「これ向いてる」
ポポ。
「おせっかい?」
「権力」
「けんりょく?」
「知らなくていい?」
*
調子に乗った。
かなり。
「ついで」
自分の仕事。
確認。
《にこにこ係》
「ピピがいる」
実務。
委譲可能。
《おせっかい係》
「必要なときだけ」
常時稼働。
不要。
《しわけじょうず係》
「残す」
ポポ。
「なんで?」
「権限だから」
「自分に甘い!」
「偉い人の特権?」
さらに。
一枚。
《おせっかい係の名札を、毎朝きれいにみがく》
「…………」
依頼者。
《おせっかい係》。
「私だ」
誰が困る?
「私」
本当に必要?
名札を見る。
汚れていない。
「…………」
必要ではない。
でも。
可愛くしておきたい。
「ピピ」
呼ぶ。
遠く。
「ピピ!」
空色。
飛んでくる。
「これお願い?」
ポポ。
「自分でやらないの!?」
「管理者が実務まで抱えたら」
すらすら。
「組織が育たないから」
言った。
自分でも驚くほど自然。
「…………」
前世の上司。
ちょっと分かった。
許さないけど。
*
昼前。
《だれか係》の背中。
半分以下。
「ほら」
「うん」
「軽いでしょう?」
「うん」
「よかったね」
「…………」
「なに?」
口元は笑っている。
でも。
落ち着かない。
空いた針。
触る。
一本。
二本。
三本。
「どうしたの?」
「軽い」
「いいでしょう」
「うん」
「休める」
「うん」
立ち上がる。
「どこ行くの?」
「おしごと探す」
「なんで!?」
「なくなったから」
「なくしたの!」
「うん」
「そのために!」
「うん」
「じゃあ休め!」
《だれか係》。
困った顔。
「でも」
「なに?」
「ぼく」
胸。
《だれか係》。
「だれかだから」
「それは知ってる」
「だれかがやらないと」
「うん」
「なくならない」
「…………」
「だから」
村を見る。
「やらないおしごと、探してくる」
「やる仕事じゃなく、やらない仕事を探すな!」
*
前へ回る。
止める。
「仕事なくなったら」
言う。
「休めばいい」
「…………」
「ノノ見て」
ノノ。
木陰。
完全に寝ている。
「仕事あっても休んでる」
「…………」
「見本としては極端だけど」
ノノ。
寝返る。
「呼んだ?」
「寝てて」
「うん」
二秒。
戻った。
「ほら」
「何が?」
「休むの簡単」
《だれか係》。
ノノを見る。
「…………」
「できない?」
「できる」
「じゃあ」
「でも」
「なに?」
灰色の前足。
名札。
「ぼく」
小さい声。
「おしごとなくなったら」
「うん」
「何になるの?」
「…………」
止まる。
「何って」
言いかける。
出ない。
仕事がなくても。
その子は、その子。
当たり前。
当たり前。
なのに。
名前。
「名前は?」
「だれか」
「違う」
「だれか係」
「それでもない」
「…………」
「この仕事する前」
「まえ?」
「《だれか係》になる前の名前」
「…………」
考える。
本当に。
長く。
「分からない」
「忘れた?」
「ううん」
「じゃあ、呼ばれてた名前」
「だれか」
「それ今!」
「ずっとだよ」
「…………」
悲しそうではない。
泣いていない。
困ってもいない。
むしろ。
わたしのほうが困っている。
「名前なくても」
笑う。
「おしごとできるよ?」
「…………」
嫌。
その言葉。
すごく嫌。
「きみは?」
「え?」
「きみのお名前」
「…………」
今度は。
わたし。
*
この世界へ来て。
家。
もらった。
正確には家賃。
食事。
もらった。
正確には後払い。
仕事。
もらった。
借金。
もらった。
評価。
もらった。
シール。
名札。
役職。
出世。
全部。
増えた。
《にこにこ係》
《おせっかい係》
《しわけじょうず係》
名前。
ない。
前世の名前。
ある。
もちろん覚えている。
でも。
それは。
死んだ女の名前。
今。
ここにいるのは。
白くて。
丸くて。
耳があって。
短い足で。
仕事中でも可愛くて。
前世とは。
何も似ていない。
同じ?
違う?
「…………」
《だれか係》が首を傾げる。
「きみも」
一拍。
「だれか?」
「…………」
刺さった。
*
「でも!」
ポポ。
慌てる。
「《にこにこ係》だよ!」
「仕事」
「《おせっかい係》!」
「仕事」
「《しわけじょうず係》!」
「仕事」
「かわいい!」
「特徴」
「白い!」
「色」
「丸い!」
「体型」
「悪い女!」
「誰が教えた!?」
遠く。
ピピ。
「悪い女?」
「お前か!」
ノノ。
目を閉じたまま。
「名前なくても寝られるよ」
「今それじゃない!」
胸。
三枚。
名札。
重い。
ココ。
思い出す。
名札。
名札。
名札。
重ねられて。
前を向くのも大変。
あの姿を見て。
嫌だった。
なのに。
自分は。
一枚増えるたび。
《出世?》
と喜んでいる。
「…………最悪」
ポポ。
「外す?」
「外さない」
「早い!」
「名前がないのと権限は別」
「そうなの?」
「そうする」
そこだけは。
譲らない。
*
感傷は。
あと。
目の前。
仕事。
「新ルール」
看板。
書き足す。
《おなまえのない おねがいは》
《うけつけません?》
「できた」
さらに。
《みんな》
赤い線。
《だれか》
赤い線。
《みんなのだれ?》
《だれかのだれ?》
《ちゃんと かいてね?》
「かわいい!」
ポポ。
「中身は?」
「実名制」
「じつめい?」
「逃げにくくする仕組み?」
「こわい!」
「正しい反応」
*
《みんなからのおねがい》
「みんなの誰?」
「みんな」
「全員?」
「たぶん」
「確認」
「してない」
「署名」
「ない」
「却下?」
びりっ。
*
《だれかからのおねがい》
「誰?」
「だれか」
目の前の《だれか係》。
「あなた?」
「ちがう」
「じゃあ却下」
びりっ。
*
《村のみんな》
「何人?」
「いっぱい」
「名前」
「…………」
「却下?」
*
《いつもお願いしてる人》
「固有名詞」
「こゆう?」
「名前!」
「…………」
「却下?」
*
消える。
消える。
《だれか係》。
背中。
ついに。
数枚。
「軽い?」
「うん」
「仕事探しに行かない」
「…………」
「約束」
「…………」
「名前書いて」
「名前ない」
「…………」
そこだけ。
詰む。
*
制度。
完成。
最後の書類。
《このしくみを つくったひと》
「…………」
ペン。
持つ。
欄。
白い。
「…………」
ポポ。
「《おせっかい係》って書けば?」
「だめ」
「なんで?」
「それ、仕事」
「《しわけじょうず係》」
「仕事」
「《にこにこ係》」
「仕事」
「かわいい子」
「雑」
「白い丸」
「もっと雑」
「悪い女」
「やめろ」
空欄。
前世の名前。
頭には浮かぶ。
書こうとする。
止まる。
「…………」
あの名前を。
この身体へ。
そのまま。
つける?
違う気がする。
でも。
何が違うか。
説明できない。
ノノ。
机の下。
「あとで決めたら?」
「…………」
「あとで?」
「うん」
少し笑う。
「それ」
「なに」
「あなたのやつ」
「うん」
「今日は借りる」
書類。
《保留》。
*
翌朝。
「…………」
村の中央。
巨大な掲示。
《みんなからのおねがいには》
《おなまえが ひつようになりました!》
「そう?」
満足。
続き。
《そこで》
「…………」
嫌な予感。
《みんなを だいひょうして》
「待って」
《おなまえを かく》
「待て」
《あたらしい おてつだい!》
「待てって!」
鐘。
りんりんりーん!
花びら。
ぱあっ。
金色の粉。
きらきら。
「出すな!」
村の奥。
白。
巨大。
ふわふわ。
羊みたいな子。
立派な巻き角。
首。
金色の鈴。
胸。
巨大な名札。
《みんな係》
「…………」
手。
大きなハンコ。
「おはよう?」
「おはようじゃない」
「これからは」
にこ。
「みんなのおねがいに」
どん。
ハンコ。
「ぼくのお名前を書くね?」
「お前がみんな!?」
「うん?」
「違うでしょう!」
「みんなの代わり?」
「勝手に代表になるな!」
*
早速。
一枚。
《広場の石を三センチ右へ》
依頼者。
《みんな係》
「復活させるな!」
次。
《花びらを色順に並べる》
依頼者。
《みんな係》
「お前が頼んでない!」
「みんなのおねがい?」
「具体的なみんな!」
「ぼく?」
「お前一人!」
どん。
どん。
どん。
昨日。
匿名。
禁止。
今日。
匿名依頼へ署名する専門職。
誕生。
「…………」
わたし。
黙る。
ハンコ。
どん。
また。
どん。
《だれか係》の背中。
一枚。
二枚。
三枚。
増える。
「…………」
ポポが聞く。
「怒らないの?」
「いま」
「うん」
「世界の悪意のなさに引いてる」
「わるい子いないよ?」
「そこなんだよ」
*
「この世界」
頭を抱える。
「対策アップデート早すぎない?」
ノノ。
「きみが仕事作るの上手だから」
「作ってない!」
ピピ。
「仕事作るの、上手?」
「真似するな!」
《だれか係》。
札。
また一枚。
「積まない!」
「でも」
「でもじゃない!」
息。
吸う。
吐く。
考える。
昨日。
匿名を禁止した。
今日。
匿名を合法化する役職ができた。
つまり。
わたしより。
この羊が上。
「質問」
《みんな係》。
「なあに?」
「あなた」
指す。
「偉い?」
「ちょっと?」
「どのくらい?」
「みんなのおねがいを、まとめるくらい?」
「誰があなたの仕事を決めるの?」
「もっと上のおてつだい?」
「…………」
止まる。
「もっと上?」
「うん?」
「どこ?」
《みんな係》。
村の奥。
丘。
指す。
今まで。
行ったことのない場所。
白い道。
花。
柵。
その向こう。
大きな建物。
丸い屋根。
正面。
巨大な笑顔。
看板。
《おしごとをきめるおうち》
「…………」
目。
輝く。
自分でも分かる。
ポポ。
「悪い顔!」
「可愛い?」
「かわいい!」
「じゃあいい」
《みんな係》を見る。
「あそこ行けば」
「うん?」
「もっと偉くなれる?」
「がんばったら?」
「…………」
その言葉。
少し。
嫌い。
でも。
今回。
口角。
上げる。
「じゃあ」
完璧な笑顔。
「がんばる?」
ノノ。
「がんばるんだ」
「出世は別!」
*
歩き出す。
胸。
《にこにこ係》
《おせっかい係》
《しわけじょうず係》
三枚。
重い。
でも。
丘。
もっと上。
仕事を決める側。
そこへ。
「ねえ」
後ろ。
《だれか係》。
振り返る。
「なに?」
「きみのお名前」
「…………」
また。
それ。
「まだない」
「いつ決める?」
考える。
「偉くなってから」
「どうして?」
「なんとなく」
「えらい人が、決めてくれる?」
「…………」
一歩。
止まる。
振り返らない。
「それは」
口元。
少し。
下がる。
「嫌だな」
「どうして?」
名前。
誰かに決められる。
仕事みたいに。
役割みたいに。
名札みたいに。
渡される。
「…………」
しばらく。
答えない。
それから。
「私のだから」
言った。
自分でも。
少し驚いた。
名前。
まだない。
でも。
自分のもの。
仕事ではない。
評価でもない。
誰かからもらうごほうびでもない。
「だから」
もう一度。
歩く。
「あとで、自分で決める」
《だれか係》。
「そっか」
「うん」
「ぼくも?」
「…………」
止まる。
振り返る。
灰色。
小さい。
背中。
仕事。
名札。
《だれか係》。
「あなたも」
「いつ?」
「…………」
言いかける。
あとで。
ノノの言葉。
便利。
でも。
今日は。
違う。
「仕事が全部終わる前に」
「?」
「決めよう」
「おしごとより先?」
「そう」
少し。
怖い。
自分で言っておいて。
怖い。
でも。
笑う。
「そのくらい」
胸の名札を持ち上げる。
「偉い人の仕事にしてやる」
《だれか係》。
笑った。
「じゃあ、がんばって」
「…………」
その言葉。
やっぱり。
嫌い。
なのに。
今回は。
「うん」
答えた。
「ほどほどに」
*
丘。
《おしごとをきめるおうち》。
そこへ向かう。
役職。
三つ。
評価。
ある。
借金。
ある。
出世。
した。
名前。
ない。
そして。
わたしは今から。
仕事を決める人たちに、
会いに行く。
「…………」
嫌な予感。
すごくする。
でも。
同じくらい。
楽しみだった。
偉くなる。
楽をする。
仕事を減らす。
褒められる。
可愛くいる。
名前は、
自分で決める。
「欲張りだね」
横。
いつの間にか。
ノノがいた。
「なんでついてきたの?」
「坂の上、寝やすそう」
「…………」
見上げる。
丘。
花。
日当たり。
確かに。
「場所取っといて」
「うん」
「出世してくる」
「おやすみ」
「まだ寝ない!」
わたしは。
坂を上った。
名札を三枚。
じゃらじゃら鳴らしながら。
まだ名前のない自分を、
連れて。




