第7話 やらないこと、えらべたね
「三百六十二個」
わたしは聞き返した。
「うん!」
「今日中に?」
「うん!」
「全部?」
「うん!」
「明日は?」
「三百六十三個!」
「なんで増える前提なの?」
異世界転生、四日目。
わたしは早くも、この世界の将来を心配していた。
*
胸には《にこにこ係》。
その上から、昨日もらった《おせっかい係》。
桃色の大きなハート。
白い羽。
金色の縁取り。
可愛い。
重い。
すごく邪魔。
一歩進む。
名札の重みで身体が右へ傾く。
左足で踏ん張る。
一歩進む。
また右へ傾く。
「歩きにくい!」
「えらそうで、かわいいよ!」
隣のポポがぱちぱち拍手した。
「偉そうじゃなくて、偉くなりたいの」
「おなじ?」
「かなり違う」
昨日。
方針は決まった。
この世界を壊す。
――大変そうなので嫌。
逃げる。
――家代も食費もあるし、すでに二きら借金がある。
革命。
――もっと嫌。
なので。
出世する。
仕事を与えられる側から、
仕事を決める側へ行く。
わたしが楽に生きる。
ちゃんと寝る。
お酒も飲む。
限定シールも欲しい。
できれば褒められたい。
ずっと可愛いとも言われたい。
その生活を邪魔する制度は変える。
ついでに。
目の前で誰かが潰れていると寝覚めが悪いので、それも減らす。
世界平和。
副産物としては悪くない。
「今日のおせっかいで成果を出したら」
胸の名札を見る。
「もうちょっと偉くなれるかな」
「もっとおしごと増えるかも!」
「その言い方だけで急にやる気なくなる」
でも。
権限なら欲しい。
すごく欲しい。
「村じゅうの仕事に口出せるようになったら」
「なったら?」
「自分の仕事も減らせるかも」
「じぶん?」
「まず私が助かる」
「みんなは?」
「あと」
「あとなんだ」
「私が元気なほうが、結果的にみんなのためでしょう?」
「そうなの?」
「そういうことにする」
*
後ろから、
ずる。
ずる。
何かを引きずる音。
振り返る。
ノノがいた。
薄紫。
片方だけ折れた耳。
黄色いエプロン。
逆さの箒。
「なんでいるの?」
「いる?」
「いる」
「そう」
「ついてきた?」
「ちがう」
「即答」
「門のそば、朝はうるさいから」
「じゃあ何しにこっちへ?」
「静かなところ探してる」
「仕事は?」
「あるよ」
「する?」
「たぶん」
「いつ?」
「したくなったら」
「一生来なさそう」
ノノはあくびした。
「それなら、ずっとしなくていいね」
「人生が強い」
*
最初の依頼先は村の東側だった。
色とりどりの小屋。
低い石垣。
小さな畑。
木の橋。
小川。
あちこちで丸い子たちが働いている。
「あれだよ!」
ポポが指す。
「どれ?」
「あれ!」
「花束?」
道の向こう。
大きな花束みたいなものが歩いている。
赤。
青。
黄色。
桃色。
緑。
ひらひら。
ふわふわ。
「かわいい」
近づいてくる。
「…………」
花ではない。
札。
全部、札。
さらに近づく。
「…………」
札の下から、小さな顔。
淡いミントグリーン。
丸い鼻。
短い手足。
背中には細い針がいっぱい。
ハリネズミみたいな子。
その針一本一本へ。
札。
札。
札。
札。
「うわ」
感想が漏れた。
「おはよう!」
本人は元気だった。
「おはようございます」
「きみ、《おせっかい係》?」
「今日から」
「すごい!」
「まあね」
声が半音上がる。
褒められると早い。
「ぼく、ミミ!」
「ミミ」
「うん!」
胸には芽の形をした名札。
《のびのび係》
「何する係?」
「毎日、昨日よりひとつ多くできるようになるの!」
「…………」
嫌な予感が、もう仕事を始めている。
「昨日は?」
「三百六十一個!」
「今日」
「三百六十二!」
「明日」
「三百六十三!」
「一週間後」
「いっぱい!」
「一か月後」
「もっといっぱい!」
「一年後」
「すっごくいっぱい!」
「計算しないことで成立してる制度!」
*
「ちょっと見せて」
「いいよ!」
一枚取る。
《パン屋さんへ空箱を返す》
「必要そう」
次。
《パン屋さんへ、きのうもありがとうと言う》
「礼儀」
次。
《パン屋さんの前の赤い花へ、お水をあげる》
「まとめてできる」
次。
《広場の椅子を、ひとつだけ右へ動かす》
「なんで?」
「昨日、左へ動かしたから」
「なんで昨日左へ?」
「一昨日、右へ動かしたから」
「何も生み出してない!」
次。
《青い屋根の子へ、おはようと言う》
次。
《青い屋根の子へ、今日もかわいいと言う》
次。
《青い屋根の子が照れたら、よかったねと言う》
「会話を三業務に分割するな」
次。
《鐘が鳴った数を七回まで数える》
「八回目は?」
「数えない」
「なんで七?」
「昨日は六だったから!」
「成長する場所そこじゃない!」
次。
《雲が三つあったら、ポポへ教える》
「ポポ」
「なあに?」
「これ欲しい?」
「雲?」
「報告」
「どっちでもいい!」
「廃止候補一号」
「はいし?」
「あとで」
次。
《赤い石を見つけたら、元の場所へ戻す》
「元の場所って?」
「赤い石があったところ!」
「誰が動かしたの?」
「昨日のぼく!」
「自分で仕事作ってる!」
札を戻す。
「三百六十二個」
「うん!」
「こういうのが?」
「うん!」
「誰が頼んだの?」
「みんな!」
「出た」
この世界で最も責任能力のない責任者。
《みんな》。
「具体的には?」
「いろんな子」
「最初からこんなに?」
「最初は十五個だったよ」
「十五」
まだ人間的。
いや、人間じゃないけど。
「早くできたらね」
「うん」
「『ミミちゃん、すごいね』って」
「…………」
「『もうひとつできそう』って」
「…………」
「十六個」
「…………」
「それもできたら、十七個」
「…………」
「できるたび、みんな喜んでくれた!」
ミミは嬉しそう。
「『ミミならお願いできる』って!」
また一枚。
「『ミミは頼りになる』って!」
また。
「『ミミなら大丈夫』って!」
また。
胸の奥。
少しだけ、
ちく。
刺さる。
「……頼まれるの、嬉しい?」
「うん!」
「そんなに?」
「うん!」
ミミは背中の札を振り返ろうとする。
多すぎて見えない。
「だって」
笑う。
「いっぱいお願いされるって」
「うん」
「いっぱい、ぼくが必要ってことでしょう?」
「…………」
来た。
これ。
わたしが嫌いなやつ。
わたしが持っているやつ。
「だから」
ミミは続ける。
「三百六十二個あるって」
誇らしそうに。
「三百六十二個ぶん、みんながぼくを必要ってこと!」
「…………」
最悪。
仕事の数を、
好意の数として数えている。
断ったら。
仕事が減る。
つまり。
必要とされている証拠も減る。
「…………」
昔のわたしなら。
たぶん。
同じことをしていた。
「よし」
わたしは言った。
「減らそう」
「え?」
「仕事」
「…………?」
ミミの顔から笑顔が消えた。
「減らす?」
「うん」
「どうして?」
「多いから」
「でも」
「多い」
「できるよ?」
「知ってる」
「ぜんぶ」
「知ってる」
「じゃあ――」
「できることと、やることは別」
ミミが止まった。
「…………」
通じない。
知っていた。
*
「まず効率化する」
「こうりつ?」
「早く終わらせる」
「!」
ミミの顔が明るくなる。
「早く?」
「午前中で終わるかも」
「ほんと?」
「たぶん」
「すごい!」
「でしょ?」
これなら。
ミミも楽になる。
わたしも成果が出る。
出世できる。
さらに。
午前中で終わったら、
午後。
暇。
「…………」
暇。
いい。
「今日これ終わったら」
ポポが聞く。
「どうするの?」
「休む」
「おせっかいは?」
「本日分終了」
「まだ困ってる子いるかも」
「明日の私が考える」
ノノの耳が、
ぴく。
「それ、わたしのやつ」
「今日は借りる」
*
地面へ札を並べる。
三百六十二枚。
多い。
並べても。
並べても。
終わらない。
「ポポ、手伝って」
「うん!」
「同じ場所ごと」
「うん!」
「ノノ」
「なに」
「手伝って」
「やだ」
「知ってた!」
ノノは札の束を集める。
「やるの?」
「枕」
「それ今日の仕事!」
「紙、やわらかい」
「今までで最悪の分類!」
*
パン屋。
広場。
畑。
橋。
森。
水場。
青い屋根。
赤い屋根。
道。
「これ」
《空箱を返す》
《ありがとうを言う》
《花へ水》
「一回で」
「三つなのに?」
「一回で終わる」
「…………」
ミミの目が輝く。
「すごい!」
「でしょ?」
胸を張る。
巨大な《おせっかい係》に引かれる。
ころん。
「…………」
起き上がる。
「今のなし」
「かわいかった!」
「なら採用」
*
次。
《椅子を右へ》
《椅子を左へ》
《椅子を真ん中へ》
「動かさない」
「三つできないよ?」
「三つやらなくて済む」
「同じ?」
「今日は同じ」
「ほんと?」
「私を信じて」
言った。
自分で。
「…………」
ちょっと気持ちいい。
人から信頼されるポジション。
嫌いじゃない。
いや。
かなり好き。
「私こういうの向いてるかも」
ノノ。
「おしごと増えるよ」
「今それ言わないで」
*
地図。
ルート。
順番。
まとめる。
近い仕事を一緒にする。
本人がいなくてもいいものは後ろ。
意味不明なものは保留。
「パン屋」
「うん!」
「青い屋根」
「うん!」
「水場」
「うん!」
「広場」
「うん!」
「帰りに畑」
「うん!」
「これなら半分以下」
「すごい!」
ポポも。
「すごい!」
「まあね」
また声が半音上がった。
「これ成功したら、出世かな」
「もっとおしごと!」
「権限!」
「おしごと!」
「権限!」
「おなじ?」
「違うって言ってるでしょう!」
*
効率化は。
大成功した。
「次、パン屋!」
「はい!」
空箱。
「ありがとう!」
挨拶。
「お花、お水!」
三件。
一回。
「青い屋根!」
「おはよう!」
「ミミ、おはよう!」
「今日もかわいい!」
「ミミも!」
「よかったね!」
三十秒。
「広場!」
「椅子!」
「動かさない!」
「できた!」
「やってないけど、できたことにする!」
「百個!」
「もう!?」
「百五十!」
「すごい!」
「二百!」
「いける!」
「三百!」
ミミが速い。
もともと仕事ができる。
だから三百六十二個まで増えた。
ルートを整理したら。
恐ろしく速い。
「あと六十二!」
「うん!」
「これなら午前中!」
「午前中!」
ミミが跳ねる。
札が、
ぱらぱら。
花びらみたいに揺れる。
「すごい!」
「でしょ!?」
楽しい。
成果。
数字。
改善。
減っていくタスク。
目に見える結果。
「私、やっぱ仕事できるな」
口から出た。
「…………」
一瞬。
嫌な既視感。
でも。
気持ちいいものは気持ちいい。
「あと一個!」
最後。
《帰ったら、自分へ今日もよくできましたと言う》
ミミが胸へ前足を当てた。
「今日も、よくできました!」
「はい!」
「終わった!」
「終わった!」
太陽。
まだ高くない。
「午前中!」
「午前中!」
ミミが飛びつく。
「ありがとう!」
「どういたしまして」
「すごい!」
「もっと言って」
「すごい!」
「もう一回」
「すごい!」
「そう」
満足。
これで午後は休める。
今日の成果もできた。
たぶん評価される。
出世。
そして。
休み。
「完璧」
そのとき。
村の鐘。
りん。
りん。
りーーーーん。
「…………」
わたしは黙った。
空から。
花びら。
一枚。
二枚。
ふわあっ。
金色の粉。
きらきら。
大きな看板。
《ミミちゃん》
《おしごとのじかんが》
《はんぶんになりました!》
「…………」
ポポ。
「すごい!」
ミミ。
「すごい!」
わたし。
「…………」
その下。
《あいたじかんで》
「…………」
《もっと》
「…………」
《できるね!》
「…………」
一枚。
札。
空から降る。
ミミの背中へ。
刺さる。
二枚。
三枚。
十。
二十。
まだ。
五十。
まだ。
百。
まだ。
「…………」
ポポが一枚拾った。
「よかったね!」
「何が?」
声が低くなった。
「おしごと増えた!」
「私の午後休が」
ぱらぱらぱらぱら。
「私の!」
札。
「午後休が!」
まだ降る。
「消えた!」
百六十二枚。
終了。
ポポが数える。
「ぜんぶで」
「言わないで」
「五百二十四!」
「言うなあああ!」
*
看板へ飛びつく。
「違う!」
《じかんができたね!》
「休む時間!」
《もっとできるね!》
「やらない!」
《ミミちゃんなら》
「黙れ!」
《できるよ!》
「できるとやるは違う!」
しん。
ミミ。
ポポ。
集まった子たち。
みんなを見る。
「なに?」
ミミ。
「もう一回言う」
息を整える。
「できることと」
「うん」
「やることは」
「うん」
「別」
「…………」
「できても、やらないことがある」
「…………」
ミミは本気で分からない。
「できるのに?」
「うん」
「頼まれてるのに?」
「うん」
「ぼくができるのに?」
「うん」
「…………」
そこで。
ミミの顔が曇る。
「じゃあ」
「うん」
「頼んでくれた子」
「うん」
「ぼくのこと、いらなくならない?」
「…………」
来た。
予想していたより。
まっすぐ。
「だって」
ミミは背中の札を見ようとする。
「これ」
一枚。
「この子がぼくにお願いした」
一枚。
「これも」
一枚。
「これも」
一枚。
「なくしたら」
笑おうとする。
少し失敗。
「ぼくのこと、必要って言ってくれたのも、なくなる?」
「…………」
前世。
頼られる。
嬉しい。
『あなたじゃないと』
嬉しい。
『助かった』
嬉しい。
『さすが』
嬉しい。
だから引き受ける。
全部。
そして。
死んだ。
「なくならない」
わたしは言う。
ミミを見る。
「たぶん」
「たぶん?」
「そこは保証できない」
「…………」
「嫌う子もいるかも」
「……いる?」
「いる」
ミミの目が潤む。
「でも」
一歩近づく。
「仕事引き受けないくらいで嫌いになる子」
「…………」
「好かれておく必要ある?」
「…………」
ミミは黙る。
「私は」
少し考える。
「できれば全員に好かれたい」
「え?」
「すごく好かれたい」
「…………」
「嫌われたくない」
「…………」
「感じのいい子だと思われたい」
「…………」
「可愛いって言われたい」
ポポ。
「かわいい!」
「ありがとう」
声が上がる。
「でも」
戻す。
「全部引き受けたら、死んだ」
ミミには前世の意味は分からない。
それでいい。
「だから」
笑う。
「嫌われてもいい仕事から捨てよう」
「…………」
ミミが目を丸くした。
「嫌われても?」
「少しくらい」
「こわい」
「分かる」
「できるかな」
「知らない」
「…………」
「一緒にやる」
言ってから。
付け足す。
「あと、これ成功したら私の評価も上がると思うから」
「…………」
「ミミのためだけじゃない」
「…………」
「そのほうが気楽でしょう?」
ミミ。
少し。
笑った。
「変なの」
「知ってる」
*
地面へ。
三つの場所。
一つ。
《きょうやる》
二つ。
《あとで》
三つ。
書く。
《やらない》
周囲。
ざわ。
「なに?」
「壊れた札?」
「違う」
「おてつだい?」
「違う」
「できない?」
「できる」
「じゃあやる?」
「やらない」
「…………」
全員の首が、
こて。
傾く。
「たとえば」
一枚。
《広場の石を三センチ左へ動かす》
「これ」
ミミ。
「できる」
「知ってる」
「すぐ」
「知ってる」
「お願いされた」
「知ってる」
「じゃあ」
「やらない」
「…………」
周囲。
「もったいない」
「すぐだよ」
「ミミならできる」
「一個だけ」
「がんばって」
優しい。
全部。
優しい。
だから厄介。
「分かった」
正論はやめる。
《おせっかい係》の名札を前へ。
依頼した桃色の子。
「これ、あなたがお願いした?」
「うん!」
「石が気になった?」
「うん!」
わたしは笑う。
仕事用。
完璧。
「じゃあ(はぁと)」
少し首を傾げる。
「あなたが動かしたほうが、絶対素敵だと思います(はぁと)」
「え?」
「だって、その石を一番気にしてるの、あなたでしょう?」
「うん」
「ミミより上手に置けそう(はぁと)」
「そうかな?」
「絶対」
目を見る。
「お願いしていい?」
「いいよ!」
一件。
返却。
「…………」
いける。
*
次。
《青い屋根の子へ、今日もかわいいと言う》
「これ誰?」
黄色い子。
「ぼく!」
「自分で言ったほうがいいよ(はぁと)」
「そう?」
「私だったら直接言ってほしい(はぁと)」
黄色い子。
照れる。
「じゃあ、ぼくが言う!」
「素敵」
返却。
次。
《鐘を七回数える》
「鐘を鳴らす係が自分で!」
返却。
《パンが棚にあるか確認》
「パン屋が見ろ!」
返却。
《水場の水が濡れているか確認》
「水は濡れてる!」
廃止。
《昔から毎朝やっている確認》
「必要?」
「昔から」
「必要?」
「昔から」
「質問に答えて(はぁと)」
「分からない」
「廃止」
*
一件。
二件。
十。
五十。
「これ、自分でやったほうが素敵ですよ(はぁと)」
「そうかな?」
「もちろん(はぁと)」
返す。
「本人に直接お願いしたほうが気持ち伝わりますよ(はぁと)」
「じゃあ自分で!」
返す。
「これ誰も困らないので、なくしましょう(はぁと)」
「でも」
「なくても笑顔」
「そっか!」
消す。
「これ誰が始めた?」
「分からない」
「終了」
消す。
「これ何のため?」
「決まり」
「誰が決めた?」
「分からない」
「終了」
消す。
楽しい。
「ふふ」
前世で。
仕事を頼まれるために使っていた愛想。
今。
仕事を返すために使っている。
「成長してる」
ノノ。
「性格悪くなった?」
「そこは元から!」
*
「それ」
後ろ。
「あなたがやったほうが素敵ですよ(はぁと)」
「…………」
自分の声。
振り返る。
空色。
「ピピ!」
「ピピ!」
「なんでいるの!?」
「なんでいるの!?」
「門は?」
「門は?」
遠く。
《にこにこ門》。
通勤者たち。
自分で自分の頭を撫でて。
笑って。
勝手に通っている。
「完全自動化してる!」
もう怖い。
ピピは札を受け取る。
「あなたがやったほうが素敵ですよ(はぁと)」
「ほんと?」
「ほんと(はぁと)」
「じゃあやる!」
「…………」
優秀。
嫌な予感。
*
十分後。
「あなたがやったほうが素敵」
「じゃあ返すね(はぁと)」
*
「本人に直接」
「じゃああなたが(はぁと)」
*
「あなたが(はぁと)」
「あなたが(はぁと)」
*
仕事。
右。
左。
右。
左。
パン籠。
往復。
水差し。
往復。
手紙。
往復。
誰も受け取らない。
「ピピ!」
「ピピ!」
「全員に教えた!?」
「全員に教えた!?」
「教えるな!」
「教えるな!」
村じゅう。
「あなたがやったほうが素敵」
「あなたが(はぁと)」
「あなたが(はぁと)」
「あなたが(はぁと)」
生産活動。
停止。
ノノが寝転がったまま。
「みんなやらなかったら」
あくび。
「みんな休めるね」
「極論では正しい!」
*
「違う」
わたしは頭を抱える。
「誰がやるかじゃない」
札を見る。
「数そのもの」
五百二十四。
「減らさないと」
ミミ。
「でも」
「なに?」
「ぜんぶ」
「うん」
「誰かがぼくにお願いした」
「うん」
「ぜんぶ、ぼくならできる」
「うん」
「だから」
「全部やる?」
「うん」
「……分かった」
しゃがむ。
「選んで」
「なにを?」
「今日やるもの」
「全部」
「それ禁止」
「…………」
「十個」
「…………」
ミミの顔が固まる。
「十?」
「十」
「五百二十四ある」
「知ってる」
「残り」
「やらない」
「…………」
「ミミが選ぶ」
「できない」
「できる」
「でも」
「選ぶ」
「嫌われる」
「かもね」
「…………」
震える。
ここだけは。
代わりに選ばない。
「一個でいい」
札。
《雲が三つあったら、ポポへ報告》
ポポ。
「ぼく、いらない!」
「本人が言ってる」
「…………」
「どうする?」
長い。
沈黙。
ミミの前足。
少し震える。
「……やらない」
「うん」
札を持つ。
「破るよ」
「え」
ミミが固まる。
周囲も。
わたしも。
「…………」
一瞬。
本当にいいのかと思う。
この世界で。
誰かのお願いを。
目の前で。
破る。
「……やめる?」
聞く。
ミミ。
札を見る。
ポポを見る。
また札。
「……やる」
「どっち?」
「やらないのを」
「分かった」
指。
力。
びりっ。
「…………」
静寂。
紙が。
二つになった。
空。
割れない。
雷。
落ちない。
門。
鳴らない。
誰も死なない。
「…………」
ミミ。
目を丸くする。
「終わった?」
「終わった」
「……怒られない?」
「今のところ」
「…………」
少し。
息を吐いた。
「もう一個」
「いいの?」
「うん」
二枚目。
《広場の石を三センチ左へ》
「これは?」
「……いらない」
「ほんと?」
「いらない」
びりっ。
三枚目。
「これ?」
「いらない」
びりっ。
四。
五。
十。
「これ?」
「いらない!」
びりっ。
五十。
「これ!?」
「知らない!」
「最高!」
びりっ。
「これ!」
「昨日のぼくが作った!」
「昨日のあなたへ返却!」
びりっ。
「これ!」
「なんであるの!?」
「廃止!」
びりびり。
ミミ。
笑っている。
わたしも。
笑っている。
色とりどりの紙。
空へ。
花吹雪みたいに舞う。
見た目。
お祭り。
やっていること。
大量業務廃止。
「もっと!」
「これ!」
「いらない!」
「これ!」
「いらない!」
「これ!」
「嫌われてもいい!」
「いいぞ!」
「これ!」
「知らない!」
「最高!」
ポポも一枚。
「これは?」
《毎朝、ポポが転ばないよう応援する》
「いる?」
「ぼく転ぶよ!」
「成果出てない!」
びりっ。
「ぼくの!」
*
五百二十四。
残った。
十二。
ミミ。
地面を見る。
「十二個」
「うん」
「十二個しかない」
「違う」
「?」
「十二個もある」
「…………」
「今日やるには充分」
「でも」
まだ少し不安。
「これで」
「うん」
「お願いしてくれた子」
「うん」
「ぼくのこと嫌いになったら?」
「そのとき」
わたしは笑う。
「感じよく謝ろう」
「謝るの?」
「必要なら」
「仕事は?」
「戻さない」
「…………」
「謝罪と引き受けるは別」
「…………」
「前世の私には難しかった」
今も難しい。
たぶん。
でも。
言うだけならできる。
「明日困ったら?」
「明日考える」
ノノ。
「それ、わたしの」
「返さない」
*
空。
きら。
「…………」
嫌な予感。
《本日の できた率》
「やめて」
数字。
くる。
くる。
止まる。
《2.3%》
ミミ。
真っ青。
「二……」
「待って」
「できてない」
「待って」
「昨日より」
「ミミ」
「ぜんぜんできてない」
「違う」
「成長してない」
「数字見るな!」
胸。
ミミの《よくできました》。
「もらえない」
震える。
「全部やらなかったから」
来た。
数字。
評価。
こいつら。
やっぱり強い。
「…………」
わたしは破いた札を見る。
仕事そのものは。
していない。
でも。
全部。
見た。
考えた。
決めた。
「…………」
できた。
やらない。
あとで。
「ポポ」
「なあに?」
「箱三つ」
「なんで?」
「世界と言い争う」
*
三つ。
《できた》
《やらない》
《またこんど》
「これ」
一枚。
「やった」
《できた》。
「これ?」
ミミ。
「いらない」
《やらない》。
「これ?」
「明日考える」
《またこんど》。
入れる。
入れる。
全部。
《できた 12》
《やらないと決めた 500》
《またこんど 12》
わたしは空を見る。
「五百二十四件」
《…………》
「全部」
《…………》
「判断しました」
《…………》
「処理率は?」
《できていません》
「判断しました」
《おてつだいを、していません》
「仕分けました」
《…………》
「仕分けも仕事です(はぁと)」
《…………》
笑う。
感じよく。
「五百二十四件を」
《…………》
「一件ずつ確認して」
《…………》
「分類して」
《…………》
「本人と相談して」
《…………》
「全部、行き先を決めました(はぁと)」
《…………》
「これ」
《おせっかい係》。
「私のおてつだいじゃないですか?(はぁと)」
《…………》
「違う?」
《…………》
長い。
沈黙。
「違うなら」
さらに笑う。
「この名札、返していいですか?(はぁと)」
《…………》
少し。
性格悪い。
かなり楽しい。
《おせっかい係の》
「はい(はぁと)」
《おてつだいを》
「はい(はぁと)」
《しました》
「でしょう?」
《…………》
「じゃあ処理率」
数字。
くる。
くる。
くる。
《100%》
「よし!」
両前足。
上。
花びら。
ぱああっ。
金色。
きらきら。
鐘。
りんりんりーーーーん!
「百!」
ポポ。
「百パーセント!」
ミミ。
「できた?」
「仕事はできてない!」
「え?」
「でも処理はした!」
「それ、できた?」
「記録上は!」
「…………」
「細かいこと気にしない!」
言ってから。
少し考える。
「いや、細かいところしか気にしてないな私」
*
ミミが聞く。
「やらなくても」
「うん」
「百になる?」
「違う」
「?」
「何を百にするか決める」
「…………」
「仕事の実行率じゃなく」
箱を見る。
「仕事の処理率」
「…………」
「この世界が数字しか見ないなら」
《100%》。
「数字の意味を」
わたしは笑った。
「こっちに都合よくする」
ポポ。
「悪いこと?」
「言い方」
「悪い?」
「ルール違反はしてない」
「じゃあいい?」
「たぶん」
「たぶん?」
「大人はだいたいそのへんで生きてる」
*
その日の夕方。
ミミは。
十二個だけやった。
本当に。
十二。
終わった。
川辺。
座る。
「何してるの?」
「…………」
ミミ。
考える。
「何もしてない」
「どう?」
「変」
「うん」
「何か忘れてる感じ」
「うん」
「怒られそう」
「うん」
「でも」
空。
雲。
三つ。
「ポポへ言わなくていい?」
「いらない」
ポポ。
「自分で見えてる!」
「ほら」
ミミ。
しばらく空を見る。
そして。
ごろん。
草へ。
「じゃあ」
「うん」
「見てるだけ」
「それでいい」
ポポも寝る。
「雲、三つ!」
「報告するな!」
「自分に!」
「なら許す!」
少し離れた木陰。
ノノは。
とっくに寝ていた。
*
翌朝。
「…………」
村の中央。
巨大な看板。
《あたらしい おてつだい!》
「…………」
わたしは黙った。
その下。
三つの箱。
花。
雲。
星。
《いますぐ》
《またこんど》
《だれかにおまかせ》
「…………」
完全に見覚えがある。
「おはようございますう」
「来た」
大きな桃色。
花の耳。
《はじめまして係》。
「昨日のやり方あ」
「忘れて」
「とってもじょうずだったからあ」
「忘れて」
「みんなで使うことにしたよお」
「制度化が早い!」
鞄。
開く。
「待って」
「それからあ」
「待って」
「きみに」
「いらない」
「新しい名札あ」
「いらない!」
出る。
丸い。
三色。
可愛い。
《しわけじょうず係》
「いりません」
「村じゅうのおてつだいを」
「いらない」
「見てえ」
「いらない」
「先にやるものとお」
「いら――」
「やらなくていいものを、決めてもいいよお」
「…………」
止まった。
「今なんて?」
「おてつだいを、しわけていいよお」
「村じゅう?」
「うん」
「人の仕事も?」
「うん」
「《やらない》に?」
「じょうずにねえ」
「権限?」
「えらくなったねえ」
「…………」
名札を見る。
可愛い。
権限。
出世。
「…………つけて」
ポポ。
「早い!」
「出世なら話は別」
ぱちん。
胸。
《にこにこ係》
《おせっかい係》
《しわけじょうず係》
三枚。
「重っ!」
前へ。
ころん。
転がる。
起きる。
「でも」
笑う。
「悪くない」
少しずつ。
仕事をする側から。
仕事を決める側へ。
移動している。
「ふふ」
ポポ。
「悪い顔!」
「可愛い?」
「かわいい!」
「じゃあ問題なし」
*
その横。
《だれかにおまかせ》
箱。
一枚。
「これは、おまかせ(はぁと)」
二枚。
「これも(はぁと)」
三枚。
「わたしも(はぁと)」
ぱら。
ぱら。
ぱらぱら。
箱がいっぱいになる。
「…………」
嫌な予感。
「ねえ」
わたしは聞く。
「《だれかにおまかせ》って」
「うん?」
「誰?」
「だれか!」
「具体的には?」
「だれかだよ!」
「…………」
出た。
《みんな》
に次ぐ。
無責任ワード。
《だれか》。
箱。
まだ札が入る。
ぎゅう。
ぎゅう。
溢れる。
「それ誰がやるの?」
「だれか!」
「だから誰!」
箱の後ろ。
何か。
動いた。
「…………」
小さな耳。
見えた。
「え?」
札。
山。
その隙間から。
小さな前足。
一本。
もう一本。
よいしょ。
仕事の札を背負って。
小さな子が出てきた。
灰色。
丸い。
眠そうな目。
身体より何倍も大きな《だれかにおまかせ》の札の山。
「…………」
胸。
名札。
小さい。
《だれか係》
「…………」
わたしは動けなかった。
その子は。
にこ。
笑う。
「おはよう」
「……おはよう」
「いっぱい、まかせてもらったよ」
「…………」
「ぼく」
嬉しそうに。
「《だれか》だから」
「…………」
笑えない。
いや。
笑える。
見た目は。
ものすごく。
可愛い。
「誰かって」
声が出る。
「お前だったの?」
「うん!」
元気。
「みんなが『だれかお願い』って言ったら」
一枚。
「ぼく」
一枚。
「これも」
一枚。
「これも」
一枚。
「これも!」
どんどん。
背中。
積む。
「待って」
わたしは言う。
「待って」
「大丈夫!」
「その言葉嫌い!」
「まだ持てるよ!」
「それも嫌い!」
昨日。
わたしは。
仕事を捨てる方法を作った。
今日。
世界は。
捨てた仕事を、
新しい誰かへ集めた。
「…………」
勝った。
昨日。
確かに。
勝った。
ミミは休めた。
仕事も減った。
わたしは出世した。
全部。
本当。
そして。
新しい地獄もできた。
「…………」
頭が痛い。
ポポ。
「かわいいね!」
「そこは否定しない」
《だれか係》を見る。
小さい。
可愛い。
完全に潰れそう。
「…………」
胸の《しわけじょうず係》を見る。
権限。
昨日より増えた。
口を出せる。
つまり。
「よし」
《だれか係》の背中から。
札を一枚取る。
「これ」
《広場の落ち葉を一枚ずつ数える》
「誰が入れた?」
遠く。
一人。
そっと目を逸らした。
「あなた?」
「…………」
「あなたがやったほうが素敵ですよ(はぁと)」
「えっ」
完璧な笑顔。
「ね(はぁと)」
「……はい」
返却。
《だれか係》。
荷物。
一枚減る。
「次」
もう一枚。
「誰?」
村の子たちが逃げ始める。
「逃げないで(はぁと)」
笑う。
「感じよく返すだけだから(はぁと)」
ポポ。
「怖い!」
「褒め言葉として受け取る!」
*
たぶん。
これからも。
こうなる。
一つ直す。
二つ変になる。
勝つ。
世界が学習する。
余計な制度が生まれる。
それをまた。
わたしが利用する。
直す。
出世する。
また壊れる。
「面倒」
口から出る。
ノノ。
道端。
「寝れば?」
「今はちょっと楽しい」
「そう」
「でも午後は寝る」
「うん」
「絶対」
「うん」
「仕事増やさない」
「うん」
胸。
三枚の名札。
重い。
でも。
昨日より。
少し偉い。
「まあ」
声が半音上がる。
「出世したし」
《だれか係》が聞く。
「きみ、えらいの?」
「昨日よりは」
「じゃあ」
札を一枚差し出す。
「これ、おまかせしていい?」
「やだ」
即答。
「できるよ?」
「できる」
「じゃあ?」
「やらない」
胸の新しい名札。
指す。
「今日、それを決める係になったから」
《だれか係》が首を傾げる。
わたしは笑う。
とても。
とても。
感じよく。
「まずは」
札の山を見る。
「あなたがやらないことから、決めようか(はぁと)」
今回。
わたしは。
仕事を減らす方法を覚えた。
同時に。
減らした仕事が、
どこへ行くのかも。
見なければならなくなった。
出世とは。
思っていたより。
仕事が増えることだった。
「…………」
知ってた。
前世から。




