最終話 にこにこ、できるかな?
夜。
《おしごとをきめるおうち》。
一番上の階。
一番偉い部屋。
一番偉い椅子では。
ノノが寝ていた。
「…………」
わたしは床に座っている。
一番偉いのに。
床。
机の上には、真っ白な名札が一枚。
炭が一本。
その横には、炭酸の抜けた《しゅわしゅわ木の実酒》。
欲しかったものは、だいたい手に入った。
ふかふかの椅子。
お酒。
権限。
出世。
評価。
上司なし。
そして。
仕事。
一番多い。
「…………」
知ってた。
前世から。
偉くなれば楽になる。
そんなものは、下から見た幻想だった。
上へ行けば行くほど、最後に捨てられなかった仕事が飛んでくる。
最後に決められなかった判断が飛んでくる。
最後に誰もやりたくなかった何かが飛んでくる。
上へ。
上へ。
その一番上。
わたし。
「…………」
最高。
最低。
「よし」
だったら。
今度こそ。
楽をする。
わたし一人ではない。
世界ごと。
*
白い名札。
炭。
書く。
《休む係》
一瞬。
名札が淡く光った。
《あたらしい おてつだい!》
「お」
《きょうの おやすみ目標を きめよう!》
「違う」
《目標睡眠 八じかん!》
「違う」
《昨日より じょうずに やすもう!》
「休みに成長を求めるな!」
裏返す。
「却下」
次。
《何もしない係》
光る。
《本日の 何もしない達成率》
「もう測った!?」
《0%》
「なんで!?」
《名札を つくりました》
「それは仕事!」
《もっとじょうずに》
「やめろ」
《何もしよう!》
「何もしないことまで仕事にするな!」
机。
ぽふ。
叩く。
柔らかい。
腹が立つ。
椅子。
ノノ。
薄く目を開ける。
「もうしてるよ」
「何を?」
「何もしない」
「あなたは黙ってて!」
「うん」
目を閉じる。
二秒。
「すぅ」
「…………」
本当に。
この子。
強い。
*
次。
《寝る係》
《きょうの ねむねむスコア》
「却下」
《食べる係》
《一日 三しょく できるかな?》
「できない日もある!」
《息をする係》
《きょうの目標 二まんかい》
「回数つけるな!」
《ぼーっとする係》
《じょうずに ぼーっとする 五つのコツ》
「講座を始めるな!」
《笑わない係》
《笑わなかった時間 きのうより+12ぷん》
「それも競わせるな!」
《がんばらない係》
《がんばらないために がんばろう!》
「帰ってきたな!?」
白い名札。
一枚。
二枚。
三枚。
失敗。
失敗。
失敗。
床。
ばたん。
寝転ぶ。
「何を書いても」
天井を見る。
「仕事になる」
当たり前だった。
仕事の名札を作っている。
「何を書いても、数字になる」
目標。
評価。
達成率。
昨日より。
明日はもっと。
上手に。
いっぱい。
「生きることまでKPIにされたら終わりじゃん」
椅子。
ノノ。
「あとで決めたら?」
「何を」
「今日のおしごと」
「…………」
横を向く。
ノノ。
寝ている。
「もう一回」
「今日が終わったあとに」
あくび。
「今日したこと書けばいいよ」
「…………」
起き上がる。
「ノノ」
「なに」
「あなた」
「うん」
「今日、今までで一番仕事した」
「そう?」
「もう二度としないで」
「うん」
*
白い名札。
一枚。
真ん中。
書く。
《生きる係》
「…………」
静か。
名札。
光る。
《仕事内容を かいてね♡》
「知ってた」
炭。
続き。
《その日、その子がしたこと》
光。
《?》
「朝には決めない」
《?》
「夜に決める」
《?》
「寝てたら」
書く。
《寝た》
「泣いてたら」
《泣いた》
「遊んでたら」
《遊んだ》
「働いたら」
《働いた》
「怒ってたら」
《怒った》
「ぼーっとしてたら」
《ぼーっとした》
「何もしなかったら」
《何もしなかった》
名札。
沈黙。
「つまり」
わたしは笑う。
完璧に。
感じよく。
「終わったことを、あとから仕事にする♡」
《…………》
「その日に起きたことを、その日の達成内容にする♡」
《…………》
「終わったことを目標にすれば」
一拍。
「絶対に失敗しないでしょう?♡」
《…………》
長い。
沈黙。
「ほら」
《…………》
「仕事でしょう?」
《…………》
「本人しかできない」
《…………》
「代替不可」
《…………》
「毎日、必ず何か起きる」
《…………》
「何も起きなくても」
にこ。
「《何も起きなかった》で終了♡」
《…………》
「しかも残業不要♡」
《…………》
名札。
じわ。
光る。
《おてつだいを とうろくしました》
「…………」
立ち上がる。
「勝った」
ノノ。
「まだ?」
「今度こそ!」
*
登録書類。
最後。
《このおてつだいを つくったひとの おなまえ》
「…………」
止まる。
「…………」
昨日。
匿名依頼を禁止した。
役職名ではなく。
ちゃんと。
名前。
「自分のルールに刺された」
試す。
《おしごとをきめる係》
《おなまえを かいてね♡》
「知ってる!」
扉。
開く。
「まだ起きてる?」
ポポ。
入ってくる。
後ろ。
ピピ。
灰色の《だれか係》。
さらに。
《みんな係》。
「なんで全員いるの?」
ポポ。
「なんとなく!」
「一番困る理由!」
ピピ。
「なんとなく♡」
「増やすな!」
*
「名前がいる」
わたしは言った。
「誰の?」
「私」
ポポ。
目を丸くする。
「ないの?」
「ない」
「じゃあ」
考える。
「しろちゃん!」
「却下」
「まるちゃん!」
「却下」
「もち!」
「食べ物!」
「ふわちゃん!」
「毛質!」
ピピ。
「悪い女♡」
「絶対却下!」
ノノ。
目を閉じたまま。
「振り向くなら、なんでもいいよ」
「雑!」
でも。
灰色の子だけ。
窓の外を見ていた。
夜。
薄くなっている。
黒。
藍。
青。
朝が来る前。
「ぼくも」
「ん?」
「名前」
「…………」
そうだった。
胸。
《だれか係》。
それしかなかった子。
「決める?」
「うん」
「何がいい?」
灰色の子。
窓。
見る。
空。
しばらく。
「ソラ」
「…………」
「ソラがいい」
「理由は?」
「空、好きだから」
「それだけ?」
「うん」
「…………」
簡単だった。
びっくりするくらい。
簡単。
「そんなのでいいの?」
椅子。
ノノ。
「名前って」
目を閉じたまま。
「おしごとじゃないし」
「…………」
今日。
三回目。
「ノノ」
「なに」
「仕事しすぎ」
「眠い」
「知ってる」
*
名前。
仕事じゃない。
意味。
なくていい。
成果。
なくていい。
役に立たなくていい。
誰かに褒められなくていい。
それを名乗ったことで。
何かが上手にならなくてもいい。
胸。
見る。
《にこにこ係》
最初にもらった名札。
笑う仕事。
笑って。
通す。
笑って。
励ます。
笑って。
百パーセント。
あの日。
泣いていた子にまで。
笑わせた。
「…………」
にこ。
にこ。
「ニコ」
口から。
出た。
ポポ。
「ニコ?」
「うん」
「にこにこ係だから?」
一拍。
「違う」
「じゃあ、なんで?」
「私が決めたから」
「それだけ?」
「それだけ」
少し。
笑う。
「あと」
ポポへ。
「ニコだからって」
「うん」
「いつも笑うわけじゃないからね」
「うん!」
ノノ。
「名前は勤務態度じゃないから」
「今日ほんとに仕事するね!?」
*
登録書類。
《このおてつだいを つくったひとの おなまえ》
炭。
《ニコ》
光。
《とうろくしました♡》
「…………」
少し。
変な感じ。
自分で。
自分へ。
名前。
つけた。
胸。
《おしごとをきめる係》
その下。
小さな札。
《ニコ》
役職より。
ずっと小さい。
でも。
「…………」
悪くない。
「ニコ!」
ポポ。
「なに?」
振り向く。
ポポ。
ぱあっ。
「ほんとだ!」
「何が?」
「振り向いた!」
「名前だから!」
*
空。
朝。
鐘。
りん。
りん。
りーーーーん。
村中。
花びら。
金色の粉。
巨大な看板。
《あたらしい おてつだい!》
《生きる係》
「…………」
嫌な予感。
《きょうも じょうずに》
「待って」
《生きよう!》
「嫌」
次。
《本日の 生きる率》
「消せ!」
《昨日より》
「消せ!」
《すてきに!》
「消せ!」
《生きる係ランキング》
「消せえええ!」
看板。
ぐい。
倒す。
ばたん。
「壊した!」
ポポ。
「壊してない♡」
笑う。
「ちょっと横になってもらっただけ♡」
「前も言ってた!」
「便利なの!」
別。
看板。
にょき。
《生きる係のみんなへ》
《もっと楽しく生きるための》
《おすすめ♡》
「…………」
《朝のおさんぽ》
《おともだちとおしゃべり》
《お水をのむ》
《おへやをきれいに》
《一日一回 ありがとう》
「…………」
一見。
いい。
悪くない。
全部。
やってもいい。
やらなくてもいい。
その横。
《きょう できた子》
《87%》
「消せ」
看板。
《?》
「おすすめの横に実施率置くな」
《くらべやすいよ♡》
「だから消せ!」
《みんながやってるよ♡》
「一番嫌なやつ!」
倒す。
次。
出る。
《七日れんぞくで》
「…………」
止まる。
《生きる係を できたら》
「…………」
《金色の》
「…………」
《よくできました!》
「…………」
静か。
長い。
ポポ。
「金色!」
「…………」
前足。
伸びる。
止まる。
もう一回。
伸びる。
指先。
ぷるぷる。
ノノ。
「欲しい?」
「欲しいよ!」
即答。
「ずっと欲しいよ!」
金色。
限定。
七日。
連続。
キラキラ。
「…………」
看板。
《七日れんぞくで 生きよう!》
「…………」
手。
下げる。
「だめ」
「どうして?」
ポポ。
「生きることまで」
震える。
「連続ログインボーナスにするな!」
看板。
外す。
「金色……」
捨てる。
「金色……!」
本当に。
惜しい。
「やめるの?」
「やめる!」
一拍。
「あとで絶対後悔するけど!」
*
《生きる係》。
規則。
一つずつ。
わたしが決める。
《評価しない》
《順位をつけない》
《連続記録をつけない》
《昨日とくらべない》
《達成率をつけない》
《成長目標をつくらない》
《おすすめ実施率を出さない》
《みんながやってる、を禁止》
《ごほうびをつけない》
「…………」
炭。
止まる。
《ごほうびをつけない》
「…………」
金色。
脳裏。
「ニコ?」
「分かってる!」
書く。
《ごほうびをつけない》
「くっ……」
「泣いてる?」
「泣いてない!」
ちょっと。
惜しいだけ。
「それから」
ここ。
一番。
重要。
《生きる係だけで》
《おうち》
《最低限のごはん》
《記録》
《門》
《利用できます》
職員。
止まる。
「それだと」
「なに?」
「ほかのおてつだい」
「うん」
「しない子、いるかも」
「…………」
「お仕事」
「うん」
「減るよ?」
「うん」
「困るかも」
「…………」
そう。
ここから。
現実。
*
翌朝。
《生きる係》。
開始。
「わーい!」
「今日は寝る!」
「遊ぶ!」
「お散歩!」
「何もしない!」
「お花見る!」
村。
楽しそう。
「…………」
わたし。
胸。
張る。
「成功」
ポポ。
「みんな笑ってる!」
「笑わなくても成功だけどね」
「そっか!」
「うん」
気分。
いい。
かなり。
いい。
「朝ごはん」
「うん!」
「パン」
「ないよ!」
「…………」
パン屋。
閉店。
「…………」
水場。
桶。
空。
「…………」
ゴミ。
残る。
「…………」
橋。
昨日壊れた板。
そのまま。
「…………」
道。
落ち葉。
山。
ノノ。
「静かでいいね」
「インフラが止まってるの!」
*
《おしごとをきめるおうち》。
緊急会議。
「誰かパン焼ける?」
沈黙。
「水」
沈黙。
「橋」
沈黙。
「掃除」
ノノ。
「寝られる」
「それは知ってる!」
ポポ。
「自由ってすごいね!」
「褒めてない!」
頭。
抱える。
「自由を導入した初日に文明止まった!」
ピピ。
「文明止まった♡」
「可愛く言うな!」
*
分かっていた。
いや。
分かっていたつもりだった。
仕事。
全部。
悪いわけじゃない。
パン。
誰かが焼く。
水。
誰かが運ぶ。
橋。
誰かが直す。
具合が悪い子。
誰かが看る。
ゴミ。
誰かが片づける。
制度を変えても。
パンは焼けない。
権利を増やしても。
水は勝手に歩いてこない。
優しい言葉を百個並べても。
壊れた橋は直らない。
「…………」
世界。
面倒。
生きる。
面倒。
「よし」
立つ。
「必要な仕事だけ残す」
*
札。
並べる。
《パン》
《水》
《修理》
《看病》
《掃除》
《運搬》
《火の管理》
「これ」
指す。
「追加のおてつだい」
職員。
「生きる係とは別?」
「別」
「やらなくても?」
「家と最低限のごはんはある」
「やったら?」
「追加報酬」
「どのくらい?」
「高くする」
「いっぱい?」
「嫌な仕事ほど高くする」
ポポ。
「お金いっぱい?」
「そう」
「やる!」
「何できる?」
「応援!」
「いらない!」
*
「パン焼きたい子」
手。
上がる。
一人。
二人。
「パン好き!」
「作るのも?」
「好き!」
「採用」
「水場」
数人。
「川好き!」
「重いよ?」
「分かってる!」
「採用」
「修理」
二人。
「壊れてるの見ると気になる」
「採用」
「看病」
三人。
「お熱の子ほっとけない」
「採用」
「掃除」
沈黙。
「…………」
ノノ。
目。
逸らす。
「元《きれいきれい係》でしょう!」
「元?」
「もう外したの!?」
「生きる係」
「切り替え早い!」
少しずつ。
埋まる。
好きだから。
得意だから。
追加報酬が欲しいから。
暇だから。
友達と一緒だから。
理由。
いろいろ。
「…………」
悪くない。
その横。
小さな子。
「ぼく、水とパンと掃除と運搬!」
「多い」
「いっぱいやったら、いっぱいもらえる?」
「もらえるけど」
「限定虹色リボン欲しい!」
「…………」
「あと三日だけ、いっぱい働く!」
「…………」
自分。
見た。
「減らして」
「やだ!」
「欲しい?」
「欲しい!」
「…………分かる」
ものすごく。
「でも減らして!」
「やだ!」
「この制度、自由にしても自分で過労する子出る!」
ノノ。
「ニコもするよ」
「知ってる!」
*
全部。
埋まらない。
水運び。
一枠。
掃除。
二枠。
早朝パン。
一枠。
職員。
「誰がやる?」
静か。
みんな。
こちら。
見る。
「…………」
一番。
偉い。
最後。
責任。
上へ。
投げられない。
「…………」
わたしかあああああ!
*
水差し。
重い。
「うぐ」
短い足。
ぷるぷる。
一歩。
二歩。
水。
こぼれる。
足元。
花。
ぽん。
ぽん。
咲く。
「かわいい!」
ポポ。
「今いらない!」
「えらいね!」
「それもいらない!」
パン。
焼く。
焦げる。
「…………」
黒い。
ポポ。
「新しい味?」
「失敗!」
修理。
釘。
打つ。
自分の前足。
「いたっ!」
ポポ。
「かわいい!」
「何でも褒めるな!」
掃除。
する。
ノノ。
横。
寝る。
「手伝って」
「やだ」
「知ってた!」
世界を少し自由にした女。
自由化初日。
村で一番。
働いていた。
「話が違う!」
ノノ。
「誰としたの?」
「私!」
「じゃあ」
「言うな!」
*
それでも。
昼。
少しずつ。
回る。
パン。
少ない。
でも。
ある。
水。
遅い。
でも。
来る。
掃除。
雑。
でも。
歩ける。
橋。
修理途中。
でも。
別の道。
ある。
完璧。
ではない。
前より。
不便。
少し。
遅い。
少し。
足りない。
少し。
でも。
誰か一人が潰れるまで。
ぎりぎりまで。
回してはいない。
*
木陰。
ココ。
寝ている。
足。
まだ包帯。
背中。
何もない。
胸。
《生きる係》
だけ。
「ココ」
「うん?」
目。
開く。
「今日は?」
ココ。
少し。
考える。
「今日は」
一拍。
「がんばれません」
「了解」
「…………」
ココ。
目。
丸くする。
「いいの?」
「いい」
「おしごと」
「生きる係」
「なにする?」
「今日のあなたがしたこと」
「寝てる」
「じゃあ《寝た》」
「それでいい?」
「いい」
「明日は?」
横。
ノノ。
「明日のココが考えるよ」
ココ。
ノノを見る。
わたしを見る。
「…………」
ふふ。
笑う。
「うん」
その笑顔。
誰も。
測らない。
*
広場。
ミミ。
背中。
仕事札。
十枚。
「少なくない?」
口から。
出た。
止まる。
「…………」
ミミ。
にや。
「十個もある」
「…………」
言われた。
「そうだった」
十枚。
自分で。
選んだ。
「終わったら?」
「遊ぶ!」
「いいね」
そこへ。
桃色の子。
「ミミ!」
「なあに?」
「これもお願い!」
一枚。
差し出す。
ミミ。
止まる。
札。
見る。
桃色。
見る。
前足。
少し。
震える。
「…………」
わたし。
何も言わない。
ミミ。
息。
吸う。
「今日は」
一拍。
「やらない」
桃色の子。
「そっか」
少し。
残念そう。
「じゃあ、またこんど聞くね」
「うん」
行く。
「…………」
ミミ。
動かない。
「どう?」
「…………」
周囲。
見る。
「世界」
小声。
「終わらなかった」
「うん」
「嫌われた?」
「知らない」
「…………」
ミミ。
自分の胸。
触る。
「でも」
少し。
笑う。
「ぼく、生きてる」
「うん」
それで。
充分。
とは。
言わない。
評価になるから。
ただ。
「うん」
もう一回。
*
丘。
ソラ。
寝転がっている。
灰色。
胸。
《生きる係》
その下。
《ソラ》
ほか。
なし。
「ソラ」
「なに?」
振り向く。
「今日は?」
「何もしない」
「明日?」
「分からない」
「いいね」
ソラ。
「えらい?」
「…………」
一瞬。
口から。
《えらい》
出そうになる。
止める。
「評価しない」
「そっか」
「がっかりした?」
「ううん」
「じゃあ?」
空。
見る。
「空、見たい」
「どうぞ」
ソラ。
見る。
誰かに頼まれたから。
ではない。
雲を数える。
ためでもない。
雨を心配する。
ためでもない。
報告する。
ためでもない。
ただ。
好きだから。
*
《にこにこ門》。
午後。
行く。
ピピ。
いる。
完璧な笑顔。
「今日も笑って――」
「待って」
「待って♡」
「その文句」
「その文句♡」
「もうやめる」
「もうやめる♡」
「そこも真似するんだ」
門。
表示。
《にこにこしてね》
「…………」
その前。
灰色。
小さい子。
覚えている。
泣いていた。
あの日。
『ぼく、大丈夫じゃないよ』
わたし。
百パーセント。
欲しかった。
だから。
『今日だけ、行こっか』
『でも、きっと大丈夫』
笑顔。
作らせた。
涙。
残ったまま。
門。
開いた。
「…………」
今日。
同じ子。
笑っていない。
門。
《にこにこが たりません》
閉じる。
灰色の子。
わたしを見る。
「今日は」
小さい声。
「行かなくてもいい?」
「…………」
百。
思い出す。
虹色。
思い出す。
金色。
思い出す。
数字。
思い出す。
「うん」
言う。
「いいよ」
門。
閉じたまま。
灰色の子。
少し。
待つ。
何も。
起きない。
「ごはん?」
「ある」
「おうち?」
「ある」
「借金?」
「増えない」
「…………」
息。
吐く。
「じゃあ」
「うん」
「帰る」
「うん」
それだけ。
行く。
仕事へ。
ではなく。
家へ。
見送る。
ピピ。
笑顔。
「行かなくてもいい♡」
「うん」
ニコ。
見る。
ピピ。
笑顔のまま。
「笑わなくてもいい♡」
「…………」
思わず。
笑う。
「その顔で言う?」
「笑わなくてもいい♡」
「まあ」
笑顔でも。
言える。
別に。
いい。
*
門。
数字。
《本日の にこにこ率》
くる。
くる。
100。
ではない。
87。
76。
63。
「…………」
低い。
「低いね!」
ポポ。
「言わなくていい!」
63%。
星。
なし。
金色。
なし。
連続。
なし。
「…………」
胸。
痛い。
本当に。
まだ。
痛い。
「…………」
看板。
近づく。
両前足。
かける。
ぐい。
外す。
《にこにこ率が わかりません》
門。
困る。
「うん」
看板。
地面。
置く。
「分からなくていい」
《…………》
「誰が何パーセント笑ってるか」
《…………》
「知らなくていい」
門。
静か。
横。
ノノ。
看板。
枕。
「ちょうどいい」
「早い!」
*
夕方。
村。
見る。
前より。
少し。
汚い。
パン。
少し。
足りない。
水。
少し。
遅い。
頼んだ仕事。
断られて。
むっとしている子。
いる。
追加報酬。
欲しくて。
仕事を三つ抱えている子。
いる。
「あと二日で虹色リボン!」
「一つ減らして!」
「やだ!」
「あなた昨日も働きすぎてたでしょう!」
「でも限定!」
「…………分かる!」
説得力。
ゼロ。
ポポ。
「ニコ」
「なに?」
「世界」
「うん」
「よくなった?」
「…………」
長い。
考える。
パン。
見る。
道。
見る。
仕事する子。
見る。
寝る子。
遊ぶ子。
泣く子。
笑う子。
限定品のために、自分で自分を追い込んでる子。
見る。
「別に」
「よくない?」
「前より」
一拍。
「ちょっとマシ」
「ちょっと?」
「ちょっと」
「それだけ?」
「それだけ」
「世界、変えたのに?」
「世界なんて」
ため息。
「そんな簡単に良くならないよ」
「そっか!」
「あと」
「うん?」
「私も」
自分。
指す。
「そんな簡単に良い人にならない」
「そっか!」
「そこは少し惜しんで」
*
「ニコ!」
呼ばれる。
ポポ。
ココ。
ミミ。
ソラ。
ピピ。
集まっている。
何か。
後ろ。
隠している。
「なに?」
「これ!」
差し出す。
紙。
ではない。
葉っぱ。
黄色。
金色。
っぽい。
きらきらした粉。
星形。
かなり。
歪んでいる。
文字。
《よくやりました》
「…………」
ポポ。
「本物じゃないよ!」
「分かってる」
「正式じゃない!」
「うん」
「百パーセントでもない!」
「うん」
「七日連続でもない!」
「うん」
「制度からじゃない!」
「うん」
「じゃあ」
見る。
「なんで?」
ポポ。
「ぼくたちが」
ココ。
「渡したいから」
ミミ。
「作った」
ソラ。
「きらきら」
ピピ。
「よくやりました♡」
「…………」
「基準は?」
ポポ。
「ない!」
「評価項目」
「ない!」
「達成率」
「ない!」
「昨日より?」
「知らない!」
「何日連続?」
「知らない!」
「他の子と比べて?」
「知らない!」
「…………」
受け取る。
胸。
《ニコ》
その横。
《よくやりました》
制度。
非公認。
基準。
なし。
ただ。
渡したいから。
「…………」
笑う。
「最高」
本気で。
*
夕暮れ。
丘。
座る。
疲れた。
めちゃくちゃ。
疲れた。
世界を少し変えた結果。
今日も。
かなり働いた。
「…………」
また。
自分に騙された。
横。
ノノ。
寝ている。
ポポ。
空。
見ている。
「ニコ」
「なに」
「これから」
「うん」
「ずっと、にこにこできる?」
「できるわけないでしょう」
即答。
ポポ。
「そっか!」
「泣く日ある」
「うん」
「怒る日も」
「うん」
「働きたくない日も」
「うん」
「普通に働く日もある」
「うん」
「褒められたら嬉しい」
「うん!」
「限定品は欲しい」
「うん!」
「出世も」
少し。
「嫌いじゃない」
「うん!」
「サボれるなら?」
「サボる」
「うん!」
「金色シール」
「欲しい」
「うん!」
「また仕組みに乗せられる?」
「たぶん」
「うん!」
「そこは否定して!」
ポポ。
笑う。
わたしも。
笑う。
「困ってる子いたら」
少し。
止まる。
「……たぶん」
空。
「また余計なことする」
「うん!」
「性格」
一拍。
「たぶん悪いまま」
ポポ。
「かわいいよ!」
「そこは知ってる」
笑った。
今度。
誰も。
測らない。
門。
ない。
数字。
ない。
役職。
でもない。
ただ。
笑いたかった。
だから。
笑った。
*
夜。
《はじめましてのおうち》。
帰る。
「…………」
初めて。
仕事。
持ち帰らない。
机。
空。
連絡。
なし。
胸。
《おしごとをきめる係》
外す。
置く。
《ニコ》
外さない。
横。
手作り。
《よくやりました》
そのまま。
布団。
入る。
「…………」
静か。
本当に。
静か。
目。
閉じる。
寝る。
その直前。
窓。
こつ。
「…………」
目。
開く。
こつ。
「…………」
嫌な予感。
窓。
開ける。
紙。
一枚。
《生きる係のみんなへ♡》
「…………」
読む。
《もっとすてきに生きるための》
《任意アンケート》
「…………」
下。
《こたえてくれた子には》
金。
きら。
《限定・金色シール》
「…………」
長い。
沈黙。
「…………任意?」
外。
声。
「任意だよお♡」
「答えなくても?」
「だいじょうぶ♡」
「ごはん?」
「あるよお♡」
「おうち?」
「あるよお♡」
「借金?」
「ふえないよお♡」
「…………」
正しい。
ちゃんと。
任意。
「何問?」
「十二問♡」
「…………」
紙。
見る。
金色。
見る。
布団。
見る。
もう一度。
金色。
「…………」
ノノ。
窓の外。
「寝ないの?」
「…………」
ペン。
取る。
「十二問なら」
布団。
起きる。
「まあ」
ノノ。
「やるんだ」
「限定だから!」
紙。
一問目。
《いま、にこにこしていますか?》
回答。
《はい》
《いいえ》
《どちらでもない》
「…………」
少し。
笑う。
丸。
《どちらでもない》
次。
二問目。
《あなたは、昨日より幸せですか?》
「…………」
ペン。
止まる。
「比較するな」
紙。
裏返す。
金色シール。
思い出す。
「…………」
もう一度。
表。
「でも限定……」
ノノ。
「寝る?」
「…………」
アンケート。
見る。
布団。
見る。
「明日やる」
「あとで?」
「うん」
ノノ。
「それ、わたしの」
「知ってる」
ペン。
置く。
布団。
入る。
限定シール。
欲しい。
すごく。
欲しい。
でも。
今日は。
眠い。
*
世界は。
そんなに変わらなかった。
パンは。
誰かが焼かなければならない。
水は。
誰かが運ばなければならない。
面倒な仕事は。
面倒なまま。
働きすぎる子もいる。
褒められたくて頑張る子もいる。
頼まれると断れない子もいる。
限定品につられて、自分から無理をする子もいる。
わたしも。
いる。
世界は。
そんなに変わらなかった。
わたしも。
そんなに変わらなかった。
それでも。
笑えない日に。
笑わなくても。
働けない日に。
働かなくても。
明日のごはんを心配せず。
眠れるようにはなった。
それくらい。
変わった。
死ぬまで。
にこにこ。
できるかな。
知らない。
できるわけがない。
でも。
明日も。
生きるくらいなら。
たぶん。
できる。
金色シールのアンケートは。
あと十一問。
明日。
やる。
たぶん。
限定だから。
わたしは最後まで。
そういう女だった。
そして。
そういう女のまま。
眠っていいことにした。




