第3話 ごほうび、もらえたね
二度目の日が昇った。
わたしの初出勤は、まだ終わっていなかった。
「おかえりなさい(はぁと) 今日もお疲れさまでした」
夜のおてつだいを終えた子へ笑う。
「おはようございます(はぁと) 今日もがんばりましょう」
入れ替わりでやってきた朝のおてつだいの子へ笑う。
「おかえりなさい(はぁと)」
「おはようございます(はぁと)」
「おかえりなさい(はぁと)」
「おはようございます(はぁと)」
夜。
朝。
夜。
朝。
自分がどちら側なのか、もう分からなかった。
たぶん門側だった。
《にこにこ門》の上では、
《にこにこ率 100%》
が朝日に照らされ、神々しいほど金色に輝いている。
「……まだ百」
思わず確認した。
よし。
ではない。
昨日から一度も寝ていない。
なのに数字が下がっていないことへ安心している。
過労死から何も学んでいないどころか、異世界で新しい依存先を見つけていた。
*
「おはよう!」
ポポが木の実パンを抱えてやってきた。
黄色い毛はふかふか。
瞳はつやつや。
昨日も朝から晩まで動き回っていたはずなのに、なぜこんなに元気なのか。
「よく眠れた?」
わたしは笑顔のまま答えた。
「質問の前提から間違ってる」
「眠らなかったの?」
「眠れなかったの」
「おなじじゃないの?」
「全然違う」
「どう違うの?」
「眠ったあと説明する」
「いつ眠るの?」
「それを私が知りたい」
ポポは木の実パンを差し出した。
「朝ごはん!」
「ありがとう」
受け取る。
かじろうとした。
「おはようございます(はぁと)」
通勤者が来た。
反射で笑う。
門が開く。
戻る。
パンへ口を開ける。
「おはようございます(はぁと)」
次が来た。
笑う。
戻る。
パン。
「おはようございます(はぁと)」
また来た。
「食べさせて!」
「食べながら、にこにこしていいんだよ」
「口が一個しかないの!」
ポポは不思議そうだった。
この世界は、労働者の身体構造に対する理解が甘い。
*
ちりん。
ちりん。
鈴の音がした。
「なに?」
森の道から、小さな荷車がやってくる。
荷台には、金色に輝く丸い木の実が山積みになっていた。
「…………」
眠気が少し消えた。
荷車を引いているのは、薄緑色のリスみたいな子だった。
胸には星形の名札。
《ごほうび係》
身体より大きなふさふさの尻尾が、右、左、右、左、と小刻みに動いている。
そろばんみたいだった。
「きのうの分の、ごほうびだよ」
「ごほうび」
わたしは復唱した。
「うん」
「お金?」
「きらだよ」
「使える?」
「使えるよ」
「お酒買える?」
「買えるよ」
完全に目が覚めた。
「この世界、お酒あるんですか?」
ポポが答える。
「夜露と木の実で作った、しゅわしゅわ木の実酒があるよ」
「買います」
「まだいくらもらえるか聞いてないよ」
「買います」
決定事項だった。
昨日。
朝から夜。
夜から朝。
にこにこ率百パーセント。
しかも新人。
これだけ働いている。
報われないはずがない。
前世では、その思考のまま死んだ。
今度こそ違う。
「《にこにこ係》、基本ごほうび」
ごほうび係が、金色の木の実を一つ取る。
「二十きら」
ぽん。
ぽん。
ぽん。
わたしの前へ積まれていく。
一つ。
二つ。
三つ。
十。
十五。
二十。
「わ……」
朝日に照らされた金色の山。
可愛い。
お金なのに可愛い。
「二十」
思わず両前足を広げる。
まだ触らない。
社会人なので。
「それから、《にこにこ率百パーセント》」
ごほうび係が、さらに二個。
「二きら」
「ボーナス!」
「ぼーなす?」
「なんでもない」
計二十二。
「夜のおてつだい」
さらに三個。
「三きら」
「深夜手当!」
「しんや?」
「この世界、そこだけちゃんとしてる!」
計二十五。
山になった。
わたしは耐えられず飛びついた。
「わあ……」
両前足で抱える。
金色の木の実が頬へ当たる。
冷たい。
硬い。
きらきら。
「可愛い……」
「お金だよ?」
「だから可愛いの」
労働が初めて、目に見える形で返ってきた。
「写真撮りたい」
「しゃしん?」
「ないよね。知ってる」
仕方ないので記憶に焼きつける。
二十五きら。
「木の実酒っていくら?」
「五きらくらい!」
「二十残る」
「うん!」
「お菓子は?」
「一きらからあるよ」
「買える」
「ふかふか枕は?」
「いっぱいふかふかすると、いっぱいきら!」
「買える!」
勝った。
今度こそ勝った。
異世界生活、いける。
前世より全然いける。
「夜まで働いた甲斐あったなあ」
言ってから、少しだけ引っかかった。
いや。
夜まで働くどころか、まだ働いている。
でも三きら増えた。
増えたなら、まあ。
「…………」
危険な思考が一瞬通過した。
疲れているので捕まえられなかった。
*
「じゃあ」
ごほうび係が、にっこりした。
「使った分を返してもらうね」
「はい?」
もう一枚の葉っぱが出てきた。
丸い文字で、
《ごほうびからのおすそわけ》
と書いてある。
「かわいい言い方してる」
「かわいいでしょう?」
「内容を聞くまで評価しません」
ごほうび係の大きな尻尾が、さっきとは逆向きへ、
しゃっ。
と動いた。
「《おうちのお世話》」
金色の山から、一個。
二個。
三個。
木の実が荷車へ戻る。
「八きら」
「八?」
しゃっ。
しゃっ。
しゃっ。
二十五から八個消えた。
「待って」
「なあに?」
「あの家、もらえたって聞いたんですけど」
「うん。もらえたよ」
「ですよね」
「今日も、もらえるよ」
「今日も?」
「八きら渡すと、今日もおうちがあるよ」
「…………」
それを前世では賃貸と呼んでいた。
「昨日、『家をあげる』みたいなテンションでしたよね?」
「新しい子に、眠れるおうちをあげるよ」
「毎日八きら?」
「うん」
「それは貸してるんです」
ごほうび係は笑った。
「でも毎日もらえるよ?」
「毎日支払えばね」
「うん!」
話が通じている。
価値観だけが通じていない。
「ちなみに、あの家、鍵ないですよ」
「鍵は別のおてつだいだから」
「別料金?」
「今回は取ってないよ」
「『今回は』って言わないで」
請求項目の未来が見えた。
*
「《おなかいっぱい》」
尻尾が動く。
「六きら」
「ちょっと待って」
木の実が六個消える。
「昨日の夕ごはんと、今日の朝ごはんだよ」
「朝ごはんまだ食べてない!」
わたしは木の実パンを掲げた。
一口も減っていない。
「これから食べられるよ」
「先払いなんですか?」
「昨日の分もあるよ」
「昨日のは後払い!」
「どっちも払えてよかったね」
強い。
どちらから攻めても喜びに変換される。
「おはよう!」
通勤者が来た。
わたしは反射で向き直る。
「おはようございます(はぁと) 今日もがんばりましょう(はぁと)」
門が開く。
『にこにこが、じょうずです』
「ありがとうございます(はぁと)」
振り返る。
金色の山がものすごく小さくなっていた。
「…………」
笑顔のまま目だけが死んだ。
*
「次、《おしゃれのおてつだい》」
「嫌な予感」
「二きら」
尻尾。
しゃっ、しゃっ。
二個消える。
「何のおしゃれ?」
「そのリボン」
わたしは首元を見る。
桃色。
確かに可愛い。
「これ制服ですよね?」
「うん」
「仕事に必要ですよね?」
「うん」
「貸与ですよね?」
「うん」
「なんで私が払うんです?」
「きみが着るから」
「…………」
完璧だった。
論理が一本の線で狂っている。
「じゃあ着ません」
「いいよ」
「え」
「《にこにこ係》じゃなくなるけど」
「…………」
「おてつだいがなくなったら、ごほうびもなくなるね」
「…………」
わたしはリボンを結び直した。
「とても似合っています」
「うん!」
自己防衛だった。
*
「《お名前がなくても安心》」
「もう嫌」
「一きら」
「それ何?」
「名札」
「私の名前書いてないんですけど」
胸を見る。
《にこにこ係》。
以上。
「名前がなくても、おてつだいが分かるでしょう?」
「むしろ名前を消して役職しか残ってない」
「便利だね」
「ディストピアの説明として百点」
一個消えた。
*
「おはよう」
昨日から何度も見ている茶色い子が来た。
巨大な荷車。
両腕はまだ垂れている。
頭の葉っぱは二枚になっていた。
一枚増えている。
「増えたね」
「うん」
「治ってる?」
「葉っぱ?」
「腕」
「上がらないよ」
「じゃあ何の葉っぱ?」
「がんばった印」
「治療じゃないんだ」
「かわいいでしょう?」
「かわいい」
悔しい。
ちょっと可愛い。
「今日も行ってくるね」
わたしは笑った。
「はい(はぁと) 腕が上がらなくても今日もがんばりましょう(はぁと)」
言ってから自分で止まる。
「いや、何言ってるんだ私」
『にこにこが、じょうずです』
門が褒めた。
「褒めるな」
でも数字は百。
ちらっと見た。
「見ない」
自分へ言った。
*
「《にこにこ門を、みんなで大切に》」
「いくら?」
「三きら」
「待って」
しゃっ。
一個。
「待って」
しゃっ。
二個。
「待って!」
しゃっ。
三個。
「そこで働いてるんですけど!」
「毎日使ってるでしょう?」
「業務で!」
「いっぱい使うね」
「いっぱい使わせてるのそっち!」
「だから大切にしようね」
可愛い啓発ポスターみたいな理屈で三きら消えた。
「門の維持費を従業員から取るな」
門が、
『いつも、ありがとう』
と言った。
「お前が言うな!」
門は嬉しそうに金色の粉を撒いた。
鼻へ入った。
「へくしっ!」
ころん。
一回転。
『かわいく、できました』
「今の評価項目どこ!?」
*
「《はじめましてのお世話》」
「嫌です」
「三きら」
「昨日の案内?」
「うん」
「無料じゃなかったんですか?」
「そのとき、きらを持ってなかったでしょう?」
「…………」
無料ではなかった。
請求が、
待ってくれていただけだった。
「優しいね!」
ポポが言った。
「どこが!?」
「お金がないのに、おうちに入れてくれた!」
「ローン会社と同じ褒め方してる!」
金色の山を見る。
もはや山ではない。
二個。
朝日を無駄に豪華に反射していた。
「待って」
わたしは二個へ前足を置いた。
右。
左。
「これは」
両足で挟む。
「私の」
「うん」
「二きらです」
「うん」
「これ以上は取れません」
「うん」
「分かりました?」
「分かったよ」
よし。
交渉成立。
「《みんなへのおすそわけ》。四きら」
「分かってない!」
「みんなへ、ありがとうの気持ちだよ」
「みんなって誰!?」
「みんなだよ」
「誰が受け取るの!?」
「みんな」
「具体名!」
「みんな」
「法人名!」
「みんな」
「振込先!」
「みんな」
巨大な尻尾が、
しゃっ。
一個持っていった。
「あっ!」
残り一個。
ころん。
足元へ転がる。
わたしは飛びついた。
「これはダメ!」
四本の短い手足すべてで抱え込む。
お腹の下へ隠す。
白い球体が金色の木の実へ覆いかぶさった。
「これは最後の一きらです」
「うん」
「最後なんです」
「うん」
「持っていったらゼロ!」
「うん。あと三きらだよ」
「そういう話してない!」
説明は完璧に通じている。
交渉だけ通じない。
「これは私のお金!」
「ごほうびだよ」
「私が働いてもらった!」
「いっぱい働いたね」
「夜も!」
「すごいね」
「百パーセント!」
「とってもじょうず」
褒めながら取ろうとしてくる。
怖い。
「絶対渡さない」
四本の足で踏ん張る。
「私の!」
「あっ」
ポポが何かを見つけた。
嫌な予感。
「一個落ちてるよ!」
「落ちてない!」
ポポがわたしのお腹の下を覗く。
「あるよ」
「守ってるの!」
「ごほうび係さん!」
「呼ばないで!」
ポポが木の実を引っぱった。
わたしも引っぱられた。
「離して!」
「みんなにおすそわけだよ」
「私はみんなに含まれないの!?」
「含まれるよ」
「じゃあ私へください!」
「もうもらったでしょう?」
「返させてる!」
ポポが木の実を持ち上げた。
しがみついているわたしも一緒に浮く。
「離さない!」
短い足が空中で、
ぱたぱたぱたぱた。
ポポはごほうび係へ持っていく。
「はい」
「はい、じゃない!」
ごほうび係が木の実を受け取る。
わたしもついたまま。
「ありがとう」
「返して!」
「ポポ、おてつだいじょうずだね」
「えへへ」
ポポが照れた。
「褒められてる場合か!」
「よかったね!」
「よくない!」
善意には逃げ道がない。
最後の木の実が荷車へ戻った。
わたしは地面へ、
ぽと。
落ちた。
何もない。
金色の山があった場所。
そこへ、ごほうび係の尻尾だけが、
しゃっ。
しゃっ。
あと二回動いた。
「…………」
嫌な数字だった。
*
ごほうび係が、細い枝を二本置いた。
枝は平行に並んでいる。
「今日のごほうび」
「もうないでしょう」
「マイナス二きらだよ」
「ごほうびがマイナスになるな」
「でも、すごいよ」
「どこが?」
「初めてなのに、二きらだけ!」
「借金を褒めるな」
「最初から二十きらの《おやくそく》を作る子もいるよ」
「二十?」
「うん」
「……私、かなり優秀?」
「とっても!」
「…………」
胸の奥が、
ぽっ。
と温かくなった。
「いや違う」
「なにが?」
「比較対象がおかしい」
「二きらだよ」
「知ってる」
「二十より少ないよ」
「知ってる!」
でも少ない。
十八きらも少ない。
「夜まで働いたから三きら増えたし」
「うん!」
「夜勤しなかったらマイナス五?」
「うん!」
「…………」
一瞬、
《夜まで働いてよかった》
と思った。
「違う!」
自分で自分へ叫んだ。
「どうしたの?」
「今すごく危ない納得しかけた!」
睡眠不足で、判断力まで控除されていた。
*
「二きらはどうやって払うんですか?」
「これ」
黒い葉っぱを二枚渡された。
「何?」
一枚が、
ぺたり。
胸の白い毛へ貼りつく。
「わっ」
剥がそうとする。
もう一枚が、
ぺたり。
頬へついた。
「ちょっと!」
鏡を見る。
白い身体。
桃色のリボン。
黒い葉っぱ。
「……意外と差し色には」
言いかけてやめた。
「違う。おしゃれじゃない」
「《明日の自分とのおやくそく》だよ」
「なにそれ」
「明日のごほうびから、二きら返すの」
「借金じゃん」
「借金じゃないよ」
「どう違うの?」
ごほうび係は、心から不思議そうにした。
「明日の自分との、おやくそくだよ」
「相手が自分なだけで借金」
「でも知らない子から借りてないよ」
「自分から借りてる!」
「だから安心だね」
「一番取り立てから逃げられない相手!」
黒い葉っぱを剥がす。
ぺり。
「明日の私が払えなかったら?」
「大丈夫」
この世界で「大丈夫」と言われるたび、不安が増える。
「払い終わるまで、おてつだいできるよ」
「いやな予感しかしない」
「ずっと働けるよ」
「はい来た」
「働けば、ごほうびがもらえるよ」
「生活費もかかる」
「うん」
「働く」
「うん」
「家代と食費がかかる」
「うん」
「足りない」
「うん」
「また働く」
「うん」
「また生活費がかかる」
「うん!」
「永久機関じゃん!」
「ずっと安心だね!」
生活は破綻している。
雇用だけは驚くほど安定していた。
*
「それから」
ごほうび係が言った。
「まだあるの!?」
わたしは反射的に後ずさった。
短い足なので三歩下がって十二センチだった。
「これは特別」
何かが取り出される。
星。
虹色。
中央に笑顔の花。
「…………」
わたしは止まった。
シールだった。
ものすごく可愛いシール。
《よくできました》
虹色の文字。
「…………」
「にこにこ率百パーセントの子だけだよ」
「限定?」
「げんてい?」
「誰でももらえない?」
「百パーセントの子だけ」
「昨日だけ?」
「きのうの分だよ」
「つまり昨日限定?」
「そうだね」
「ください」
即答した。
「どうぞ」
「ちょっと待って」
伸ばした前足を止める。
学習した。
さすがに学習した。
「いくら?」
「ただだよ」
「本当に?」
「うん」
「家代に含まれてる?」
「ないよ」
「門維持費?」
「ないよ」
「翌月請求?」
「よくげつ?」
「これを貼ることで何か別料金?」
「ないよ」
「退職時返却?」
「もらえるよ」
「所有権は?」
「きみのだよ」
「税金は?」
「ぜい?」
「手数料?」
「ないよ」
「更新料?」
「ないよ」
「シール保護費?」
「ないよ」
「紛失したら?」
「なくなるね」
「正しい!」
この世界で初めて完全に正しい回答だった。
「ください!」
受け取る。
胸の《にこにこ係》へ貼る。
ぺた。
「…………」
可愛い。
思った以上に可愛い。
虹色の星が、桃色のリボンと白い毛によく合う。
「鏡」
「はい」
ごほうび係が木の実形の小さな鏡を出した。
正面。
「……いい」
右。
「いい」
左。
「こっちもいい」
少し下から。
「丸いな」
でも可愛い。
鏡を遠ざける。
近づける。
いったん伏せる。
もう一度見る。
「…………」
限定。
百パーセント限定。
昨日のわたしが取った。
「似合ってるよ!」
ポポが言った。
「そうかな」
声が半音上がった。
「すっごく!」
「まあ、白に虹色は合うからね」
「かわいい!」
「でしょ?」
とうとう自分で言った。
借金二きら。
睡眠ゼロ。
勤務継続中。
なのに、ものすごく機嫌がいい。
「…………」
ふと鏡の端を見る。
星形シール。
その隣。
黒い葉っぱ。
《明日の自分とのおやくそく》。
虹色と黒。
「…………」
少し位置を変えた。
黒い葉っぱを名札の裏へ隠す。
「見えない」
「なにが?」
「なんでもない」
見えなければ、ないのとだいたい同じ。
第2話で身につけた思想を、自分の借金へ適用した。
*
「そういえば」
ごほうび係が別の小箱を開けた。
「なに」
「《よくできました》は、色がいくつかあるよ」
わたしの耳が、
ぴく。
と動いた。
「……何色?」
「きょうは虹」
「今日は?」
「七日続けて百パーセントだと、金色」
「…………」
ポポが嬉しそうに言う。
「前の《にこにこ係》も持ってたよ!」
「金?」
「うん!」
「見た?」
「ぴかぴかだった!」
「…………」
競争相手は、もう来ない。
もう来ないのに。
わたしの中で何かが燃えた。
「別に」
「なあに?」
「欲しくないけど」
「うん」
「確認ね」
「うん」
「七日連続?」
「うん!」
「一日でも九十九になったら?」
「また最初から」
「…………」
「でも、きみならできそう!」
「別にやらないよ」
「うん!」
「シールのために働くとか、そういうタイプじゃないし」
「うん!」
「子どもじゃないから」
「うん!」
「虹色で充分」
「うん!」
「金ってちょっと派手だし」
「うん!」
「むしろ虹のほうが私には似合う」
「うん!」
「…………金色、どのくらい大きい?」
「これくらい!」
ポポが前足をいっぱいに広げた。
「でか」
「きらきらだよ!」
「…………」
わたしは胸の虹色シールを見た。
「別に」
もう一度言った。
誰にも聞かれていない。
*
「おはよう」
朝のおてつだいの列が増えてきた。
「今日もよろしくね」
昨日の茶色い子。
「はい(はぁと) 今日も――」
一瞬、言葉が止まる。
門の上。
《100%》
胸。
《よくできました》。
頭の中。
《七日連続で金色》。
「…………」
笑う。
「今日も元気にがんばりましょう(はぁと)」
「腕、まだ上がらないよ」
「…………」
にこ。
「無理だけはしないでね(はぁと)」
「うん!」
門が開く。
『にこにこ、できました』
「よし」
小さく呟く。
もう訂正しなかった。
*
ポポが木の実パンを差し出す。
「朝ごはん、食べる?」
「食べる」
一口。
やっと。
甘い。
おいしい。
「おいしい……」
「よかった!」
もう一口食べようとする。
「おはよう」
次。
笑う。
門。
戻る。
パン。
「おはよう」
次。
笑う。
門。
「…………」
わたしはパンを見た。
仕事を見る。
胸のシールを見る。
「ねえポポ」
「なあに?」
「このパン、あとで食べてもいい?」
「うん!」
「食事代、もう引かれてるよね?」
「うん!」
「食べなくても?」
「うん!」
「なら絶対食べる」
そこだけは強い意志を持った。
*
午前の列が伸びていく。
わたしは笑った。
「おはようございます(はぁと)」
開く。
「大変だったね(はぁと)」
開く。
「きっと大丈夫」
開く。
「今日もがんばって(はぁと)」
開く。
昨日より速い。
昨日より自然。
昨日より笑顔がうまい。
『にこにこ係、とてもじょうずです』
「ありがとうございます(はぁと)」
門から金色の粉。
胸の虹色シールが光る。
悪くない。
むしろいい。
借金はある。
でも二きら。
新人としては優秀。
前任者は金色を持っていた。
別に関係ない。
「次の方どうぞ(はぁと)」
森の向こうまで列が続いている。
わたしは昨日から一度も退勤していない。
睡眠もしていない。
それでも胸には、
《よくできました》。
という証明があった。
前世で過労死したときには、
誰もシールをくれなかった。
「……こっちのほうが、ましかも」
言ってから、
「いや、そんなわけあるか」
自分で否定した。
でもシールを見る。
少し嬉しい。
「最悪」
「どうしたの?」
ポポが聞いた。
「私、こういうの効くんだよね」
「なにが?」
「キラキラしたゴミみたいな評価」
「シール、宝物だよ?」
「だから効くの」
*
黒い葉っぱが一枚、胸の毛から剥がれかけていた。
風に揺れる。
《明日の自分とのおやくそく》。
「明日ねえ」
わたしは呟いた。
昨日も、明日の自分へいろいろ押しつけて死んだ。
今日も同じことをしている。
違うのは、
今度は明日の自分へ、
借金まで渡したことだった。
「まあ」
葉っぱを名札の裏へ押し込む。
「明日の私、よろしく」
その瞬間。
森の向こうから朝の鐘が鳴った。
りん。
りん。
りん。
わたしは止まった。
「ポポ」
「なあに?」
「今、朝の鐘?」
「うん!」
「昨日も聞いた」
「毎日鳴るよ!」
「私、昨日の朝からここにいる」
「うん!」
「昨日の昼」
「いたね!」
「昨日の夜」
「いたね!」
「今日の朝」
「いるね!」
「…………」
初勤務。
二日目。
退勤。
なし。
睡眠。
なし。
借金。
二きら。
評価。
百パーセント。
限定シール。
一枚。
「…………」
胸元を見る。
虹色の星が朝日を受けてきらきらした。
可愛い。
悔しいくらい可愛い。
「おはようございます」
最初の朝勤の子がやってくる。
わたしは笑顔を作った。
「おはようございます(はぁと)」
花の門が、
ぱあっ。
と開いた。
「今日も笑ってがんばりましょう(はぁと)」
『にこにこ、できました』
門の上。
《100%》。
胸。
《よくできました》。
名札の裏。
《明日の自分とのおやくそく》。
前世には、
《借金で首が回らない》
という言葉があった。
今のわたしには、
そもそも首が見当たらなかった。
明日は、もう来ていた。
そして。
金色のシールまで、
あと六日だった。




