第7話 白い土
朝食を終えると、カイルたちは東の森へ向かった。
先頭を歩くのはハルトだ。そのすぐ後ろにナディアが続き、ガレスと大工のマルクが歩いている。カイルとガルドは最後尾だった。
ガルドは背負った籠を揺らし、前を歩くナディアへ声を飛ばした。
「白い土って、まだ先か?」
「先に炭窯を作る場所を見るの。父さんが昨日も言ってたでしょう」
「土を見てからでも同じだろ」
「ガルドは道を知らないんだから、黙ってついてきて」
「知ってるぞ。東へ行けば森だ」
ナディアが振り返り、呆れた顔をした。
カイルは笑いながら二人の間へ入る。
「帰りに迷わなければ、知ってることにしていいんじゃない?」
「迷わねえよ!」
ガルドの声に驚き、頭上の枝から鳥が飛び立った。
東の森へ入って間もなく木立が途切れ、右手に草地が現れた。草地の低い方を細い川が流れ、上側には草に埋もれかけた古い伐採道が残っている。
ハルトは川へ下りず、伐採道の脇で足を止めた。
「炭窯は、ここに作りたい。倒木を二本どければ薪を手押し車で運べるし、川の水も汲みに行ける」
マルクが持ってきた鉄棒を地面へ突き刺す。何度か場所を変え、土の硬さを確かめた。
「木の根には当たらんな。土も締まってるし、斜面から流れる水もここまでは来ない。掘るなら、この辺りがいい」
ガレスは窯を作る場所と、森との間を見比べた。
「火が移る心配は?」
「森側の若木を切って、窯の周りは土が見えるまで草を刈る。火を入れる前に、水を入れた桶も並べる」
ハルトが答えると、マルクもうなずいた。
「風の強い日は火を入れん。それなら大丈夫だ」
「よし。倒木をどけて、窯の周りを刈るところまで、四家族でやれ」
「分かった」
炭窯の場所が決まると、ナディアが待ちかねたように川へ向かった。
「白い土は向こうだよ」
橋はないが、少し上流へ行くと、平たい石が水面から出ていた。ナディアは石を選びながら軽々と渡っていく。
ガルドも続こうとして、一つ目の石へ足を載せる。体重をかけた途端、石がぐらりと傾き、靴の先が水へ入った。
ガルドが慌てて岸へ戻ると、対岸でナディアが笑った。
「今のは石が動いたんだ!」
「見れば分かるよ。乗る前に確かめなかったからでしょ」
カイルはつま先で石を押し、ぐらつかないことを確かめてから足を載せた。濡れた石も避けて進む。六歳の脚では大股になる場所もあったが、ガレスに手を借りずに渡り切った。
「カイルまで先に行くな!」
後ろでガルドが叫ぶ。
二度目は慎重に足を置き、今度は濡れずに渡ってきた。
ナディアが案内したのは、川岸が崩れて土の断面が見えている場所だった。茶色い土の間に、白っぽい層が細長く続いている。
ハルトが山刀で表面を削り、手のひらほどの塊を取り出した。
「山では、これを炭窯の壁へ混ぜていた」
カイルも小さな欠片を受け取った。指で押すと柔らかくつぶれ、砂粒はほとんど感じない。水を少し加えて練ると、細い紐にして曲げても切れなかった。
「これだけで壁を作るの?」
「いや。いつもの土へ混ぜる。白い土だけだと乾くのが遅いし、火に当てる前に割れることがある」
「どれくらい混ぜる?」
「土の湿り方で変わる。握った時に端が崩れず、乾かしても大きなひびが出ないところまでだ」
カイルは白い塊をもう一度練った。
ヴェルンで使われている器は、どれも厚くて重い。椀を落とせば簡単に割れ、保存壺は一つずつ口の大きさが違う。壺本体が無事でも、蓋が割れれば代わりが利かなかった。
「父さん、この土をリタさんにも見せたい」
「炭窯を見に来たと思ったら、今度は焼き物か?」
「今の器より、軽くて割れにくい物が作れるかもしれないよ」
ガレスは息子の手にある白い泥を見た。
「その話をリタにする時は、俺も一緒に行く。勝手に窯を建てる約束までしてくるなよ」
「分かってるよ」
答えながら、カイルは持ってきた小袋へ粘土を入れた。
ガルドが背中の籠を下ろす。
「これに全部入れろ。俺が持って帰る」
「全部はいらないよ。まずは作れるか確かめる分だけでいい」
「せっかく籠を持ってきたのに!」
ガルドは空の籠を恨めしそうに見てから、もう一度背負った。
◇
村へ戻ったカイルたちは、そのまま陶工のリタを訪ねた。
工房の軒下には、乾燥中の壺や椀が板の上へ並んでいる。奥では、袖を肘までまくった女性が、ろくろの上で壺の口を広げていた。
リタはヴェルンで十年以上、村の器を作っている。気に入らない出来の物は自分で割ってしまう一方、使っている椀を欠けさせると、子ども相手でも容赦なく叱る。
「朝から大勢で何だい。泥なら間に合ってるよ」
顔を上げたリタへ、ナディアが小袋を差し出した。
「川岸で採った土。炭窯に混ぜると、壁が割れにくいの」
「へえ。ちょっと見せて」
リタは濡れた手を前掛けで拭き、小袋の中へ指を入れた。白い粘土をつまみ、指先で何度も押し広げる。次に細い紐へ伸ばし、輪にしてつなげた。
「粘りが強いね。これだけじゃ乾くまで時間がかかりそうだけど、うちの土へ混ぜれば使えるかもしれない」
工房の壁際には、焼いている途中で割れた器が籠へ放り込まれていた。
「あの欠片、捨てるの?」
「他に使い道がないからね。砕いて道へ撒くことはあるけど」
「細かく砕いて、粘土に混ぜたい。焼いた欠片はもう縮まないから、乾かす時のひびが減るはずだよ」
リタは籠から欠けた椀を拾い、白い粘土と見比べた。
「割れた器まで、次の器の土にするのかい」
「うん。でも、入れすぎると形を作りにくくなるから、最初は少しだけ」
「面白いね。細かく砕くのは骨が折れそうだけど、試す分くらいならやってみよう」
「今より軽い椀も作れる?」
カイルが尋ねると、リタは片眉を上げた。
「薄くすれば軽くなるよ。その代わり、火に近いところから割れていくけどね」
「リタさんの窯、奥と手前で火の強さが違うよね」
動いていた手が止まった。
「どうして知ってるんだい?」
「前に器を取りに来た時、奥の椀ばかり色が濃かったから」
リタは軒下へ並ぶ器を見た。色の濃い物は同じ側へ集められている。
「よく見てるね。それで?」
カイルは工房の隅から木板と炭筆を借りた。
「焚き口の炎が器の片側だけに当たらないようにして、床の下を通った熱を窯の中へ上げるんだ。熱が一か所に集まらなければ、薄くしても割れにくくなると思う」
木板に、焚き口と熱気の通り道、その上に器を置く場所を描く。
マルクが横から図をのぞき込んだ。
「床を浮かせるなら、下に支えがいるな。石で組んで、その上を粘土で固めれば作れる」
「穴を狭くしすぎたら火が回らないよ」
リタが炭筆を取り、熱気を上げる隙間を書き足した。
「穴を広げすぎると、炎が器へ直接当たる。穴の位置と大きさは、窯を組む時に私が決めるよ」
「うん。リタさんに任せる」
あっさり答えると、リタがカイルを見た。
「そこは口を出さないのかい?」
「実際に焼くのはリタさんだから」
リタは一瞬きょとんとし、それから口元を緩めた。
「分かった。火の回りは私が見るよ。あんたの絵が使いものになるか、試してやろうじゃないか」
リタは図を手に取り、もう一度じっくり眺めた。
カイルは工房の棚へ目を向けた。形の違う蓋が、十枚以上積まれている。
「この蓋、別の壺には使えないの?」
「口の大きさが少しずつ違うからね。合うのを探すより、作り直した方が早いよ」
「同じ大きさに作れない?」
「毎回ぴたりと同じにできるなら、とっくにやってるよ」
リタは壺の口へ指を当てたまま、カイルの返事を待った。
「口の幅を測る棒を作ろう。小さい壺と大きい壺で、長さを二つ決めておけばいいよ」
「棒を当てるだけなら、口をつぶさずに測れるね」
リタは乾燥中の壺へ指を当て、口の広さを確かめた。続けて、棚から椀を一つ持ってくる。
「こいつも見本にしよう。次は、重ねられる形にしてみるか」
粘土も一個分ずつ先に取り分けることになった。
話し始めた時より、明らかに声が弾んでいた。
ガレスが木板を指で叩く。
「作るのは構わんが、窯の材料と人手はどうする?」
「石と木は、倉庫を建て直した残りが使える」
マルクが答える。
「白い土と薪は、俺たちが運ぶ」
ハルトも続いた。
「最初の窯がうまくいけば、冬まで仕事にできる」
「なら、エレナに費用を出してもらえるか聞こう。俺が勝手に決めたら、あとで三人分まとめて怒られる」
「四人だよ。私を外すんじゃないよ」
リタがすぐに言い返した。
◇
新しい陶器窯は、リタの工房から少し離れた村の東端に作られた。
マルクが石で焚き口と熱気の通り道を組み、その上へ器を置く床を作る。リタは白い粘土を混ぜた土で内側を塗り、乾き具合を確かめながら何度も表面を撫でた。
ハルトたちは川岸から粘土を運び、森で切った薪を細く割って工房の軒下へ積んだ。炭窯の方も同時に作り始めたため、森と村の間を手押し車が何度も往復するようになった。
カイルは、リタの工房へ通った。
器の形を描き、壺の口径を測る棒と、椀の形を確かめる木の見本をマルクに作ってもらう。実際に使うと、リタはすぐに寸法を直した。
「椀の底は、もう少し広い方がいいよ。これじゃ、汁を入れた時に倒れやすい」
「じゃあ、見本の底を広げよう」
「縁は薄くしすぎない。欠けるのは、いつもここからだからね」
図どおりに作るのではない。リタが手で作れる形へ変え、毎日使っても壊れにくい厚さを残す。
ガルドとナディアも、できる仕事を手伝った。
ナディアは乾かす前の椀を見本の横へ並べ、形の違う物をリタへ渡す。ガルドは薪を運んでいたが、途中からろくろへ興味を持ち、勝手に足を乗せた。
「回していいか?」
「触るんじゃないよ! その足で蹴ったら、椀どころか粘土まで飛んでいく!」
「そんなに強く蹴らねえよ」
「昨日、薪を割る台までへこませた子が言っても信用しないよ!」
ナディアが吹き出し、ガルドは不満そうに薪の山へ戻った。
十日ほどで、最初に焼く器が揃った。
椀、皿、蓋付きの保存壺。どれも飾り気はないが、同じ種類なら並べた時の高さと幅が揃っている。
リタは器を窯へ入れ、入口を土で塞いだ。
火を入れた日は、朝から工房の周りに人が集まった。焚き口の奥で薪が燃え、窯の上から細い煙が上がる。
リタは炎の色を見て、焚き口へ耳を近づけた。
「まだ薪を足さないで。今入れたら、手前だけ急に熱くなる」
マルクが持っていた薪を下ろす。
しばらくすると、リタは下側の空気穴を少し開けた。炎の音が変わる。窯肌へ手を近づけ、今度は短い薪を二本だけ足した。
カイルも最後まで見届けたかったが、日が暮れる頃には瞼が重くなった。
頭では起きていられる。六歳の身体がついてこない。
「もう帰るわよ」
迎えに来たエレナが、カイルの肩へ上着を掛けた。
「でも、まだ火が入ってる」
「朝まで焼くんでしょう? あなたが見ていても、リタの仕事は減らないわ」
「あと少しだけ」
「立ったまま寝そうな顔で言わないの」
リタも焚き口から顔を上げた。
「ここからは私の仕事だよ。明日、ちゃんと見せてやるから、寝ておいで」
カイルは窯を振り返りながら、エレナと家へ戻った。
翌日、火を止めた窯は一日かけて冷まされた。
その次の朝、カイルが工房へ着くと、リタはすでに入口を塞いでいた土を外していた。ガレス、エレナ、マルク、ハルトたちも集まっている。
リタが窯の中へ手を伸ばし、一つ目の椀を取り出した。
灰色がかった表面には、ひびも大きなゆがみもない。
両手で持ち、裏返し、指で縁を軽く弾く。
澄んだ音が鳴った。
「軽い…! ちょっと、これ、ちゃんと焼けてるよ!」
自分で作ったにもかかわらず、リタは誰より驚いていた。
「白い土を混ぜたのは、リタさんだろ」
ガレスが笑う。
「分かってるよ! でも、ここまで変わるとは思わなかったんだ!」
リタは二つ目、三つ目と器を取り出した。椀を五枚重ねても、大きく傾かない。保存壺の蓋を隣の壺へ載せると、縁へきれいに収まった。
ナディアが別の蓋も試す。
「こっちの壺にも合うよ」
「全部、同じ幅にしたからね」
リタは得意げに答えた。
ガルドが椀を手に取り、高く持ち上げる。
「落としても割れないか試していいか?」
「売り物を落とす馬鹿がいるかい! 今すぐ返しな!」
リタの声が工房中へ響いた。
カイルも一枚受け取った。
これまでの椀なら、六歳の手では両側から抱えるように持つ必要があった。新しい椀は、片手でも難なく持ち上がる。縁も厚すぎず、口へ運びやすい。
軽い器など、前世では気に留めたこともなかった。
六年も重い椀を使い続けた今は、その軽さだけで頬が緩んだ。
「そんなに気に入ったのかい?」
リタに聞かれ、カイルは素直にうなずいた。
「うん。毎日、これで食べたい」
リタはエレナを振り返った。
「この一枚、カイルにやってもいいかい?」
「ええ。新しい窯の図を描いたお礼にしましょう」
リタは椀をカイルへ差し出した。
「だってさ。今日からあんたの椀だよ」
「いいの?」
「器は使ってもらってこそだよ。ただし、割ったら次は買いな」
カイルは椀を胸元へ抱えた。
その日の昼、ベルタは新しい椀へ温かい煮込みをよそった。
子どもでも片手で持てる。食べ終わった椀は重ねて運べるため、厨房と食堂を往復する回数も減った。
リタは、皆が使う様子を食堂の端から見ていた。自分の椀を持つ手元へ、何度も目を向けている。
◇
数日後、塩と布を積んだ商人の荷車がヴェルンへ立ち寄った。
以前、ガレス傭兵団へ護衛を頼んだことのある男で、村の倉庫へ塩を納めに来たのだ。荷下ろしを待つ間、リタの工房前へ積まれた器に気づいた。
「見ない形だな。これも売り物か?」
「新しい窯の試し焼きさ。買うなら、値の話はエレナにしておくれ」
リタがすぐに椀を差し出した。
商人は受け取った椀を裏返し、縁を指で弾いた。次に同じ形の椀を重ね、保存壺の蓋を二つ入れ替える。
「全部、この大きさで揃ってるのか?」
「そこにある分はね。次も同じ見本を使って作るよ」
「これなら荷車へ積みやすい。今までの壺は、一つずつ形が違うせいで、隙間へ藁を詰めるのが面倒だった」
商人は椀を二十枚、保存壺を六つ選んだ。
「次に来る時も同じ出来なら、また買う。値は銀で半分、残りを塩とこの布でどうだ?」
商人が示したのは、荷台に積んでいた厚手の布だった。
エレナは布地を指で確かめ、塩の袋を量らせた。提示された銀貨も一枚ずつ見た後、リタとハルトへ目を向ける。
「私はそれでいいよ。冬前なら、銀だけより布の方が助かる」
「こちらも構わない」
二人の返事を聞いてから、エレナは取引を決めた。
エレナは窯に使った石材と木材を帳簿へ記し、リタには器を作って焼いた分、マルクには窯を組んだ分、ハルトたちには粘土と薪を運んだ分を渡した。残りは、次の器を作る材料と共同備蓄へ回す。
ハルトは受け取った塩と布を、少し離れた場所で待つ家族へ見せた。
「これで、最初に分けてもらった食料も少しずつ返せる」
「急がなくていいわ。冬を越せなくなったら、受け入れた意味がないもの」
エレナが答える。
「働いた分を記録しているから、春になった時にまとめて確かめましょう」
ハルトは布を抱えたまま、深くうなずいた。
ナディアも白い土を見つけた分だと言われ、小さな銀貨を一枚受け取った。何度も表と裏を見たあと、大事そうに腰の袋へしまう。
「初めて自分で稼いだのか?」
ガルドがのぞき込む。
「案内しただけじゃないよ。粘土も運んだし、椀も並べた」
「俺だって薪を運んだぞ」
「ガルドの分もあるよ」
エレナが呼ぶと、ガルドはナディアとの話を途中でやめて駆けていった。
布を家族ごとに分け始めると、ナディアは受け取った一枚を幼い弟の肩へ掛けた。自分の上着は肘が擦れ、靴の縁も糸で何度も縫い直されている。
周りの子どもたちも似たような格好だった。
商人から受け取った布だけでは、二十五人全員の冬着には足りない。
カイルは、ハルトたちが持ち込んだ獣皮を見た。
「母さん。この布に革も合わせたら、もっと作れないかな」
「上着と靴に使うの?」
「うん。雪が降る前に、みんなの分を作りたい」
エレナは積まれた獣皮と、布を待つ子どもたちを見比べた。
「明日の朝、革仕事ができる人を集めましょう。まず、何人分必要なのか数えないとね」
冷たい風が吹き、ナディアが弟の肩へ掛けた布を押さえた。
雪が降るまで、もうあまり時間はなかった。
【第7話時点のヴェルン周辺地図】




