第8話 雪のあいだに
初雪が降る前に、ハルトたちの冬着はどうにか間に合った。
全員へ新しい服を作れたわけではない。傷みの少ない服は継ぎを当て、擦り切れた靴は底革を張り替えた。新しい布は、幼い子どもや、着替えをほとんど持っていない者から順に使っている。
ナディアの上着も、袖口と肩だけが新しい布に替わっていた。靴は古いままだが、厚い底革が縫い足されている。
「その靴、歩きにくくない?」
カイルが尋ねると、ナディアはその場で二度跳ねた。
「大丈夫。雪が入ってこない方がいい」
「俺のも見ろよ!」
隣にいたガルドが、片足を高く上げた。
「父ちゃんの古い靴だぞ。底だけ替えたんだ!」
「それ、ガルドの靴じゃないよね」
「もう俺のだ!」
大きすぎる靴の中には、布が詰めてあった。それでも本人は気に入っているらしく、雪の残る地面を何度も踏みつけている。
布の裁ち方をいくつかに揃えたことで、冬着を作り、古い服を直す作業は以前より早く進んだ。誰にでも同じ服を着せたのではない。子ども、大人、小柄な者、大柄な者で大まかな形を分け、最後に着る者へ合わせて縫い直している。
靴底も同じだった。足の形まで揃えることはできないが、革を切る前の見本があれば、毎回一から形を決めずに済む。
その見本は、春から別の仕事にも使えそうだった。
◇
雪が村を覆う頃、共同集会所の長机には、この冬に作れる物が並べられていた。
リタの椀と保存壺。ハルトたちが作った革帯、小袋、靴紐。炭焼き窯から出した木炭を入れる袋もある。
「春に商人が来るまで、作れるだけ作っちまえばいいんじゃねぇか?」
ガレスが椀を手に取った。
「同じ出来なら、また買うって言ってたんだろ」
「作りすぎて残ったら、食料にも銀にもならないわ」
エレナがすぐに返した。
「それに、粘土も薪も革も、使える量には限りがあるでしょう」
「じゃあ、どれだけ作るんだ?」
長机を囲む大人たちが、前回の取引を記した木札へ目を向けた。
カイルも母の隣から、並んだ品を見比べる。
売れるかどうか分からない物を増やす必要はない。まず作るべきなのは、すでに商人が値をつけた品だ。
「この前と同じ椀と壺から作ればいいよ」
カイルが言うと、リタが椀を指で弾いた。
「私はそのつもりだよ。見本も残してあるしね」
「革の物はどうする?」
ハルトが尋ねる。
「旅に出ると、何が傷みやすいの?」
「靴紐と、荷を縛る革帯だな。小袋も使う。どれも傷めば取り替える」
「じゃあ、靴紐と革帯から作ろう。長さは、どれくらいがいい?」
ハルトは机の上から、細い革紐と太い革帯を一本ずつ取った。
「こいつらに揃えりゃいい」
二本は、革を切る時の見本として残すことになった。小袋は、余った革で作れる分だけにする。
木炭は、大きな塊と細かく割れた物を分けてから、袋へ詰めることになった。重さは、塩や鉄を受け取る時に使う共同倉庫の天秤で揃える。同じ大きさの袋でも、中身の重さが違えば取引のたびにもめるからだ。
「これで、春まで何を作るかは決まったわね」
エレナは品ごとに木札を置いた。
「作る物は決まったわ。でも、誰がいくつ作ったか、私一人で毎日見て回るのは無理ね」
木札には、品の印と数が記されている。文字や数字を読めない者には、印の形と刻み目で分かるようにしてあった。
それでも、扱う品が増えれば、印だけでは足りなくなる。
ガレスが革帯の札を持ち上げ、眉を寄せた。
「これ、細い方か? 太い方か?」
「裏に書いてあるでしょう」
「読めねぇ奴には同じに見えるぞ」
「だから困っているのよ」
エレナの返事を聞き、カイルは集会所の隅へ目を向けた。
雪の間、子どもたちは外で長く遊べない。畑仕事も少なく、家の中で薪を運んだり、糸を紡いだりして過ごしている。
荷札を読めれば、今の仕事も楽になる。文字と数を覚えた子どもは、将来選べる役目も増える。親と同じ傭兵や職人になるとしても、受け取った報酬を自分で確かめられる。
「母さん。冬の間、みんなで字と数を習ったら駄目?」
「子どもたちが?」
「うん。畑が始まる前まで、朝だけ」
エレナはすぐには答えず、集会所の広さと、長机の数を確かめた。
「教える人はどうするの?」
「字を読める人に、順番で来てもらおう。僕も小さい子なら教えられるよ」
「お前が先生をやるのか?」
ガレスが楽しそうに笑った。
「父さんよりは読めるよ」
「そりゃ、俺を基準にしちゃ駄目だろ」
エレナまで笑ったが、すぐに机の上の札へ視線を戻した。
「毎日一日中は無理ね。朝食の後から昼までなら、手の空く人を探せるかもしれないわ」
「昼からは家の仕事を手伝えるよ」
「まず十日だけやってみましょう。続けるかどうかは、それからね」
ガレスがカイルの頭へ大きな手を置いた。
「よかったな、先生」
「父さんも来る?」
「俺は仕事がある」
「逃げた」
「ち、違うぞ。団長は忙しいんだ」
エレナがため息をつく。
「ガレス。自分の名前くらい、もう少しきれいに書けるようになってちょうだい」
笑い声が広がる中、ガレスだけが困った顔をしていた。
◇
学校と呼ぶには、ずいぶん簡素な始まりだった。
紙も羊皮紙も、子どもの練習へ使えるほど安くない。インクも、書いては捨てる物には使えなかった。
マルクが廃材から浅い木箱を作り、川辺で集めた細かな砂を入れた。二人で一箱を使い、先の丸い木の棒で文字を書く。手のひらで砂をならせば、何度でもやり直せる。
読み方を覚えるため、文字を一つずつ刻んだ木札も用意した。小石と、切り込みを入れた数え棒は、数の練習に使う。
ハルトたちは、森で採った蜜蝋も少し持っていた。蜜蝋は弓弦や革の手入れにも必要なため、木のくぼみへ薄く流した蝋板は数枚だけにした。砂箱で文字の形を覚えた子から、二人ずつ交代で使う。
蝋へ文字を刻む棒は、片方を細く、反対側を平らに削ってある。間違えた場所は、平らな方でこすれば消せた。
最初の日、集会所には幼い子どもから十歳を過ぎた子までが集まった。
朝食の後は、まず文字を習う。外へ出て身体を動かした後に数を学び、最後に見た物を正しく伝える練習をする。昼になれば終わりだ。それから先は、それぞれ家の仕事を手伝う。
エレナが長机の前に立ち、大きな板へ炭筆で文字を書く。
「初めから全部できる人はいません。分からない時は、分からないと言ってちょうだい。人の間違いを笑った子は、私が叱ります」
ガルドが隣のカイルへ顔を寄せた。
「間違えたら、怒られるのか?」
「分からないって言えば怒られないよ」
「じゃあ、俺は最初から分からない」
「まだ何も聞いてないでしょ」
向かいに座ったナディアが笑う。
ガルドは口を尖らせながら、砂へ最初の文字を書いた。線が一本多い。
「違う。ここはいらないよ」
カイルが指すと、ガルドはすぐに手のひらで消した。
「もう一回だ」
稽古の時と同じ顔をしている。
ナディアは、エレナが書いた形を何度も見てから、ゆっくり砂へ写した。一度目は線が曲がったが、二度目にはほとんど同じ形になった。
「これで合ってる?」
「うん。次は見ないで書いてみて」
「もう覚えたよ」
板から目を離し、今度は迷わず書く。
「本当だ」
カイルが驚くと、ナディアは少し得意そうに笑った。
全員へ同じことを、同じ速さで教えても意味がない。文字の形を知らない子、読めるが書けない子、簡単な言葉なら読める子で、座る机を分けた。先に覚えた子には、隣の子が書いた文字を見てもらう。
数の時間も、いきなり計算をさせなかった。
十まで数えられない子は小石を並べる。数えられる子は、二つの山を一つにして合計を出す。百まで分かる子には、品物の札に使う数を書かせた。
ある日、エレナが共同倉庫から木製の枡を持ってきた。
「これは、麦を量る時に使っている物よ。いっぱいに入れたら一杯。半分なら半杯です」
ガルドが砂を山盛りにし、得意げに持ち上げる。
「俺の方が多いぞ!」
「山盛りにしたら、同じ一杯にならないでしょう」
エレナが細い棒を枡の縁へ当て、盛り上がった砂を落とした。
「縁まで平らにして、初めて同じ一杯になるの。ガルドの気分で量が変わったら、受け取る人が困るでしょう」
「減った…」
「次も、縁より上は落とすんだよ」
カイルが言うと、ガルドは枡をもう一度砂へ入れた。
今度は自分で棒を使い、縁まで平らにする。
文字と数の後には、見たことを短く話す練習も入れた。
薪置き場を見てきたガルドは、最初に「いっぱいあった」と答えた。カイルが束の数を尋ねると、もう一度外へ走っていった。
戻ってきた時には息を弾ませながら、指を折って数を確かめている。
「薪は十二束! 屋根の端にある二束だけ、雪がかかってた!」
「それなら、どこを直せばいいか分かるね」
ガルドは満足そうに胸を張った。
ナディアは、革加工場の軒下へ積まれた皮を見に行った。
「大きい皮が四枚と、小さいのが七枚あったよ。小さい方は二枚だけ、裏がまだ湿ってた」
数だけでなく、次に困りそうなことまで見てきている。
「じゃあ、革仕事の人にも伝えよう」
「うん。帰りに言ってきた」
カイルは思わず笑った。
最初の十日が過ぎても、授業は終わらなかった。
子どもたちは朝食を終えると集会所へ集まり、文字を一つ覚えるたびに、読める札を増やしていった。昼になれば、家の仕事や工房の手伝いへ戻る。ガルドとカイルは、天気のよい日には稽古場へも通った。
冬の終わりには、年長の子どもの多くが、自分の名前と家族の名前を書けるようになった。品物の数を木札へ記し、簡単な足し引きもできる。
全員が同じところまで進んだわけではない。それでも、誰が何を覚えたかは、エレナが子どもごとに作った木札へ残っている。春になって学校を休んでも、次の冬は続きから始められる。
前世では、読み書きや計算ができることを特別だと思ったことはなかった。
文字が読めれば、工房の荷札や商人の注文を自分で確かめられる。数を扱えれば、倉庫や荷車を任される。戦場へ出る者なら、受け取った命令や食料の残りを正しく伝えられる。
今、砂へ何度も名前を書いている子どもたちが、十年後に何を選ぶかは分からない。傭兵になる者もいれば、職人や商人になる者もいるだろう。
成長した時に選べる道が、一つでも多い方がいい。
砂へ自分の名前を書けた子が、見学に来ていた母親へ見せに走っていく。
その姿を見ていると、胸の奥が少し温かくなった。
◇
雪が解け、村の外に黒い土が戻った。
窯のそばには、春に売る椀と保存壺が積まれている。革帯や小袋も数を増やし、同じ重さの木炭を詰めた袋が炭焼き場の小屋へ並んだ。
学校はいったん終わり、子どもたちは畑や工房へ戻っていく。
その日の午後、ハルトは六家族の代表を連れて、ガレスとエレナの前に立った。
「春までという約束だった。俺たちは、この先もヴェルンで暮らしたい」
ガレスは周囲の家々へ目を向けた。
ハルトたちは炭を焼き、革をなめし、森を巡回した。冬の食料を受け取るだけでなく、自分たちの仕事で村の暮らしを支えている。
「俺たちは助かる。だが、本当にここでいいのか?」
「子どもが腹を空かせずに冬を越した。仕事もある。残らない理由がない」
ハルトの後ろで、ナディアが小さくうなずいた。
「なら、今日から客じゃねぇ。ヴェルンの住人だ」
ガレスが手を差し出す。
ハルトは、その手を強く握り返した。
狩人のうち、ハルトを含む数人は、ガレス傭兵団の弓使いと一緒に訓練へ加わることも決まった。春からは、森での斥候と遠射を任せられるよう、既存の団員と合図や動き方を揃えていく。
話がまとまった直後、荷車道の方で犬が吠えた。
泥の跳ねた外套を着た騎馬の男が、一頭の馬をゆっくり歩かせてくる。集会所の前で馬を降りると、革袋から封をした書状を取り出した。
「北方街道を荒らしていた野盗の根城が見つかりました。古い関所跡に、二十人ほどいるそうです。討伐を引き受けるか返事がほしいとのことです」
ガレスは書状を受け取り、封を切った。
読み進めるうちに、さっきまでの笑みが消えていく。
「領兵は動かねぇのか?」
「十人ほどで木戸へ近づいたそうですが、坂の上から矢を受けて退いています」
ガレスは書状を裏返し、描かれていた関所の見取り図へ目を落とした。
使者は翌朝に返事を受け取りに来ると言い、馬を引いて集会所を離れた。
「何の仕事?」
カイルが尋ねると、ガレスは見取り図を机へ広げた。
「古い関所に入り込んだ野盗を片づける。ここから北へ六日ほどだな」
「何日くらい帰ってこないの?」
「行って戻るだけで十二日だ。向こうを調べる日も入れりゃ、二週間は見ておいてくれ」
ガレスは書状を畳み、カイルを見た。
「お前は村に残れ。今度の仕事には連れていかねぇ」
六歳のカイルがついていけば、父は野盗より先に息子を守らなければならなくなる。
「分かった」
カイルは答えたが、見取り図から目を離さなかった。
どうすれば、この関所を落とせるのか。
木戸、石壁、裏手の急斜面。見取り図の線を目で追ううち、前世で読んだサルディスの陥落が頭に浮かんだ。
カイルは、関所の裏手へ指を置いた。




