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No.5:消えゆく退路

......響達が謎の地に落ちて数分。


状況は依然として最悪であった。


武器が限られている上、怪物の数も凶暴性も桁違いになっている。


並の人間なら入ってすぐ死が確実となっていただろう。恵美も、最早鉛の銃弾では太刀打ちが不可能と判断した恵美は残り少ない弾薬を足止めと錯乱に使用することに決めた。


軽率な行動が文字通り命取りとなるこの場所で、恵美は物陰を転々としながら、どうにか出口を探そうと奔走してしばらく。


恵美「っはぁ...!あっぶね...!一瞬こっち向くなよビビるでしょうが...!」


少女「...なぁに、あれ...」


徘徊する生命体を少女は口をその小さな手で抑えながら恵美に問いかける。


少女「さっきのおばけじゃない...なんか、気持ち悪い...」


恵美「....確かにクッソ気色悪い見た目だけど...メンゴ、あたしにもわかんないや」



恵美は苦笑をこぼす。


1歩、また1歩と恵美たちは進んでいくが、一向に出口は見つかる目処が立たずのままで、結局今はとにかく人目につかぬ場所を探して右往左往していた。


まるで元いた世界ではない、そんな感覚に蝕まれながら、冷や汗を握る。



恵美(...もしや、ここって『C2フィールド』ってやつ?)



恵美は考えを巡らせる。


C2フィールド。


崩壊の根源たる場所に鎮座する裂け目の《《その先の世界》》。


響たちと共にグレーな仕事をしている恵美でさえも、最低限の情報しか知らない。それ即ち、横暴で腕の立つような無法者でさえその地に近づこうとしないということである。


もし恵美の推測が正しければ、一般人はおろか、アンダーグラウンドの民ですら立ち入れない地に、足を踏み入れてしまったことになる。


危険であるのはもちろんのこと、まず救出されてお縄にかけられないかの方がむしろ心配であった。



恵美「....っはは....あたしらも遂にここまで来ちまったよ....あれ、でもバレなきゃ犯罪じゃねっか☆」


少女「....よくわかんないけど、ダメだと思う」



なんと情けない。腐っても歳上である恵美が、齢まだ幾ばくもない少女に諭されている。結局、おそらく自身よりもまっとうな人生を謳歌している少女に反抗するすべなどこれっぽちもないのだが。


そんな悲しき事実を突きつけられつつ、恵美は辺りを見渡す。


視界に広がるのは、依然として変わらずモノクロの空と、その下にある不思議な世界。


恵美は、眉間をくしゃくしゃに縮めながら、横で不安そうにしている少女の手を、握り直した。



恵美(あの野郎共...現実世界よりも人の形してねぇな...いやまあ、全部が全部人型じゃなかったけどさ。)



背筋を凍らせるような唸り声と、怪物の肌が地面に擦れる音がかすかに耳へ届く。現実世界にかなり近いが、最早滅茶苦茶な配置と禍々しい結晶やありえない位置に生えた複雑怪奇な電子機器や道路標識が見えるビル群のおかげで区別がつく。


恵美はしっかりと少女の手を握りしめ、また、動き出した。




...数分たち。


逃げては隠れを繰り返し摩耗しかけていた2人は、ビルの中で一先ず休むことを選んだ。



恵美「はぁっ....!はぁ....!やばい.....思ったより数が多い...っち...!...あの子がいるから迂闊に戦闘できないな...!...くっそ、予備の弾もつきちったし!!」



肩を上下させる恵美は、額の汗を拭いながら、外の方に目を向けていた。


すると、視界の端で少女が床に頭をつけているのが見える。こちらに背を向けているためどんな顔をしているかはわからない。


だが、上下させる肩に異質な雰囲気を感じ取ったのである。


恵美「...ん?」


恵美は気になって少女の方に体を寄せた。


微かに、荒い息遣いが聞こえる。



少女「....っはぁ....はぁ...っうう....」



ただならぬ状態であると直感で判断した恵美は咄嗟に駆け寄る。



恵美「どした?どっか痛いの?頭痛い!?」



少女はゆっくり頷くと、



少女「...うん...苦しいの....体がおもたくてね....頭もいたくて....息もしにくいの...」


恵美「...なにか元から病気持ってたりしない?...ほら、喘息とか」



持病の線を疑った恵美がそう訊くと、少女は微かに首を横に振った。


恵美は少女の体をゆっくりと持ち上げ、熱を確認する。


恵美(熱はない....走った時の疲労はもうとっくに引いてるはず。持病もない。じゃあなんでこんなに苦しそうにしてんの...?)



そう思い少女の身体を見回すと、首筋に目がとまった。



恵美(...ちょいまち...なにこれ?)

恵美「ごめんな、ちょっち後ろ向かすから」


そして恵美が少女の背中を見た瞬間、絶句した。


――――――傷がある。


その傷は黒く、まるで模様のように均一に少女の首を駆け巡っていた。



少女「お姉ちゃん....あたし、びょうきなの....?」



恵美は頭を抱える。



恵美(人体浸食...!)



しまった。いつから傷がついたのか全く気が付かなかった。


それに、だいぶ弱っている。単純に考えて、相当時間が経過していたはずだ。



恵美(この子はあたしと同じ『異能者』じゃない...ほっとけばじきに浸食しきっちまう....!!!クソ....!)



恵美が唇を噛んでいると、外からの重低音が辺りを揺らした。



恵美「?!」


少女「...な...なぁに...?」



恵美は窓の方へと顔を向ける。


そしてすぐ、陰に隠れた。


恵美はこれまでにないほど動揺し、そして恐怖を覚えていた。




...外に《《いる》》。




恵美は、ソレが何なのか、理解が追いつかなかった。


しかし、目の前で横たわっているのは、放っておけば野垂れ死ぬ運命のか弱き少女。


どうする。


このままここで留まるべきか。


それともどうにか見つからずに逃げ道を探すか。




...その考えは、壁とともに大破し崩れ去った。



恵美「がっ....?!」



咄嗟に少女を抱きかかえ、恵美は吹っ飛ばされてしまった。


そして目の前にいたのは、


巨大の、異形生物。


目とも言えるかどうか分からぬ器官でこちらを見つめている。



恵美「...はっ....はぁっ...!!!はぁっ....!!!」



恵美は少女を抱え走り出した。


一心不乱に。ただ何も考えず。


逃げなければ。という本能の呼び掛けを除いて。


ただ走る。ひたすら走る。


しかし異能を使うことはなかった。


腕の中の少女は異能者ではない。1度使えばどうなるか分からないのだ。それで救えたはずの命を散らさせる危険をとる選択肢は恵美にはなかった。


そうして走り続けて息もするのが苦しいほどに疲弊した恵美は、辺りをぐるぐると見渡す。


少女を見ると、紋様は顎下までのぼっていた。


目も虚ろになってきている。



恵美「大丈夫?!しっかり、あたしが助けるから!!!」


少女「....お姉ちゃん....苦しいよぉ....」


恵美「くっ...!!畜生...!!」



そうしてまた走り出そうとしたその時。



響「....恵美?恵美か?!」



聞き覚えのある、安心する声が聞こえた。



咲「姉さん!!」


大樹「恵美!!!」



次々と呼ばれる自分の名前。


間違いなく、自分の仲間たちであった。



恵美「響、咲...大樹...!!よかった...」



恵美は無意識に顔をほころばせる。


しかし安堵する暇などなかった。



恵美「やっば...まだ喜んじゃいられない...さっきのすっごい音、聞こえた?」


響「...大体見当はつく。恵美も同じものが聞こえたとみていいな?」



恵美は神妙な顔で、ゆっくり、そしてはっきりと頷いた。



大樹「なるほどね...って...恵美、その子は...?」



大樹は恵美が抱えている少女を覗く。



恵美「あたしと一緒に落ちちゃった子。親とはぐれてる。しかも...」



恵美は首筋あたりを見せる。



3人は戦慄した。



響「...一刻も早く出口を探すぞ。これ以上は時間がない。」



4人で頷くと、咲は恵美に4本のマガジンと6ミリ口径のマグナムを手渡す。



咲「弾も少ないでしょう。これ、使ってください。」


恵美「...さっすが我が妹!エスパー向いてんじゃね!?」


咲「一人でいっちゃったんだからこうなってることぐらい予想はできるでしょう!」


大樹「...そんじゃ行くぞ、皆!!」



4人は取り囲む怪物を前に、武器を突きつけるのであった。


...このまま出口が見つかるのではないか、この場にいた全員が、そう根拠の無い期待を抱いていた。


しかし依然として、敵の数は留まることを知らない。


そして、少女の侵食も徐々に進行していく。段々と、衰弱していくのが目に見えた。



恵美「ああもうっ...!!出口は見つかんないわけ...?!」


響「一般市民には情報が伏せられてるんだ。出口の探し方なんぞ分かるわけが無い。...何より心配なのがお前がおぶってるその子供だ。」



響は昏睡している少女に指をさす。



響「そいつ、恐らく崩壊に対する適性が並より低い。異能も持ってないし、俺たちが来なかったら浸食で死ぬかバケモノに殺されるか野垂れ死ぬかのどれかしか無かったはずだ。だから助かる四択目を俺たちが作らなきゃならん。」



咲「...私達だって長くいられるわけじゃありませんからね。さっさと逃げ出さなきゃ...なんですが.....!!!」



咲は銃を構え、スコープを覗いた。



咲「...一向に...出られそうな気配がない...!!!」



弾丸はコアを真っ直ぐに貫き、そしてその体は塵のごとく消えていく。


この一連の作業を何度続けたかわからない。


弾も残り少なくなってきていた。4人はデジャブを感じつつ、何とか逃げ道を見つけ出そうとしていた。


......その時ふと、彼らは違和感を感じたのである。


極端に敵の出現数が減った。


群れを一匹残らず倒しきる頃には、静寂が辺りを支配していた。



恵美「...全員倒したのかな?」



どうせそんな訳ない、と思いつつも、この違和感を拭おうと理由を繕っていた。



大樹「いや、そんなはずは無い。そもそもこいつらは自然発生だから出現が止まるなんて事ない...おかしいな。なんで急にピタリと出現が止むんだ...?」


咲「大変なことが起こってる予感が....」



響は少し俯き思考を重ねる。



響(ここはどこのアングラ集団でも近づかない場所...何があってもおかしくは無い...が、それでもやっぱり違和感が凄まじい。...まるで、そう、嵐の前の静けさのような...)


響は咄嗟に考えのついた言葉にハッとした。


そうだ。ただ者じゃない気配がする。恵美と合流した時以前から、薄々ではあるが4人以外の何者かがいる感覚があった。



大樹「どうしたんだい、響?そんな強ばった顔になって......」



そして突如。背後に巨大な影が舞い降りた。



響「......!!!お前ら、伏せろ!!!」


大樹、咲、恵美「えっ...」



響が咄嗟に叫ぶと、巨体が一閃、視界の隅から隅を横切った。


眼前で轟音がとどろく。4人は吹き飛ばされ、不快感のある耳鳴りが脳を支配した。



大樹「...うっ....!」


恵美「...っぐ...はっ、あの子は...?!」



いつの間に手元から消えていた少女は、咲の腕の中にいた。



咲「...っはぁ...大丈夫です、何とか抱えきれました...ちゃんと無事ですよ」



しかし見上げれば、そこには崩れ去ったビル群が瓦礫の山となり、響たちの退路を塞いでいた。


振り返れば、今まで応戦して来たものとは比べ物にすらならないほど巨大で、そして禍々しい生物が4人を無機質に見つめている。


彼らはその全身で、死の危険というものを痛感した。



恵美「....嘘....いつの間に...ッ、ここまで来てたってワケ...?!」


響「...もしや俺たちが聞いてた鳴き声みたいな音の正体は...こいつか」


響はその怪物を睨みつけながらいつになく冷や汗をかいていた。


もう逃げ場はない。


しかし咲の腕にいる子供だけはなんとしてでも救いたい。


どうすればいい。


そう、何度も頭の中で繰り返す。



大樹「...!!みんな、あれ!!!」



沈黙を切った大樹の指さす方向には、とても奇妙な形をしたシャトルが2、3機ほど空を駆け、無数の武装ヘリが後に続いていた。



響「軍用シャトル...?...いや、あれは警察予備隊の機体じゃない...どこのどいつだ...?」


すると、サイレンと共に人の声がした。


『マスターアノマリーを確認。15秒後ハッチを開く。直ちに武器を持ち出動体制に入れ。目標はマスターアノマリーの討伐並びに撤退経路の防衛。......総員、一匹残らず掃討せよ!!!』


呆気にとられる4人をよそに、謎の部隊が空から舞い降りてくる。



響「マスターアノマリー...こいつの事か。だがこんなデカブツ相手に人間がどうやって...?」


大樹「でも、見たところ俺たちよりはるかに武装がちゃんとしてる。何か有効な手段があるんじゃないかな。」


咲「...でも、あんな攻撃に人間が耐えられるんでしょうか...」



マスターアノマリー、と呼ばれたであろう個体は空にいるシャトルたちに注意が向き、風をうむほどの咆哮をあげた。


特徴的な銃撃音が聞こえ始め、警察予備隊が質素に見えるほどの重厚さのある装甲に身を包んだ兵士たちが武器を持ちそこら中を駆け巡っているのがビルの隙間から見える。



???「前方に人間と思われる個体が数名。...マスターアノマリーの真ん前にいる。」


咲「...えっ...?」


振り向くと、そこには長髪のメガネをかけた男がいた。十中八九部隊の一員だろうが、携行する武器らしきものはどこにもない。それどころか、他の兵士より明らかに装甲も少なく強度は無さそうに見える。


恵美「えっ、ちょ、もしかして手ぶらで応戦するつもり?!ギャングとかの方がもっとゴテゴテに武器持ってたじゃん!?は、早く逃げた方が...」


すると、男は恵美の言葉などお構い無しに何者かと通話を続けた。



???「言語機能を確認、生体バイタルも異常なし。遭難者のようだ。武器を携行しているようだが、敵意はない。処遇はどう.........はぁ?救助を優先しろ?!見たところ『野良』っぽいし、別に後だっていいんじゃ....はぁ...はいはい。了解しましたよ...」


男は少々しかめっ面をしながら1歩、2歩と前に進んでいく。



???「...今の会話が聞こえている前提で話すが、俺はこの通りこの怪物を倒しに来た。...はぁ...全く。ガキがむやみやたらにこんな場所へ来るんじゃない。あと青髪の。」



男は恵美の肩に手を置くと、うごめく巨大な怪物に顔を向けた。



???「言っておくが...そこら辺のその日暮らし共とは、技量も覚悟も違うのだよ。」


恵美(...あ、あたしの話聞いてたんだ...)



自信ありげに微笑みながら4人を一瞥すると、くいと眼鏡をあげた。



???「下がっていろ。3分経たずでカタをつけてやる。」



つられてやってきた怪物達の咆哮と、鳴り響くサイレンが4人の両耳を挟む中、眼前では纏められた長い髪が揺れるのであった。



???「さあ覚悟しろ化け物ども...その身体、一匹残らず輪切りにしてやろう...!!」

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