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~食材の視点~ 七草ペペロンチーノ

「手に取ったはいいけどさぁ、どうしよう」からの七草ペペロンチーノ化でした。

単身赴任の食卓EP24七草ペペロンチーノから、七草視点にしたものです。

もしよろしかったら。本編も読んでみてください

年末年始の喧騒が過ぎ、売り場の空気が急に冷え込んだころ。

私たち七草パックは、ほとんど誰にも連れて行かれず、棚の上で肩を寄せ合っていた。


「もう6日だよね…」と、ホトケノザがため息をつく。

「うん…明日あたり、全部売れるとは思えないよね」と、ゴギョウがあたりを見回す。

ハコベラは「売れてもどうせ粥なんだよね、あたしたち」と、自嘲気味につぶやく。

セリは「もう、見た目が本当に雑草だもんねぇ」と、遠い目をする。

ナズナはナズナで「行事食以外の使い道なんて、誰も知らないんだろう…ね」と、スズナとスズシロをじっと見つめる。

大きくなると「蕪や大根」になるスズナとスズシロは、黙ってうつむく。


お正月が明けるころ「行事食の素材」として、あたしたちはスーパーの平台を占拠する。

気の早いところでは4日あたりから…7日まで盛大に売り出される。

今日はもう6日なのだが、このスーパーの客層は「高齢者」「外国人労働者」が大半。

1パック400円する価格設定や、そもそもその行事に染まらない客層といったなども相まって、都会のスーパーのように売れることもない。


「粥にすらなれずに終わるのかな、あたしたち」


そんな諦めムードが袋の中に漂い始めた…6日の夕方だった。


店内の自動ドアが開き、冷たい北関東の風をまとったひとりの男の人が入ってきた。

「どこか旅でもしていたのか?」というほどくたびれた感じの、やたら風采の上がらぬ初老男性。


でも、その目があたしたちの棚に向いた瞬間だった。


スズナが「…あれ?」と、小さくつぶやいた。

スズシロも「この人、なんだか地元の匂いがする。」と、目を見張る。

男の人はゆっくりと近づき、あたしたちのパックを手に取った。

その指先の温度が、冷え切った売り場にじんわりと伝わってくる。


「…おいおい、これ、俺の地元の農協のやつだよ…」


その言葉に、七草全員が固まった。


「え、地元?」

「まさかの里帰り?」

「いやいや、ここ北関東だよ?」

パックの中でざわつくあたしたちをよそに、男の人はしばらくパッケージを眺めていた。

その目は、懐かしさと驚きと、ちょっとした照れくささが混ざったような、不思議な色をしていた。


そして…「連れて帰るか」…その一言で、あたしたちはかごの中へ放り込まれた。


「また粥かな」と、セリはつぶやき「どうせ粥だよ」と、ゴギョウはうつむく。

「いや、この人、粥あんまり好きじゃなさそうだよ?」と、セリは目を輝かせるが「じゃあ何になるの、あたしたち」とホトケノザは問いかける。

ナズナは「でも、多分、行事食扱いしかされないよ」と、小さく吐き捨てた。

大きくなると「蕪や大根」になるスズナとスズシロは、やっぱり黙ってうつむく。


不安と期待が入り混じったまま、かごの中で揺られていると、とても賑やかな女性の声が響く。

「本年もよろしくお願いします!」の声に、初老男性はその女性のほうに向き直る。


その声の主…このスーパーの女性店員…は、私たちを見て目を輝かせた。


「七草ですね!」

「粥以外で何か使い道あります?」と男の人が聞いた瞬間、その店員の目がキラーーーンと光った。

一瞬だけ「七草パック」が強い光で照らされたか、と思うほどの光量。

そして女性店員は「ありますよ!七草ペペロンチーノ!」と、高らかに宣言した。


ホトケノザは「…え?」と、固まる。

ハコベラは「ぺっ…ペペロン? なにっ?」と、大きく首をかしげる。

ゴギョウは「は?…イタリア?」と、あっけにとられる。

セリは「私たち、和の象徴じゃなかったっけ?」と、あたりを見回し、同意を得ようとする。


袋の中で七草全員が固まった。


「七草って、火を通すと香りが飛んで、ただの青菜になるんです!」


ナズナは「香りが飛んでって、セリちゃんのいいとこなくすわけ?」と、喚き散らす。

セリは「…ただの青菜!? 青菜なの?」と、目を見張る。

「いや、確かにそうだけど、でもその言い方はないよ!」と、スズナとスズシロは声をそろえる。


完全に「行事食」の立場を失った瞬間だった。

でも「お粥よりずっと食べやすいです!」の女性店員の声を聴いたとき、あたしたちは思った。


…あ、なんか始まる。


初老男性のリュックに閉じ込められたあたしたちは、何か乗り物のようなものに揺られてどこかに連れ去られる。

次に光を浴びたのは、あまり広くない寒々しい感じがするキッチンだった。

あたしたちは全員まな板の上に整列させられた。


「…これが、ただの青菜になるのか」


初老男性のつぶやきに、セリは「いいよ、もう青菜で。」ひとり小さく笑った。


…あなたの地元の味として、ちゃんと働くから。


ザクザクと刻まれるたび「よく言えば、野趣。悪く言えば土の香り、うんと悪く言えば貧乏くさい」香りがふっと広がる。

でも、フライパンに入った瞬間、ニンニクとベーコンの香りに包まれたその瞬間…「日本の行事食」だったはずのあたしたちは「イタリアの住人」になっていた。


…あれ?

…なんか…悪くないかも?


パスタと絡められ、皿に盛られた私たちは、七草粥のときとは違う誇らしさを感じていた。

初老男性がひと口食べて言った。


「あれ、普通にうまい」


その言葉に、あたしたち七草は、全員でハイタッチをした。


「行事食じゃなくてもいい!」と、ホトケノザは胸を張った。

「おいしい、って言ってくれてうれしい!」と、ゴギョウは胸に手を置いた。

「普通、って言葉がホント優しいね!」と、ハコベラはもろ手を挙げて喜ぶ。

「一時はどうなることかと思ったけどさ!」と、ナズナは少しうつむく。

セリはセリで「青菜扱い、こんなにうれしいと思わなかった!」と、大声を張り上げる。

スズナとスズシロは、向き合って手をパチン、と合わせる。


…美味しいと言ってもらえるなら、それで十分だ。


北関東の冷たい風が吹く夜、初老男性は地元農協のロゴを眺めながら、寶焼酎のウーロン茶割を傾けていた。

皿の上のあたしたち七草は…静かに思った。


…遠く離れた土地で、地元の人に食べてもらえるなんて。

…これ以上の「七草冥利」はないよね。

北関東に単身赴任してきて最初のお正月明けに、よく立ち寄るスーパーで「七草が入ったパック」を見たんですが、これが偶然自分の地元の地名の農協出荷でした。

今いる北関東の地は、本当に農業の地域なので…自分の地元の農協の文字を見るとは思いませんでした。

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