~食材の視点~ 芋がら
北関東の里芋に「土垂」というものがあり、これがまた煮物にしたらうまいんです
芋がらなんか合わせると「もともと芋同士」ですので相性はいいわけです。
「単身赴任の食卓EP27 芋がら」をベースにしましたが・・・難しいなぁ、こういうの、と思いながら書き上げてみました…名家とか、どういう暮らししてるとか、全く知らないし…
「坊ちゃま…またこんなところに」と、わたしは坊ちゃまをキュッと睨みつける。
「ばあや、ごめんなさい。怒らないでね。」と、とびっきりの笑顔で手を合わせて謝る坊ちゃま。
…わたしは、この坊ちゃまのとびっきりの笑顔にはどうしても勝てない
私は北関東にある、里芋の名家である「土垂」の家に仕えている「芋がら」だ。
ご当主の末の坊ちゃまは、少し引っ込み思案なところがあり…先代のご当主もそこが悩みの種だ。
…甘やかすことはないよ
先代のご当主は、いつもそうおっしゃられていたが、わたしはやはり気が気ではない。
わたしは、とある農家さんの縁側に干されて随分と久しい。
いつも高い場所から土垂の畑を見下ろしているから、すでに出荷された先代のご当主のお姿や、当代ご当主でもある坊ちゃまのいたずらなどはいつも見通すことができた。
坊ちゃまは少し引っ込み思案なところがあり…わたしからすれば「もう立派に出荷されてもおかしくはない」ほどご立派なお姿なのだが、なかなか土中からはお出ましにならない。
わたしは長いこと、農家さんの縁側に干されていた。
冬の風に吹かれながら、土垂の畑を見下ろし、先代のご当主が出荷される姿も、坊ちゃまが土の中でこそこそ動く姿も、ずっと見てきた。
だからこそ、坊ちゃまの「ためらい」が手に取るようにわかる。
「坊ちゃま、外は確かに冷とうございます。でもね、冷たさに触れなければ、味は深まりませんよ」
「うん…でも、ぼく、まだちょっと怖いんだ」
「怖いのは、皆同じです。先代のご当主だって、最初は震えておられましたよ」
坊ちゃまは、土の中で小さく丸くなった。
その姿が、なんとも愛おしい。
「ばあやは、どうしてそんなに強いの?」
「わたしは乾物ですからね。干されて、縮んで、また戻されて…そうやって何度も冬を越えてきたのです」
坊ちゃまは目を丸くした。
「戻されるって、痛くないの?」
「痛いですよ。でもね、その痛みがあるから、味がしみるんです」
坊ちゃまはしばらく黙っていた。
土の中に、冬の静けさがしみ込んでいく。
「…ぼくも、味になれるかな」
「ええ。坊ちゃまはきっと、良い味になりますよ。先代のご当主も、そうでした」
その言葉に、坊ちゃまの震えが止まった。
―――
冬の朝、土垂家の畑に、農家さんの足音が近づいてきた。
わたしは、縁側で干されて久しい身。
乾物としての役目を果たすため、そろそろ袋に詰められる頃だ。
「ばあや、行っちゃうの……?」
土の中から、坊ちゃまの声がした。
まだ出荷前の、少し震えた声。
「坊ちゃま。わたしは乾物ですからね。先に行って、坊ちゃまをお待ちしておりますよ」
「……ぼく、まだ怖いよ」
「大丈夫です。坊ちゃまは、わたしがいなくても立派に育っております。それに…」
わたしは、土の中の坊ちゃまに向かって、乾いた体でそっと微笑んだ。
「冬の寒さに耐えた者ほど、良い味になります。坊ちゃまは、きっと大丈夫です」
坊ちゃまは、土の中で小さく震えながらも、わたしの言葉を聞いていた。
そしてわたしは袋に詰められ、軽い身体を揺らしながらトラックに乗せられた。
「ばあや…行ってらっしゃい…」
…その声は、冬の土に吸い込まれていった。
―――
十日という時間は、乾物のわたしにとっては一瞬でも、土の中の坊ちゃまにとっては長い。
坊ちゃまは、毎日少しずつ土の表面に近づき、ついに覚悟を決めた。
「ばあや…ぼくも行くよ。外の世界へ」
農家さんの手に掘り出された坊ちゃまは、まだ少し震えていたが、その姿はもう「当代ご当主」の風格と威厳があった。
袋に詰められトラックに揺られながら「ばあや、今どうしているんだろうか…」と、つぶやいた。
―――
坊ちゃまが運ばれたのは、北関東とあるスーパーだった。
少し騒々しいお嬢さんの店員は、一つ一つの野菜たちを丁寧に丁寧に並べていく。
そのとき…坊ちゃまの視界に、見覚えのある姿が入った。
乾物コーナーの上のほう…棚の上のほう。
袋の中で、くるんと丸まった細長い影。
「……ばあや?」
芋がらの袋は、静かにそこにあった。
十日前と同じ、乾物の姿で。
坊ちゃまは、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
「ばあや…ぼく、来たよ。遅くなって、ごめんね」
もちろん、袋詰めされた乾物のばあやは返事をしない。
でも、坊ちゃまにはわかる。
…ばあやは、ちゃんと待っていてくれた。
まるで、十日間ずっと坊ちゃまを待っていたかのように、芋がらの袋は静かにそこにあった。
―――
その日の夕方。
買い物かごに入れられた二人は、同じ台所へ運ばれていく。
ぬるま湯に沈められ、ぎゅーっと絞られ、戻されていくばあや。
皮をむかれ、ひんやりした指先に触れられ、鍋に入れられる坊ちゃま。
湯気が立ち上る鍋の中で、二人はようやく再会する。
「坊ちゃま、よく来られましたね」
「ばあや……ぼく、ちゃんと来たよ」
「ええ。立派でございますよ。さあ、味をしみ込ませましょう。冬を越えた者の味を」
鍋の中で、二人の時間がゆっくりと溶けていく。
「北関東の名家、土垂の誇り、味わいを、いまこそ見せましょうぞ」
坊ちゃまは、ゆっくりと自分をほどいていく。
ねっとりとした身が、出汁を吸い、冬の冷たさが少しずつ溶けていく。
その隣で、わたしもまた、煮汁が芯までしみ込んでいくのを感じていた。
干されて縮んだ年月も、冬の風に吹かれた日々も、いま煮汁となってわたしの芯に戻ってくる。
……しみっしみ、とはこのことだ。
あの店員のお嬢さんの言葉が、今ならよくわかる。
乾物として過ごした時間も、縁側で風に吹かれた日々も、坊ちゃまを見守ってきた冬の記憶も、すべてが味になっていく。
そして二人は、ようやく同じ世界で肩を並べたのだった。
本当に失礼な話ですが…初めて芋がらを見たときは「古いロープ?」と本気で思いましいた
きちんと教えてもらったんですが…食感が楽しいし、味はやたらしみるし、で本当に大ファンになりました。
こちらに赴任してかなり長いですが、毎年芋がら加えた煮物、楽しみにしています




