~食材の視点~ 秋の野菜は…
シイタケの原木って、3年から5年しか持たない、とスーパーの人や直売所の人に教わりました。木の栄養を取り込むわけので、そんなに長持ちはしないんだとか。
食材と、その食材をはぐくんだ土台とも言える「しいたけの家(原木)」にも目を向けてみました
「単身赴任の食卓」EP13を原案としています。もしよかったら、そちらもお読みくださるとうれしいです
ここは北関東。
当地は、シイタケ栽培について極端な熱心さを持つ街ではない。
でも、農家さんが非常にこだわりを持って、僕らを育ててくれる。
僕らは同じ原木の家に育った、シイタケの兄弟。
うちは昔から「大柄な体を持つ家系」と言われ、ほかの家からは、ちょっと羨望のまなざしを受けたりもしている。
僕らを慈しみ、育んでくれている農家のお母さん。
今日も僕らの家、上層の家、下層の家、すべてに異常がないかを見回ってくれている。
…ここはそろそろかな?
…こっちはもう少しだね
農家のお母さんは、いつも優しい目で僕らを見てくれている。
そんな「優しいお母さん」が、今日に限っては…僕らの家を見て…何か思案をしている。
「もう5年近いのか、そろそろ厳しいかもしれないな」
そう呟きながら、僕ら兄弟に…優しく、そっと手を伸ばす。
その手のひらに包まれた瞬間、僕らの家の温もりがふっと遠ざかった。
僕ら兄弟は、家を出て新しい生活を始める。
長いあいだ寄り添ってきた木肌の感触。
雨の日も、乾いた風の日も、僕らを支えてくれたあのざらつき。
僕らは、野菜かごの中から家を見つめる。
農家のお母さんは「5年もよく頑張ったねぇ」と、僕らの家をそっと撫でて、やさしく「ありがとう、お疲れ様」とつぶやいた。
それが「僕らの育った家が、もうなくなる」と悟るまでは、さほどの時間を要さなかった。
「…家、もうなくなっちゃうのかな」
弟もどうやら事態を察したらしい。
でも、その声には、不思議と悲しみの色はなかった。
この家は、もう5年ほど…僕らのご先祖様を育ててきてくれた。
農家のお母さんの「よく頑張ったねぇ」の一言で、僕らはすべてを悟った。
野菜かごに詰められ、ゆっくりと揺られて運ばれる僕ら。
「おにいちゃん、あの家、立派だったね」
「そうだね…本当に住みやすくて、のびのびと暮らせた、いい家だった。」
僕らには、帰る家はもうなくなった。
でも、それはこれからの新しい旅と出会いの始まり、でもある。
「おにいちゃん、これからどこへ行くんだろうね」
「さあね。でも、きっと悪い場所じゃないよ」
家を離れた寂しさよりも、これから始まる旅への静かな期待のほうが、僕らの胸の中で少しずつ大きくなっていく。
かごの隙間から見える空は、どこか秋の色を帯びていた。
街路樹の葉が風に揺れ、その色づきが僕らの旅立ちをそっと祝福してくれているようにも思えた。
「…いい季節に旅立てたね」
弟がぽつりと言う。
僕はうなずきながら、遠ざかっていく家に心の中でそっと別れを告げ、しばしの眠りについた。
僕ら兄弟が次に目覚めたのは、盛とは違う全く見知らぬ場所…そこは、とてもまぶしくて、なんだかとても騒々しい場所だった。
「おにいちゃん、ここ…なんだか安心する匂いがするね」
「うん。きっと、いろんな食べ物たちが暮らしてる場所なんだろうね」
かごの隙間から見える光は、森とはまったく違う種類の明るさだった。
白くて、やわらかくて、どこかまぶしさも強く感じる。
遠くから、野菜たちのざわめきが聞こえた。
葉物の子たちのしゃらしゃらした声、根菜の落ち着いた低い声、果物たちの明るい笑い声。
ここは、僕らが知らない世界だった。
「いらっしゃいませー」と、人の声が響く。
その声は、森では聞いたことのない種類の温かさを持っていた。
僕らは、かごの中でそっと身を寄せ合った。
不安よりも、期待のほうが少しだけ大きかった。
そんな僕らに、突如影が落ちた。
誰かが、僕らを覗き込んでいる。
「……あら、いいものだねぇ」
その声は、森の風とは違うし、農家のお母さんとも違う。
でも、不思議と安心できる響きだった。
僕ら兄弟は、かごの中でそっと背筋を伸ばした。
「見て、この肉厚。立派に育ったねぇ」
おっかさんの指先が、僕らの表面をそっとやさしく撫でる。
別の気配が近づいてきた。
軽やかで、どこか弾むような足取り。
声をかける前から、空気が明るくなるような気配。
「……あっ、しいたけだ。いいの、もらったんですね」
その声は、さっきの人とは違い、若くて、よく通る声。
でも、やっぱり優しい。
僕らは、かごの中でそっと顔を上げた。
「これだけ立派なら、バターでもポン酢でもいけますよ。あ、軸は塩して焼くだけで最高ですからね」
まるで僕らの未来を、明るい場所へ案内してくれるような声だった。
「おにいちゃん……この人、ぼくらの行き先を知ってるみたいだね」
「うん。きっと、この人の言う通りになるんだろうね」
店員さんは、僕らを見つめながら微笑んだ。
その笑顔は、とてもまぶしかった。
僕らはまた暗い袋に閉じ込められ、どこかへと運ばれる。
しばらくしてたどり着いたのは、やたらと体の大きい男の人の家。
見た目はなんだかちょっと怖いが、僕らを見る目、触れる手はとてもやさしげだ。
男の人は、銀色の大きな布団を敷き、僕等をそっと包んだ。
やがて、じいいい、という耳慣れない音と、体験したこともないような熱さに包まれる。
僕らはどんどんを汗をかく。
僕らの汗は、傘にどんどんたまっていく。
「おにいちゃん、ちょっと熱すぎだよね」と弟は愚痴を言う。
でも、僕は知っている…これが料理…僕らの持つ真の力を引き出すために、必要なこと。
僕は弟に「もうちょっとの我慢だよ、僕らはきっと、もっと美味しくなる。それが、この旅のゴールだよ」
弟は、黙ってにこやかにうなづいた。
熱の波が少しずつ弱まり、僕らの汗が傘の内側に静かに溜まっていく。
「……おにいちゃん、終わったのかな」
「うん。たぶん、そろそろだよ」
銀色の布団の外から、人の気配が近づいてくる。
布団を持ち上げられたとき、隙間から一筋の光が差し込む。
その光は、森の朝日とは違う…もっと近くて、もっとあたたかい。
次の瞬間…僕らを包んでいた銀色の布団が、ぱり、とはがされた。
バターの香りが一気に広がる。
豚バラの甘い匂い、ポン酢の爽やかな酸味、そして僕ら自身の香り。
「…おにいちゃん、これ」
「うん。きっと、すごくいい顔してるとおもうよ、いまのぼくら」
やたらと体の大きい男の人、小さな感嘆の息…それがはっきりと僕らに届いた。
その声は、僕らが旅の終わりに…一番聞きたかった音だった。
シイタケって、焼くと傘に水がたまる。この水が出たころが良いのだ、と教わったことっはあります。
塩、ポン酢、バター…何でもかんでもマッチしてくれる、秋野菜の代表格かな、と思っています




