第37話 静かすぎる異常
異常は、
音もなく始まった。
「……数値、
おかしくないですか?」
監視卓の前で、
リーネが首を傾げる。
「誤差の範囲に
見えるが……」
俺は、
画面を睨む。
魔力流量。
地脈安定値。
因果干渉率。
どれも、
致命的ではない。
だが――
「全部、
同時にズレてる」
俺は、
低く言った。
「局地障害は?」
「ゼロです」
「通報は?」
「ありません」
勇者が、
眉をひそめる。
「平和すぎないか?」
「……ああ」
俺は、
嫌な予感を
確信に変える。
「嵐の前だ」
その時。
《アラート:
世界基盤・
自己修復プロセス
遅延》
警告が、
静かに灯る。
「自己修復が
遅れてる?」
リーネの声が、
震える。
「ありえません」
「普通は、
人が気づく前に
直る」
俺は、
立ち上がる。
「原因は?」
「不明です」
「負荷増大?」
「いいえ。
むしろ――」
リーネが、
続きを躊躇う。
「……軽すぎます」
俺は、
息を呑んだ。
「……切り離されてる」
「え?」
「世界が、
“余計なもの”を
外し始めている」
「余計な……もの?」
「人だ」
勇者が、
言葉を失う。
次の瞬間。
別の画面が、
立ち上がる。
《観測不能領域
拡大》
「境界が、
薄くなってます!」
リーネが、
叫ぶ。
「現実と、
非現実の区別が……」
「悪魔の
仕込みだ」
俺は、
歯を噛みしめる。
「世界に
選択を迫ってる」
外では、
異変が起き始めていた。
井戸の水が、
なぜか甘い。
祈りが、
届きすぎる。
偶然が、
連鎖しすぎる。
「……奇跡だ」
「違う」
俺は、
即座に否定した。
「バグだ」
「止められるのか?」
勇者が、
問いかける。
俺は、
一瞬黙り――
正直に答えた。
「分からない」
空気が、
凍る。
「だが」
俺は、
拳を握る。
「止めなきゃ、
世界は
静かに死ぬ」
モニターに、
新たな表示。
《世界安定度:
98%》
一見、
安全圏。
だが、
その下に
小さく点滅する。
《不可逆点まで
残り――》
数値は、
まだ表示されていない。
表示されていない
という事実が、
最も危険だった。
俺は、
全員を見回す。
「全局員に通達」
「非常態勢へ移行」
「これより――」
言葉を区切り、
宣言する。
「世界基盤の
最終保守に入る」




