第59話 アルの真価
「そんな所に隠れてないで、出てこいよ!」
壁の影から感じる殺気の正体に向かって、俺はそう声を張り上げる。
気付かれていた事を悟った殺気の主は、ゆっくりとその姿を現した。
「あのタマとチロって言う二人の仲間だな?」
壁の裏から出てきた獣人族は、タマが言っていたとおりの二人だった。
俺の質問に対し、猫の獣人女が答える。
「ああ、そのとおりだ! サマルキアの勇者ディール! 旦那の敵は取らせてもらうわよ!」
「敵? 一体何の事かはわからんが、この状況を見て尚、俺を倒せると思っているのか?」
「勿論、勝てるなんて思ってはいないわ! でも、三人がかりでいけば、一矢報いる事くらいはできるかもしれないでしょ」
猫の獣人女性は、そう言うとソフィアの方に視線を向ける。
しかし、当てにしていた魔族の女の反応は、彼女にとって芳しいものではなかった。
「お馬鹿さんなの? こんな化物に三人がかりで戦いを挑んだって無駄死にするだけよ! 十分時間も稼げたみたいだし、悪いけど私はこの辺で退散させてもらうわね!」
「フザけるな! そんなの約束と違うじゃないの!」
「やくそくぅ~っ? そんなもの最初から守るつもりなんて無かったに決まってるじゃない! こっちの目的は、ヴィルヘルムの殺害。あなた達は、そこに居るサマルキアの勇者を、対象から引き離すために利用させてもらっただけの存在よ!」
ソフィアの本音を聞いて、怒りの表情を露にする猫の獣人女。
そんな彼女を尻目に、女四天王は自身の周囲に黒い霧を発生させる。
「それじゃ、いつかまた会いましょ。勇者ディール」
そう言葉を残し、魔族の女は霧の中に姿を消してしまった。
「ちっ! 魔王の奴といい、魔族の連中は厄介な能力を持ってやがるな!」
忽然と姿を消した女の能力に、俺はそう言ちる。
先程まで殺気を放っていた獣人女からは、既に殺意は感じられなかった。
「そんで? お前らはどうするんだ?」
俺は、気の抜けた感じでそう質問する。
二人とも殺されるに違いない。そう覚悟を決めているのだろう。獣人女は俺に対して懇願する。
「フッ! とんだ道化だったみたいね……完全に上手く乗せられてしまったようだわ……見てのとおり、ここに残ったのは私たち親子の二人だけ。殺意を向けた以上、殺されるのは覚悟のうえよ! だけど、息子の方はまだ12歳。もし、温情をかけてもらえるのならば、この子だけでも見逃してはもらえないかしら?」
堂々と応対する猫の獣人女と違い、虎の獣人少年は怯えた様子だ。
俺は、基本的に殺人を好まない。
旦那の敵だと言われた件も気になったが、戦意を失った相手に対してまで無用な殺戮を望まなかった。
「旦那の敵だと言っていたが、それは一体どういう事なんだ?」
「私の旦那は、獣牙の団に所属していた獣王と呼ばれる偉大な戦士だった……しかし、六年前のメルトの戦いに於いて、司令官の無理な要求に応えて戦死してしまったのよ」
「なるほど、そういう事か。確かに俺も、その件に関しては全く気に病んでないわけじゃなかったがな。だが、戦士なら戦場で討ち死にする事は覚悟のうえで、戦いに赴くものなんじゃないのか? それに、その家族だって同様の思いで送り出すもんだろ?」
「そうね……逆恨みだという事は勿論わかってはいたわ……でも、あのソフィアという女に焚き付けられて、すっかりその気になってしまったってわけ」
そこまで聞いた俺は何も言わず、踵を返して空中に光のプレートを次々と発現させる。
一段駆け上がった所で一旦向き直り、獣人女に対して再び言葉をかけた。
「どのみちタマとチロの二人と合流するんだろ? 既に害意はないって言うんなら、一緒についてくれば良いさ」
「私たちを殺さないのかい?」
「戦意を失った者を、きっちり殺さなきゃ気が済まないってほど俺は殺人狂じゃないもんでな」
俺にそう言われた獣人女は、少年と顔を見合わせる。
彼女は一瞬だけ戸惑う表情を見せるも、強く頷いて息子に対し共に行くよう促した。
☆☆☆
「くっ! こいつら、斬っても突いてもすぐに再生して向かってきやがる!」
首を刎ねたはずの鎧騎士が、頭を再生させ向かってくる様子にマギは愚痴を溢す。
刎ねられた頭の方は、根元から蜘蛛のような脚を出し這いずりまわっていた。
「小僧! 後ろだ!」
ジャンの叫びに反応したマギは、振り返り様に鎧騎士の胴体を一閃すると彼に礼を言う。
「親父っさんありがとう! 助かったよ!」
「何をぼやっとしておる! 戦場では、常に意識を集中しておらねば簡単に命を落とす事になるのだぞ!」
そう言うとジャンは、主君に群がろうと向かっている鎧騎士たちの方へ猛進した。
エマは、魔法を無詠唱で使用できる。そのため彼女が、殆どの敵兵を焼き払っていた。
彼女のお陰で何とか戦えているものの、それはそれで足止め程度にしかなっていないようだ。
火が着いている間は、一旦動きを止める鎧騎士。しかし、消化するとすぐに復活して再び動き出してしまう。
そんな状況に堪らずエマはぼやく。
「ヴィルが言っていた不死身の兵隊ね? これは本当に質が悪いわ!」
アメリア王は、メンバー達からヴィルと呼ばれるようになっていた。彼自身がそう呼ぶよう頼んだからだ。
其々が苦戦を強いられるなか、タマとチロの二人も例外なくホムンクルス共の攻撃を受けていた。
「どうなってるにゃか? どうして俺たちまで攻撃されてるのにゃ!?」
「何かの手違いじゃないのか? ヴィルヘルムが死んだのを確認できたら、俺たちだけこの場から逃げれば良いさ!」
互いに背中を合わせながら、そう話し合うチロとタマの二人。
確認するとは言ったものの、自分たち自体がそれまで耐えられるかどうかもわからない状況だ。
彼女たちは必死で応戦しつつも、次第にそう感じ始めていた。
各々が無限に終わらない戦いを続けるなか、ティナは一人結界を張り初めて経験する戦闘の恐怖に震えるばかりだった。
完全に疲弊しきり、いよいよ絶体絶命かと思われたその時。
ずっと仲間たちの様子を傍観していたアルは、鈴の鳴るような良く通る声で宣言する。
「ディール様が居ない時は、私が皆の事を守ってみせるよ! だからみんな。私の力を受け取ってーっ!」
そう叫んだアルの髪は銀色に輝き、全身から青白い光を放つ。
神秘的なその光は周囲に広がっていき、傷付いた仲間達の怪我は瞬時に癒される。それと同時に、彼らの身体も青白い光を放ち始めた。
「さすがは聖女様だ! これなら不死身の敵が相手でも、倒せるような気がしてきたぞ!」
ヴィルがそう叫んだとおり、その光を発し始めた彼らの攻撃はホムンクルス共の再生力を無効にした。
青白い光に包まれる剣によって受けた切創部分は、切り口というより塵となって分解しているかのようだ。
バラバラに切断されたホムンクルスの一体は、傷口を再生する事ができずにのたうちまわっている。
そんな感じで不死身の兵隊たちは、次々と処理されていく。
エマの炎は青白いものと変わり、その圧倒的火力で鎧騎士共を完全に消滅させていった。
絶望的な状況から一転。気づけば、百体以上いた不死身のホムンクルス軍団は死体すら残す事なく。その存在を完全に消してしまうのだった。




