第56話 獣王の牙
街道を行く二台の馬車を、崖の上から遠巻きに観察する二人の獣人女性。
彼女たちは、その様子を眺めながら会話を始めた。
「あの先頭を行く馬車の、御者台にいる奴がディールにゃね」
「聞いていた容姿からして多分そうだね」
一人は白い猫の獣人女性。もう片方は、白、黒、茶、の三色の毛色をした同じく猫の獣人女性だ。
どちらも、なかなかにグラマラスなスタイルをしている。
「あいつが、ソフィアの言っていた俺たち兄弟の敵にゃね……」
「ああ。あいつのせいで、俺たちの親父は戦死してしまったんだ!」
「今すぐにやっちゃうにゃか?」
「いや、逸る気持ちはわかるけど。噂どおりの奴なら、俺たちだけで敵う相手じゃなさそうだからね。最初の計画どおり、慎重に事を進めるべきだろう」
そう三色の毛色を持つ獣人女性が言うと、二人は静かに移動を開始する。
先頭を行く荷馬車の前に躍り出た二人は、大きく手を振りながら御者を務める男に対して停止を求めた。
☆☆☆
「おーい! 止まって欲しいにゃ!」
突然目の前に現れた二人の女。見た感じ、獣人のようである。
引き殺すわけにもいかないので、俺は仕方なく馬車を停止させた。
「どうした? 何か困り事でも有るのか?」
俺がそう質問すると、白猫の獣人女は事情を話し始める。
「俺は冒険者パーティー、獣王の牙メンバーのチロにゃ! こっちは同じく獣王の牙メンバーで、兄のタマ。見ず知らずの人にいきなりなんにゃけど、俺たちの事を助けて欲しいのにゃ!」
明らかに女にしか見えない三毛の獣人だが。そんな彼女を兄と紹介するとは可笑しな奴だ。
多少不信感を抱きつつも、俺はその女に話の続きをするよう促した。
「それで、一体何があったって言うんだ?」
「仲間が……俺達の仲間が、怪しげな集団に襲われて捕まってしまったのにゃ!」
「それは冒険者としての依頼を受けている最中での事か?」
「そうにゃ」
「だったら、それは自己責任だろ?」
他人の依頼に首を突っ込むのはルール違反だ。そう思った俺は、心を鬼にして冷たく突き放す。正直、厄介ごとに首を突っ込みたくないというのもあった。
そんな俺に向かって、馬車から降りてきたアルは言う。
「ディール様。よく事情はわかりませんが、とても困っているみたいだし助けてあげては? 力が無いなら仕方がないですけど、私たちなら助けてあげられるだけの力を持っていますよね?」
そんな甘い事を言うお人好しなアルに対し、俺は冒険者のなんたるかを説明する。
「あのなアル。冒険者ってのは命懸けの仕事なんだ。それを承知でやってるんだから、赤の他人が助ける義理なんてない! もし、どうしても助けがいるのであれば、ギルドに掛け合って救助依頼を出すのが筋ってもんだろ? 依頼料に見合ってない危険度合いでそんな状況に陥ったなら、交渉次第では無償で動いてくれる場合もあるだろうしな。そもそもギルドの要請もなしに、他人の依頼に首を突っ込むのはマナー違反だ」
俺が言った事は、冒険者の間ではごく一般的な認識である。
とはいえ、冒険者でない者にこれを説いても、なかなか理解しにくい部分もあるのだろう。アルは、どうしても納得いかないといった顔だ。
そんな彼女が口を開く前に、チロと名乗った女は必死で食い下がろうと話を続けた。
「言ってる事はよくわかるのにゃ! でも、こんな目に遭うにゃんて想定外だったにゃ! 依頼自体は簡単な物だったし、こんな事になるなんて考えてもみなかったにゃよ……」
「一応訊ねるが、その依頼ってのはどんな内容だったんだ?」
俺がそう質問したところで、残りのメンバーも続々と馬車から降りてくる。
チロと名乗る女は、何故かその様子を気にしているようだ。まるでタイミングを見計らっているかのように、しばらく口をつぐんでいた。
そうこうしているうちに、全員が俺の元に集まってくる。
「アメリア王国の、ある要人からの依頼だったにゃ。いまだに見つかっていない前国王の遺体を捜索するっていう内容にゃね」
ようやく答えたチロという女の話に、ヴィルヘルムは即座に反応する。
「その、ある要人とは一体誰の事なのかな?」
「それは守秘義務が有るから言えないにゃよ」
「アスモデロという人物ではないのか?」
ヴィルヘルムは一応、カマをかけてみたのだろう。
自身が捜索の対象になっているのは、話の内容からして明らかだ。敵が把握している情報を探りたい。もしくは、王宮の現状について手がかりを得たい。そんな思惑があったんじゃないだろうか。
「少なくとも、アスモデロという人物の名を聞いた事はないにゃね」
それだけ聞いて、何故か納得した様子で頷くヴィルヘルム。
兄と紹介されていたタマという女は、弟に対して呆れた様子でジト目を向けている。
「ディール殿。急ぎたい気持ちはやまやまだが、彼女たちの救援要請を受けてやってはくれないだろうか? アメリアの国が現在どうなっているのか。それについても、この二人から話を聞けるかもしれないしな」
一番急ぎたい気持ちなのはヴィルヘルム本人だろう。そんな彼からの頼みに俺は少し悩む。さっさと魔王を倒しにいってやりたいところだが。敵の情報を得ることも確かに重要だ。
「本当に良いんだな? 娘の事は心配じゃないのか?」
「勿論、娘の事は心配だが。だからこそ現在国がどのような状況になっているのかも気になる」
「わかった。じゃあ、詳しい状況について聞かせてもらおうか?」
助ける事を決断し、俺はチロに向かってそう訊ねる。
「助けてくれるにゃか? 助かるにゃ! それじゃ、詳しい事は移動しなから話すにゃね」
チロはそう返事すると、俺の許可を待たずにごく自然な感じで御者台の後方に乗り込む。
兄のタマは、アルに促されて二台目の馬車に乗り込んだ。
「仲間が連れ去られた方向には、確か廃城が有ったはずにゃ。そう考えると、たぶん奴らはそこを根城にしている可能性が高いにゃね」
馬車を走らせ始めたところで、チロはそう自身の見解を述べる。
しばらく先に進むと、街道の分かれ道に差し掛かる。俺は、彼女の指し示す右の方向に馬車を進めた。
あまり使用されていないせいなのか。進むに連れ、街道は途中から殆んど道とは言えない状態となっていく。
仲間が捕まっていると言うわりには、妙に落ち着き払っている様子のチロ。そんな彼女に、俺は不信感を抱き始める。
恐らくこれは罠だろう。あまりにも誘導されている感がすごすぎる。
だが、相手が悪かった。どんな罠を仕掛けていようとも、俺を嵌めるなんて百万年早い。
そんな事を考えているうちに、目的の廃城は次第にその姿を現し始める。
流石にこのまま突っ込むわけにもいかない。そう思い、俺は少し離れたこの場所に馬車を止めることにした。




