第49話 慌てるアスモデウス
突然、アメリア軍を襲った魔物の軍団であったが、二時間ほどでその攻撃は止んだ。
状況が落ち着いたと見るや、各隊の指揮官たちはアスモデロの元に一斉に集まっていった。
「これは一体、どういう事か説明してもらおうか!」
将軍の一人がアスモデロに対して、ものすごい勢いで詰め寄り説明を求める。
アスモデウスとしても、この事態は想定外だった。
まさか仇敵である勇者ディールが、一旦とはいえ戦わずして軍を退けるとは思ってもみなかったのだ。
計画を遂行する為には、味方の軍が引き上げてしまっては都合が悪い。
そう思い、アスモデウスはやむなく時間稼ぎとして、魔物に味方の背後を襲わせたのである。
しかし、国王ヴィルヘルムに対して瀕死の重症を負わせたという報告を受けた為、アスモデウスは一旦陣へと戻り再び魔物の動きを封じた。
「本陣が敵の奇襲部隊によって襲撃されたのだ! 緊急事態であったが故に、私自らが陛下をお救いするべく本陣に向かったのだが。どうやらこれだけの魔物を制御するには、並みの魔道士達では役不足だったようだな」
そう誤魔化すアスモデウス。
将軍たちも本陣急襲というショッキングな話に驚き、同士討ちの件を問う姿勢を崩した。
「な、なんと! それで、陛下はご無事なのか!?」
「それが……敵の奇襲部隊は殲滅したのだが。陛下の行方がわからぬのだ」
「行方がわからないだと!? わからないで済む話ではなかろう! すぐに捜索隊を編制し、お探し申し上げねば!」
「うむ! また、敵の奇襲がないとも限らんのでな。前線の警戒は継続しつつ、すぐにでも捜索隊を編制し陛下の救出に当たらせるのだ!」
ヴィルヘルムの死体が見つからなければ、アスモデウスとしても安心はできない。
そのため彼は一旦陣に戻ってはいたものの、平行してホムンクルス達に捜索は行わせていた。
すぐにでも、ヴィルヘルムの死体は見つかる。そう思っていたアスモデウスであったが──
捜索隊の編制が行われている間も、気が気ではないアスモデウス。
そんな彼の元に、ホムンクルス兵から伝令がもたらされた。
「本陣が置かれていた森は、くまなく捜索しましたが。国王の死体は全く見つかりません」
「何!? 見つからないだと? そういえば、勇者の奴はどうしたのだ! 最後に追い詰めたはずの廃墟がやはり最も怪しいわけだが。そこの捜索も十分に行ったのではないのか!?」
「廃墟となった神殿の捜索も再度行いましたが。勇者の姿は既になく。国王の死体もそこには有りませんでした」
「少々、不味い事になったな……死んでさえいれば問題はないが。万が一生きておって安全な場所に逃げ込んでいようものなら、かなり厄介な事になるぞ……」
最悪の事態を想定し始めたアスモデウスは、少し考え込む素振りを見せた後で美鈴に対して命じる。
「ミスズ! 魔物達を全て送還するのだ! 私はもう一度、国王の捜索に向かう事にする!」
「えーっ! 今すぐにやらなきゃダメなのーっ!? めんどくさ!」
「今すぐにだ! 一刻を争う!」
「へいへい。やりますよ~。仕方がないなぁー」
珍しく冷静さを欠いた様子のアスモデウス。これ以上いつもの舐めた態度は危険だ。そう判断した美鈴は、渋々ながらも魔物の送還作業に取りかかる。
彼女はアスモデウスから預かった魔玉に向かって、送還の術を唱える。その呪文によって、魔物は次々と召喚に使われた魔法陣へと誘導されていった。
30分程で、全ての魔物達が送還される。それを確認したアスモデウスは、すぐに廃墟の神殿へと向かった。
「なるほどな、そういう事であったか。やはりヴィルヘルムは、勇者の元にいるようだな」
祭壇上に出現していた転移陣の痕跡を発見して、そう独り言ちるアスモデウス。
状況を把握した彼は、一旦ヴィルヘルムの生死を確認する事を諦めるのだった。
☆☆☆
ディールの部屋から聞こえてくる物音に、旦那様が帰還したと勘違いしたアル。
彼女がドアを開けると、そこには血塗れの見知らぬ男が横たわっていた。
アルは、虫の息であるその男をとりあえず介抱し始める。
応急的に止血を終えた彼女は、急いで城内に居るはずのミグを呼びに行った。
「ミグちゃん、とにかく急いできて!」
アルは、ミグを見つけるなりそれだけ言って彼女を連れ出す。
何の説明もなく引っ張ってこられたミグは、部屋に入るなり血塗れの男を見て叫んだ。
「これはどういう事ですか!? この人は一体誰なんです??」
「私にもわからないの! でも、この人このまま放っておいたら死んじゃうよ! お願いミグちゃん! この人に回復魔法を使ってあげて!」
「それは構いませんけど。もし、敵だったらどうするんです?」
「もし敵だったとしても、この怪我だもん! すぐに動けるようにはならないと思うよ?」
「そうですね。わかりました! あくまでも応急的な処置にはなりますけど……」
そう言うとミグは、例のマジックワンドを男の体に押し当て呪文を唱える。
「セラピュア」
彼女が簡易的な呪文を唱えると、淡い緑色の光が男の体を包み込む。
青ざめていた彼の顔色は、僅かに血の気が戻っていく様子だった。
取り敢えず一命を取り留めたと判断した二人は、他の者も呼んで男を別室へと運び込みベッドに寝かせた。
ディールの部屋に有る転移陣は、世界各地に設置された転移陣へと繋がっている入り口である。
設定した入り口からは行き先を指定できるが。出た場所から使用する際は、この部屋に移動する事しかできない。
アルは、ディールからそのように聞いていた。そのため、この男が彼によって送り込まれたものと思い、すぐにこの件に関して確認しようと連絡を試みた。
「ディール様!」
イヤリングを指で触れながら彼の名を呼ぶアル。
すぐに愛する旦那様から念話が返ってきた。
『どうした? アル!』
「えっ!? どうしたって、どういう事ですぅ?」
『ん?』
「ん??」
『いや、用が無いなら念話してくるなよ!』
「えっ!? それじゃあ、あの男の人はディール様が送り込んできた人じゃないって事ですかーっ!?」
『あの男? どういう事だ?』
「血塗れの男の人が、ディール様の部屋で倒れていたんです!」
確認の結果、アルの考えは外れていた。
当然、この怪しげな男を、旦那様は不安に感じるだろう。そう思い、悩むアルだったが。ディールの下した判断は、彼女の予想を良い意味で裏切った。




