第48話 逃走するヴィルヘルム
アメリア王国軍の本陣は、大混乱に陥っていた。
森の中に隠れるように敷かれていた本陣を、突然現れたフルプレートアーマーの騎士達が急襲していたのだ。
無言で物音一つ立てずに、虚ろな表情で迫る鎧騎士たち。
いくら奇襲部隊とはいえ、異常なまでに静かなその部隊は、不気味な集団としか言いようのない雰囲気であった。
「国王陛下! 敵襲です! ここは我々に任せて、陛下は早くお逃げください!」
近衛兵たちの怒号が飛び交うなか、アスモデロから奇襲を十分警戒していると聞いていた国王ヴィルヘルムは叫ぶ。
「ばっ、馬鹿な! 敵の奇襲に対しての警戒は十分に行わせていたはずだ! それにこの者達の鎧は……」
一人の近衛兵が、味方と同じ鎧を装着した襲撃者の胸と胴の繋ぎ目に剣を刺しこむ。
しかし、絶命したかに思われたその騎士は大量の血を吹き出しながらも、虚ろな表情のまま短剣を抜き近衛兵の首を刺し貫いた。
斬っても刺し貫いても、全く倒れることのない襲撃者たち。不死身の兵を相手に、近衛兵たちは次々と倒されていく。
異様な光景を目にし、一瞬呆気に取られるヴィルヘルムだったが。そんな彼の元に、衛兵の一人が軍馬を駆りやってきて叫んだ。
「陛下! この馬でお逃げください! 奴らは我々が食い止めます!」
衛兵はそう言うと馬を下りて剣を抜き、襲撃者に対し徒歩で向かって行く。
彼の忠義を汲み取ったヴィルヘルムは、躊躇なく軍馬に跨がり本陣から逃走を図った。
後詰めの魔物軍団を指揮し、味方の軍を襲わせていたアスモデウス。
そんな彼の元に、急いで戻ってきた騎士が馬を下りて跪き報告を行う。
「何? ヴィルヘルムを打ち漏らしただと?」
虚ろな表情をした騎士の報告を聞いたアスモデウスは、苛立ちを感じつつも即座に動き出す。
「ミスズ、ここは任せた! やはりホムンクルス共では、必要以上の行動はできぬようなのでな。私自ら国王の事を始末しにいってくる!」
「パノプリアって、制御できなかったら結局虚ろなお人形さんにしかならないのね。天司くんに取り込むように言われたけど。あの時は上手く断る事ができて、本当に良かったわ」
「魔力の弱い人間では、大抵そうなるだろうな。と、そんな事を悠長に言っている場合ではない! ヴィルヘルムの首級は、確実に挙げねばならん!」
アスモデウスはそう言うと、騎士の乗ってきた軍馬に跨がり駆け出す。
「まぁ、何処にも逃げられぬよう部隊を配置しているのだがな」
駆け出してすぐに、そう独り言ちるアスモデウス。
敵の奇襲を警戒する理由で配置していた部隊は、全てホムンクルスと化した騎士達だったのだ。
元々、敵の奇襲を完全に警戒するためにびっしりと配置されていた部隊である。それを掻い潜って逃走できる道理などない。
そう考えていたアスモデウスに、焦りなどなかった。
馬を駆り、友軍と思われる一団に向かって叫ぶヴィルヘルム。
「本陣が敵の奇襲を受けた! 我が軍の中に、敵のスパイが紛れ込んでいたようだ!」
ヴィルヘルムの叫び声を聞いて、剣を抜き槍を構える警戒部隊の騎士たち。
彼らがホムンクルスなどでなければ、自分達を友軍だと思った殺害対象の国王を騙し討ちする事もできたであろう。
しかし、ただの人形と化した彼らに、そんな事を考える知恵などない。
臨戦態勢となる騎士たちの様子に、即座に友軍ではない事を悟ったヴィルヘルム。彼は、そのまま軍馬にて突破を試みた。
軽装だった国王は大腿部を一人の騎士に斬りつけられるも、構わず謎の襲撃者たちを蹴散らして突き進む。
この時点で彼は、まだ自分がハメられた事を自覚してはいなかった。
二重三重に張り巡らされた包囲網と、味方兵士の鎧を着用した虚ろな騎士たち。そんな様子に、流石のヴィルヘルムもいよいよ異常に気づき始める。
彼を視認するなり攻撃をしてくる騎士たちは、僅かな自我はあるものの深い思考までは持ち合わせていないようだった。
まるで機械人形のように無機質な動きで、淡々と手負いの国王を追い詰めていくホムンクルス達。
そんな彼らに、とうとうヴィルヘルムは森の深部にあった廃墟の神殿まで追い詰められてしまう。
「まさかこの私が、このような状況に追い込められるとはな」
屋根の崩れたボロボロの壁に寄り掛かりながら、そう独り言ちるヴィルヘルム。
(正教会の紹介であるが故に、あの大魔道士を信用し重用してしまったが)
今更ながらに全ての点と線が繋がり。彼はようやくこの状況が、全てアスモデロの仕組んだ罠であった事を悟る。
神殿の周囲からは、フルプレートアーマーのカチカチという音が鳴り響いていた。
廃墟となった礼拝堂に、足を引きずりながら移動したヴィルヘルムは、そこを自害の場と定める。
しかし、彼は突然発生した眩いばかりの光に、自然と吸い寄せられていく。
彼が自身の胸を貫く場所として定めた先の祭壇上には、紫色に輝く直径3メートル程の魔法陣が出現していた。
「何? ヴィルヘルムの姿が確認できないだと!」
ホムンクルス兵がもたらした、想像もしていなかった最悪の報告を受け、流石に苛立ちを隠せない様子のアスモデウス。
最後に国王を追い詰めたはずの、廃墟となった神殿に入ったアスモデウスの前には、忘れもしない仇敵の姿が有った。
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「くっ! お前は、勇者ディール! 空中を飛んできたとでも言うのか?」
「あー、お前まさか魔王アスモデウスか? ちょっと雰囲気が変わったよな? てか、やっぱり今回の件は、魔族が裏で糸を引いていたんだな」
「確かにそのとおりだが、ヴィルヘルムの奴は何処に隠したのだ?」
「ん? ヴィルヘルム? アメリア王国の国王が確かその名だったと思うが。もしかして、この場所に居たのか?」
「とぼけるな勇者よ! 敵国の国王を匿ったところで、お前に何らメリットなど有るまい?」
メリットと聞いて、俺はすぐに状況を理解する。その言葉の意味も同時に察した。
「なるほど、国王を暗殺するのが今回の遠征の目的だったわけか。確かにそれなら捕虜としての役割も果たさないだろうから、仮に国王を捕らえたとしても交渉には使えないし面倒な事を抱え込むだけだな」
「理解したなら話しは早い! 大人しく国王を、こちらに引き渡してもらおうか?」
アスモデウスにそうは言われたものの、俺は本当にヴィルヘルムの事を匿ってなどいなかった。
したがって俺は、知らないという事をそのまま伝えるしかないと考える。
「悪いがアスモデウス! 俺はアメリア王国の国王なんて匿っちゃいない! それより、ここで会ったがなんとやらってやつだ! せっかくだから、この場所で本当の決着とでもいこうか?」
俺の挑発に、復活を果たした仇敵はまるで乗ってくれる様子もない。
何か俺よりも優先される目的でも有るのか。それとも単純に、勝つ自信がないだけなのか。アスモデウスは、何故かあっさりこの場を引く構えをみせた。
「まぁ、例えヴィルヘルム王を見つけたとしても、匿う気が無いのならそれで良い。かなりの深手を負わせたようだし、放っておいてもすぐに死ぬだろうしな」
そう言った奴の周囲には、黒い霧が立ち込めはじめる。
ゆっくりと後退し、その霧に紛れていくアスモデウス。
若い褐色の肌をした男の体は次第に薄れていき、その姿は黒い霧と共に完全に消え去ってしまった。




