第41話 圧倒的火力
川を渡りきったヒュドラは、九つの顎で土塁の上に築かれた柵を事もなさげに破壊していく。
ちょうどその胴体部分と土塁の高さが同じくらいであるため、よじ登る必要もなく破壊を始めた感じだ。
アメリア軍の別動隊を警戒していた百人の部隊が、柵の向こう側から巨大な九頭蛇に対して魔力砲の一斉射撃を食らわす。
しかし、鱗と肉片を撒き散らすだけで、ヒュドラの頭部は僅か数秒で再生してしまうようだ。
半端な攻撃は、魔物の怒を増大させているだけに見える。荒れ狂うヒュドラは、ついに土塁を乗り越えて警戒部隊の眼前に迫ろうとしていた。
ヒュドラの襲撃と時を同じくして、砦を守る本体は敵軍の総攻撃を受けていた。そのため、互いに援軍を送れる状態ではなかった。
この危機的な状況に、警戒部隊を指揮していたマギは決断する。
「全部隊、砦まで撤退! こいつは魔法じゃないと無理だ!」
自身の無力さを悔いながらも、この化物を止める方法について瞬時に思考を巡らせるマギ。
彼が出した答えは、一部の精鋭による短期決戦であった。
マギの判断を察したガルドは、その様子を見るなりエマに対して言う。
「エマ! 二人で援軍に向かうぞ!」
「ここの防備はどうするのよ!?」
「まだ、完全に弾薬が切れたわけではない! 全軍を進軍させてきたとはいえ、狭い橋上では敵も上手く部隊の入れ替えができていない様子だ! 30分くらいなら、我々が居なくても何とか耐えられるだろう!」
「わかったわ! でも、私の魔法をあまり期待しないでね!」
「何を言ってる! あの化物を倒せるかどうかは、お主の魔法にかかっていると言っても過言ではない! お主も武人なら覚悟を決めろ!」
そう言うと、ガルドは副官達に防戦の指示を与え、疾風のごとき速さで駆けていく。防御壁の端から何の躊躇もなく飛び降りた。
エマは渋々な感じで砦から出ると、軍馬に跨がりその後を追った。
撤退してくる警戒部隊と入れ替わるように、マギと合流するガルド。それに少し遅れてエマも到着する。
「良い判断だマギ! これで少しは砦の防備も厚くなるはずだ! あの化物は我々二人に任せて、お前は後続の魔道士達を牽制してくれるか?」
「わかりましたガルド教官! 魔道士達は俺に任せてください!」
指示を受けたマギは部隊に砦に戻るよう命じると、即座に単身敵の後続部隊の牽制に向かう。
迫る九頭蛇を前にしたガルドは、続けてエマに対して指示を出す。
「一緒に奴の懐に飛び込むぞ! 私が絶対にお主の邪魔をさせん。奴を引き付けている間に、安心して高威力魔法の詠唱を済ませろ! 済んだら私の事は気にせずに、即座に魔法を発動するんだ!」
「えっ? あんたまさか、自ら犠牲になるつもりじゃないでしょうね?」
「それくらいしなければ、あの化物を倒すなど到底不可能であろう?」
ガルドの覚悟に触発されたエマも、ようやく自身の命を懸ける決断をした。覚悟を決めた彼女は、その言葉に対して無言で頷いて見せる。
口だけの女騎士も、ようやく覚悟を決めたものと判断するガルド。
「では、行くぞ!」
そう号令をかけ、即座にヒュドラの懐に向かって駆け出す。
エマも馬から降りると、フルプレートの鎧を鳴らしながら駆け足でその後を追いかけていった。
自身の魔法が、あの化物に対し効くという保証は全く無い。命を懸ける割には、勝つ見込みが有るかどうかもわからない無謀な作戦だ。
そんな状況に、複雑な思いで走り続けるエマ。
しかし、彼女は様々な思いを巡らす中で、命を懸ける覚悟を決めた。この状況を打開するには、それしかない。例えそれが無駄に終わったとしても、カレの心には私という存在が永遠に刻まれるはず。
(ディール! あんたの為に死んであげる! 私のこと忘れたりしたら絶対に許さないから!)
エマが心の中でそう叫ぶのと同時に、ガルドは九頭蛇の懐まで到達し攻撃を加え始めた。
魔法の効果範囲まで迫ったエマは、目の前で繰り広げられる激しい戦闘に恐怖する。パニックを起こしかけた彼女は、なかなか詠唱に入る事ができなかった。
ヒュドラの首が切り刻まれ血飛沫が舞い散るなか、ガルドの怒号が響き渡る。
「何をしているエマ! もう、長くはもたんぞ!」
ガルドの叫びに、ようやく我に返るエマ。彼女が、詠唱を始めようと口を開いたその時だった。
一筋の閃光が、九頭蛇の真ん中に位置する頭を吹き飛ばす。その直後、二人にとって待ち望んだ声がその場に響いた。
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なんとか間に合ったようだ。あのまま放置して、様子を見ていてたい気もしたが。タイミング的にもう限界だった。
「二人とも、よく頑張ったな! 後は俺に任せてお前達は下がっていろ!」
「ディール様!」
「ディール!」
ヒュドラの後方30メートル付近にて、敵の老騎士と刃を交えていたマギ。あいつもこちらに気づき、一旦後方に飛び退いて動きを止めていた。
そんななか、ヒュドラは吹き飛ばされた頭を再生させ始める。
「フハハハッ! どんな魔法を使ったのかは知らんが。不死身の化物が相手では、少々威力が足りなかったようだな!」
安堵した老騎士の発言に対して、端的に言葉を返すマギ。
「それはどうかな!」
マギがそう言ったのを聞くと同時に、俺は九頭蛇の頭を次々と消し飛ばしていく。
魔物の後方に居るマギを射線から外すため、ヒュドラの横っ腹に移動したながらリロードを済ます。続けざまに俺は、その胴体に向け全ての弾丸を撃ち尽くした。
無数の閃光が走り、忽然と姿を消してしまう九頭蛇。その様子に驚いた老騎士の叫び声が響く。
「ばばっ、馬鹿な! あんな強力な魔法を無詠唱で? しかも、連続で何発も放っただと!?」
老騎士がそう叫んだ瞬間、魔道士たちが取り囲む台座に置かれた状態の魔玉が粉々に砕け散る。
恐らくあれで、ヒュドラを制御していたのだろう。
消滅した際に魔力が一気に逆流し、双方向からの圧に耐えられず破壊された。そんなところか。
軽く恐慌状態に陥った老騎士は、次の判断に迷っている様子。俺は、奴の目の前に一瞬で迫った。
移動してすぐ、右手に持つケラウノスを眉間に突き付け言う。
「あの化物を一瞬で消し飛ばした武器だ! 同じ目に遭いたくなければ、大人しく降伏する事だな!」
「ままっ、魔法ではなかったのか? まっ、魔力砲?」
「まぁ、似たようなもんだがな! 威力は見てのとおり、段違いだぜ!」
俺の迫力に、敵の司令官は気圧されたようだ。老騎士は力無く剣を落とすと、両手を上げて降参の意を示した。




