第39話 新国王の誕生
適当なローブを身に纏った王女を連れ、俺は本陣に帰還する。すぐに長兄のレイチェルに対し、事の顛末を報告した。
王女の無事を喜び合うのも束の間。まずは占領したと言う事実を確定させるため、反抗軍は意気揚々と王都への入城を開始した。
市内に広がる凄惨な光景を目にし、愕然とする兵士達。
彼らは当然の事ながら、解放された市民達から歓迎を受けると期待していたはずだ。
しかし、この予想だにしなかった地獄絵図に、殆んどの者達が空虚を感じている様子だった。
早々に、無数に転がる死体の処理が開始される。それと同時に、軍上層部の人間達によって緊急の会議が執り行われる事となった。
まず始めに総大将であるレイチェルから、俺に対して王女の件に関する説明が求められた。
「完全に無人となっていた王宮に、何故ティナ王女が一人だけで取り残されていたのだ? 発見した状況についての説明をしてもらおうか?」
これから、将軍達の前で辱しめを受ける。そんな事を思っているのか、ティナの表情は曇っていた。
そんな彼女の心情を察した俺は、事実をねじ曲げて報告する。
「どういうわけかは俺にも良くわからんがな。王宮の地下牢に、王女殿下だけが一人だけで閉じ込められていたんだ。伏兵が居ないかを確認に行った事で、発見に至ったというわけさ。さしずめ、殿下を牢に閉じ込めていたまま、その事を忘れ撤退してしまったとでもいったところじゃないか?」
俺の報告を受け、すぐに王女に対し謝罪を行うレイチェル。こんな説明でも、上手く信用してくれたようだ。
「なるほど、そうでしたか……王女殿下におかれましては、さぞやお辛い時をお過ごしになられていたとお察し致します。殿下が囚われている事を存じていなかったとはいえ、救出が遅くなってしまい申し訳ありません。我が不徳の致すところにございます」
事実とは違う俺の説明に、困惑する様子のティナ。しかし彼女は、俺の計らいに気づいてくれたようだ。
すぐにレイチェルに対して笑顔を向けたティナは、話を合わせ感謝の言葉を述べる。
「い、いえ……そのような事はごさいません。横暴な召喚者たちから王都を解放してくれた其方らには、感謝してもしきれません」
「もったいなきお言葉、誠に感極まります」
そう言う兄の表情に、俺は悪意を感じた。
正直なところレイチェルとしては、王族の生き残りが存在していたという事実に不都合を感じているのだろう。
彼女の存在がなければ第一の功労者は自分であり、無条件に玉座が転がり込んでくるからだ。
しかも、目の前の王女は、かつて勇者の称号を与えられていた俺の元婚約者。
その事から考えても、元サヤに戻った挙げ句に、弟である俺を新国王にすると言いかねない状況だ。
ティナの思考を窺う様子のレイチェルだったが、そんな兄の心配は取り越し苦労に終わりそうだ。
「私に対して、そのような言葉使いは、もはや不要です」
ティナはそう前置きしたうえで、唐突に今後の身の振り方について語りだす。
「私はもはや、王族でいる事を良しと考えてはおりません……一度は召喚者たちにその座を追われた身であり、そんな横暴な彼らを召喚してしまった一族としての責任もあります! ですので私は、王女の地位を棄て出家することを決意いたしました。これからは残りの人生を、この一連の事により亡くなった人々の弔いに当てたいと考えているのです」
己にとって都合の良い展開となり、一瞬だけ笑みが溢れるレイチェル。しかし、建前上は簡単に了承するわけにもい。そう考えているのだろう。兄は、迫真の演技で王女に考え直すよう懇願してみせる。
「何をおっしゃいますか王女殿下! 殿下がご無事であった以上、この私も王家に対する臣下としての役目を果たす所存にございます! サマルキア王国再興の為に、どうかそのようなお考えはなさらないで下さい!」
レイチェルにそうは言われたものの、ティナの表情からは恐怖の感情が溢れだしていた。
一度は、首を飛ばされたという事実。
それに加え、不滅と言われる醜悪な肉塊と、自身の頭部を接合させられていた。そんな思い出したくもない記憶。
全て夢であって欲しい。そう思いたくなるような、あのおぞましい体験の数々。それは、つい先程まて彼女の身に現実に起きていた事なのだ。
俺は、ティナの心情を慮る。
今この場に、こうして居られているだけでも奇跡であるということ。
この先も王族で有り続ける事を選択するというのは、再びあのような目に遭わないとも限らないということを。
何よりも先ほど彼女自身が言っていたように、横暴な異世界人たちを召喚してしまった王家の人間としての責任。
そういった事を考えると、もう一度矢面に立たされるのは真っ平ごめん。そう思うのも当然である。
ティナは、この期に及んでようやく王家の者としての立場を自覚したようだ。最後の義務とばかりに、尊大な態度で兄に対し命じる。
「ヴァーニア侯爵家長男レイチェルよ! 不在の父に代わり国王の代行者として其方に命じます! 王都解放の第一功労者である其方に、王の座を譲ります。これからはヴァーニア家が王家として、この国の民を守り続けると誓ってください!」
兄としても、予想だにしていなかっただろう。玉座を譲位すると言う王女の申し出に、レイチェルの表情は明らかに緩んだ。
何とかそれを押さえ込んだ様子の兄は、畏まりながら片膝を付きその申し出を受ける。
「ははっ! 王女殿下の仰せと有らば、このレイチェル・ヴァーニア。身命を賭して、そのお役目を全ういたす所存です」
王女の命令なのだ。その場に居合わせた諸侯たちからも、異議を唱える声など一切出ることはなかった。
そもそも、王家は完全に滅亡したものとして諸侯達の間でも受け取られていた。故に、この討伐軍を指揮するヴァーニア侯爵家の長男が、新国王の座に就く。それは、彼らの間でも暗黙の了解となっていたのだ。
多くの諸侯が集まるなか、すぐに戴冠式は行われる。兄レイチェルは、五百年続いたサマルキア王国の王位を継承した。
新たな王朝が、誕生した瞬間である。
早速、国中に布令が出されるなか、俺は自領であるグリーラッドに戻るため早々に王都を出立する。その傍らには、髪を短く切ったティナの姿があった。




