第31話 彩香の作戦
最近ではフレイアとして、めっきり出動する機会が減っていた。
ある日そんな俺の元に、新たに難民として流入してきたばかりの者達が、とある件について嘆願しにやってきた。
「ディール様、この度は我々の事を受け入れて下さり誠にありがとうございます」
代表者の男が、そう丁寧に挨拶から入る。
「ああ。人口は多い方が、領地を発展させるためには良い事だからな。今いる者達とトラブルさえ起こさなければ、仕事はいくらでも有るし、ずっと定住してくれても構わない」
「サマルキアの英雄であるディール様の領地に定住できるのは、とても光栄な事ではありますが。実は、元住んでいた場所に帰りたいと言う者も半数くらいは居るのです……」
「まぁ、それならそれで一向に構わないが。そもそもお前達は、どういう経緯でこの地に逃れてきたんだ?」
俺がそう質問すると、代表者の男は申し訳なさそうに話を切り出す。
「実はその事で、ディール様にお願いがあるのですが……」
「何だ? その感じだと、魔物の討伐でもして欲しい的な話みたいだな?」
「ええ、実はおっしゃるとおりなのです。今のディール様は、領地の経営にお忙しいという話は伺っておりますが……ディール様は、あの仮面の英雄とお知り合いだという話も……」
「要は俺に、フレイアに対して魔物の討伐を頼んで欲しいって話だな?」
「は、はい! 端的に言えば、我々の願いとはその事なのです」
ようやく最近落ち着いてきたばかりなので、その頼みを俺は少し億劫だと感じる。しかし、フレイアに頼んだフリをして断られたと嘘をつくのも、それはそれで面倒だ。
世間に対する隠し事は一つで十分。そう考え、俺は快く依頼を受けるフリをする事にした。
「で、その魔物ってのはどんな感じなんだ?」
「それが、かなり大型の魔物ではあるのですが。どうやら何者かに操られているようで、一息に襲ってくるような事はないのです。しかし、少しずつではありますが被害者は増えるばかり。恐ろしくなった我々は町を逃げ出す事を決意したのです」
「まだ、町に人は残っているのか?」
「ええ、勿論、まだ大勢の人々が町には残っております」
「わかった。じゃあ、早速フレイアに連絡を取って、お前達が住んでいた町に向かってもらう事にしよう」
俺の答えに、歓喜する難民達。
そんな彼らを見送った後で、俺はすぐに当該する町へと向かうためアルの元に急いだ。
☆☆☆
「どうして、こんなまどろっこしいやり方をするんだ? もっと派手にやっちまえば良いだろ?」
ここは町から少し離れた場所にある森の中。聖也が、彩香に対してそう文句を言っている。
「あまり派手にやっちゃうと、招かざる客まで招いちゃうでしょ?」
「あん? どういう事だ?」
理解力の低い聖也に対して、彩香は溜め息をつきながらその理由を答える。
「他の連中に、美味しいとこだけ持っていかれちゃうって事が言いたいの!」
そこまで聞いて、聖也はようやく彼女の言いたいことを理解したようだ。
「あー、確かに。他の連中は闇雲に、あちこち探して回ってるだけみたいだしな。フレイアが来そうな気配を感じ取ったら、奴らもここに集まってきちまうって話か?」
「そう言うことよ!」
「でも、こんなんで本当に奴は来るのかよ」
「最近、すっかり魔物の数は減ってきてるみたいだからね。この間逃げてった連中が噂を広めてさえしてくれれば、それを聞き付けたフレイアは、きっとここにやってくると思う」
「なるほどな。しかし、あんな大型の魔獣を使役できるなんて、改めて思うけどお前ってすげーよな!」
聖也に褒められて、どや顔をする彩香。
彼女の天職は、魔獣使いだった。
彩香が使役する魔獣は、所謂キマイラというやつだ。ライオンの頭に山羊の胴体、蛇の尻尾を持つ伝説級の魔物。
フレイアが噂どおりの強さなら、恐らくこの魔獣であっても彼を殺せる見込みは無い。
それ故この魔獣を補助する目的で、彩花は脳筋ではあるが戦闘能力の高い、聖也をはじめとするメンバー達を選んだわけだ。
噂を広め魔獣の存在を示す。そのために、一部の住民達はわざと逃がされていた。
「しらみ潰しに探したって、くじを引くようなもんでしょ? でも、こうやって罠を張っておけば、確実にフレイアを誘き出せると思わない?」
「まぁ、確かにそうだよな。まどろっこし過ぎて、ちょっとイライラはするけどよ」
鬱憤が溜まった様子の聖也に対し、彩香は傍らに控えるキマイラに目を向けながら言う。
「兎に角いざフレイアが誘き出されてきた時に、この子だけじゃたぶん勝てないからさ。その時はあなた達よろしく頼むわね! 期待してるわよ!」
「ああ、任せとけ!」
聖夜は、自信ありげにそう言って了承する。しかし、捌け口も必要だと感じた彩花は一つ提案をした。
「まぁでも、ただ待っているだけっていうのも確かに飽きてきたよね? 私はここで待っているから、あなた達は町に行って少し遊んできたらどうかしら?」
「何だ? お前は行かないのかよ?」
「私は、そんな趣味の悪い事しないわよ! あんた達、異世界の人間だからって、よくそんな事を平気でできるわよね?」
「魔獣を使って人殺しするのも一緒だと思うけどな。まぁ、いいけど。じゃあ、お言葉に甘えてちょっくら行ってくるわ!」
下卑た笑みを浮かべながらそう言うと、聖也は他の仲間たちと共に町へと向かっていった。
☆☆☆
アルに口裏合わせを頼んだ俺は、そこそこ大きな町であるリリーザという所にやってきていた。
仮面を着けているせいか姿を目撃される度、町の人々がひそひそ話するのを感じた。
「まさか、仮面の英雄フレイアじゃ?」
「フレイアがこの町に? ついにあの魔獣を退治しにきてくれたって事なのかしら?」
元々、冒険者界隈では名が知れていたが。一般にまで噂されるようになったのは、最近の活動があってからだ。
正体を隠すためのマスクが、今では逆に仇となった。
取り敢えずフードを被り直した俺は、魔獣の情報を得るため町の酒場にでも行ってみようと考える。
酒場を探すため歩き始めると、先ほど通ってきた正面ゲート付近で騒ぎが起こり始めた。
「ほらほら、早く逃げないと、いっぱい酷い事されて痛い事もされちゃうぞ~」
大勢の人間が血を流しながら、地面に倒れ伏している。
三人の若い男達が、剣と槍、戦槌を使って逃げ惑う人々を次々と襲っていた。
その様子を、一人の若い女が薄ら笑いを浮かべながら眺めている。
ようやく到着した町の警備隊が弓を構えると、男達の一人が大声で叫んだ。
「俺達は、神の代行者である異世界の召喚者だ! 神のご意志により、大規模な反逆者狩りをしているところである! 邪魔をするならお前達も神に対する反逆者と見なすが。兵士の諸君は大事な駒となるので、なるべくなら殺さないよう奏多から指示を受けている!」
奏多と聞いて、たじろぐ兵士たち。
地方の兵士であっても、召喚者たちのリーダー的存在である奏多の名は知れ渡っていたようだ。
攻撃の構えを解いた兵士たちの様子を確認すると、再び殺しを楽しみ始める召喚者たち。
俺は被ったフードを外し、そんな奴らの前に立ちはだかった。
「何だお前? こんな暑い日にフード付きの外套なんて着やがってよ~! 自ら殺されに来るなんて、随分と殊勝な事じゃないか」
そう言った瞬間ガタイの良い少年は、俺に向かっていきなり刺突を繰り出した。
しかし、その刹那。左のガントレットで槍をいなした俺は、カウンターの右ストレートを顔面にお見舞いする。
少年は、数十メートル先まで吹き飛び城門の壁に激突。壁は大きく破壊され、そのまま瓦礫に埋もれてしまった。




