第22話 仮面を被りし英雄
「まぁ、本当はここで、すぐにでも帰ってもらいたいところだがな。他の兵士たちもかなり疲れているようだし、取り敢えず続きは中に入ってからにしようか」
頑として譲らない様子のエマに、俺は根負けする。何より俺自身ここで話しを続けるのが辛い。
悔しいがそう思い、仕方なく俺は使者たちを城内に招き入れることにした。
相変わらず空気を読まない奴だ。城内に入るなり、中の様子を見たエマは思った事を口にし始める。
「それにしても、随分とボロッちい城ね! それに、何で子供しか居ないのよ? この城には、騎士の一人も居ないわけ?」
恐らく部下たちは、事情を知っているのだろう。十名の兵士たちは、そんな上司の現場を知らない発言に慌てた様子だ。
一応、お嬢様育ちの女性騎士である。そのためエマは、騎士団の中に於いてマスコット的な位置付けだった。
そんなわけで彼女は、地方の現状など知る機会もなく。この地域が荒廃しきっていて、廃城が一つ存在するだけだという事実を全く知らなかったのだろう。
十名の兵士達は、子供達が多い理由についてすぐに理解したはずだ。俺としては、真剣に領民と捉えているが。きっと保護しているに違いない、くらいに思っているのかもしれない。
しかし、この世情を全く知らないお嬢様は、相手の事情も考えずに平然と嫌みを言いやがった。
あまり歓迎はしていなかったものの、俺は応接間にエマと兵士達を通す。
アルが茶を全員に配り終えると、改めて王の召集に応じない旨をエマに対し伝えようと口を開いた。
「悪いが、領地の経営もまだ安定していないからな。それに、俺が離れてしまうと、ここを守る戦力も希薄になる。だから、王の召集には応じる事ができない! て言うか、既に王ですらない者の召集に応じる義務が、そもそも有るとも思えんがな」
俺の言葉が尤もだと感じたのか、十名の兵士たちは諦めた様子で頷く。しかし、エマは顔を真っ赤に染め怒りの感情を剥き出しにした。
「何よ、その言い方は! あなたには、恩義っていうものが一切無いの? それに国中の人々が、迫る死の恐怖に毎日怯えて過ごしているのよ! それなのに、王家が無くなったから人々を救う義務もないですって?」
完全に話を取り違えている。勝手に解釈するのも大概にして欲しいものだ。
「勿論、魔物の恐怖に怯えて過ごす人々を、救いたいっていう気持ちがない事もないさ! ただ、状況がそれを許さないって言ってるんだ! 見てのとおり、この城には騎士の一人も存在しない。俺が離れてしまったら、誰があの子供らを守るって言うんだ?」
本当の事を言えば、魔物を討伐して回ってもすぐに城に帰る方法などいくらでも有った。
しかし少なくとも、王家を旗印にしてそれを行うというのだけは勘弁願いたい、というのが俺の本音だった。
そんな俺の気持ちを余所に、引き下がれないエマはまだ諦めてはくれない様子だ。
「だったら、この城を守る戦力を残して行けば良いのよね? そういう事なら彼らをここに置いていくから、あなたは取り敢えず私と一緒にきてもらえるかしら?」
「随分と強引だな~。兎に角、駄目なもんは駄目だ!」
「何でよ! 兵士達を置いていくんだから、城の守りは万全のはずでしょ?」
エマのしつこさには本当に呆れる。と言うか、話が全く通じないだけか。
「あのな。見てのとおり、ここには百人もの子供達が居るんだ。たった十人で、どうやってそれだけの数を守るってんだよ? ましてや、ついこの間も五百を超える武装したホブゴブリンの一団に襲われたばかりなんだぞ。他でも同じような事が起きてるのかもしれないが、この城だってまた何時この前のような襲撃に遭わんとも限らんだろ?」
俺の話を聞いて、一人の兵士が驚いた様子で質問してくる。
「ディール様。五百ものホブゴブリンの集団を、たった一人で撃退したと言うのですか?」
まぁ確かに一人でも十分対処はできた。しかし、実際にはガルドも一緒に戦ったというのが事実だ。
本当は、俺が居ないと困ることを強調したいところだが。無理に嘘をつく理由もそれほど見当たらない。
「いや、ここにいる獣人戦士も一緒に戦ってくれたんだけどな。まぁ、二人だけでやったのは間違いないさ」
俺がそう説明すると、ガルドは恐縮した様子で言う。
「二人で戦ったなど、とても言えるような感じではありませんでしたが。私が倒したのは、五十にも満たなかったので。殆んどディール様が、一人で倒したようなものでした」
ホブゴブリンといえば、身長が2メートルはある中型の鬼だ。それを一人で五十体も倒すこと自体、人外の所業と言える。
しかし、それは即ち俺が残りの450体を倒したという事にもなり。兵士達は、その事実に驚愕して言葉を失っていた。
そんななか対抗心を燃やすエマだけは、大した事ではないといった態度だった。
「そんなことくらい、広範囲の攻撃魔法を扱える者なら誰でもできるんじゃない? 私だって、上級の攻撃魔法なら扱う事ができるわよ!」
広範囲の攻撃魔法など、実戦では使い物にならない。経験の少ない者ほど、机上の空論でものを言いがちである。
強力な魔法ほど長い詠唱を必要とする。そのため前衛なしでは、完結までいくのは難しいのが実状だ。
それに加えいざ発動までこぎ着けても、大抵の場合は前衛まで巻き込んでしまう。大規模な戦場では全くもって実用的ではないのだ。
兵士たちは当然、それをわかっているのだろう。一人の兵士が、エマの顔色を窺いながら俺に問う。
「ディール様も、広範囲の攻撃魔法は得意なのでしょうが。流石に無詠唱で、というわけにはいきませんよね?」
「まあな。初級や中級の魔法くらいなら、詠唱無しで使えるよう、このガントレットに仕込んで有るが。強力な大魔法ともなると流石に無詠唱ってわけにはいかないさ。実際の戦場では、ご丁寧に詠唱が終わるまで待っててくれる敵なんていないし、言うほど簡単じゃないよな」
「では、どのようにして、五百体ものホブゴブリンの軍団を屠ったというのですか?」
「そんなの、白兵戦したに決まってんだろ?」
俺の答えに、兵士たちから一斉に感嘆の声があがる。
エマは、部下達の反応に一人面白くなさそうな顔だ。
そんな彼女に、俺は一つ質問をする。
「ところでエマ! 今一番、魔物の被害が多い地域って何処なんだ?」
「どうして急に、そんなこと訊くのよ?」
「いやな。もしなんだったら、知り合いにSランク冒険者が居るんだけど。俺が頼めば必ずそいつが動いてくれるはずだ。なんならそいつに魔物の討伐を頼んでやっても良いと思ってな」
しれっと話の場に混じっていたアルは、それは名案だとばかりに一人納得した様子。
「ディール様、それは仮面の英雄フレイアの事ですよね? 彼ならきっと、どんな強力な魔物が現れても、多くの人々を救ってくれるに違いないですね!」
フレイアの名を聞いて、兵士たちから更に感嘆する声があがった。
(お前、やっぱりわざとだったんだな)
ちゃんとフレイアの名を覚えていたばかりか、俺の意図もしっかり理解しているアル。
そんな彼女に対し、俺は何とも言えない複雑な感情を抱き始めた。




