第9話 古城に巣食う悪霊
「明らかにおかしいな」
今にも崩れ落ちそうな城門を前にして、俺はついそう言葉を漏らす。
廃墟となった古城の雰囲気は確かに不気味だ。しかし、それ以上に城内から憎悪の感情が渦巻いているのを感じていた。
「とっても不気味ですね……なんだかお化けでも出てきそうな雰囲気です」
アルの感想に対して、俺は端的にそれを肯定する。
「ああ、居るさ! ヤバいのがな!」
「そんな恐い冗談はやめてください!」
「冗談なんかじゃないぞ! 天の声に訊いてみろよ」
俺からそう促され、すぐに天の声と交信を試みる様子のアル。しかし、どうやら今回は全く反応が無かったようだ。
「いつも突然聞こえてくるだけで、私の方から語りかけた事なんてなかったし。ダメ元でやってみましたけど、やっぱり駄目みたいですね……常に私の事を見ているわけでもないみたいです……」
「そうか……まぁ確かに、そんな都合のよい話もないよな。だか、この城の中に何かヤバい奴が居るのだけは確かだぞ」
俺の言葉に、アルは完全に怖じ気づいた様子だ。
しかし、そんな彼女には構わず、俺は何の躊躇いもなく朽ち果てた城門を潜った。
「ま、待ってくださいディール様~!」
置いていかれまいと、慌てて俺の後を付いてくるアル。
かつて、簡素な城下町が備えられていた城内には、無数の白骨化した遺体がそのまま放置され散乱していた。
城主の館が有る方に向かって歩きながら、俺はアルに対して言う。
「怨霊が渦巻いてるな……たぶん、城主の館には、コイツらの親玉が巣食ってると思うぞ」
「怨霊の親玉って、ディール様はどうしてそんな事がわかるんですか?」
「感じるんだよ『気』をな!」
「『気』って何ですか?」
「魔力なんかもそうだし、人が本来持ってる力なら、霊気なんてのもあるぞ。今俺が感じているのは怨念だな!」
「何か霊的なパワーと言ったところですかね? それを感じる力がディール様には有ると?」
「まぁ、そういう事だ」
そうこうしているうちに、かつて城主の館だったと思われる屋敷に到着する。見た目はボロボロだが、建物自体は朽ち果てているという程ではなかった。
屋敷に入ろうと玄関のドアノブに手をかけた瞬間、おどろおどろしい声が頭上から響く。
「怨めしい……生者が妬ましい……お前達の魂をここに置いていけ~」
声がした直後、俺は背後から多くの敵意が向けられているのを感じる。気づけば俺たちが通ってきた道は、無数のひと形をした黒い影で埋め尽くされていた。
俺の様子を見て、振り返ったアルは叫ぶ。
「イヤーーッ! おば、お化けーーっ!」
言葉で安心させるよりも行動した方が早い。そう瞬時に考え、ケラウノスを大腿部のホルスターから抜く。迫り来る黒い影を、次々と超音速の弾丸で消し飛ばしていった。
しかし、一度霧散したはずの黒い影は、すぐに元の場所に同じ姿を現す。復活した影は、ゆらゆらと歩きながら再びこちらに向かってきた。
「そ、そんな……ディール様の攻撃が全く効かないなんて……」
少しだけ落ち着きかけていたが、それを見て再びパニック気味になるアル。しかし、俺としては全く問題ないと感じていた。
「大丈夫だから心配するな!」
怯えるアルを見て、そう言って落ち着かせようと試みる。
それでもまだ、彼女は不安そうに俺の服を掴みながら言った。
「でも、幽霊は普通の攻撃では倒せないみたいですよ? 神官とかが使うと言われている聖魔法でもなければ、浄化とかできないんじゃないですか?」
「こちらの物理攻撃が効かないなら、向こうも物理的に手出しはできないって事だ! ただ、心が弱い奴だと、精神的にはかなり削られるだろうがな」
「精神を削りきられちゃったら、どうなっちゃうんです?」
「まぁ、その時は死ぬだろうな」
最悪の結論を聞いて、目に涙を浮かべながら叫ぶアル。
「私、絶対に、取り殺されちゃいますぅ~っ!」
「いちいち五月蝿い奴だな……俺が大丈夫だって言ってんだから、お前はただ信じてれば良いんだ」
「わかりました……それじゃ、絶対に私の事を守ってくださいね! 絶対ですよ!」
「ああ、任せろ……それにしても、コイツらを個別に相手なんてしてられないな! 親玉に纏めてから殺るか」
「纏める? そんな事できるんですか?」
アルの疑問に答えることなく、俺は黒い人影共も無視して玄関の扉を開く。
ドアを開けると、中のフロアには夥しい数の赤い発光体が飛び交っていた。
その光景に怯える様子のアル。
俺は気にせず、彼女の手を引きながら奥へと進んでいった。
無数の発光体を引き連れながら正面の階段を上り、二階の一番奥にある部屋に向かって進み続ける。
途中、幾度となく発光体は襲いかかろうと迫るが。予め張っておいた障壁に阻まれ、一定のラインを越えて近づいてくることはなかった。
「あの扉の奥だな……いいか? アル。俺から絶対に離れるなよ」
「わかりましたディール様! 絶対に離れません」
アルはそう返事すると、俺の背中に抱きついてくる。
「おい! それじゃ俺が動けないだろ!」
「だって、とっても恐いんですぅ~っ!」
「いいから、俺の三歩後ろくらいに下がっていろ! そこなら余裕で神気の範囲内だ!」
自分でそう言いながら、今さらだがある疑問を抱く。
「お前、全然平気なのか?」
「平気? 何がですか?」
「やっぱり全然平気そうだな? かなり弱めているとはいえ、精神的なダメージは普通、悪霊なんかの比じゃないはずなんだけどな……」
「精神的なダメージって?」
「まぁ、良いさ。これからお前の周りに結界を張るけど、俺の見た目が変化したら、その時は絶対に俺に触れるんじゃないぞ」
「よくわかりませんけど、とにかく三歩以上は近付く事も、離れる事もしません! それで良いですよね?」
「ああ、それで良いさ!」
二人の約束事を取り決めたところで、俺は問題の扉を開く。
扉の向こう側は、かなり天井も高く広いフロアだった。
屋敷の玄関先で聞こえた物と同じ不気味な声が、フロア内に響き渡る。
「怨めしい……生者が妬ましい……お前達の魂も我の一部となり、永遠に彷徨い続けるがよい」
声と共に突然フロア内に現れた、巨大な人の顔の形をした黒い影。
俺は、左手の甲に有る痣に視線を移し呼吸を整える。
一気に神気を解放すると、ケラウノスの弾丸を容赦なく撃ち尽くした。
大きな風穴をいくつも開けた状態で、黒い影は叫び声をあげる。
「ギィャーーッ! 何故だーーっ! いっ、痛いーーっ! 苦しいーーっ!」
悲痛の叫びなど気にもとめず、俺はリロードし続け弾丸を撃ち込みまくった。
「ほら、早くしないと、霊体が完全に消滅しちまうぞ? 城中の悪霊達を全部集めた方が良いんじゃないのか?」
どうやら、上手くアドバイスに乗ってくれたようだ。巨顔に向かって、外から小さな影がどんどん集まってくる。
開いていた穴は塞がっていき、更に巨大な顔に変化した。
「それじゃ、そろそろ浄化のお時間だな。あばよ悪霊! ここは俺の城だ!」
俺はそう言うとアイギスも抜き、二丁拳銃の構えで巨顔に向かって撃ちまくる。
何度もリロードを繰り返しながら撃ち続け、僅か十数秒の後に悪霊の痕跡はその場から完全に消え去った。
「ヤバい、少しやりすぎたな……」
少し調子に乗りすぎたようだ。激しい破壊の痕跡を見て、俺は再び左手の痣に目を向けながらそう呟いた。




