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その結婚、続けますか? ~空読み姫の結婚 ラヴェンテリ編~  作者: 橘ハルシ


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7、空読み姫、スコップを構える

 ……歌が、歌いたい。


 色々不思議なことが起こったせいで、現在、歌うのを止められている。こんなに歌わないのは3歳で習い始めてから初めてかもしれない。


 歌が、下手になっちゃったらどうしよう。


 こっそり口を大きく開けて発声練習をしようとした途端、アニタが飛んできた。怖い顔で黙って首を振る彼女に負けて、私は開けた口を閉じた。


 それもこれもエリアスが心配性すぎるからだわ。街の人に迷惑をかけたわけじゃないのだから、歌ってもいいじゃない。


「やあ、ラヴェンテリ、ご機嫌いかが? 歌えないストレスが溜まって、そろそろ僕への不満が爆発しそうな頃合いかと思ってきてみれば、案の定、可愛い奥さんの顔が怖くなってるね」

「可愛くないから」

「君はものすごく可愛いよ?」

「そういう台詞は離婚にまい進する妻に言うことじゃないと思うわ」

「僕は離婚したくないからね」

「絶対、離婚するの!」

「君にそうやって自分の主張を叫ぶ権利があるように、僕にも自分の思ったことを言う権利があると思うんだよね」


 だから、可愛いと言っても問題なし、と続けたエリアスに苛立ち、何か言い返す材料はないかとじっと観察した。


「あれ? エリアス、着替えた? 朝はそんなラフな格好じゃなかったわよね?」


 朝食の時はいつものようにかっちりとしたタイとシャツとベストで領主らしい格好をしていたはずだ。なのに、目の前の彼は乗馬にでも行くような、いや、庭師のような姿になっている。


「今から何をするの?」


 重ねて尋ねれば、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに目を輝かせたエリアスが、庭のほうを指差した。


「ラヴェンテリ、いずれ料理も習うって言ってたよね? その前に材料を育ててみない?」

「材料を育てる?」

「そう、庭の奥に菜園を作ろうと思って」


 菜園、ということはもしかして、野菜を種から育てるのだろうか? それは生きていく上で、とても大切な仕事で、私が一番に覚えるべきことなのでは!? 食糧確保の必須技だわ!


「私もやるわ!」

「そう言うと思って誘いにきたんだ」

「ありがとう! 今すぐ準備するからちょっと待ってて」


 アニタと一緒に隣の衣装部屋へポンと飛び込んだ。



 「さて、旦那様、奥様。今日はご希望のキャベツ、豆、玉ねぎを植えていきたいと思います」


 庭師のオッリを講師に、二人並んで畑の前でスコップを構える。


「まずは、こちらのキャベツの苗から植えていきたいと思います」


 ……キャベツ?


 黒い小さなポットがずらっと並んでいて、くすんだ緑の葉っぱがちょこちょこと存在を主張するように揺れている。


 私は、頭の中にあるキャベツとこの小さな葉っぱが結びつかず、首を傾げた。


「この小さな葉っぱが本当にキャベツになるの? 市場で売っているのを見たことがあるけれど、こんな大きくて丸かったわよ?」


 両手で大きな丸を作って見せればオッリの頬が緩んだ。


「ええ、上手くできればそれくらいになりますよ。こうして、私の開けた穴へ入れて土をかけてください」


 本当に、あの大きさに? と疑問を抱きながらポットから出したキャベツの根っこを眺める。


「……元気に育って大きくなるのよ。本当にキャベツになってね」


 教わった通りに土に植えてポンポンと優しく土をかける。


 この小さな植物が、あの大きなボールみたいなお野菜になるなんて、と初めて知る神秘に感動しながらひとつひとつ丁寧に植えていたら、横から噴き出す気配がした。


「ラヴェンテリ、君は本当に色々知らないんだね。確かに歌う以外で外に出てないなあ。離婚はしないけど、こうして色々知るのはいいかもしれないね、頑張って」


 輝く笑顔のエリアスになんだかムッとして、私は手に持った小さなスコップを突きつけた。


「エリアス、馬鹿にしないでよね。そりゃ、私は知らないことだらけだけど、バリバリ習って直ぐに離婚してやるんだから! まずはオッリに全種類の野菜の作り方を習って、自分で育てられるようになってみせるわ!」

「ふはっ、君、空読み姫兼農家になるつもり?」


 我慢できずに身体を震わせている失礼な男は無視して、私はオッリにやる気をアピールした。


「そういうことだから、オッリ、私にガンガン野菜の育て方を教えて頂戴! あっという間に覚えてみせるんだから」

「ですが、奥様。今日植えたものが収穫できるのは春ですよ」

「…………え? 春? 今まだ冬にもなってないわよね?」

「はい。それに、色々な野菜を育てたいと仰っておられますが、植えるのもそれぞれ時期が決まっておりまして、直ぐに全部というわけには……」

「えっ? そうなの? さすがに次の春までは待てないわ」


 声を上げると、隣から冷気が漂ってきた。


 やだ、寒い。これはもしかして、エリアスが怒ってる?


「ラヴェンテリ? 野菜を植えたなら、収穫まで体験しないとね」


 予想通り、笑顔のくせに氷のような鋭い目つきのエリアスが私を見下ろしていた。


「その頃にまた来るっていうのは?」

「その間の世話はどうするの? 庭師に任せっぱなしにするつもり? 植えた責任はとって欲しいな」


 恐る恐る、解決策を提示してみたものの、猛吹雪に吹き飛ばされた。


 植えた責任。そうよね、苗って野菜の子供なのよね。子供を放っていくのはよくないわよね。


「わかったわ! このキャベツたちは私が責任もって大きくしてみせるから!」


 右手のこぶしを突き上げて宣言すれば、パチパチ、と拍手が聞こえた。音のするほうを見れば、エリアスとオッリ、いつの間にか来ていたアニタが並んで手を叩いている。


「よかったですね、旦那様。これで奥様は春までここにおられますよ」

「何言ってるの、アニタ。ラヴェンテリはずっとここにいるんだよ」


 なんだか、エリアスに嵌められた気がしなくもない。


 釈然としない気持ちでキャベツたちを眺めていたら、じょうろを手にしたオッリが水をやりながらニコニコと話しかけてきた。


「奥様、あと豆と玉ねぎの世話もお願いいたします。お好きでしたら、苺も植えてみますか?」

「苺もできるの!? 私、苺好きなの、育てたいわ!」


 では苗を取り寄せます、と言ったオッリからじょうろを渡され、水のやり方を教わった。


「たーっぷり、召し上がれ」


 腕を大きく振って水を撒く。フッカフカの土はあっという間に水を吸い込んで雨の日の匂いがした。


「奥様、メロンやナス、トウモロコシはいかがですか?」

「えっ、それもここで育てられるの!? すごいわね!」

「植えてみますか?」

「ええ、もちろん!」


 オッリの顔が嬉しそうに輝いた。


「では、それらは春に播いて夏に収穫しますから、それまでいてくださいね」


 あっ、オッリもエリアスの仲間だったのね!?

 


 目の端でふっとランプの灯が揺れた。顔を上げるとニコニコ笑顔のエリアスがいた。


「貴方も図書室に本を探しにきたの? それとも私に何か用?」

「もう直ぐ夕食の時間だからね、呼びにきたんだ」

「あら、もうそんな時間? でも、貴方は忙しいでしょ、アニタに頼めばよかったのに」

「僕が一番暇だったんだ」


 領主のエリアスが暇なんて、嘘ばっかり。でもまあ、ちょうどいいわ。私も聞きたいことがあったから、と手元に広げていた野菜図鑑にしおりを挟んで閉じる。


「野菜図鑑? 早速興味を持ってくれて嬉しいよ」

「ええ、野菜の子供たちを育てるのだからしっかり勉強して臨まないとね」

「君のそういうところ、本当に好きだな」


 なんかとんでもない幻聴が聞こえたっ!? と彼を見上げれば、お目にかかったことがない優しい表情で見つめられて戸惑う。


 今まで、軽く『可愛い奥さん』『大事な奥さん』くらいだったのに、いきなり、真面目に『可愛い』とか『好きだ』とか、おかしいでしょ。こっちの調子まで変になっちゃうわ!


「っ、貴方に好かれたくてやってるんじゃないのよ。夕食なんでしょ、行くわよ!」

「はは。その本、部屋に持っていく?」

「ええ。あと、そこに積んであるのも借りていくわ」

「また、重たそうな本を……『薬草の全て』『野菜料理これがウマい』……いや、笑ってないよ?」


 題名をわざわざ声に出して読んだエリアスが、ふっと笑う。むむっと頬を膨らませた私にサラリと片手で謝って、机の片側に積んでおいた分厚い本の上に野菜図鑑を重ねてひょいっと抱えた。


「君の部屋に運ぶよ」


 私の返事を待たずに身を翻して廊下へ出て行く。その背を追って私も廊下へ飛び出した。


「待ってよ、私の部屋は食堂の反対側だわ」


 今いる図書室は、2階の中央の階段上がって右奥にあり、私の部屋はその反対、左奥にある。ちなみにエリアスの部屋は私の向かい。

 だから、1階の食堂に行くのに無駄に階段の前を通り過ぎることになってしまう。


「私が置いてくるからエリアスは先に行ってて」


 本を受け取ろうと伸ばした手は華麗に空を切った。


「僕が運ぶよ。どう考えても僕のほうが腕力も体力もあるのだから任せて欲しいな」

「……うーん、じゃあ、一冊は自分で運ぶわ」


 改めて手を差し出せば、『野菜料理これがウマい』が渡された。


 これは、料理を早く覚えろってこと? ……あ、一番軽そうだからか。


 エリアスはこういう気遣いがサラリとできるから、私と離婚したら直ぐに花嫁になりたい人が殺到するだろうな、と考えて胃がキリッと痛んだ。そのことを深く考えないように、慌てて新しい話題をふる。


「そうだ、エリアス。私はもうのどを充分に休めたと思うの。だから、明日からまた歌いたいのだけど」

「医者に診てもらってからでないと許可できないな。君は直ぐ無理をするから」

「じゃあ、明日先生を呼んで診てもらうわ。随分休んで労わったもの、きっと大丈夫よ。早く歌いたいわ」

「本当に嘘偽りなく医者が良いと言ったら、だからね?」

「わかってる! きっと良いって言ってもらえるから、馬車の準備をしておいてね。……あ、自分でやるわ。こないだ教わったもの」

「そういえば、そうだね」


 エリアスが何とも言えない表情で同意してくれた。


 そう、私は離婚に向けてできることが増えているのよ!

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


夫、妻の関心を引くためスコップのかっこいい構え方を考える。

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