5、空読み姫のおもてなし
「はーっ、着なくなった服を持ってきただけなのに、こんな素敵なお部屋で果物が宝石みたいに見える綺麗なお茶と甘くてふんわりいい匂いの美味しそうなお菓子が食べられるなんて」
私の部屋に用意したお茶とお菓子に、カティが目を輝かせてくれてホッとした。昨日の今日でもうおさがりを持って訪ねてきてくれたお礼にと、特別な時に淹れてもらうフルーツティーと焼き菓子を厨房に頼んだのだ。
「どちらも私のお気に入りで、とっても美味しいから冷めないうちにどうぞ」
「ありがとうございます。いただきまーす!」
勧めたマドレーヌを大きな口で丸ごとパクリといったカティと目が合うと、口をもごもごさせながら慌てたように呑み込んでげほごほとむせた。
「まあ、大変! お茶を飲んで、このハンカチを使って」
「す、すみません。こういう食べ方しちゃいけなかったんですよね。私、庶民だしこういうの初めてで、ついいつものように……」
ハンカチを口に当てて申し訳なさそうに謝ってきたカティに目を瞬かせる。
……? あ、私が目線でマナーを咎めたと思われてる!?
急いでそうじゃないと目の前で両手を振って知らせる。
「違うの、私は、その、……私こそ、皆がどうしているか知らなくて、興味があったの。不躾に見てごめんなさい」
そのまま手を伸ばしてマドレーヌをひとつ摘まむと、カティのように大きく開けた口にまるっと入れた。
むっ、口いっぱいになってうまく噛めない。
先ほどのカティのようにもごもごと口を動かして、何とかお茶で流し込んで一息つく。
「この食べ方、とっても難しいのね」
「そうですねえ、ラヴェンテリ様はやらないほうがいいかと。せっかくですから、私にもこういう場でのマナーを教えてください」
気を遣われたのはわかったけれど、本当に難しかったので一口パクリは諦めた。気を取り直して、私の教わってきた食べ方を伝えたら、カティが物足らなさそうな顔になった。
「少しずつだとちょっぴりストレスが溜まります」
「そうねえ、ではお互い気にせず好きな食べ方でお茶しましょ。そのほうが美味しく食べられるもの」
「そうしましょう!」
そこからは二人で話に花が咲いた。どこのお店に可愛い小物や服があるという話から、落ち着くカフェ、美味しいランチ、好きな本、街の噂話までいっぱいお喋りした。
「……本当に、こんなふうに自分が空読み姫様とお茶をする日が来るなんて、思ってもみなかったですよ」
「私もよ。早々に『奥の花嫁』様がきて、私は別居になってこんなふうに人と関わることなんてないまま歌うだけで生きていくんだろうって思ってたのに」
「あら、そんな。お二人は大変仲がよろしいのですから、もう『奥の花嫁』なんていらないんじゃないですか?」
「だめよ、それはだめ。エリアスは領主なのだから、後継ぎが必要でしょ。だから私と早く、」
あ、離婚って言っちゃだめなんだった。……うーん、どう言えばいいのかしら?
「でも、お二人の間にお子さんができれば、本当にいらないんじゃないですか?」
無邪気なその一言に私の全身が凍り付く。
これは一般の人には秘密なのだけど、空読み姫に子供は出来ない。だから、後継ぎが必要な領主は『奥の花嫁』を娶ることが許されている。過去に空読み姫だけを愛した領主がいるらしいけれど、当然後継ぎができず、親類縁者がその座を争ってその地は荒れ果てたとか。姉様たちが結婚前に教えてくれた。
『そういうわけで、私たちは領主に愛されてはいけないの。その地に住まう人々を不幸にしたくなければ、わきまえなさいね』
振り返ってみれば、この5年間、私はわきまえずにエリアスと親しくしすぎたかも。だって、エリアスは初めて会った時から親切で気さくに話しかけてくれて、この領地のことを色々教えてくれて、本当にありがたかった。そんな人と仲良くしないなんて、ありえないわよね。
だけど、エリアスとはずっと仕事仲間で、手を繋ぐのは迷子にならないようにするため、抱き上げられたのは危険回避のためだから大丈夫よね? なによりもうすぐ離婚するし、このままで大丈夫。うん、離婚さえすれば問題なし。
「あ、結婚して10年経ってできたって人もいますし、子供のことは神様がお決めになることですから、全然気にしなくて大丈夫ですよ」
私が考え込んでいたので、カティが慌ててとりなすように続けた。
「ええ、もちろん、気にしてないわ。きっと近いうちに後継ぎができるに違いないもの」
「え、そうなのですか!?」
「ええ! ……いえ、多分?」
エリアスが私と離婚して、新しい花嫁を迎えたら実現するだろうから嘘じゃない。……その時、私はどうしているのかしら。
多分、領内のどこかにある小さな家に住んで、近所の人たちと一緒に二人を祝福しているわね。
想像したら胸がいっぱいになった。……なんだかチクチクと痛い気もする。あれね、身内が結婚すると寂しくなるってこういう気持ちなんだわ。結構、辛いのね。
これは辛さを緩和するためにも、早く離婚準備を始めたほうがいいかもしれない。
「そうだ、カティにもらった服を今着てみてもいいかしら?」
「ええ! 是非、着てみてください!」
カティが最後の焼き菓子を頬張りながら大きく頷いたのを確認して、離れた長椅子に積んである服を一枚手に取った。
これからの季節に丁度良さそうな厚めの生地で作られた焦げ茶色のワンピース。何の飾りもなく、前にボタンと共布の襟がついているだけ。
……なるほど、これなら汚れが目立たないし、絹と違ってジャブジャブ洗えそう!
まずは形から離婚準備よ、と早速着替えようとして、ハタと気づいた。
私、今着ている服をひとりで脱げないし、このワンピースの着方もよくわからない。
「…………カ、カティ」
「ラヴェンテリ様、どうしました?」
「私、自分ひとりで着替えもできないダメ人間だわ……」
「え? えええっ!? そんな、こうバッと脱いでパッと着るだけですよ??」
服を抱えて呆然と立ち尽くす私の元へ飛んできたカティが困惑している。
「奥様の服は全て後ろにボタンがございますからね。おひとりでの着脱は無理なのです」
「わあっ、アニタさん!?」
今まで壁と一体化して見守ってくれていた侍女のアニタが、突如として側に現れたことでカティが飛び上がった。
「奥様。まさか、お客様の前で着替えをしようなんて思ったりはしてませんよね?」
「ま、まさか」
するつもりでした、と言えず冷や汗を流しながら否定する。ですよね、と怖い笑顔で頷いたアニタに促されて隣の部屋へ移動してドレスを脱がせてもらう。
「アニタ、ワンピースはひとりで着るわ」
「かしこまりました。お手伝いが必要ならおっしゃってください」
「ええ、ありがとう」
結婚してからずっとアニタに着せてもらっていたけれど、以前暮らしていた空読みの塔では似たような服を自分で着ていたことを思いだしたから着られるはず。
……ほら、前についているからボタンだってひとりで留められた。いつものドレスに比べて生地が重いし、私に合わせて作ったものでないからきついところや緩いところもあって、袖も少し長い。だけど、それを全部はねのけるくらい嬉しい!
喜びのままにカティのいる部屋へ戻る扉を開けて叫ぶ。
「カティ、見て! 着られたわ、とっても動きやすいのね。ありがとう!」
「それはよかったです。似合ってますね、ラヴェンテリ様」
「うんうん、そういう服も似合うね。でも、ちょっと袖が長いし、全体的にサイズがあってないかな」
大きく息を吸ってー……3,2,1。
「エリアスッ! なんでここにいるのよ!」
「え? 仕事がひと段落したから、可愛い奥さんの様子を見に。それに、服を譲ってくれたカティに夫の僕からもお礼を言うべきだと思わない?」
いえいえ、そこまでしていただかなくても、と手を振るカティの前に、この屋敷で行事やお祝い事などの時に配るお菓子の小箱が置いてある。
この館が誇る菓子職人の焼き菓子詰め合わせ! 私の好きなものばっかり入っていて、あの箱を配る時は、いつも多めに私の分も作ってもらっている。
そうか、あれをお礼に渡せばよかったのね。
エリアスの気遣いに感謝すると同時に、そこまで気を配れなかった自分に腹が立った。
「サイズがあってなくてもいいでしょ!?」
つい、エリアスに八つ当たりのように言い返してしまう。言ってしまった私は内心で焦っているのに、言われた彼は全く表情を変えず私の首から下をじっと見て頷いた。
「でも、サイズがあっている方がいいでしょ? うん。誰かに頼んで直してもらおう」
そうか、服ってサイズ直しができるんだ。それはぜひとも覚えたほうがいいわね。
「私、私が自分でやるわ! 刺繍はできるから教わればできると思うの」
手を高くあげて訴えれば、カティとアニタが拍手してくれ、エリアスがこくりと頷いた。
「なるほど。じゃあ、練習にこのベストからお願い。あ、裾がほつれてるこのハンカチからのほうが安心かな?」
いきなり大事なワンピースは怖いでしょ? と笑顔のエリアスに渡されたのは今、まさに彼が脱いだ普段使いの服で。
これ、練習用にしていいの!??
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
妻の初めてのお茶会へ、夫乱入。




