4、空読み姫、買い物をする
「ラヴェンテリ、そっちじゃなくて、こっちの店にしよう」
いつもドレスを作ってもらうお店へと続く角を曲がろうとしたら、後ろから止められた。
「いつもと違うお店にするの? サイズとか測り直さないといけないじゃない」
「ああ、それはしなくてもいいんだ。今から行くのは、最近街に出店した既に出来上がった服を売ってるところでね、その場で着てみてサイズが合えばすぐ買えるんだ」
そんな便利なお店が!? いつものお店はデザインから相談して決めるので、着られるまでに早くて2週間はかかる。
「ドレスならいつもの店がいいけれど、今日は汚れても簡単に洗えるような服を買うんでしょ。それなら新しい店に行ってみようよ。僕もまだ報告を受けただけで、実際に足を運んだことがないから見てみたいんだ」
「なるほど、それならぜひ行きましょう!」
今日ずっと私の後を荷物持ちのようについてきていたエリアスが前に立って歩き出した。その横へぴょんと足を揃えて跳ねて並ぶ。
「ほら、はぐれないように」
柔らかい笑顔で差し出された手を取って一緒に歩きだせば、自然と歌がこぼれていく。直ぐさま隣から咳払いが聞こえて口を閉じれば、今度は低めの通りのいい声で音程のめちゃくちゃな歌が聞こえてきた。
「エリアス、相変わらず下手ね」
「僕は、歌うのが苦手なんだよ」
知ってる。でも、そう言いながら私がのどを使わないよう代わりに歌ってくれる優しさが好き。でも、この好きは恋愛の好きじゃない。そうじゃないといけない。
そっと隣のエリアスを見上げれば、視線が合ってお互いパッと目を逸らす。
「あ、ラヴェンテリ、あの店だよ。思ったより賑わってるな」
手を繋いだまま、ぎこちなくエリアスが示した場所は、広場の建物と同じ白い石壁に赤い小さな庇がついていて、店の外まで人と服があふれていた。
「凄いわね。……ええと、まずは外の服から見ればいいのかしら?」
「僕も初めてだからわからないのだけど、外から見ていこうか?」
「あ、ラヴェンテリ様、エリアス様。先ほどは歌って下さり、ありがとうございました。おかげで心が軽くなりましたよ。お二人揃ってこちらでお買い物ですか?」
入り口近くで小花模様の服を吟味していたエリアスより少し年上の女性が、私たちに気づいて声を掛けてくれた。
「こんにちは、カティ。二人とも初めて来たの。どこから見たらいいのかしら?」
街の人たちとはほとんど顔見知りだ。もちろん、向こうは空読み姫である私のことがすぐわかる。でもそれは甘えている気がするから、私も皆の顔と名前を覚えようと決めてこの5年、歌を聞きに来てくれた人から始めて、ひたすら話しかけて仲良くなってきた。
「今日はどのような服をお探しに?」
「カティが着ているような動きやすい服が欲しくて」
「ああ……動きにくそうですね、その服は」
「いつもこの格好というわけではないのだけど……」
「えっ、そうなんですか!?」
今はこうして遠慮のないカティも含めて皆最初のうちは、空読み姫はどこか自分たちとは違う生き物だというように接してきていた。仲良くなってその壁は取り払われた、と思っていたけど、まだお互い色々知らないことがあるみたいだ。
「まあ。それなら、このお店の外に並んでいるのが一番安くて奥に行くにつれて高くなっていますので、ラヴェンテリ様が着るなら一番奥ですかね」
「そんな仕組みに? なら、一番前で探すわ」
国からお給料が出るとはいえ、まだ額も決まっていないようだったし、安いほうがいいに決まってる。この地に嫁いできて初めて本物のお金を見た私だって、それなりの経済観念というものは持っているのよ。
目を丸くして口を開けているカティの横に並んで、ずらっと窮屈そうに並んでいる服を端から端まで眺める。よくわからなくてとりあえず目の前のワンピースを一枚、引っ張り出してみた。……真っ赤な生地に目玉がついた黒と緑と黄色の丸がいっぱい。
……これは、どういう場面で着るの?
首を捻っていると目の前に違う服が差し出された。
「僕は、これがいいと思うんだけど」
丸がいっぱいの服が私の手の中から消え、代わりに渡されたのは襟と袖が黒い濃い青のワンピースだった。
「わ、襟の形が雲みたいで可愛い! いいわね、これにしようかな」
「これくらい色が濃いと汚れも目立たなくていいよ」
「なるほど、そういう決め方も……」
「あら、いいですね。エリアス様はご領主なのに意外とそういう感覚があるんですねえ。それに、これはエリアス様の瞳のお色に近いですしね」
褒めてるのだか、よくわからない感想を述べたカティが最後に口にした言葉に飛び上がる。
「やっぱりこれはだめ、やめとくわ」
「どうして? 気に入ってたよね?」
「だって、り」
離婚するのだから、と言い掛けた途端、大きな手で口を押さえられて店の陰に連れていかれた。
「何するのよっ!?」
「ラヴェンテリ、こんなところで迂闊に離婚って言っちゃだめだ。領主の離婚なんて大変な騒ぎになるんだから」
「そ、そうなの?」
「そうだよ。だから、その話は正式に決まるまで絶対に口外しないでね、わかった?」
あまりにも真剣なその目に気圧されて、わかった、とオウム返しに頷く。
「じゃあ、夫婦仲が悪いと思われないようにあの服買ってきて」
「え。他にも見たほうが」
「この店の中ではあれが一番君に似合う。僕が保証する」
エリアスがそこまで言うなら、と渡されたお財布を持って店の奥のカウンターへ向かう。今日はお会計もひとりでさせてくれるのね。
「いらっしゃいませ! こちら1点お買い上げですね。ひっ、瞳の色が違う……まさか空読み姫!?」
店主は私と目が合った途端、顔をひきつらせた。
あ、そうか。このお店、最近出店したって言ってたわね。この人は空読み姫に馴染みがない土地から来たのかも。
「初めまして、私はこのクックラの空読み姫ラヴェンテリよ。ここでお店をするなら、これからも会うことが多いと思うわ、よろしくね」
「あ、ああ……どうぞご贔屓に願います。あの、僭越ですが、空読み姫様ならこのような安物でなく奥のもっといい服をお召しになられたほうがよいと思いますよ。いくつか見繕って出してきましょう」
「いいえ、今日はこの服がいいの」
笑顔で失礼のないように返したつもりだったけど、店主の表情が歪んだ。やや乱暴に服を畳みながら横を向く。
「なんだ、空読み姫のくせにこんな安物着やがって。しかも1着だけなんて、空読み姫なら開店のご祝儀にここの商品全部買うくらいしろよな。噂の割にケチくせえや」
多分、私に聞こえないように小声で吐き捨てたつもりだったのだろうけど、バッチリ聞こえた。
本当に、いつどこの空読み姫が贅沢三昧して領地の財政を傾けたのだろう。おかげさまで後世の私たちへの風評被害がひどい。ひどすぎる。
だけど、ここで言い返しても空読み姫のくせに生意気な、俺たちの税金で生かしてもらってるんだから口答えするな、お前は天気予報と歌うしか能がないんだから一生歌ってろって言われるんだ。
小さい頃に塔の外も知っておいたほうがいいという偉い人の発案で王都に出かけた時、ひとりはぐれて治安のよくない場所に迷い込んだ私は、そこにいた男たちに囲まれてちょうどいいはけ口とばかりに散々悪態をつかれた。その時は直ぐに護衛の騎士や先生たちがきてくれて手は出されなかったけれど、とてもとても怖かった。
言葉の暴力は何度でも戻ってきて私を傷つける。
手が震えて、お財布が足元に落ちた。慌ててしゃがんだら、見慣れた大きな手が目の前に現れて財布を拾い、私まですくい上げられていた。
「??!!」
「店主。それはもういらない。君の店ではもう二度と買わない」
「はっ? そ、それはどういう」
「ラヴェンテリ、ごめんね。あの服が似合うと思ったのは僕の勘違いで、ここには君が着る服はなかったみたいだ。別の店で君にもっと似合う動きやすい服を探そう」
そう言いながら、エリアスは私を抱きかかえたまま、スタスタ歩いて店を出ていく。彼の肩越しに呆然と口を開けて見送っていた店主と目が合った途端、彼の形相が変わってカウンターを乗り越え追いかけてきた。思わずエリアスの首に回していた腕に力を込める。
「ラヴェンテリ、熱烈な愛情表現は嬉しいけど、ちょっと苦しいかな」
「違う、そうじゃなくて……」
「おい! お前は何なんだ! そいつ、いや、その空読み姫様は買うって仰ったんだぞ」
ものすごい剣幕で食って掛かってきた店主に首を竦めれば、エリアスがくるりと向きを変えた。
「僕は、彼女の夫だ。妻に無礼なことを言う店から物を買う夫がこの世にいるか?」
「空読み姫様の夫? ……あっ、領主様! いえ、そんな、あれは本人に言ったつもりじゃ。聞こえていると思わなくて」
真っ青な顔でしどろもどろになった店主へ、エリアスは非情に聞こえるほど冷たい声を放った。
「僕にも聞こえるくらい大きな声だったけど? それに聞こえていなくても、言っていいことと悪いことがあると思わない? お前は、ラヴェンテリを傷つけた。僕は許さないよ」
「なんてこと、私も買うのやめるわ。ラヴェンテリ様にひどいことを言うような人がやってるお店では買い物したくないもの」
そばで聞いていたカティが持っていた服を売り場に戻した。それを見ていた他の客たちも次々に手に持っていた服を手放していく。それを見た店主が顔面蒼白になった。
「店主、このクックラで空読み姫へ暴言を吐いたらもう商売できないよ。速やかに店をたたんで他所の土地へ行くんだね」
サラリと言って店の外へ出たエリアスにカティたちも続く。私が目を瞬いている間にあれだけ賑わっていた店から人がいなくなった。
「……私、悪いことしたみたい」
「何言ってるの、悪いことしたのはあの店主。君はもっともっと怒らないと。ああ、君が何しても後始末は完ぺきにしておくから安心して暴れていいよ」
「暴れないわよ! …………エリアス、私の代わりに怒ってくれてありがとう。ああ言われて、本当は言い返したかったの」
慣れ親しんだ匂いと温かい体温に包まれて、あやされるように優しく背中を叩かれていたら、本音がポロリとこぼれ出た。
「ラヴェンテリ、君はそういうことほど呑み込むよね。でもまあ、直ぐには変われないか。大丈夫だよ、これからは文句を言いたい時は僕に言って。善処するから」
凄みのある笑顔で言い切った彼がどう善処するのか、考えたらいけない気がする。
「そうだ、ラヴェンテリ様。よかったら私の若い頃の服を貰ってくれませんか? まだまだ着られるのですが、私にはもう合わなくてどうしようかと思っていたんです。お古ですから、汚しても破っても気にしなくてもいいですよ」
「え、いいの!?」
「ええ、是非。ラヴェンテリ様に着ていただけるなら、服も大喜びです」
誰かからおさがりを貰うって、空読み姫として区別されてるんじゃなくて、仲良しの人同士のやりとりみたいで嬉しい。
でも、空読み姫がおさがりを着ると、領主の威厳とかそういうものを傷つけることにならないだろうか?
ちらりとエリアスの顔を窺えば、なんだか嬉しそうにしている。だてに5年一緒にいるわけじゃない。彼の癖や機嫌くらいはわかる。
よかった、もらってもよさそう。
「カティ、ありがとう。貴方の服、大事に着させてもらうわ」
「わ、よかった! では明日にでも領主館にお持ちしますね。それにしても、ずっとその体勢なんて、お二人は本当に仲が良いご夫婦なんですねえ」
その体勢? 仲が良い夫婦? カティの言葉で自分の状態を確認して青ざめた。
私ってばエリアスに抱き上げられたまま!
飛び降りようとしたのに、ガッチガチに抱き込まれて動けない。
「そう、僕たちは仲良し夫婦だよね、ラヴェンテリ?」
これは夫婦仲が悪いと思われないための台詞よね。そう分かってるのに、体温が急上昇していくのはなんで?
私の顔、今、真っ赤だわ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
妻へのクレームは夫へ。適切に(あなたを)処理いたします。




