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その結婚、続けますか? ~空読み姫の結婚 ラヴェンテリ編~  作者: 橘ハルシ


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3、空読み姫、街へ行く

 周囲の建物の白い石壁に私の声が反射して、青い空へと吸い込まれていく。


 クックラの領主館があるサーリの街は、領内で一番大きい。街全体に四角い小さな石を敷き詰めた道が張り巡らされていて、全て中央にある広場へ繋がっている。私は、いつも人々が集まるそこで歌うことにしている。


 空読み姫としてこの衣装を着て広場に立つと、道行く人々が足を止め、周りに集まってきてくれる。それを確認して大きく息を吸い込むと同時に、私は全身で人々へ向けて『祈り』と『感謝』をのせて歌を奏でる。


 私の持つ『天の加護』は、人々の食糧である植物を元気にして成長させる『地の加護』と違って、人の心を癒して小さな傷を治すだけのささやかなお守りみたいな力しかない。だけど、皆が幸福でありますように、領地全体に届きますようにと願いながら歌う。

 もちろん、実際はそこまで届かないから、この街以外の町や村へも決まった日に出かけて歌う。


 今日はこの街で歌うと決めた日ではないけれど、せっかく来たのだから歌わないのはもったいない。エリアスはのどに負担がかかるから決まった日だけでいいというのだけど、私は皆に喜んでもらいたいし、傲慢な空読み姫だと思われたくないから訪れた日はなるべく歌うようにしている。


 空読み姫が人々のために働くのは当然だから、休みはなくていい。


「ラヴェンテリ様、今日もありがとうございます」

「こんにちは、ハンネ。今日は『この冬も皆が風邪をひきませんように』って祈ったのよ」

「もうすぐ冬が来るもんなあ。今年は熱病が流行らなければいいんだが」


 歌い終わって聞いてくれていた街の人たちとお喋りをする。王都から東に馬車で三日の距離にあるクックラは、雪の量は多くないが寒さが厳しく、昨冬は高い熱の出る風邪が流行ってしまった。



 さすがに私の歌では高熱の風邪は治せない。


「ヤニ、本当に今年は熱病が流行らないといいわね。私の力では病を防ぐことができなくて申し訳ないわ」


 こういう時、空読み姫と祭り上げられていても、自分は無力なのだと痛感する。


「そんなことは気にしなくていいんですよ。ラヴェンテリ様はできることを精一杯して下すってるってみんなわかってますからね。ほら、昨日ナイフで切ってしまった指の傷、さっき歌ってくださったおかげで治っちゃいました。水仕事をするたびに痛くて辛かったので、すごく助かります」

「まあ、ナイフで怪我なんて痛かったでしょうね。私が、少しでもお役に立ててるなら嬉しいわ」


 だからといって嘆いて落ち込んでいるわけにはいかない。私は街の人々へ別れを告げて、次の目的地へ足を向けた。


「服屋へはいつ行くの?」


 私の歩く方向を見て、後ろからついてきていたエリアスが少し不満そうな声を上げた。私は笑顔で振り返って、彼が抱えている白い帆布の四角いカバンを指差す。


「貴方に持ってもらっているそのカバンを軽くしちゃおうと思って。直ぐ済むからついてきて」


 私はドレスの裾を翻して小走りになった。


  ■■


 広場に通じる大通りから細い路地に入って、大きなコップと蛇の絵が描かれた看板の店へ入る。

 薄暗い店内は、壁一面に乾燥した薬草が入ったガラス瓶の並んだ棚があり、奥のカウンターには老人がひとりいる。


 真っ直ぐ歩いて行った私は、エリアスからカバンを受け取り、中から白いかさばる布袋を取り出しカウンターの上に乗せた。


「こんにちは、ハクリさん。今日はこれを持ってきたの。どうかしら?」


 口を結んでいた紐をほどきながら中の干した薬草を見せると、この薬屋の主であるハクリさんが鼻の上に乗っていた大きな丸い眼鏡をクイッと押し上げた。


「ああ、ラヴェンテリ様。おいでなさいませ……これは、熱冷ましの?」


 そう、と頷いて、白髪を丁寧に後ろに撫でつけたハクリさんの青い瞳を見つめ返す。昔は金色の髪だったそうだけど、もうお年で真っ白になっている。一見、穏やかなお爺さんだけど、この道50年以上の薬草のプロだ。


「今年も熱病が流行るかもしれないから、春から熱さましの薬効がある植物を中心に毎日歌って聞かせて育ててみたの」

「そうですな。先日頂いた傷に効く薬草は効果が増加しているようでしたから、こちらも期待できるかもしれませんね」

「ええっ、本当!? それは、嬉しいお知らせだわ」

「ラヴェンテリ、君、いつの間にそんな実験をしてたの」


 隣で会話を聞いていたエリアスが目を丸くして袋の中の薬草を見つめている。


「実験というと言葉が悪い気がするのだけど、クックラで加護を使って歌うようになって、ふと空読み姫の歌が人に効くなら他の生き物にも効果があるんじゃないかと思ったのね。それで、怪我した馬や牛に歌うことから始めて、植物はどうかしらって思いついたのが昨年の冬で。庭師のオッリに頼んで空いた時間に歌わせてもらってたの」


 歌ってはみたものの、私の持つ『天の加護』と対になる『地の加護』のように植物を成長させることはできず薬草の見た目は変わらなかったので、効果があったのか今日ここで聞くまでわからず不安だった。どうやら、歌ったことは無駄ではなかったらしい。


 ふわふわと喜んでいる私の横で、なるほど、と顎に手を当てたエリアスの目が細くなる。


「動物にはどれくらい効果があったの?」

「あまりたくさんは試してないのだけど、足をくじいた馬が元気になったわ」


 ほう、とハクリさんが息を漏らした。エリアスの眉間にはしわが寄っている。


 あれ、緊張感が漂ってる? 私、何か悪いこと言った? それくらいお医者様に直せるから無駄なことをするなって怒られるのかしら……。


「それは、あまり公にしないほうがいいかもしれない。空読み姫の加護は世間に思われているよりずっと有用で、そのことが広く知られると君たちの争奪戦が始まってしまう」


 暗い声で言ったエリアスの眉間のしわが深くなり、向かいのハクリさんも大きく頷いている。だけど、それを聞いた私の心の中はフワーッと浮足立っていた。


 ……それって、空読み姫は結構役に立つってこと? 大事に囲っておきながら、陰では見た目だけとか税金食いつぶし虫とか言ってる人たちを見返してやれるってこと!?


「私、もっともっと実験して、この加護がどこまで使えるか試してみたいわ!」

「ラヴェンテリ、君、僕の言ってること全く理解してないよね? ……いや、能力は正しく把握しておいたほうがいいのかな?」

「でしょう!? 私、頑張るわ!」

「あー……うん! そうだね、記録係として僕も付き添うから一緒に頑張ろうね!」

「ええ? 貴方は忙しいのに、そんなことしなくていいわ。ひとりでできるから大丈夫よ」

「何言ってるの、君は意外と忘れっぽいからすぐ横で記録する人が必要だし、あまり多くの人に能力を知られるのはよくないから、僕以外に適任はいないよ」

「アニタに頼むわ」

「僕なら分析もできるよ」

「……うーん、そうねえ」

「ラヴェンテリ様、領主様の分析力は確かですし、誰かと一緒だとより多くの案が出てようございますよ」


 私はしばらく悩んだ後、エリアスからの猛烈な売り込みとハクリさんの後押しに負けた。

 分析って苦手だし、エリアスは優秀だからもっといい方法がいっぱい見つかって、私の能力が色々わかるに違いない。怒られそうだからと彼に内緒にせず、もっと早く打ち明けていればよかったのかも。


「ええと、じゃあ、一緒にお願いします」

「うん、二人でじっくり時間をかけて色々調べてみようね!」


 ん? じっくり時間をかけて? それだと離婚が遅くなるのでは?


 やっぱりひとりでやる、と言い直す前に、笑顔だったはずのエリアスの表情が一変して、私の両肩を掴んだ。


「それからね、ラヴェンテリ。き、み、は、のどを酷使しすぎだ! いつもいつも言っているのに、どうしてそこは気にしてくれないんだ! 色々試すのもいいけれど、君の健康が一番大事なんだよ。いい? これからは僕の許可なく歌わないで」


 あ、やっぱり怒られた。


 私は、素知らぬ顔で持ってきた薬草を吟味するハクリさんの前で、延々と続くエリアスのお説教に首を竦めた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


旦那様は心配性。

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