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その結婚、続けますか? ~空読み姫の結婚 ラヴェンテリ編~  作者: 橘ハルシ


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2、空読み姫は自立準備を開始する

「奥様、さすがにこのドレスで家事はしないほうがよろしいかと……」

「そうよねえ。見事にぜんっぶ、絹なのよねえ」


 あくる日の午後、私と侍女のアニタは衣裳部屋の真ん中で、途方に暮れていた。アニタは3つ年上の私付きの侍女で、ここへ来た時からお世話になっているから気心が知れていて、お互い気兼ねなく話せるいい相談相手でもある。


 裕福なクックラの領主館は、それはもう大きく壮麗で部屋もたくさんある。

 なんと妻専用の広い衣裳部屋があり、『奥の花嫁』がいない今は、私が使わせてもらっている。でも、いずれは『奥の花嫁』に返すのだからドレスの数は最低限で、と言い続けていたはずなのに、気がつけば部屋いっぱいに高価な絹のドレスが並んでいた。


「もう、エリアスが勝手に注文しちゃうから」

「それは仕方ありませんよ。奥様は本当に何を着てもお似合いになるので、あれもこれも着せてみたくて買いすぎてしまう旦那様の気持ちはわかります。それに、たったおひとりの大事な花嫁様ですからね。本当にあれもこれもお似合いで、毎朝どれにしようかものすごく悩みます!」


 同じ目の高さにある赤みがかった茶の瞳を見開き、濃い茶色の髪を一つにまとめた頭を振って力説する彼女へ、私はむー、と頬を膨らませて口を尖らせた。

 私がエリアスは『奥の花嫁』をさっさと娶るべきだ、と言ってもここの使用人たちは、まさか、そんな、奥様がいらっしゃるのに、と笑うばかりで誰ひとりとして賛同してくれない。


 エリアスには、空読み姫じゃない花嫁が必要なのに。


 てーいっ、と膨らませた頬を両手で叩いて気合いを入れ、決断した。


「アニタ、私は今からサーリの街へ行って家事ができる服を注文してくるわ。もちろん、ひとりでね!」

「はいっ!? そ、それはだめです、いけません」

「そうだよ。いきなりひとりで街へ買い物に行くだなんて、どれだけ段階とばすつもりなの?」


 突然、ここで聞こえるはずのない声が割りこんできた。


「エリアス!? なんでここに? 仕事中でしょ!」


 アニタと一緒に飛び上がり、目を吊り上げて怒っても、廊下に面した扉の前に立っているエリアスはどこ吹く風。それどころか笑顔のままで長い足を最大限に活かして近づいてきた。


「じゃあ、いこっか!」

「どこへ?」

「街へ! 服屋に行くんでしょ」

「それは、私ひとりで行くって」

「君はひとりでこの屋敷から出ることもできないし、店の場所もわからないよね?」


 確かに。外出の時はいつもアニタが馬車を手配してくれるし、そもそも、ひとりで出かけることがない。常にエリアスかアニタがいて、護衛の人たちもいる。


 ……あれ? もしかして、私ってひとりで何もできないとんでもなくダメなやつ? そんな人がご立派な領主様のお仕事の時間を奪っていいの? いいわけがない!

 

「エリアスっ! 私、皆に教えてもらいながらひとりでやってみるから、早く仕事へ戻って!」


 笑顔で手を差し出している彼の身体をガシッと掴み、くるりと回して廊下へと押し出す。彼は領主なので、領地の視察に行っていない時は館で書類仕事をしていることが多い。ここにいるということは彼の机の上には書類が積まれているはず!


「あ、今日の分の仕事は終わってるから気にしないで。さあ、行こう」


 くるり、と再びこちらを向いたエリアスが、ガシッと私の手を掴んで廊下を歩きだした。それへ全力で足を踏ん張って抵抗する。


 嘘。今朝、天井に届きそうな量の書類が机の上に乗ってるの見て、額を押さえてたじゃない。それが終わったなんて、ありえないでしょ。……うわあ、絨毯に私の足の跡がずるずると。


「エリアスっ! 私、ひとりでやらないと!」


 両手でうーんと引っ張ったら前を行く彼が急に立ち止まり、勢い余って鼻をぶつけた。


「い、痛い」

「ラヴェンテリ、鼻折れてない!?」


 大丈夫、と横に首を振れば、ほ、と息を吐く気配がして、なぜか冷えた声が降ってきた。


「そんなに焦ったって、直ぐに何でもひとりでできるようにはならないからね。ひとつひとつ,確実にできるようになっていかなくちゃ、危なくてひとり暮らしなんてさせられないよ」


 だけど、私は本当にひとりで何にもできないから、急がないとエリアスがおじいさんになってしまう。


 黙っていたらぽんと肩を叩かれ、今度は優しい声音で諭された。


「本当に、ゆっくりでいいんだ。だから、今日のところは僕と二人で服を買いに行こう。でも、練習だからね、馬車の手配も店の人との交渉も君がやるんだ。それで、どうかな?」

「私が、ひとりでやるのね!? それならいいわ、ちょっと待ってて、着替えてくるから」


 自分で、馬車の手配をするんだ! 一気に高揚した私は、衣装部屋に取って返し、小走りでついてきたアニタに頼んで着替えさせてもらう。


 ……ここにある服は、全て後ろを誰かにとめてもらう必要があって、ひとりでは着られない。今日街で買う服はアニタが着ているような、前にボタンがついているものにしよう。


「奥様、本当にこちらのドレスでよろしいのですか?」

「ええ。せっかく街へ行くのだから、ついでと言っては申し訳ないのだけど」

「いえ、皆、喜ぶと思います」

「そうだといいな」


 軽くひとつに結んでいた腰まである緩く癖のついた金の髪をおろし、透明感のある薄紫色の布をたっぷりと使い、裾に金糸で刺しゅうを施した式礼服で現れた私を見て、エリアスの目が丸くなる。


「今日、歌う予定は……」

「ええ。でも、せっかく街に行くのだから歌いたいの」

「……君が望むなら」


 続けて、だけどデートの時間が短くなるじゃないか、というつぶやきが聞こえたような気がするけど、幻聴よね? デートって恋人同士がするもので、私たちは仕事仲間だし、私は仕事着だし。そう、私は今から仕事に行くの。そのついでに、服屋へ寄って帰るのよ。


「あ、そうだ。街に行くならあれも持って行かなくちゃ」


 まだ何か、と不審そうに目を向けてきたエリアスは、私が部屋から白い帆布の四角いカバンを抱えて戻ってくると、ひょいと手を伸ばしてきて自分の肩に掛けた。


「え、自分で持つわよ?」

「そのドレスには合わないし、歌うとき邪魔でしょ。こういう時は僕に持たせて」

「ありがとう」


 エリアスは優しい。……多分、みんなに優しい。だから、私だけ、なんて勘違いは絶対にしてはいけない。


「さあ、馬車の手配をするわよ。教えてくれるのよね、どうすればいいの?」


 小さな胸の痛みを見ないふりして気合いを入れ直し、彼の顔を見上げれば、ひょいと首を傾げられた。


「ん? 執事のマッティに行先と時間を伝えれば彼が手配してくれるよ」

「……それだけ? 自分で馬を選んで馬車につけたりしないの?」

「しないよ!? 君は馬車なんて動かせないでしょ? この館にはそれぞれのプロがいるんだから彼らに任せることも大事なんだ」


 そうか、食事も料理人たちが作ってくれるし、掃除はメイドたちがやってくれる。そういうものなのね、と納得して白髪交じりの黒髪で黒いタキシードに黒い蝶ネクタイ姿を探す。


「あ、いた。マッティ、これからサーリの街へ行きたいの。馬車を用意してもらえると助かるのだけど」


 二階から玄関ホールへ下りる大階段の手前で、下を早足で通り過ぎるマッティを見つけた私は、手すりから身を乗り出して声を張り上げた。


「奥様!」

「ラヴェンテリ!」


 下と後ろから叫び声が上がって耳を塞いだ途端、身体が傾いだ。


「……君はなんで、そうも向こう見ずなの」


 ふかふかの絨毯の上で、後ろからエリアスに抱き込まれるようにして座って怒られている。


「私、悪くないわよね? だって、貴方とマッティが叫ばなければ危なくなかったもの」

「何言ってるの、あの体勢は十分危ないでしょ。あのまま落ちたらマッティじゃ受け止められないよ」

「私は落ちないし、マッティを押し潰したりもしないわ」

「君はそう思ってても、側で見ていると大変危なっかしい行動をしてるんだよ。君に何かあったら僕はどうしたらいいんだ」


 顔の見えないままに文句を言うと、エリアスの震える声と共に身体に回された腕に力が入った。


 うーん、領主としては、保護するべき空読み姫が危ない行動をしていたら心配してしまうのね。エリアスの心の平安を保つのも、今はまだ妻である私の大事なお仕事だわ。


「ごめんなさい。次から気をつけるわ」


 ポンポンと彼の腕を叩いて謝る。でも、エリアスは心配過剰だと思う。


 しょうがない、ひとり暮らしになるまでは彼に心配をかけないように行動しなくちゃね。


「あ、よく考えたらひとりで暮らすってことは執事や侍女、メイド、料理人、庭師、全部の役割をひとりでできないといけないってことよね!? うわあ、大変ね」

「うん、すごく大変だと思うよ。このままここに住んだら?」

「いいえ、全部できるようになるわ! すっごい自分になれる気がするもの。楽しみね!」

「そんな超前向きな君が、僕は本当に……」

「本当に?」

「尊敬するよ」


 んん? 文章、おかしくない?


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


どちらを応援しようか……。

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