23、空読み姫は歌う 前編
「ラヴェンテリ! いい加減歌うのは止めて休め! 腕が熱い、熱もでているんじゃないか?」
気合いを入れ直したところで腕を掴まれて振り向けば、怖い顔のヌルミがこちらを睨みつけていた。
こんな表情、初めて見た。随分と心配させてしまっているみたいだけど、今の私は彼女を安心させてあげることができない。
「嫌よ。ここで私が歌うのをやめて、もし中の人たちが怪我をしていて、その傷が治らなかったら?私、一生後悔するわ」
「君が倒れて歌えなくなったらどうする」
「大丈夫。皆が助かるまで倒れないから」
「馬鹿を言え、もう3日も歌い続けているんだぞ、自分をもっと労われ!」
「エリアスたちのほうが大変なのよ! 休んでなんていられないわ。いい? このクックラの空読み姫は私なの。私しかいないの。ここで歌わなかったら私のいる意味がないでしょ!?」
つい激高して叫べば、ヌルミの顔が歪んだ。
「……私が代われたらよいのだが」
「ありがとう、その気持ちだけ受け取っとくわ」
空読み姫は契約していない土地で歌っても何の効果ももたらさない。だから、ヌルミが歌っても何も起こらない。
私が、歌うしかない。
「仕方ない、ラヴェンテリは昔から言いだしたら聞かないからな。……誰か、直ぐ近くに休める場所を用意して医者の手配もお願いしたい。いいか、ラヴェンテリ。1時間ごとに休憩を入れろ、これは譲らないぞ!」
ヌルミが声を張り上げるのが聞こえたけれど、私はそれに何の反応も返さなかった。
……正直、のどの調子は悪くなってきている。今は、なるべく歌う以外に声を使わないほうがいい。
しばらくして、頬にポツッと冷たい雫が落ちてきた。
「雨だ。ラヴェンテリ、これでは歌えない、宿に戻って休もう」
無言で首を横に振って拒否を示す。
「君が手遅れになったらどうするんだ!」
「ならない! ……お願い、ヌルミ。歌わせて、歌ってないと心配で怖くて正気でいられないの」
無理やり手を引いてやめさせようとするヌルミを振り切って、私は再び鉱山の前に戻って歌い始めた。
歌え、歌い続けろ、皆が無事に坑道から出てくるまで。私はもうこれから先歌えなくなってもいい。皆が、エリアスが生きてくれてさえいれば、もう私の存在価値なんてなくなって構わない。
ああ、こんなことならあの時にエリアスに好きだって言っておけばよかった。もう何なら、愛してるから離婚したくないって言っちゃえばよかった。
せめて歌にこの想いをのせて届けられたら。
ちらりとそんな考えが頭をよぎった瞬間、私の意識は飛んだ。
■■
……おかしい、空腹はあるけど、疲れがない。
「領主様、こいつの怪我が治ってますぜ!?」
「あ、俺の折れてた腕もなんだかぴんぴんでさあ」
「あっしなんて今すぐ掘れそうだぜ?」
「それだ! 道具はあるんだし、助けを待たずこっちからも掘って出ようや」
「しかし、それだと上の地盤が緩んでいた場合危険じゃねえか?」
「なーに、でえじょうぶだ。だってこっちにも地盤師がいるじゃねえかよ」
「それもそうだな。やるか」
「おうよ、なんか力が漲ってじっとなんてしてられねえ。自分のことは自分で助けなきゃな」
今までぐったりしていた男たちが突如としてイキイキと活動し始めた。頼もしいのはいいが、この状況、嫌な予感しかない。歌は聞こえないが、ラヴェンテリの奇跡が起こっているとしか考えられない。ということは、僕が行くまで彼女は歌い続けるのでは!?
「何か僕にも使える道具を貸してくれ、一秒でも早くラヴェンテリの元へ行かなきゃいけないんだ」
「おー、領主様もやる気だね。だがよ、素人さんはあぶねえし邪魔だからよ、後方の安全なとこで大人しくしてくれよな」
言われてみればそれはごもっともだったが、ラヴェンテリのことを思うとそんな状態に甘んじてはいられなかった。
「では、君たちが掘った土を邪魔にならないところに運ぶくらいなら僕でもできるだろう?」
男たちが顔を見合わせて目で会話している。
「いやまあ、それをしてくれるんならずいぶん助かりますけど、汚れますし重労働ですぜ?」
「今更汚れなど気にはしないし、ラヴェンテリの元へ帰れるのなら重労働でもなんでも喜んでする」
「噂にたがわぬ愛妻家っぷりっすね。そうですよね、ラヴェンテリ様も心配して泣いてなさるでしょうしね。よし、皆、ご領主様をなんとしてでもラヴェンテリ様に会わせてさしあげようぜ!」
おー! とこぶしを突き上げやる気満々の彼らの後ろで、土を運ぶもっこを手に取って心の中だけで叫ぶ。
ラヴェンテリは泣くんじゃなくて歌ってるんだ。しかも、僕が行くまで不眠不休で意識がない状態で! 僕が一秒でも早く彼女の元へ行かなければ、彼女の命は燃え尽きてしまうかもしれない。
その後の彼らと僕の頑張りは称賛に価すると思う。疲れないのをいいことに不眠不休で掘り進め、入り口側からの必死の救助も相まって想像以上に早く外の光が見えた。
■■
「ラヴェンテリ!」
どこか遠くで歓声と共にエリアスの声がして、意識が浮上した。
エリアスの声が聞こえるような? 幻聴かしら……。
「ラヴェンテリ、助けてくれてありがとう! もう、歌わなくて大丈夫だからっ」
ぼやけた視界の向こうからものすごい勢いで何かが近づいてきて、どおんという衝撃と共に抱きすくめられた。まず土の匂いがして、その次に懐かしい大好きな匂いが鼻をくすぐった。ゆっくりと顔を上げれば、たまらなく会いたかった紫紺の瞳がそこにあった。。
――エリアス! 会いたかった!
叫ぼうとして、何かが詰まったように声が出ないことに気づく。
さっきまで歌っていたはずなのに……。
そう不思議に思った瞬間、のどの奥から何かがせりあがってきて口からあふれ出し、意識が途切れた。
――ああ、エリアスが生きていて、よかった。
■■
目が合ったと思った次の瞬間、ラヴェンテリが大量の血を吐いて僕の腕の中に倒れ込んできた。
僕はしばらく何が起こったのか理解できなかった。
やっとの思いで会えたというのに、こんなことってあるだろうか。
再会を喜び合っていた人々が息をのんでこちらを凝視する中、ヌルミ殿とアニタが医者とともに駆け寄ってきて一緒に彼女を近くの宿へ運び込んだ。
僕は医者に汚れすぎだと入室を拒まれ、大急ぎで数日間の汚れを落とし服を着替え、清潔な状態になってからラヴェンテリのいる部屋の扉を開けた。
室内は薄暗く、重い空気に満ちていた。ラヴェンテリが寝かされているベッドの側には、青ざめているアニタと無表情のヌルミ殿、枕元では俯き加減の医者が診察を終えたとこだった。
「……大変、申し上げにくいのですが、酷い風邪を引かれている上にのどからの出血が多く、かなり厳しいかと……」
医者の沈痛な面持ちに目の前が真っ暗になる。
恐る恐る視線を向けたベッドの上の彼女は、生気がなくやつれはて、青白い顔で静かに眠っていた。
……ラヴェンテリ、どうしてこんなになるまで歌ったんだ。
だけど、それが彼女だともわかっていた。もし、僕が側にいて止めたとしても、彼女はきっと閉じ込められた人を救いたいと死に物狂いで抵抗して歌い続けただろう。空読み姫としての誇りが、彼女に途中で歌うのをやめさせなかったはずだ。
だから、仕方がない。彼女は役目を全うできて満足しているだろう。
なんて、思えるわけがない! 全くもってそんな風に思えるわけがなかった。僕は、何を犠牲にしてもラヴェンテリに生きていて欲しかったのに、彼女は自分を犠牲にして多くの人を生かした。それは褒め称えられることだろうけど、僕にとっては地獄に投げ込まれるような恐ろしいことだった。
ラヴェンテリ、僕も救ってよ。僕を助けるために生きてよ。
絶望が漂う部屋に、低めの落ち着いた声が響いた。
「ラヴェンテリを解雇しよう」
その場にいた全員が、何を言われたのか理解できず、飄々と発言したヌルミ殿を凝視した。
「そんな、そんな、歌えなくなったからってそれはあまりにもひどすぎます!」
アニタがヌルミ殿へ怒りの形相で詰め寄る。ヌルミ殿はアニタの肩へなだめるように手を添え、僕のほうを向いて早口で続けた。
「ラヴェンテリは、歌えなくなったどころか命も危ういだろう。領主殿、今直ぐ私をクックラの空読み姫にしてくれ」
「ダメですっ、クックラの空読み姫様はラヴェンテリ様だけですっ!」
アニタが叫び、僕も何を言っているのか、と、ラヴェンテリとお揃いの左右で色の違う瞳を探ってハッとした。
真剣に真っ直ぐ見返してくる強い光。そうか、彼女はクックラの空読み姫になりたいんじゃない、ラヴェンテリを助けたいんだ。
「わかった。手続きはここでできるの?」
「一揃い、このカバンに入っている」
そういって持ち上げてみせたのはラヴェンテリも大事にしている空読み姫お揃いの帆布製のくたびれたカバンで。彼女もいつも持ち歩いていたな、と思うと心がキュッとなった。
ラヴェンテリを助けるためなら、僕は何でもする。
——たとえ、それが僕と彼女の絆を断ち切るものであっても。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
それぞれの想い。




