22、空読み姫、奮闘する
土砂で埋まった鉱山の入り口を目の前にしてもなお、信じられなかった。
……エリアスと鉱山の長、主だった鉱夫たち十数名がこの中に?
「本当に……?」
振り返って、後ろにいるヨエル、ヌルミ、アニタを順に見る。皆青ざめて黙っている。最後にここまで案内してきてくれた鉱山のふもとの街キヴィの長、ティモへすがるような視線を向けてしまった。
「はい。夜更けに爆発音が聞こえて翌朝まで特に変化がなかったので、長たちが鉱山内の様子を確認しに行くことになり、領主様も同行なさいました。皆が入って1時間ほどでしたか、急に地鳴りがして土砂がこのように……」
このように、と口の中だけで繰り返してもう一度鉱山の出入り口だった場所を見る。いつもならたくさんの鉱夫たちが出入りして活気があった場所が、今は土で埋もれて斜面になっていた。山肌が崩れて大木も滑り落ちてきている。
この中にエリアスと鉱山長たちが閉じ込められているの?
土砂の量が多く、坑道内にも流れ込んでいるだろうことを考えれば、救助にどれほどの時間がかかるのか、想像して気が遠くなった。
……現実だと思いたくない、何も考えられない。
「どうしてこんなことに」
「お父さんっ……」
「早く助けてっ!」
立ち尽くしていた私の耳に泣き叫ぶ声が聞こえてきて、ハッとした。
エリアスと一緒に閉じ込められている人たちの家族! そうだ、辛いのは私だけじゃない。そして、私は領主の妻だ!
「ティモ、中の人たちを助けるための方法は!?」
「普段から救助計画は立てているのですが、こうなってしまうとひたすら土砂を除けていくことしか……」
彼がちらりと向けた視線の先には、鍬やスコップで地道に救助作業をしている人たちがいた。山から崩れ落ちた土砂の量は多く、全て除けるのは途方もない労力と時間がかかりそうだった。
「……どれくらいかかるかしら」
「できる限り早く、とは思っておりますが、中の状況もわからないので」
中の状況……。浮かんできた最悪の想像を頭を振って追い出し、真っ直ぐ前を向く。
私は唯ひとりの領主の妻であり、空読み姫だ。悲しむ前に、今すべきことを考えろ!
「ティモ、救助に当たっている人たちが交代で休めるように宿と食事にしっかり気を配って。関係者の家族にはこまめな説明と誰か世話をする人を付けてあげて。それから、ヨエル。往復ばかりで申し訳ないけれど、館に帰って執事のマッティに領内から手伝える人を集めるように伝えて……お城に言えばもっと多くの人を集めてもらえるかしら?」
「クックラから王都まで往復6日。早馬を使って触れを出してそれからと考えると少々厳しい。近くの領地に頼むほうが現実的だろう」
一緒にここまでついてきて、側にいてくれたヌルミの冷静な答えに頷くティモを見て、その手はずもマッティへ頼むようにヨエルに頼んだ。
専門知識のない領主の妻としてできることはこれくらい? 後はティモたちに任せるほうがいいわね。
「それじゃあ、私は歌うから、後は任せたわ。」
「はい!?」
「ヌルミ、アニタ。もし私が無意識になっても放っておいてね」
「ラヴェンテリ様!?」
「それを狙うのか」
「ええ。私が歌えば少しでも救助する人たちの体力が回復するし、悲しむ人たちも癒せるでしょ。それに、上手くいって奇跡が起きれば、エリアスたちに届くかもしれない」
そう、サーリの街で起きた奇跡では、私の歌声が届かないはずの場所でも全回復していた。これが起きれば、エリアスたちが助かる可能性が高い。
皆の邪魔にならない場所へ移動した私は、両足に力を入れてしっかりと立ち、大きく息を吸った。
■■
「領主様、ダメっすね。こりゃ、出られませんや」
「なんてことだ」
日が昇ってから鉱山内に詳しい者たちと様子を見に坑道に入ったのだが、奥へ進んでしばらくたった頃、背後で轟音が鳴り響き地面が揺れた。慌てて出口に向かえば、土砂が流れ込んで近づくことすらできない状態になっていた。
「爆発から時差ありすぎだろ」
「次から気をつけねえといけねえな」
こんなことになっても一緒に入った鉱夫たちは存外明るく、これからなんて話が出ているくらいお気楽に構えている。それは、外の人々に助けてもらえると確信しているからだ。
確かに常にこういう事故が起こることを想定して、救助計画は立てているし、坑道内に食料や水もある。外に出られるまでどれくらいかかるかわからないが、掘削中ではなかったのが幸いして少人数しかいないため、当分の間は生き延びられるだろう。
「領主様、ちっとばかしご不便をおかけしますが助けはきますんで、ここにいる間はあっしに従ってください」
「わかった。よろしく頼むね」
こういうのは専門家の言う通りに動くのがいいに決まっている。僕は大人しく頷いた。
……だが、物事とはそう上手く進まないものだ。
時間もわからず、今が朝なのか夜なのかすらわからない暗い穴の中にいるというのは、かなり精神的にきつい。
本当に助けはくるのか、実は外にも問題が起こっていて、このまま放置されるんじゃないだろうか。そんな考えにとりつかれてしまうと、じっとしていられない。
「うわああっ!」
「ぎゃーっ」
体内時計を信じて2回眠った後に、それは起こった。
「てめえら、何をやってんだ!」
不安が募ってしまった数人が、皆が寝ている隙に突破口を探そうとして土砂の山に登り、転げ落ちた。
土の中から飛び出たがれきか木の枝でぱっくりと裂けた足、腕の骨折。大怪我を負ったものが出たことで、その場の雰囲気は切迫したものに変わった。
「どうすんだ、応急手当ては出来るものの、こりゃ早く医者に見せないとまずいぜ」
「薬は持ってきている」
「何言ってんだ、長。そんなんで足りないことはアンタが一番わかっているだろ!?」
「早く出られなきゃ、俺ら死んじまう」
「俺ら、いつ救助されるんだよ!?」
一触即発の険悪な雰囲気に僕は長と鉱夫たちの間に割って入った。
「皆、気を確かに持て! 外にはラヴェンテリがいる。間違いなく近くにきているはずだ。彼女は誰も見捨てたりしない。何があろうと、必ず救助に奮闘してくれている。だから、自暴自棄にならず、長の言うことを聞いて大人しく待つんだ」
「……そうか、ラヴェンテリ様なら俺らを見捨てたりしないよな」
「ああ、そうだった。あの人なら出たら歌ってくれるに違いない」
皆の雰囲気が少し和らいで落ち着いたのを確認し、密かに息をつく。
僕はラヴェンテリを信じているし、この状況を知った彼女なら必ずそうすると思っている。ただ、同時に彼女がそのためにとてつもなく無理をすることを恐れてもいる。
最後に見た彼女は不安そうな表情で、そのまま気まずい別れをしたことに後悔が込み上げてくる。
……ラヴェンテリ、君に会いたい。だけど、僕は君の身の安全のほうが大事なんだ。だから、僕たちを助けようと無茶しすぎないで!
この願いは、届くだろうか。
■■
「おーい、こっちはどうだ」
「そっちもどんどん掘っていけー」
マッティが上手く采配してくれたようで、3日後の現在、領内から続々と人がやってきて土砂を除ける手伝いをしてくれていた。不休で戻ってきてくれたヨエルによると、近隣の領地からも快く物資や道具、人手が提供されることになって、ティモが予定よりかなり早く救助できるのではと喜んでいたらしい。
「ラヴェンテリ様ー! お手伝いに来ましたよ!」
「カティ!?」
「領主様の一大事と聞いて、皆さんのお食事のお手伝いくらいならできるかなって来ました。……あの、声がかすれてますが大丈夫ですか?」
「ええ、平気よ。それよりも来てくれて本当にありがとう!」
時間が経つにつれ、カティのように何かできればと駆けつけてくれる人も増えて、一帯は喧噪に満ちていた。
ああ、よかった。これだけたくさんの人が助けてくれることに感謝しなければ。
「奥様、お昼ご飯ですよ。顔色が悪いです、少しお休みになられたほうがよろしいのでは?」
「ありがとう、大丈夫よ」
アニタが持ってきてくれたスープを立ったまま流し込むように食べる。
こんなにたくさんの人がエリアスたちを助けようと動いてくれているのだから、私も1分1秒無駄にせず歌わなくては!
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ここが正念場。




