21、空読み姫、覚悟を決める
館から戻ってきても私の気分は沈んだままだった。ヌルミの前ではなんとかいつも通りに振舞って寝支度まで済ませ、疲れたからと言って早めにベッドにもぐりこんだ。
……眠れない。
頭の中で夕食時の会話が繰り返されて、思考が休まらない。ごろりと寝返りをうったら、隣で寝ていたヌルミが起き上がってごそごそし始めた。何だろうと様子を窺っていたら、直ぐにキュポッと音がして、きついアルコールの匂いが鼻をついた。
「……お酒?」
「お、当たりだ。飲めるだろ?」
「いきなりなんなの?」
「眠れない時や落ち込んだ時によく効く薬だぞ」
月明りを浴びてベッドの上に座り込んだヌルミが、サイドテーブルに置いたカバンから取り出した茶色の小瓶を振ってみせた。
「ヌルミもそういう時があるの?」
「もちろん。私を何だと思っているんだ? 私だって同じ人間だ、不調な時はある」
毒ではない、美味いぞ。と言いながらヌルミは瓶から直接こくっと飲んだ。
「えええ、お行儀悪……」
「私は異端の『旅する空読み姫』だからな。君用にグラスを持ってこようか?」
そう提案されてしばし考える。
なんだか、この場にはそぐわない気がするし、何かに負けた気にもなる。
「いい。そのままもらう」
言いながら手を伸ばしてヌルミの手から小瓶を奪い取り、ガッとのどに流し込んだ。
「あっ! 馬鹿、それは値段も度数も高いんだぞ! もっとちびちび飲んでくれ!」
「度数って何? うわっのどが焼けそう、お酒ってこんななの!?」
「……まさか、飲んだことがない?」
「むかーしのんだーけどー、えりあすがー、もうのんじゃだめーってのませてくれなくなったー」
「まさか、もう酔ったのか!? 弱っ」
水飲め、水、と台所から水の入ったコップを持ってきてくれたヌルミにしがみつくようにして中身を飲み干す。
「なんかーふわふわして、たっのしー」
「困ったな。こんなに弱いとは思わなかった。少し滑らかに話せるようにと思っただけだったんだが」
ヌルミがなんだか困っているようだったので、助けようと握りしめっぱなしだったお酒の小瓶を彼女の手に押し付けた。
「はい、のんでのんで」
「これは元々私のだろう」
呆れたような声を上げてちびりと小瓶を傾けるヌルミの膝に、パタンと頭をのせて腰に抱きつく。水を飲んで酔いは落ち着いてきたけど、甘えたくなってきた。
「こうしていると塔を思い出すわ。幼い頃一緒に寝たことあったわよね」
「ああ、私が塔に来た頃だな。両親から引き離されて不貞腐れていた」
「泣いてたんじゃなかった?」
「いや、いつかこうなるとは思っていたから。ひたすら怒っていたという方が正しい」
ヌルミは、私や大多数の空読み姫と違って7歳まで両親と暮らしていたらしい。本来なら生まれて直ぐに塔に渡さないといけないのだけど、やっと授かった子どもを手放したくない両親がヌルミを連れて逃げまわっていたと聞いたことがある。
ついに見つかって、大事に愛してくれた両親と引き離されて塔にきたヌルミは、無表情で喋らず親を知っている特別な子として他の空読み姫たちから遠巻きにされていた。同い年でベッドが隣だった私は、そんなヌルミが物珍しくて暇さえあれば物陰から観察していた。
「なるほど、あの表情は怒ってたのね。何を考えているのかな、といつも思ってた」
「私も君を、いつも見てくるだけで何を考えているのだろう、と思っていた」
……お互い珍獣として認識していたけど、いつのまにか仲良くなった……ということかな。
だから、ヌルミには他の空読み姫には言えないことも言えたりする。たとえば、他の空読み姫への嫉妬とか。
「ねえ、ヌルミ。私はネイリッカが羨ましいの。子どもができない空読み姫なのに、次期領主の唯一の花嫁になれて……妬ましいくらい」
「ラヴェンテリも現在唯一の花嫁だし、一生その立場を守れそうに思えるのだが?」
「でも、後継ぎができないと争いが起こって領地が荒れ果てて大変なことになるんでしょ?」
「うん? ……ははあ、じゃんけんで負けた姉様たちからの知識だな? あの人たちはラヴェンテリがくそ真面目に受け取るの忘れてたのか? いや、わざとか? まあどちらにせよ、気にするな。奥の花嫁だって子どもができない人はいる。我々だってできないと言われているだけで、証明はされていない」
「そうなの!? ええ? じゃあ、私がエリアスの唯一の花嫁でいてもクックラは荒れ果てたりしない?」
押し倒さんばかりの勢いで尋ね返せば、ヌルミの目が細くなって光った。
うっ、怒られそう……遠慮がない分、ヌルミの歯に衣着せぬ物言いは心をえぐる時がある。
「まさか、それだけが離婚したい理由じゃなかろうな?」
「……だって、その地に住まう人々を不幸にしたくなければ、私たち空読み姫は領主に愛されてはいけないって……」
暗闇に慣れた目でヌルミの目がますます細くなったのがわかった。ヒィッと叫ぶ間もなく膝枕状態から起き上がらされ、両肩にガシッと手を置かれた。
「ラヴェンテリ。彼は後継ぎがいないというだけで領地を荒れ果てさせるようなダメな領主だと思うか?」
「エリアスはとっても優秀な領主よ!」
すぐさま言い返せばヌルミがふっと笑った。
「そうだろう? それに、領主殿は既にラヴェンテリを愛していて、彼の気持ちは誰にも止めることはできない。領民の安寧を守るのも空読み姫の役目なら、領主の幸せも守っていいのでは?」
……エリアスが私を愛している?
うっすら察してはいたけど、はっきりと言葉にされてしまうと逃げ場がなくて答えに詰まった。
これ、スルーしちゃいけないかな?
ちらりと見返したヌルミの目は真剣で、私は自分が細い細い崖の上に立たされている気分になった。
「大体、君も領主殿のことを愛しているのだろう?」
頭の中で、ガランッと足元が崩れた音がした。
「だって、姉様たちが……」
「ここに姉様たちはいないし、そもそも、あの人たちにクックラのことで何かを言う権利はない。ラヴェンテリ自身がどうなのか、を私は聞いている」
必死に崖に生えている草に掴まる気持ちで言葉を絞りだせば、ドンと突き飛ばされた。
私の気持ちなんて、決まってる。だけど、それは口に出しちゃいけないから……。あれ? 本当に? もしかして、もう妨げるものはないのでは? いや、いっぱいあるじゃない。
「だけど、エリアスだって後継ぎは欲しいんじゃないかしら?」
「別に後継ぎなんて優秀な人材がなったほうが領地のためになるから、実子である必要性はないと思うが。それから出会ってそれほど時間は経っていないが、領主殿はそんなことを気にする人ではなさそうに見えるぞ。君たちはお互い想いあっているんだから、離婚なんてするもんじゃない。本当に、どこの誰がいつ『空読み姫は子供ができない』なんて言い出したのやら。迷惑極まりない」
確かに子どもがいる空読み姫は聞いたことがないが、だからといって解剖して調べた例もないしな、と続けられて身が竦んだ。
ヌルミって過激よね。
「だけど、私は意識を失くす奇跡しか起こせないから、やっぱり離婚したほうがいいんじゃないかしら。いつも付き添ってもらうのはエリアスの負担になってるでしょ」
「確かに意識を失くす奇跡は気になるが、クックラの空読み姫として残るんだろう? じゃあ、変わらないと思うぞ」
それはそう、かも。これはいよいよ追い詰められてきた。……他に、他にもまだ何かあるのでは。
「そろそろ、降参して認めたらどうだ? 最早、君たちの間に立ちはだかるものは残ってないと思うが。せっかく、愛する人から愛されているんだ、その奇跡を受け入れて素直になったほうがいい」
狼狽える私を見てニヤリと笑うヌルミを睨みつけ、きゅ、と口元を引き結ぶ。
そうね。この5年でヌルミだって変わったんだもの。私がいつまでも姉様たちの言葉に縛られていてはいけないわよね。
ふうっと息を吐いた私は、今ここで抱え続けていたモヤモヤを放り出して自分の本当の気持ちを引っ張り出すことにした。
「ええ、ええ、私はエリアスが恋愛対象として好きよ! 誰よりも愛してるわ!」
言った。ついに認めてしまったわ。
ずっと、心の奥底に押さえつけて蓋をしてがんじがらめに縛り付けていたエリアスへの気持ちを叫んだら、ひどくすっきりした。それと同時にもう我慢しなくていいんだと安心して、どこかに行っていた酔いが戻ってきて眠気までどっと押し寄せてきた。
「ヌルミ、叫んだら眠くなってきたのだけど」
「おお、寝たほうがいい時間だな。そうそう、明日中に領主殿にも伝えておけよ」
「何を?」
「一言、『貴方を愛してる』でいいんじゃないか?」
「はえ!? そんな、無理!」
一瞬で目が覚めた。なんてことを言わせるつもりなの!?
「まあまあ、善は急げと言うだろう? 領主殿はどれくらい喜ぶかな?」
「喜ぶ、かしら?」
「それはもう間違いなく」
そっか、エリアスが喜ぶなら伝えようかな……。
彼の嬉しそうな顔を想像すると、自然と笑みが浮かんできた。
翌朝、二日酔いもあって盛大に寝坊した。重い頭を振り振り、窓を開けて空気を入れ替えていたらバタバタと慌ただしい足音が近づいてきた。
……エリアスかな? そういえば、彼は今朝、散歩にきたのかしら? 私たちが寝てたから帰って、またきたとか?
「お、奥様! 大変です!」
息を切らせて走ってきたのはエリアスの従者のヨエルで、彼の表情に嫌な予感がして私は窓から飛び出した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
お酒の力を借りすぎた二人。
これ以降のお話についてなのですが、もし、ハラハラドキドキ展開が苦手ながおられましたら、
3話(24か25話まで)ほど溜めてから読んで頂けると安心できるかなと思います。
私自身そういう展開が苦手なので、衝撃の展開!凄惨すぎる!そんなひどい展開アリ!?
というようなことは全くないと思うのですが、念のため……。




