20、空読み姫の会食
今日の夕食はエリアスが大事な客としてヌルミをもてなしたいということで、領主館だった。料理人たちが大いに腕を振るってくれたおかげでヌルミが食べる端から感嘆し、称賛し、楽しい食事会になった。
空っぽのお皿を前に、ご馳走様でした、と手を合わせ、向かいに座っているエリアスへちらりと視線を投げる。
……溺愛ってとんでもなく好きな人に対して行うもので、間違ってもエリアスと私の関係において使われる単語ではない、はず。
「ラヴェンテリ、僕に何かついてる?」
「まさか! 何もないわ」
昼間のヌルミとの会話を思い出してエリアスに不審がられて慌てれば、隣のヌルミが運ばれてきた食後のお茶を飲みながら小さく笑った。
「まさか、とは何を考えていたんだ、ラヴェンテリ」
「な、何も考えてないってば」
そうか、とにやにや笑うヌルミを黙らせようと、視線で文句を言っても彼女はどこ吹く風。カップを置くと私を無視してエリアスへ向き直り真面目な顔を作った。
な、何を言う気!? まさか、離婚問題について直接聞くわけじゃないでしょうね?
「そういえば、領主殿。ラヴェンテリののどを心配して、歌うときに付き添ったり、歌で薬草の効果を高めたり家畜を治したりすることに難色を示しているそうですね。私が知る限り、彼女ののどはそんなに弱くなかったと思うのですが、何かありましたか?」
そっち!? そっちなの? だけど、そちらも聞かれるとまずいことがある。どうしよう……。
内心で大騒ぎしている私を置きざりにして二人が会話を始めてしまった。
「そうですねえ。ラヴェンテリは自分の限界を気にせず歌うので、時折無茶が過ぎて体調を崩すんですよ。それで、常に心配しているのです」
「なるほど。そういえば、ラヴェンテリは昔から少々思い込みが激しく、やらねばと思ったら何をおいても突き進むところがありましたね」
「ははっ。それは、なんというか今も変わってないですね。ラヴェンテリの小さい頃の話はあまり聞いたことがないので、とても興味深いです。よければ他にも……」
「ああ、山ほどあります」
「それは本人の許可をとってからじゃない!?」
よ、よし、止めた。それにしても、さすが有能領主のエリアス。奇跡のことをぼかしてくれている。ここまでの内容なら大丈夫。これ以上話題が広がらないうちに、どうにかうまく切り上げて私の家にヌルミを連れて帰らないと。
「じゃあ、幼少時の思い出はまたの機会にして。そうだ、これを見てくれ」
私が口をはさむ前に、突然立ち上がったヌルミが椅子の横に置いてあったカバンから、何か細長く巻いたものを取り出した。くるくると巻かれていた紙より分厚い紫色のそれを広げていくと、何かに似ていた。……ただ、私が記憶しているソレよりも、あまりにも大きい。大きすぎる。
「……これ、ナニ?」
人の頭より大きなその謎の物体をしばし、3人で見つめる。
「ふっふっふ。ちょっとだけなら味見してもいいぞ」
「えっ、食べ物なの!?」
「うむ。毒ではないぞ」
ええー、と怯む私の前にエリアスの手が伸びてきて、小さくむしり取ったそのぺらぺらを口に入れた。それを見て対抗心が燃え上がった私も負けじとブチッとちぎって口に放り込む。
うわ、酸っぱい! でもこれはとても馴染みがある味だわ。ほら、あれ。
「……干したブルーペリーの味がするけど、どんなに薄く延ばしたとしてもここまで大きくはならないですよね?」
エリアスの疑問にこれの出所がわかった気がして、私はヌルミが答えるのを止めようと椅子から腰を浮かした。
「さすが領主殿、大当たりです。これはヤルヴィ村でとれたブルーベリーを干したものです。昨年の夏に訪ねたのですが、歩いていたらこの大きさのベリーがゴロンゴロンと降ってきましてね」
「なにそれ!? そんな大きいのがゴロゴロ!?」
思わず勢いよく立ち上がって大きな声を出してしまった。
だって、想像したらなんだか自分か小人になったような夢のような世界が広がったんだもの。一抱えもあるような大きなベリーなら食べても食べても減らないでしょうね。
これで大好きなベリータルトを作ったら、とまで想像したところで、向かいのエリアスがふっと笑ったのが目の端に映った。
あ、あの顔は、私が考えてることが読まれてる時だ。もう! どうせ、メルヘン思考ですよ!
「他にも突然猫じゃらしが大きくなったり、野菜が急成長したり、規格外の加護を見せてもらった」
ヌルミが楽しそうに続けた思い出話に、つい羨望のため息が漏れた。
「いいなあ……私にもネイリッカのような加護があればよかったのに」
「何言ってるの、君にだって奇跡のような加護があるじゃない」
「あっ、エリアスッ、それは言っちゃダメ!」
しれっとクックラの機密を暴露したエリアスの口めがけて手元のナフキンを投げつける。
「ほう。それは詳しく聞きたいですね。ラヴェンテリのこの慌てよう、期待できます」
「期待しないでっ!」
叫ぶ私を放置して、エリアスは私が歌っている最中に起こした奇跡についてヌルミにしゃべってしまった。
「……それはまた興味深い事例だが……」
興味津々で前のめりに食いついてくると思ったのに、ヌルミは私を見つめて黙ってしまった。
ナニ、この反応。なんだか居たたまれないんだけど。ほら、そんな発動を自分で制御できない加護なんて、とか笑い飛ばしてくれないと落ち着かないわ。
「そうよね、ネイリッカのすっごい加護とは比べ物にならないわよね」
つい、傷つきたくないばかりに先回りのように自分で卑下してしまった。本当は、すごい奇跡だと言って欲しいくせに……。
なんて嫌な私、とずっしりと落ち込んでいたら、いや、と声がしてヌルミが初めて見るくらい真剣な顔をしていた。
「ネイリッカの植物が巨大化する加護も本人の無意識下で発動されていた。ラヴェンテリの奇跡の加護と共通する。ただ、ネイリッカ本人の意識がなくなるということはなかったから、そこは違っていて……ラヴェンテリが自分で止められないと聞いて少し不安を覚えたんだ」
ヌルミの低く落ち着いた声で伝えられた事実に、向かいのエリアスの顔が青ざめた。
——私の奇跡は、どこかおかしいってこと?
■■
「僕は一体何をやっているんだ……」
ラヴェンテリ以外の空読み姫と話す機会などそうそうないから、あの奇跡について尋ねてみたい、という欲求を抑えきれなかった。こっそり聞けばよかったのに、ラヴェンテリの前でそれを聞いてしまったせいで彼女を不安にさせてしまった。
あの後、口数が少なくなってしまったラヴェンテリは、ヌルミ殿と共に早々に小さな家に帰っていった。
落ち込んでいるラヴェンテリへ謝るきっかけがつかめないまま、僕は帰る二人のために扉を開けてその前でぼんやりと立っていた。そんな僕を見かねたのか、横を通り抜けようとしたヌルミ殿がふと立ち止まって耳元にささやいた。
「そういえば、ラヴェンテリは離婚すると息まいていたが、領主殿にはその気が全くなさそうですね」
ラヴェンテリ、ヌルミ殿になんてことを! もしや、彼女はラヴェンテリの味方で僕に離婚を迫る気では!?
そうはさせぬ、と僕は語気を強めた。
「ええ。僕はラヴェンテリと離婚するつもりは全くありません」
「……もし、彼女から加護が消えても?」
「どちらかというとそのほうが安心するかもしれませんね。加護を使う彼女は見ていてハラハラするので」
「なるほど」
ヌルミ殿は頷くと無表情のままふわりと口元だけを緩ませて数歩先で待っているラヴェンテリの元へ去っていった。
……僕は、今、何かを試されたのか? それに、空読み姫の加護が消えることなんてあるのか? もし、本当にラヴェンテリの加護が消えたら、彼女はどうするのだろうか。
答えのない問いが次から次へと浮かんでは消えていく。
「旦那様! 起きてください!」
その夜、ベッドに入っても眠れなくて寝返りを打ち続けてやっとウトウトし始めた頃に寝室の扉が激しく叩かれて飛び起きた。廊下に出ると焦った表情の執事のマッティが立っていた。
「キヴィの鉱山から使者がきています」
「こんな夜中に?」
ただごとではない、と素早く服を着替えて使者に会った。
「鉱山の奥で爆発音が聞こえたということで鉱山長が明日の掘削を見合わせたいと」
こんな時間に夜道を馬で駆けるという危険を冒してまで知らせてくるくらいだ、かなり大きい爆発音だったのだろう。現場の判断で止めることは可能なはずだが、長引く可能性があるということだろうか。
「なるほど、分かった。掘削は見合わせるとして、僕も様子を見に行こう」
とにかく、実際に行ってみないことには何もわからない。夜明けを待つ間に使者と朝食をとって出発に備えることにした。
――ラヴェンテリは昨日サーリで歌ったから今日は休みだ。僕が1日留守をしても大丈夫だろう。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
のしブルーベリー。そのままパンにはさんだり、砂糖と鍋に入れて煮たり、
お菓子に混ぜても美味しいんじゃないかと。




