19、空読み姫の友人
その夜、雷は鳴らず、私は朝までぐっすり眠ることができた。
「おはよう、ラヴェンテリ。昨日はよく眠れた? ヌルミ殿とゆっくり話せた?」
有言実行なのか、引っ越し翌日以来、雨の日も風の日も毎朝散歩と称して訪ねてくるエリアスと話すことが習慣になっていた。
「おはよう、エリアス。ええ、雨の音も気にならなかったわ。まさか、この家の壁は防音?」
「もちろん。嵐でも君がぐっすり眠れるようにね。あ、窓が開いている場合は防音の効果はないから気をつけてね」
冗談で付け加えたのに、真顔で肯定されて絶句した。
「なるほど、これは噂以上だな。やあ、おはよう、お二人さん。昨夜軽く聞いてはいるが、何故こんなに仲がよいのに敷地内別居をしているのか、理解し難い」
「やあ、ヌルミ殿。おはようございます」
丈夫な扉の陰から、眠たそうなヌルミがにょっきりと顔を覗かせた。私はちょっと飛び上がったが、エリアスは動ずることなく片手を上げて挨拶をした。
もしかして、気づいてたの? なら、言ってくれてもいいのに!
「おはようございます、ヌルミ殿。やはり、僕とラヴェンテリは誰が見ても仲良しですよね!? 僕はいずれここに二人で暮らしたいと思ってるのですがね」
「道理で私が泊まっても何の不自由もない設備でした」
頷きながら扉から全身出てきたヌルミは、如才なく受け答えをしている。
……あれ? ヌルミってもっとこう、孤高を貫くみたいな、他人との慣れ合いは嫌いみたいな人だった気がするのだけど? もしかして、会わない間に彼女も大きく変化したの?
「僕が最初でないのは大変残念ですが、快適に過ごしていただけたなら何よりです」
「おかげさまで旅の疲れがあっという間に消えました。今日のご予定は? 出来たら一日貴方がたの様子を見学させていただきたいのですが」
「ええ、ご自由にどうぞ。……今日はサーリの街でラヴェンテリが歌いますよ」
「ああ、それはぜひ見せてもらいたいですね。ラヴェンテリの歌は心地よいですから」
「空読み姫のヌルミ殿から見てもラヴェンテリの歌は素晴らしいと?」
「はは、とんだ嫁大好き夫ですね。まあ、空読み姫の歌もそれぞれ個性がありますので。私はラヴェンテリの歌が好きでしたよ」
私を置いてヌルミとエリアスが盛り上がっている。そりゃ、いがみ合うよりはいいけれど、ここまで仲良くならなくても、とは思う。しかも、話題が!
「ちょっと、ヌルミ!」
「おお、ラヴェンテリの大事な旦那様をとってしまって申し訳ない」
「申し訳なくないから! 全然問題ないから、どうぞそのまま!」
「え、そんな。ヤキモチ焼いて欲しいんだけど」
「焼かない! 私のモチは冷えたまま!」
「ネイリッカの相手はものすごく焼いてくれたが。ネイリッカもまんざらではなさそうだったぞ」
焼いてみてもいいんじゃ、と続けたヌルミに思わず掴みかかる。
「ヌルミ! 貴方、ネイリッカとお相手に会ったの!?」
「うわっ。ああ、自由になって最初の旅で会いに行った」
「そうなの!? 元気にしてた? あの巨大化って……」
矢継ぎ早に問いかけて、ハッと止まる。そういえば、エリアスもいるのだった。
——ネイリッカの話は彼の前ではあまりしたくない。
「あ、もう街に行く用意しなくちゃ。また夜にゆっくり聞かせて」
「あ、ああ……」
「あ、そうだった。僕は散歩ついでに朝ごはんを届けにきたのだった。3人分あるから、一緒に食べよう!」
何も気にしてなさそうに笑顔のエリアスが手に下げていた大きな籠を掲げてみせた。
他の空読み姫のことは、あまり気にしてないのかな。それならよかった!
今日は一段と声が青空へとけていくようだ。どこまでも登っていく解放感に気持ちよくのどを震わせる。
サーリの街の広場に集まった人たちも皆笑顔で聞いてくれるから、嬉しくなって1曲多めに歌ってしまった。
「ラヴェンテリ? のどを酷使しないようにとあれだけ言っているのに、君はいつもいつも……!」
「だって、皆が笑顔だから歌うのが楽しくなっちゃったんだもの」
「ふむ。相変わらず明るく柔らかないい声だ。回復力も申し分ないし、その制服といっていたドレスもいい視覚効果がある」
ヌルミが褒めてくれてエリアスのお説教を免れた。
「エリアス、またね! さ、次は薬屋に行くわよ」
仕事に戻るエリアスと別れて、早足で歩き出した私の隣にヌルミが駆け足で追いついてきた。
「薬屋? どこか悪いのか?」
「ううん。薬草に私の歌を聴かせるとね、効能が上がるのよ。それで私印のお薬にして売っているの。干した薬草を街に行くときについでに卸すようにしているから、ちょっと一緒に寄ってもらえる?」
肩に掛けた愛用の白い四角いカバンをポンと叩いてみせれば、ヌルミの目が大きく見開かれた。
「なんだと!?」
「これから行く薬師のハクリさんのお墨付きよ」
「それはすごい発見だ! 空読みの塔で薬草栽培をしたら効果抜群ということじゃないか!?」
今度は私がヌルミに掴みかかられた。
エリアスに話した時も驚かれたけど、もしかして、これって本当に大発見なのかしら。
「考えてみろ、ラヴェンテリ。領主の元で歌うしかできなかった空読み姫に、新しい仕事ができるんだぞ!」
襟元をわしづかみにされてガクガク揺すられながら脳にヌルミの言葉が染み込んだ途端、私もヌルミの服を掴んで思いっきり抱きついていた。
「それって、すごいことじゃない!? 私たち空読み姫が活躍できたら、もう『無駄飯ぐらい』とか『税金泥棒』とか言われなくて済むってことよね!?」
「そうだとも! それに、もっと色々試してみればさらにできることが見つかるかもしれない」
すごいすごいと二人で手を取り合って回っていたら、こほん、と咳払いが聞こえた。
「奥様、ヌルミ様。盛り上がっておられるところ大変申し訳ございませんが、ここは往来が多く人目がありますので場所を変えたほうがよろしいかと」
アニタの言葉でピタッと止まって周りを見れば、話の内容は聞こえていなかったものの、くるくる回ってはしゃいでいたせいで注目を浴びていた。
ガランガラーンッ、と激しくベルが揺れて派手な音とともに扉が閉まる。
「ハクリさん、こん、にちはっ! 無作法に、入ってきて、ごめ、んなさい」
「これはこれはラヴェンテリ様。そんなに息を切らせていかがしましたかな?」
「ちょっと、人の目から逃げるために走ってきちゃったの」
ぜーぜーと荒い息を吐いている私たちを見たハクリさんが、ゆっくりとカウンターから出てきて壁に並ぶ棚の扉を開けた。上のほうからヨイショッと四角い缶を取り出して、カウンターの奥で常に湧いているポットのお湯で皆にお茶を淹れてくれた。
「どうぞ、のどに良いお茶です。……おや。もしや、こちらの方も空読み姫様ですか?」
「そうなの、旅の空読み姫のヌルミよ」
「うむ、その紹介のされ方は気に入った。私は『旅する空読み姫』ヌルミだ、しばらくこの地に滞在するから、その間ラヴェンテリ印の薬草について貴方に教えを請いたい。よろしく頼む」
「こんなおいぼれの話でよければいくらでも聞きにきてくだされ」
……やっぱりヌルミの人当たりが随分とよくなっている。
渡されたお茶を飲んで、その美味しさを褒め称えながらハクリさんと会話を続けている彼女の変わりように目を見張っていたら、アニタにカバンを指し示された。
「奥様、まずはこちらを渡されては」
「あ、そうね! ハクリさん、今日は咳止めと腹痛に効く薬草を持ってきたの」
「夏に向けて色々流行りますから助かります」
「ちょっと見せてもらっても? ……見た目は全く普通の薬草と変わらないんだな。本当に効能がよくなっているのか?」
ヌルミはカウンターに広げられた薬草をひとつ摘まむと、光に翳して矯めつ眇めつしている。それを見守っていたハクリさんが目を細めて笑った。
「ええ。効き始めるのが早く、効能が持続する時間も長いおかげで、体力の回復が楽になるんですよ」
「なるほどそんなところに歌の効果が出るのか」
「ええ、空読み姫様の歌は家畜にも効くそうで、大変素晴らしいと……」
「何っ、ラヴェンテリ、君はそんなことまで試していたのか」
「ええ。でも、のどを酷使するからとエリアスが反対するので、今は緊急の時以外、歌わせてもらえないの」
「そういえば、歌うときに必ず領主殿が付き添うと言っていたな。過保護だと思ってはいたが、そんなにラヴェンテリののどは弱くなったのか? それともよっぽど溺愛しているのか?」
「溺愛はされてないわ。のどは気をつけているけど、風邪を引いたことがあるから……」
どちらも違うけど、真実はここでは言えない。曖昧に誤魔化そうと笑っていたらヌルミがフーンと目を細めた。
「あれだけ溺愛していて伝わってないとは、領主殿に同情を禁じ得ない」
はい? 溺愛ってめっちゃくちゃ愛されて大事にされてるってことよね?
「ヌルミは何を言ってるの、私がエリアスに溺愛されてるなんてありえないわよ」
ねえ? と、アニタとハクリさんに同意を求めたら二人は顔を見合わせて、ヌルミと同じ表情を浮かべた。
ちょっと待って、三人とも、私がひとり鈍いみたいな顔しないで!? ……え? 私が気がついてないだけ? そんな、まさか。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
溺愛されている人は気がついていないことが多すぎると思う。




