18、空読み姫、呆然とする
「どうして焦げちゃってるの!? 私が畑で育てたジャガイモと玉ねぎが!」
「おや、そんなことまでしてるのか? 大丈夫だ、これは問題なく食べられる焦げ方だ」
「そうだよ、思いっきりこんがり焼けていてとっても美味しそうだよ! ジャガイモも玉ねぎも君になら何されても平気だよ」
意気揚々とオーブンを開けた私の目の前には、カリカリに焼けた真っ茶色の物体が鎮座していた。ヌルミとエリアスが口々に慰めてくれるものの、想像以上の焼けっぷりにショックが大きい。
料理長いち押しの絶対失敗しないレシピでこんな焦げ焦げにするなんて、私、やっぱりエリアスより料理が下手なのかも。
「奥様、私はこれくらい香ばしいほうが好きですよ」
「うむ、サクサクとろとろで焦げがいい味を出しているぞ」
「ラヴェンテリの作ったものを食べられるなんて、僕は今、この世の全てに感謝している……」
「確かに、美味しいんだけど……ねえ、試しにエリアスも同じレシピで作ってみて」
今まで一番、美味しくて悲しいグラタンを食べ終わって、皆が慰めてくれるのを聞いていたら、何故かエリアスに戦いを挑みたくなった。
「えっ!? 今から?」
「そう。私がどれくらい下手なのか知りたいし……私だってエリアスが作ったものなら何でも食べられる、かもしれないから安心して作って!」
「かもしれない、なんだ……。でも、君は下手なんかじゃないよ。初めての料理でこんなに美味しく作れるなんて尊敬するよ。このグラタンは僕が今まで食べた料理の中で断トツ一番美味しかった! それに、僕は君に不味いものを食べさせたくないんだけど」
「大丈夫、これは『料理長太鼓判の絶対失敗しないレシピ』なのよ。貴方が作れば私の何倍も美味しくできるはずだわ。つべこべいわずに、私に料理を作って」
「う。そう言われると作りたくなってきた。……うーん、じゃあ、作るけどラヴェンテリが言いだしたんだからね、後悔しないでよ。皆、お腹空いてないだろうし、半分の量で作るからね」
渋々の体で作りだしたエリアスの動きは私の何倍も滑らかで無駄がなく、一度も滞ることなく誰も手伝いに行く必要がなかった。そして、あっという間に出来上がったグラタンはお手本のような焼き色で見るからに美味しそうだった。
「さすが旦那様。美味しそうですね!」
「ほう、これはこれは。期待が膨らみます」
「…………く、口惜しい」
皆から手放しで褒められても、エリアスの表情は冴えない。
「まあ、見た目はいいんだよね。さあ、冷めないうちに食べてみてよ」
なんだか、投げやりな口調に疑問を抱きながらスプーンで口に運ぶ。
「……お、いしいです?」
「おや?」
「うーーん、私のほうが味はよかったかもしれないわね」
「そうでしょ。僕が作ると見た目は綺麗で味が妙なものができるんだ」
「貴方、料理したことあったの!?」
「うん、ほら、君がひとり暮らしして料理もするって宣言したから、僕も料理ができたら一緒に連れていってくれるかなーと期待して、こっそり料理長に教わったんだけどコレでね」
何度か試したけど、ついに匙を投げられて教えてもらえなくなっちゃったんだよね。と続けたエリアスの顔は複雑で、この結果に自分でも納得がいっていないのがよくわかった。普段見られない彼の口惜しそうな不満顔に思わず笑い声をあげてしまった。
「あはは、エリアスでもできないことってあるのね。あー、よかった、安心した。いいわ、料理は私に任せて」
「奥様はまだ、これとサラダと卵焼きしか作れないじゃないですか……」
「ラヴェンテリ、君もまだ任せてというほど料理ができるようには見えなかったが……」
「大丈夫、僕が野菜を切れば問題ない。ラヴェンテリと一緒に作って食べられるなら毎日同じメニューでも構わない」
顔を輝かせて身を乗りだすエリアスを見て、しまった、と罪悪感が込みあげてきた。うっかり口から出た一言で、彼を無駄に喜ばせてしまった。
……私は突き放して嫌われるべきなのに、それができない。いえ、したくないんだわ。
気づいたその事実に動揺して、顔があげられなくなった。
「……ふむ。申し訳ないが、お腹が満ちたところで旅をしてきて疲れているのでそろそろ休ませてもらってもいいだろうか?」
ヌルミが唐突に声を上げた。彼女は空読みの塔ではもっぱら変わり者扱いされていて、本人もそれを嬉々として受け入れ助長するような行動ばかりとっていたが、人の心を読むのには長けていて、時々こうやってさりげなく手助けをしてくれる。
「そうね。エリアス、アニタ、後片付けはやっておくから今日はこれで」
助かった、この居心地の悪い空気を追っ払ってしまおうと、二人を扉のほうへ誘導したのに、食べさせていただいてこのままというわけにはいきません! と叫んだアニタが片づけを始めてしまった。それを聞いたヌルミも手伝いを申しでて二人で食器を洗ってくれている。
「……ラヴェンテリ。確か明日の早朝に暴風雨が来るんじゃなかった? 雷が鳴るかもしれないよ? ヌルミ殿と二人で大丈夫?」
アニタを待っていたエリアスが、ツツッと私の側にやってきて耳打ちした。
近い近い近い、息掛かってるし!
突然の接近に耳を押さえて飛びのけば、一瞬目を丸くしたエリアスが満面の笑みを浮かべた。
「そうだ、ヌルミ殿は館に泊まってもらって、僕がここに泊まるのはどうかな」
「だっ、大丈夫! 私、ヌルミと一緒に寝るから!」
「壮麗と評判のクックラの領主館に泊まれるのは大変魅力的なお話ですが、ラヴェンテリと二人きりで旧交を温めたいので、今回はこちらに泊めていただきたいと思います」
片づけが終わったのか、濡れた手を拭き拭き、ヌルミがエリアスを止めてくれた。
助かった。夫婦だからそうすれば、とか、いらぬ気を回されなくて本当によかった。
すっかり日が落ちた暗闇の中、レンガ敷きの小道に沿って点々と置かれている小さなランプの明かりが館まで真っ直ぐに続いている。その柔らかい光に足元を照らされながら、振り返り振り返り歩いていくエリアスに手を振る。あまりに歩みが遅いので、ついにアニタに背を押されながら去っていくエリアスを見送って、何度も念押しされたように扉を閉めて頑丈な鍵しっかりと掛けた。
「これはまた家の大きさに見合わぬ立派な扉と鍵だな」
錠前に顔を近づけ顎に手を当てて感嘆の声を上げたヌルミに肩を竦めて答える。
「エリアスが防犯は一番大事だからって。でも、ここは領主館の敷地内なのよ、一番安全な場所だと思わない?」
「館の中ではなく、自分の目の届く範囲から外れているから心配でたまらないのだろう」
「エリアスは過保護すぎるのよ」
む、と口を尖らせた私を見て、ヌルミが首を傾げた。
「……これでもかというくらいに大事にされていて仲もよさそうなのに、半年経ってもクックラから婚姻継続届けが出されてないのはどうしてだ?」
「ど、どうしてヌルミがそんなこと知っているのよ!? 離婚と継続、どっちの届けも提出期限はなかったはずよね? まさかもう受け付けてもらえないとか!?」
「いや、いつでも受け付けているから安心しろ。実は、私は次期王妃殿下の要請を受けて、書類が返ってきていない空読み姫の所を順に回っているのだが、君たちのようなパターンは初めてだ。未提出の所は不仲なのに利権関係で合意がなされていなかったり、領主との仲はよくて継続を希望しているものの、表の花嫁が猛反対していて闘っている最中だったりしたからな」
ヌルミの説明に暗い気持ちになる。
やっぱり皆苦労してるんだ。空読み姫が幸せな唯一の花嫁になるのは難しいのね。
「うちも同じよ。私は離婚したいのだけど、エリアスが反対してるの」
「離婚? クックラに入ってから道々噂を集めてきたのだが、どれも君たちが仲良し夫婦であり、空読み姫は尊重されて大事にされているという話ばかりだった。表の花嫁もいないというのに、どうして離婚したいんだ?」
陰でいじめられているのか? と続けられたので間髪入れず首を横に振って否定する。
「ううん。見たまま、とっても大事にされているわ。だから、離婚したいの」
「ふむ? これはまた難解な状況だな。実は、私は城から空読み姫に関する契約書類一式を行使できる権利を持たせてもらっている。契約破棄や婚姻解消が即座にできる、ということなのだが」
「えっ、本当!?」
それなら、と身を乗りだせば、ふん、とそっぽを向かれた。
「これは虐待を発見したなどの、本当にどうしようもない時の最終手段だ。今回はまだよくわからないから、しばらく双方の様子を見せてもらった後に行使するかどうか判断する」
「そんなあ。ヌルミの判断なんて偏りすぎてるわよ」
「これでも私は空読み姫の味方だよ。だから、安心して全部さらけ出したまえ」
「さ、さらけ出す……」
絶句しているうちに、では風呂を借りるぞ、とヌルミの姿は消えた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
エリアスの謎才能。




