15、空読み姫、詐欺にあう
翌朝、ひとりで暮らす家に案内された私は叫んだ。
「ここ、領主館の庭じゃない!」
ここは、あの冬の間中、何か工事してた場所だ。
昨日、私から慌てて隠したのはこういうことだったのね! 私に相談がなかったから、庭師用の作業小屋でも新築してるのかと思っていたのに!
館と私の畑の両方が見える場所に、小さな緑の屋根のおうちが一軒ドーンと建っていた。白い木の壁に赤い窓枠が可愛らしい。
ここは館の裏だから私の部屋からは見えないし、ずっと覆われていたから何ができているのか全く分からなかった。
まさか、私が住むための家がつくられていたなんて!
驚きのあまり口をパクパクさせている私に向かって、エリアスがちょっぴり意地の悪い笑みを浮かべた。
「当たり前でしょ、大事な奥さんが初めてひとり暮らしするのに、目の届くところじゃないと心配で仕事が手につかないよ」
「私に相談は!?」
「たまには驚かせるのもいいかな、と」
「こんな驚きは心臓に悪いのよ! ……それにもう、奥さんじゃなくなるのに」
別居、すなわち、離婚よね?
目を瞬かせてエリアスを見上げれば、彼も同じようにして私を見下ろしてきた。
「何言ってるの、僕と君は両想いなんだから離婚はしないよ」
「へっ? 私、昨日貴方のこと好きじゃないって言ったわよね?」
「あれ? ラヴェンテリ、気がついてなかったの? 君は嘘をつく時、必ず右斜め下を見るんだよ。好きじゃないが嘘なら、僕のこと好きってことでしょ」
なんですってー!? そんなくせ、今まで誰も指摘してくれなかったわよ。これは、エリアスが私にかまをかけようと嘘をついているに違いない。
「貴方こそ何を言ってるの。昨日言ったとおり、私は貴方を好きじゃないの。大体、両想いだというならなんでひとり暮らししろって言ったの?」
家まで建てちゃってるし。と突っ込めば、エリアスがニコッと笑った。
「君が強く望むから、これはちょっとだけでもひとり暮らしをしないと気が済まないかなって」
ちょっとだけ、で家を一軒建てました、と? それを聞いた私の中でなにかがプッツン、と切れた。
「ありがとう。今日から私はここでずっとひとり暮らしをさせてもらいます」
「えっ、両想いを認めて、しばらくしたら帰ってきてくれるんじゃないの?」
「そんなこと認めるわけないでしょ? それに貴方がせっかく私のために建ててくれたんだもの、館に戻ったらもったいないじゃない。ありがたくずっとずーっと住ませてもらうわ」
「ぐぅ……」
エリアスののどから妙な声が上がって、がくんと頭が下がった。
「僕が悪かった戻ってきてって泣いて縋ったら、戻ってきてくれる?」
「泣き損になるからやめたほうがいいわよ。大体、貴方が今日からひとり暮らししろって言ったんでしょ。自分の発言に責任持ちなさいよ」
「……ハイ。でも、でもさ、君の部屋はそのままにしてあるからひとりが嫌になったらすぐ戻ってきていいからね。僕の部屋に泊まりにきてくれるのも大歓迎」
「何言ってるの、どちらもしないわ。私は今日から自立するのよ! 絶対に戻ったりしないんだから」
そうよ、冬の間に料理も習ったし、掃除も教えてもらったし、私は立派にひとり暮らしできるって見せてあげるわ!
おじゃましまーす。初めまして、この家の主でーす。
落ち込むエリアスの背中を押して館へ帰らせ、私はワクワクと小さなおうちの扉を押した。
……ん? えらく頑丈な扉ね? 街のお店の扉よりも硬くて分厚くて鍵も2か所あるわ。
無駄に丈夫な木製の扉の先には、漆喰と木の壁の明るい部屋が広がっていた。入って直ぐに小さな台所、その側に丸いテーブルがひとつに椅子がふたつ、奥の壁には暖炉があってその前に揺り椅子が置いてある。
あ、これ、館で私が気に入って使っているのと同じ職人さんのだわ。背もたれに乗せてあるクッションも館のものと同じ工房の布……。
「エリアスってば、こういう所こそ相談してくれれば嬉しかったのに」
部屋の家具をエリアスと一緒に選んだりするのはさぞ楽しかっただろうな、と考えてハッとする。
テーブルに椅子がふたつ?
もしや、と思って食器棚を開けてみれば全ての食器が二人分揃っていた。
……いやいや、これはお客さん用よね?
そろり、と暖炉の横の扉を開けて中を覗き込む。そこは寝室で、二人がゆったりと寝られる大きさのベッドがひとつ、鎮座していた。
…………うん、なるほど。エリアスってば、お客さんが訪ねてきて、泊まることまで計算に入れてくれてたのね。ところで、一緒のベッドで寝るお客さんなんて来るのかしら?
私は、あえてもう一つの可能性については考えないようにして、他の場所をチェックしに行った。
小さいけれど動線も考えられてて、暮らしやすそうな家だわ。
ひと通り見終わって、揺り椅子に座れば、目の前の窓からちょうど畑が見えた。今日もキャベツたちは元気そうね、とゆらっと椅子を揺らしたところで扉をノックする音が聞こえた。
「奥様、アニタです」
アニタ? 何か忘れものでもしたかしら?
走っていって扉を開けると、大きな籠を持ったアニタが立っていた。
「奥様、昼食のサンドイッチと夕食の食材などをお持ちしました。お邪魔いたしますね」
「へっ?」
驚く私の横をスルッと通り抜けて入ってきたアニタは、部屋の中を見渡し、台所のテーブルを見つけると重そうに籠を置いた。
「いいお部屋ですねえ。そういえば、旦那様がこっそり館の皆に奥様のお好きなものを聞いて回っていたのは、このためだったんですね。旦那様はいつも奥様に喜んでもらおうと一生懸命で涙ぐましいです」
え? エリアスは私のためにそんなに頑張ってくれてたの? ……あんな冷たい態度とらずにもっと喜べばよかったかな。いや、彼も私のくせを黙ってたし、もやもやさせられたんだから、あれでいいわ。
「こちらがお昼のサンドイッチで、お好きな卵とハムときゅうりです。こちらはお夕食です。もう下準備は館の料理人たちが済ませておりますので、後はこのお鍋をそのまま火に掛けて温めるだけです。あと、こちらは明日の朝食用のパンとおやつだそうです。おやつのビスケットとパウンドケーキは日持ちしますので、こちらの棚に入れておきますね」
私の反応を気にせず、アニタが籠から次々と中身を取り出して披露していく。あまりの多さに私は口をぱっかんと開けて見守った。
これは、何? これじゃあ、いたれりつくせりで、私、ちっとも自立してないじゃない。しかも、館の皆の手間を増やしただけでは?
「アニタ、こんなにたくさん重たいのに運ばせてごめんなさい。あと、館の皆にも迷惑をかけてごめんなさい」
「いえいえ、お気になさらないでください。旦那様からは止められたんですけど、慣れるまでは心配なのでお手伝いしたいという我々使用人一同の勝手な行動なので」
「エリアスの采配じゃないの?」
「はい、そうなんです。我々も奥様のために色々とお手伝いしたくて……」
驚いて聞き返せば、アニタがちょっと言いづらそうに目を泳がせた。
「……だって、奥様はまだ卵焼きとサラダしか作れないじゃないですか……」
その場に沈黙が落ちる。
そう、実は料理を習ったというものの、サラダは手でちぎった葉っぱに料理長が作ったドレッシングをかけるだけ、卵焼きは目玉焼きを作ろうとしてフライパンに割り入れるのに失敗し、仕方なくかき混ぜて焼いたスクランブルエッグしか作ったことがない。包丁すら握ったことがないという超初心者のままだったのだ。
うーん、確かに、毎日3食それでは飽きる、かもしれない。
「でも、ひとりでやらざるを得ない状況になれば、ぱぱーんとできるようになるかもしれないでしょ?」
「奥様、そんな奇跡は起きないものです。それに、旦那様が……」
あ、そうだ、エリアスは皆の手伝いを止めたって。あんなことを言ってたけど、私の自立をめちゃくちゃ応援してくれているんだわ。
「エリアスは私がひとりでやっていけるって思ってくれてるんでしょ? じゃあ、領主様の意向を汲んで」
「いえっ、逆です! 卵焼きとサラダに飽きた奥様が直ぐに館に戻って来られることを期待されて、我々を止めたのです……」
アニタの激白により、私の中でエリアスへの評価が地の底に落ちた。
——絶対、絶対に、戻らないから!!
こぶしを固めてエリアスへの憤怒を燃やしている私を見て、アニタが慌てた。
「奥様、その、旦那様は奥様がお引越しされてからずっと生気がなくて」
「……私が館を出てから2時間も経ってないわよね?」
今まで、数日離れていたこともあったわよね?
私の表情を読んだアニタが必死で続ける。
「それほどまでに奥様をお好きだということで、許して差し上げてください。それに、我々使用人一同も、奥様が館に戻ってきてくださることを切に願っております。ですから、離婚を考え直していただきたく……」
ええっ!? もしかしなくても、館全体が離婚反対派だったりする? それって私に勝ち目あるの?
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ラヴェンテリにひとり暮らしは可能なのか?




