14、空読み姫は虚偽発言をする
明るい陽光、爽やかな風、整然と並ぶ、まん丸に育った綺麗な緑色のキャベツたち!
「すごいわ、本当に市場で売られているような立派なキャベツになったわ! オッリのおかげね、ありがとう」
「奥様が雨の日も雪の日も、毎日丁寧にお世話してくださったからですよ」
「私は貴方が教えてくれた通りにやっただけよ」
隣で一緒に眺めているオッリに喜びと感謝を伝えれば、謙虚に返された。だけど、絶対に私ひとりではこんなにうまく育てられなかった。
「オッリが一番の功労者よ。ほら見て、」
なんて美味しそうなキャベツ、と続けようとしてふと考えた。
私、この野菜たちを子供のように育ててきたつもりだけど、食べられるのかしら?
畑にずらりと並ぶ、つやつや丸々と輝くキャベツや、細い緑のつんつんした葉が伸びている玉ねぎ、薄く色づき始めている苺を眺めて頬が緩む。
うん、食べられるわ。そうじゃないと育ててきたことが無駄になっちゃうもの。感謝して美味しくいただくわよ。
「とても美味しそうだわ。オッリも一緒に食べましょうね」
「そんな、とんでもない」
「ラヴェンテリがそう言うなら、今夜は皆で食事会をしようか。メニューは君の好きなクリーム味のロールキャベツにしよう」
いつものように会話に乗り込んできたエリアスへ、ふと湧いた疑問をぶつけてみた。
「なんで、エリアスはそんなに私の好きなものを知ってるの?」
「僕は常々君のことに興味があって、観察しているからだよ?」
なるほど? ちょっと不気味な発言だった気がしなくもないけど、そういうことなら私も反撃できるかも。
「そう? じゃあ、言うけど、エリアスはトマト味のロールキャベツのほうが好きよね? だって先月トマト味が出た時、いつもの倍、おかわりしていたもの」
ほら、貴方だって私に観察されているのよ、不気味がりなさい!
腕を組んで見上げれば、エリアスの目が見開かれ、次いで私の視界が彼の服でムギュッと埋め尽くされた。
??? これは何ごと!? もしや、抱きしめられてる!?
「ラヴェンテリも僕に興味があって好きな食べ物を覚えてくれていたなんて! 嬉しい、僕たち、お互いのことが知りたい付き合い始めの恋人同士みたいだね!」
ナニ、その具体的で浮かれた例えは。
私は彼の腕をバシバシッと叩いて脱出すると、彼に向かって目を吊り上げ指を突きつけた。
「エリアス。私はそこまで貴方のことを知りたいと思ってないわ。大体、そんなに観察されてなんで不気味って思わないの?」
「僕は君に興味を持たれて大いに観察されたい。だってそれが好きの始まりでしょ? ……ちょっと待って、君、今、観察されて不気味って言った!? …………え、もしかして、僕のこと不気味って思ってるの!?」
「ええ、思ってるわ」
正直に答えたら目の前のエリアスがよろめいた。
「不気味な男だなんて……辛い、辛すぎる。ラヴェンテリ、君だってこのキャベツたちに愛情たっぷりかけて葉の裏まで観察してこんな立派に育てただろ? 僕だって君に同じくらい、いや、それ以上の愛情をもって観察してただけじゃないか。僕の君に対する愛情だけ不気味だなんて酷いよ」
確かに、キャベツたちへの愛情と同じと言われたら、不気味と思ったのは悪かった気がしてきた。私だってキャベツたちから「ヤダ、不気味」なんて言われたらショックで箱に籠りたくなってしまう。
「そうよね、エリアスは領主として空読み姫の私を観察して利便をはかってくれてたのよね。不気味だなんて言ってごめんなさい。私もキャベツたちのように立派な自立した空読み姫になってみせるわ!」
「いや、領主としてではなく、その……それに、もう君は十分立派な空読み姫で」
「大丈夫、任せて。私、きちんと自立までしてみせるから! オッリ、キャベツを収穫したら次は何を植えるのだっけ?」
私とエリアスのやり取りを前に存在を消していたオッリが、慌てて畑の隅の古びた小屋の横に置いてある箱を示した。
「あちらに奥様のお好きなメロンとナス、トウモロコシの苗を育てています。もう少ししたらまた植えましょう」
「楽しみだわ! 次もたくさん愛情をかけて育てるわよ」
小屋へ近づいて木箱に所狭しと並んでいるフカフカした緑色の複雑な葉のメロン、実とお揃いの紫色でびしっとまっすぐ伸びているナス、柔らかそうな細い葉を揺らすトウモロコシの苗たちへ挨拶をする。
「こんにちは。これから夏までお世話するから美味しく元気に育ってね」
せっかくだから歌おうかしらと顔を上げて、小屋の壁の板が剥がれかけているのを見つけた。
「ねえ。ここの板、外れかけているわよ。そういえば、ここからちょっと行った所に何か建てていたわよね? 新しい小屋?」
冬の間中、工事してたわよね、と首を伸ばしてそちらを窺えば、さっとエリアスが視界を塞ぐように移動してきて私の手を取った。
「そう、ちょっとした小屋を建てているんだ。また君にも披露するけど、今日はまだ職人が出入りしてて危ないから近寄らないで。さ、夕食に間に合うようにキャベツを収穫して厨房に持っていこうよ」
なんだかめちゃくちゃ誤魔化された気がするけど、ここでエリアスと争って無理やり見にいっていたらキャベツが夕飯に間に合わなくなってしまうので、今日のところは諦めよう。
結局、夕食には、たくさん作るからと料理人たちがトマトとクリーム、両方の味のロールキャベツを用意してくれた。それを普段使わない大食堂で館の皆と食べるのは非日常でわくわくした。
「うーん、トマトもクリームもどちらも美味しい!」
「そうだね。君の育てたキャベツだと思うと美味しさもひとしおだよ」
私の向かいで目を細めてスプーンを口に運ぶエリアスが美味しいという度に嬉しくなる。
自分が世話をした野菜を食べてもらうのってこんなに幸せなものなんだ。
「なんというか、食べると身体がぽうっと温かくなって元気が出る気がしますね」
「んだね、一日の疲れが吹っ飛んでっちまうね」
「今からまたガンガン働けそうだよ」
隣のアニタがうっとりと感想をもらせば、それに呼応するようにあちこちから同意の声が上がって、エリアスの肩が揺れた。
夕食後、部屋に送ってもらう途中、階段を上がりきったところでエリアスが足を止め、私を見つめてきた。
「……ラヴェンテリ、君は本当に気をつけて歌わないと。加護の力は未知数すぎるよ」
そんなことを言われても、私は天の加護を持つ空読み姫で歌わないと存在価値がないのだと、何度伝えたらこの人はわかってくれるのだろう。
ふっと彼へ溜まっていた不満を言いたくなった。
「そうだ。ずっと言おうと思ってたんだけど、あんまり好きだとか愛する妻とか言わないで欲しいのよね」
「どうして? 僕は思ってることを君に言ったらダメなの?」
「だって、それ、本気じゃないでしょ? 周りに仲良し夫婦に思わせるためでしょ?」
私の念押しに、エリアスの目が眇められ挑戦を受けて立つというようにきらりと光った。
「君はそう思いたいんだよね。だけど、そうじゃないって言ったら?」
「そうじゃないって、どういう意味?」
「どういう意味だと思う?」
はっきり言われても困るけど、こういう謎かけみたいなのは苦手。言ってるうちに頭がこんがらがってくるのよね。
「そ、そうだとしても、私はそうじゃないわ!」
ほらもう、自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。そうじゃないって好きと嫌い、どっちだったかしら?
「君は僕のことが好きではない、ということ?」
うわっ、直球、直球が飛んできたわ! よくも、どう答えても不味い質問をしてくれたわね。……うう、どうしよう。いえ、私はクックラが大事なの。今まで情に流されてずるずるときてしまったけれど、今日こそガツンと答えて絶対に離婚してみせるわ!
「……ええ。……そうよ」
決意したものの、足先だけを見つめて全部の理性をかき集めて絞り出した嘘で、心がきゅううっと絞られるように痛んだ。
「そっか、なるほど、わかった。じゃあ、君のために家を用意するから、試しに明日からひとり暮らししてみたらいいよ」
返ってきた言葉は冷たいものだったけれど、エリアスの言いかたはなんだかほわほわと温かかった。それで、つい、内容の把握が遅れた。
「……えっ、明日!? 家も用意してくれるの? そんな、家は自分で探すつもりで」
「僕は君に仕事を頼む雇い主だからね。家を手配するのは当然でしょ」
そ、そういうものなの? エリアスが私を騙しているのではないかと彼の目をじっと観察してみたけど、わからなかった。
もちろん、今直ぐに私ひとりで家を探すのは無理だということはわかってる。私はまだ、そこまでの自立レベルに達していない。でも、たった今、家を用意してもらってひとり暮らしをするチャンスが目の前にやってきた。
これは突き進むしかないでしょ! ついにやったわ、明日から念願のひとり暮らしよ、離婚へまっしぐらよ!
「じゃあ、お願いします」
「うん、任せておいて」
エリアスを傷つける覚悟で好きじゃないって伝えたのに、意外な展開になった上に彼が元気そうで拍子抜けする。
それって、エリアスは私に嫌われても平気ってこと? そうじゃないって言葉は、私の勘違いで恋愛的な好きって意味じゃなかったってこと?
残念な気持ちとホッとする気持ちとがまぜこぜになって、私は眉間にしわを寄せた。
……じゃあ、なんでこれまであんなに離婚を嫌がってたの? もう、分からない。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
エリアスの腹の内




