13、空読み姫は、離婚のためなら捏造もする
朝、カーテンを開けると一面の銀世界だった。
「雪が積もってる!」
予報はしていたので、昨日は予定を変更して、ちょっと離れた村へ歌いにいっておいてよかった。クックラは雪が少ない地域なので、これだけ積もるのは珍しく、きっと交通網が乱れてしまう。
雪が積もると予測したからといって、不便や危険を排除できるわけではない。不要不急の外出を控えてとか降る前に移動して、と事前にお願いするくらいしか私にできることはない。
――どうぞ、この雪で事故が起きたり、大怪我をしたりする人がいませんように。雪が解けたらさっそく全部回って歌わないとね。
「おはよう、ラヴェンテリ!」
窓の下から呼ばれて覗き込むと、シャベルを担いだエリアスが手を振っていた。
「おはよう、エリアス。雪かき? 私もやるわ!」
「うわっ、待って、そこから飛び降りようとしないで! 暖かい格好をして玄関から出てきて!」
「わかってるわよ、すぐ行くから待っててよ!」
ちょっとだけ飛び降りようと考えたことを見透かされて、慌てて窓から引っ込む。着替えようと振り向けば、アニタが暖かい服と外套を持ってニコニコと立っていた。
「お待たせ! さあ、ザクザク片付けるわよ!」
今年新調した柔らかい緑にふわふわがついた揃いの外套と帽子、手袋を身に着けて外に飛びだせば、玄関から門への道は綺麗に雪が除けられていた。
「あれ? もう、雪かきやっちゃったの!?」
「うん、手の空いてる男たちでやっちゃった。実は、君に声を掛けた時は終わって片付けようかと思ってた時で……」
「えええ……言ってくれたらよかったのに」
「目をきらきらさせてる君に、そんなこと言えるわけがないじゃない」
「そこは言って欲しかったわ」
張り切ってきたのに、と頬を膨らませば、目を細めたエリアスが後ろを指差した。
「実は、裏庭の道はまだなんだけど、一緒にやる?」
「もちろん!」
「あ、ラヴェンテリ。その前にこれ食べて」
差し出された袋には、こないだから大量生産され始めたのど飴がぎっしり入っていて、私はありがたくひとつ摘まんで口に入れた。
「ありがとう」
「うっかり君が鼻歌を歌わないようにね」
「むむむーっ!」
なんてひどい、と思ったけれど口に入れてしまったものは仕方ない。私はエリアスに文句の念を飛ばしてからシャベルを構えた。
ザクッ ポイ ザクッ ポイ
口の中で丸い飴をころころ転がしながら館の裏口から裏門へ通じる道の雪を除けていく。
「ラヴェンテリも雪かきが上手くなったね。ここにきて初めての冬はシャベルで雪を投げる度に身体ごと飛んでいってたのに」
「もう、毎年同じこと言わないでよ。5回目だもの、上手くなるに決まってるでしょ」
「そうだよね。僕たち5年も一緒にいるんだよ。僕は君といてとても楽しかったし、仲も悪くないと思っていたんだけど、君は違ったの? 僕に不満があるなら離婚する前に伝えて欲しい」
直す努力もさせてもらえないの? と続けられて固まった。
突然、何を言い出すの?
この道は距離が短いからとエリアスが他の人たちを街へ続く道のほうに行かせたから、今ここには二人しかいない。
まさか、こういう話をするために私を呼んだの? ……いえ、そこまではしないわよね?
「……不満は、」
ないと言いかけて言葉を止める。
ここでないと言ったら、離婚の本当の理由を言わないといけなくなる。それはだめだ。なにがなんでも、エリアスへの大きな不満を考えなくては! ええと、そうね、何かあるでしょ、私!
「……あるわ、あるからちょっと待ってね」
「考えないと出てこないくらいの不満なの?」
「ありすぎて選んでるの!」
「ありすぎて!? そんな」
あ、エリアスがショックを受けてる。ちょっと気の毒になったけど、ここはガツンと不満を作っとかないと離婚ができなくなるから。ごめんね、エリアス。
「ええと、その……エリアスは私のしたいことをさせてくれないから!」
「ええっ!? 僕、そんなひどいことしてた!? ……例えば?」
よし、いい不満が出たわ。頑張った、私。え、具体的に? ……あ、あれだ。
「先月街に飴を買いに行ったのに、エリアスがハクリさんに頼んだのど飴のせいで買えなかったわ!」
必死で探した答えに、エリアスの眉間にしわが寄った。
「……君、あの飴が大のお気に入りで、こないだも冬用に大量に買い込んでたよね?」
「そ、そうだけど、あの時は! 自分で選んで買いたかったの!」
「そっか、君の楽しみを奪っちゃってごめんね? たしか、苦いのど飴を買ってきて僕に分けてくれてたけど、あれは自分で選んで買ったやつじゃなかったんだね?」
う、あれは自分で選んだけど、オレンジ味のものに比べて苦すぎて、エリアスに食べるの手伝ってもらったんだった。
冷や汗を流してどう言い返そうか考えていたら、どんどんエリアスの顔が笑顔に輝いていく。
ヤバイ、これは言い負かしたと思ってる。ええい、負けるもんか、次の不満を考えなくちゃ。
私の捏造した不満を笑顔で受け止めた彼に、なんだかふつふつと怒りが湧いてきた。
そういうとこよ。そういう、君のことは何でもわかってますっていう感じが。
「……エリアスは私のことひとりで何にもできないダメ人間って思ってるでしょ!」
「そんなこと、」
「思ってる! だから、飴だの温室だの歌うなだの、私に過度な世話を焼いて!」
「それは、だって……」
エリアスの顔から笑顔が消えた。
やったわ、私の不満の勝ちよ! ……だけど、私も今、笑顔じゃないわ。
「……そうだね、ちょっと君に対して過保護だったかもしれない。それは謝る。これから気をつけるから、今すぐ離婚と言わず、しばらく時間をくれないかな?」
「わかったわ」
あまりに真摯な反応をされて、申し訳なくなってしまった私は深く頷いた。
あ、しまった! チャンスだったのに、これじゃ、離婚が遠のいちゃうじゃない!
「ラヴェンテリ、美味しいのど飴に新しい味を増やそうと思うんだけど何がいいかな?」
「リンゴ味とかイチゴ味も食べてみたいわ」
「ラヴェンテリ、君のために新しいドレスを発注するんだけど、デザインの希望はある?」
「ドレスはたくさんあるから作らなくていいわよ」
「ラヴェンテリ、そろそろ君ののどのために歌うのは控えたほうがいいと僕は思うんだけど、君はどう思う?」
「そうね。今日はもう歌わないように気をつけるから、明日は村で歌いたいわ」
あの雪かきの日以来、エリアスがひたすら私に尋ねてくる。今まで彼はこんなにたくさん私について考えて勝手に実行していたのかと思うと恐ろしい。
「……確かに君の言う通り、君に関することは君に聞いて決めたほうがいいかもね。勝手にしたって怒られないし」
「だけど、エリアスってば歌は歌わせてくれたけど、飴の味は20種類くらい増やしちゃうし、ドレスは必要だって押し切って作っちゃうし、結局やってることは前と変わらないのでは?」
「何言ってるの。ちゃんと君と相談したでしょ?」
「あれ、相談になってるの?」
「君は欲がなさすぎる上に自分を大事にしてくれないから、僕が代わりにするしかないでしょ? それも夫の役目だからね」
そうかな? と首を捻っていたらエリアスの顔が曇った。
「僕のしていることは君に迷惑しかかけてない?」
あまりに不安そうな表情で尋ねてくるから情け心が湧いてしまった。
「いえ、私のことを考えてやってくれてるのだから迷惑ではないわ」
言い終わってエリアスのほうを見た途端、しまった、と歯噛みした。彼は私の両手をがっちり握ってとてつもなく嬉しそうな顔をして言い放った。
「そうなんだ、よかった! 迷惑でないならこのまま続けていいよね!」
――私は彼への対応を大いに間違えたらしい。
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