11、空読み姫、試供品を貰う
「……全回復までは、いってない?」
「はい。症状は軽くなったものの、退院するほどまではいかなかった者が何人もおりましたので、前回のサーリの街ほどの効果は出なかったと思われます」
キヴィの街で歌っている途中にまた意識がどこかへ行ってしまったラヴェンテリ。その時の歌の効果を護衛たちに探らせたら、前回より少なかったらしい。前回との違いは歌っていた時間、だろうか? だけど、前回は数時間歌って全回復、今回は僕が側にいて異変に気付いて直ぐ止めたから数十分も歌っていないはず。それで半回復となると、威力が上がっている可能性がある。
彼女はこの奇跡が起こることを不安がりながらも喜んでいるようだが、僕は恐怖しかない。
大事な彼女が正気を失ったように歌って、それを聞いた人が元気になるなんて、彼女の命を削っているように思える。さらに、『空読み姫の婚姻の自由』令が出た理由を裏から探ったら、この国一番の貧乏領地だったヤルヴィへ嫁いだ空読み姫が、特異な加護を発動して裕福な土地に変えたことに目をつけた王子が無理やり離婚させて自分のものにしようとしたのを王子妃が止めるために作ったとか。
ラヴェンテリのこの奇跡が知られたら、同じようになるかもしれない。その場合、離婚を望んでいるラヴェンテリはあっという間に僕の手の届かないところに行ってしまうだろう。
それだけは、止めたい。だから、僕は彼女のこの奇跡の加護を隠し通したいし、できるだけ早く彼女の気持ちを僕に向けて、本当に結婚してしまいたい。
だけど、全然、うまくいかないのはなぜだろう。
■■
嵐の日から1カ月、今日も今日とてキャベツたちに歌を聞かせていた。
「成長したわねえ」
歌い終わってしゃがみこみつつ、葉の裏を注意深く覗き込む。苗を植えた日から、できる限り毎日オッリに教わった通り、水をやり肥料を与え、虫がついていないか観察してきた。そして、ふと気がつくと彼らは葉の枚数が増えて大きくなっていた。
「毎日君が歌ってるからね」
隣から含みのある声がして、私ははキッとそちらへ顔を向けた。
「なによ、ここに植えた野菜たちは私が責任もって世話しているのだから、毎日歌ってあげるのは当然でしょ!?」
「野菜には水と太陽と栄養があれば十分なんだよ。毎日の歌は過保護だと思う」
毎日同じことで言い合って、飽きないのかしら。私は飽きたわ。
「歌うのは私の自由よ。さ、私は今からサーリの街へ薬草を持っていってくるわ」
「僕も行くよ」
「今日は貴方のお望み通り街で歌わないから、ついてこないで。それにお茶の時間から大事な会議があるっていってたじゃない」
「君より大事な物は」
「山ほどあるでしょ、領主様。アニタと行くから大丈夫よ」
冷たく言い切って返事を待たずに背を向けた。
2度目の奇跡以来、エリアスは表立って言わないけれど、私が歌うことを嫌がるようになった。
護衛たちの調べによると、あの時の奇跡は結局全回復とまではいかず、半回復、いつもより大きなけがや持病が治るくらいだったらしいのに、エリアスは街の人々に箝口令を敷いた挙句、鼻歌すらも自分のいるところでしか歌わないようにと言い始めた。
歌うことは空読み姫である私の全てなのよ? 歌わなくなったら、私は私をどう保っていいかわからなくなってしまう。
……もし、歌えなくなってしまったら?
想像してブルッと体を震わせる。
そうだ、街でのどに良い蜂蜜と甘い飴を買って帰ろう。いつもエリアスが用意してくれるけど、今日は自分で選んで買ってみよう。ちゃんと自分でものどに気を遣ってるって見せれば彼も過剰な心配をやめてくれるかも。
そう決めると心がふわっと高鳴って、私はカバンの上からお財布を押さえた。最近、自分のお金を持つようになって、時々街で買い物をするようになった。お買い得品や値引きやおまけも覚えたし、着実に自立に近づいている、はず。
「あ、ラヴェンテリ様、こんにちは! その服、着てくださっているんですね、嬉しいです」
サーリの街に着いてハクリさんに咳止めの薬草を卸していたら、入り口の扉が開いてカティが入ってきた。
「あら、カティ、こんにちは。そうなの、やっとサイズ直しができたから着てきたのよ」
アニタに褒められるほどに上手にできたカティのおさがりのワンピースの裾を摘まみ、くるりと回ってみせる。
「お裁縫上手ですねえ。よくお似合いです!」
「ありがとう! そういえば、カティはどこか悪いの?」
薬屋に来るなんて体調不良に違いない。やっぱり街で歌えばよかったと落ち込んでいたら、カティが目を丸くして勢いよく両手を振った。
「あっ、いいえ、私は元気です。ただ寒くなってきてちらほら風邪をひいている人を見かけるようになりましたので、薬草を買い置きしておこうと思って」
「そうなの? じゃあ、ちょうどよかった、今咳止めの薬草をハクリさんに渡したところよ」
「わ、ちょうどよかった。ラヴェンテリ様印の薬草はよく効くって評判になってるんですよ」
「そうなの!? それは、嬉しいわ」
ハクリさんを振り返って頷くのを確認したら、両足がぴょんと跳ねた。
ほら、エリアス! 私の歌は役に立ってるのよ、野菜たちにも毎日聞かせるべきだわ! 食べたら元気になるとか、そんなすごい効果が出るかもしれないもの。
ここにはいないエリアスへ向けて心の中で叫ぶ。
「ええと、じゃあ、ラヴェンテリ様印の咳止めと、熱さましを一袋ずつください」
「はい。ああ、よく効いて美味しいのど飴の試作を作ったのですが、おまけで入れておきますので、よろしければ後で感想を教えていただけると助かります」
「え、そうなんですか、嬉しい! じゃ、今食べてみますね。あ、2つあるからラヴェンテリ様もどうぞ」
カティの手が伸びてきてポンと口に丸い飴が放り込まれた。
「ん、あまーい。これは美味しいです!」
親指を立てて褒め称えるカティに頷いて同調しつつ、口の中の飴を転がす。
……のど飴ってすごく薬草の味がして苦いのが多いのだけど、これは甘くてオレンジの味がして爽やか。
私の表情をじっと見ていたハクリさんが口元を緩めた。
「ラヴェンテリ様もお気に召していただけましたか?」
返事の代わりにこくりと頷くと、ハクリさんが顔いっぱいの笑顔になって続けた。
「ご領主様からのご依頼で作ったのです。ラヴェンテリ様のお好きな味でのどによく食べやすい飴を皆が手に入れやすいお値段で、と」
気に入っていただけてよかったです、大量生産しますね、と安心したように言ったハクリさんが、残りの飴を包んで私とカティに渡してくれた。
「ラヴェンテリ様のおかげで得しちゃいました。ありがとうございます」
この飴はきっとめちゃくちゃ売れますね、と、うきうきなカティと店を出たところで別れた。
「アニタ。飴を買うつもりだったのにもらってしまったわ。どうしてエリアスはいつもいつも私の先回りをしちゃうのかしら」
自分で買うぞ、と勢い込んでいたのに、そのやる気をかっ飛ばされたような、振り上げた腕を下すタイミングを見失ったような、もやもやした気持ちを抱えきれず、店の外で待っていてくれたアニタにこぼしてしまう。
「旦那様は奥様への愛情が溢れすぎて、奥様に必要なものを察する能力が限界突破しちゃってるんでしょうかね」
「愛情ってそんな便利なもの? いえ、エリアスが聡いだけで、愛情とは違うんじゃないかしら?」
愛情だと認めてしまったら離婚しづらくなる。愛されてるなんて、思っちゃだめだ。
「せっかくだから蜂蜜をたくさん買っていこうかしら。ううん、違う味の飴を買って帰ろうっと。いつもの苦いやつ!」
そう決めたら、もやもやが吹っ飛んで私の足取りが軽くなった。
……んんんっ!? チクチクする?
あくる朝、私はベッドの上で呆然としていた。
朝起きたらのどに異変が起こっていた。痛くて腫れているようで無理に飲み込もうとすると目に涙が浮かんだ。ついでに全身だるくてぼうっとする。……あ、鼻水まで出てきた。
風邪、ひいちゃった!? これじゃあ、歌えない。健康管理のできない空読み姫なんて、許されない。ええい、風邪なんて気合いで吹きとばすのよ!
フンッと全身に力を入れてみたものの、逆に熱が上がってしまった。
どうしよう、どうしよう。もうすぐ朝食の時間で着替えの手伝いにアニタがきてしまう。その前に何とかしないと。そうだ、私は風邪なんて引いてない引いてない。
自分に暗示をかけてベッドから飛び降りる。いつも通りに動こうと一歩踏みだしたところで、視界がくるりと回った。
「おはようございます、ラヴェンテリ様。お目覚めですか? ……きゃあああっ、ラヴェンテリ様っ!?」
「ラヴェンテリ!?」
丁度、元気いっぱいに部屋に入ってきたアニタが叫んで、直ぐさまエリアスが飛んできた。
……あああ、とんでもない騒ぎになってしまった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ウイルスは平等に。




