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39  事件後の人々  その4

 一段落して時計を見るとすっかり夜になってしまっていた。井川はまだ書類と格闘していたが、視線を感じたのか小宮の方に顔を向けた。

「片付いたんなら、疲れた面晒してないで、さっさと帰れよ」

 井川は今夜は当直なので、署に泊まりだ。

「はい、お先に失礼します」

 小宮は挨拶して部屋を出た。

 馴染みの定食屋で食事したかったが、もう閉店に近い時間だったので諦めた。帰ってから自炊するのも面倒で、弁当とビールを買って帰ろうとコンビニに寄った。

 店に入ると、菓子コーナーにいた少女が「あ」と声を上げて寄ってきた。

「こんばんは。今までお仕事だったんですか?」

 板チョコを手にしたまま問いかけてきたのは原田だった。

「ああ、こんばんは。原田さん、だったよね。」

 返事をするのも億劫だったが、挨拶してくれる子供を無視するほどではない。

「買い物かな。夜だから帰るときは気をつけてね」

 当たり障りのない言葉で会話を終わらせて買い物をしようとした小宮を、原田がジャケットの裾を引いて止めた。

「刑事さん、大丈夫ですか?」

 中学生に心配されるくらい疲労が顔に出ているのだろうか。

 感情が表情にあまり出ないとはよく言われたが、疲れは別のようだ。

「大丈夫。今日は忙しかったからちょっと疲れてるけど、飯食って寝れば治るから」

 原田は眉をひそめ、周りを見回した。

「えーっと――あ、あの顔の恐い刑事さんは? 一緒に来てないんですか?」

「え? ……ああ、井川さんね。仕事じゃないから、来てないよ」

「いつも一緒にいるのかと思いました」

「まさか、そんなわけないよ。仕事と私生活は別だよ」

 まだ中学生の原田は『仕事の同僚』がどんなものか知らないから、『友達』のように考えているのだろう。そういう所は変に擦れてなくて可愛らしい。

 そうだ、彼女は中学生――今更になって午後九時近くに少女が一人でコンビニにいることに疑問を持った。

「君、まさか一人で買い物に来たの?」

「いいえ、母と一緒です。今、外で電話してます。私はこれを買いに来たんですよ」

 手に持ったチョコは、最近アニメでブレイクした漫画のキャラクターがパッケージに描かれている物だった。

「このチョコ今日発売だったんですけど、家の近くのコンビニは売り切れだったんで、母に頼んで他のコンビニに回ってもらったんです。でもどこも売り切れで、ここ五件めでようやく買えました」

 そうまでして手に入れたい情熱を持つのは若い証拠だ。

 小宮くらいの歳になると妥協と見切りを覚えてしまう。その場にないなら諦められるものが歳が上がる毎に増えた。

「欲しいものがあって良かったね」

 それじゃ、と挨拶をすると、今度は原田は引き止めなかった。

 弁当のコーナーから適当にひとつ選び、ビールも買い物カゴに放り込んで、さりげなく店内を見回したが、もう原田の姿はなかった。

 安心したような、それでいて残念なような気分を味わいながら、小宮はレジに向かった。

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