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38  事件後の人々  その3

「何だか腹が立つな」

 一階へ降りるエレベーターの中で井川が不機嫌に吐き捨てた。

「晴彦は本来人を傷つけるような人間じゃなかった。だからイジメに遭っても宗田達にやり返しもしないでずっと耐えていた。さっきの祖父さんたちもだが、控えめで優しい性格だと損をすることばかりなのかよ。胸くそ悪い」

 井川こそ自分の善意で損するタイプであるのに、と小宮は内心思う。

 老夫婦の見舞いに持っていったフルーツは井川の自費で買った品だ。領収書をもらって捜査費から出してもらおうなんて考えもしない。

「損はするでしょうけど、人徳は積めますよ」

「そんなもの何の慰めにもならねえ」

「この世じゃ慰めにならないかも知れませんが、死んだ後あの世で閻魔大王の前に立たされた時には大いに役立つんじゃないですかね」

「そうか? 地獄の沙汰も金次第って諺もあるんだが」

「だったら尚更、俺たちみたいな貧乏人は徳を積むしかないですね」

 本当の所は死んでみないと分からない。が、地獄も極楽も生きている人間のためにあるのだと思っている。無宗教の人間の考えなんてこんなものだ。


「あのお祖父さん達も底なしの善人でしたが、疑わないんですか?」

 小宮は悪戯心を起こし、井川に絡んでみた。

「何を疑えって言うんだよ。あの祖父さん達が日頃から孫に『両親を殺せ』って吹き込んでたかもしれないとでも言うのかよ」

 嫌そうな顔をする井川を、内心楽しみながら小宮は追撃する。

「いや、井川さん、できすぎた善人は大抵裏があるから疑うって言ったじゃないですか」

「全員疑ってる訳じゃない。俺のセンサーに引っかかった奴だけだ」

「何だ。要するに、勘、なんですね」

「ああ、勘だよ」

 井川は居直るように言ったが、それが意外と高確率で当ることを小宮は知っている。

 『勘』という言葉を借りてはいるが、それは井川の刑事としての経験値が根底にある能力だ。

 自分もこの先刑事を続けるなら是非とも手に入れたい力だ、と小宮は素直にそう思った。



 本署に戻ると小宮は早速自分のデスクのパソコンから羽崎に、遺族が晴彦の写真の受け取りを望んでいるとEメールで連絡を取った。

 晴彦の祖父母の名前と住所を伝えるとすぐに羽崎から返信があった。

 遺族と橋渡ししてもらった事への礼と、遺族にすぐに見てもらえるようにプリントした物も一緒に郵送するという内容だった。

『もしかしたらパソコンはお持ちでないかもしれないので』という一文で羽崎の心遣いの細やかさが分かる。

『事件に関してのご協力の他、色々とありがとうございました。久住君の遺品については先生にばかりご負担をかけては申し訳ないので、せめて捜査資料用と合わせてCD二枚と写真のプリント用紙代と郵送料をお知らせください。当署の方から出させていただきます』

 それくらいの金額なら捜査協力費として出せる。

 小宮がメールを送信すると、またすぐに返信が返ってきた。

『お気遣いありがとうございます。しかしながら、写真をお送りするのはご遺族へ私にできるたった一つのお見舞いだと思っております。捜査資料用の分は、一市民として警察に協力するのは当然ですので、費用についてはどうぞ私におまかせください』

 本当にどこまでも人が良い。

 井川は気に入らないらしいが、小宮は羽崎の善意に裏は感じなかった。

 小宮は羽崎に御礼のメールを送ると、提出を急ぐ書類の書き仕事に専念した。

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