27 共感覚 その4
「ええっ?」
高校生の年齢の子が、どうして中学に。
思わず手元にある学校が用意してくれた資料に目を落としたが、それには事件当時の教室内の席順の略図と今日の事情聴取の順に書かれた生徒名があるだけだった。
「生まれつきの心臓の病気でずっと入退院を繰り返してて、六歳の時と十一歳の時の手術とリハビリで、それぞれ一年ずつ進学が遅れてるんです。病気の影響で発育も悪くて。まあ、見かけが学年通りに見えるから周りから浮いて見えなくていいですけど」
頭は――精神の方は中学生ではない。他の子と比べて大人びている訳だ。何とか今は普通の生活を送れてはいるが、まだ完治しておらず近い将来再手術が必要なのだそうだ。
彼女の趣味が人間観察という理由が分かった気がする。
病のため、他の子たちなら走っていけるところも、彼女はゆっくり歩いて行かなければならない。
ベッドから起きられないでいた入院生活中はもとより、退院しても安静を要するため体育授業は全て見学しなければならないなど制約のある彼女には、誰よりも他人を見つめる時間がある。
加えて、共感覚持ちという体質だ。もし自分にその感覚があり、表に出ている表情と内なる感情が違う人間を見れば、それは何故なのかと興味を引かれ更に観察するだろう。
だが、それは彼女にとっては人の心の裏表を見る事にもなる。
優しさに潜むエゴ。親切に隠された下心。表情や言葉に表されない、もしかすると当の本人でさえも無自覚な闇を彼女は否応なしに目の当たりにする。
更に、彼女は女性だ。もうこの年頃なら、異性から邪まな意識や感情を向けられる時もあるのではないだろうか。
何も分からない子供の頃ならまだしも、ただでさえ難しい思春期の少女がそんなものを見てしまえば男性不信、いや人間不信に陥ってもおかしくない。
そう考えると、彼女が少々生意気な物言いをする程度の捩じれ方で済んでいるのは奇跡に思える。
精神的にタフなのだとしたら、刑事の自分より遥かに上だ。病気だけでも大変だろうに、共感覚のマイナス面と戦う気力がこの小さな細い体のどこに潜んでいるのか。
それに、十七歳と知った上でもなお実年齢より大人びているように思える高い精神年齢は、寿命の短い生物ほど早く成長することを思い起こさせ、小宮は不吉な考えが過りそうになるのを慌てて振り切った。
ふと原田と目が合った。
思考までは見えないと言ったが、何もかも見透かすような瞳に見つめられると、落ち着かない。
そうでなくてもこの年頃の少女の真っ直ぐな眼差しを受けるのは気恥しい。
それでも視線を逸らせると彼女に負けた気がするので、意地になって見つめ返していると、
「刑事さんって見事に内面が顔に出ない人ですね」
原田は呆れたため息をつき、
「表情から腹を読まれないのは刑事向きかもしれないけど、気をつけないと誤解されて面倒な事になりますよ」
預言者か占い師のようなセリフを吐いた。
「それはもう色々経験済みだよ」
言われるまでもない。この性格のおかげで損する事は多かった。
父方の祖母からは可愛げがないと疎まれたし、小学生の時の担任には子供らしさがないと低評価だった。
学生時代、不慮の事故で亡くなった恩師の通夜の席で、友人に「お前は悲しくないのか」と殴られたこともある。
「……まあ、俺の事は置いといて、事件の話に戻っていいかな」
これ以上自己の内側の感情を読まれたくはない、と思う感情もおそらく彼女には読まれているだろうが、小宮が問いかけると原田は黙って頷いた。




