18 事件 その3
事件は十二月十四日の朝、八時十分頃起きた。
ホームルームが始まってから少しして、学校を一ヶ月ほど休んでいた久住晴彦が登校してきた。
担任も級友も驚く中、晴彦は声をかけた担任を無視して、宗田の席へ歩いて行き、一言二言会話した後、手に提げていた紙袋から刺身包丁を取り出して、宗田の顔、正確には両目を水平に切りつけた。
その直後に、宗田の後ろの席の品川の顔を左頬から右顎へ斜めに切り、その勢いで右太腿までも切り裂き、振り向く反動を利用するようにして宗田の前の席の大石の右腕を刺した。
教室内はパニックになり、生徒は逃げ出した。
担任の山口が助けを求めて飛び込んだ隣のクラスの男性教師が教室に行くと、怪我の痛みに叫び声を上げてのたうち回る三人を包丁を握ったままぼんやり見つめている晴彦がいた。
――包丁を捨てなさい!
教師が怒鳴ると、晴彦は何故かゆっくり窓の方へ目を向け。
笑った。
騒ぎを聞いて他のクラスの教師たちも駆けつけて来た。
晴彦は男性教師が二人教室に駆け込んできたのにも目もくれず、笑ったまま窓際まで歩いて、そこで包丁を床に捨てた。
後から来た二人の教師が怪我をした生徒に走り寄るのを見て、隣のクラスの教師は晴彦の身柄を拘束しようとしたが、彼が駆け寄るより早く、晴彦は窓の外へ身を投げた。
晴彦の両親が殺害されていると分かったのはその約四十分後だ。
学校が事件を両親に知らせようと家に電話したが、誰も出ない。携帯も同様で、父親の勤め先の新聞社に問い合わせると、出勤時間が過ぎているのにまだ出社しておらず、連絡もないし携帯電話にも出ないという返事だった。
何か嫌な予感を感じた教師が警察官と共に自宅へ行き、そこで両親の死体を発見した。
母親の由紀子は浴室で、父親の秀雄はリビングのソファーの上で、それぞれメッタ刺しの状態だった。ソファーの傍に落ちていた凶器と思われる包丁には晴彦の指紋しかついておらず、彼が二人を殺害したと見なされている。
由紀子には激しく抵抗した痕が見られたが、秀雄の方にはほとんどそれがなかった。ソファーの前のテーブルにはグラスと何本かの缶ビールがあり、残っていたビールとグラスと秀雄の体内から薬物が検出された。由紀子が病院から処方してもらった導眠剤だ。
その導眠剤をビールに入れ、秀雄が深く眠りこんだところを襲ったらしい。秀雄とは体格差があり、普通に襲ったのではかなわないと考えたのだろう。
由紀子は浴室掃除をしている最中に襲われたようだ。狭い洗い場にスポンジと洗剤が転がったままだった。血の付いた晴彦の服も残されており、晴彦は母親の遺体があるそこで、返り血の付いた身体をシャワーで洗い流したと思われる。
家の中の状況と二人の死亡推定時刻から、晴彦は午後六時頃浴室を掃除していた由紀子を殺害し、午後七時過ぎに帰って来た秀雄にそれを気取らせることなく薬物入りのビールを飲ませて眠らせた後、殺害したと推測される。そして一晩を両親の死体のある家で過ごし、翌日学校で凶行に及んだ。
問題は、動機だ。
宗田たちを切りつけたのはイジメが原因と考えられている。
では、両親は?
何故晴彦は両親を殺したのか。それも宗田たちより先に。
晴彦はイジメを苦に家出し、その後両親の許可を得た上である人物の家に身を寄せていた事は、これまでの調べで分かっている。
晴彦の家出の後、秀雄から密かに相談を受けていた彼の上司によると、十二月十三日、晴彦が今日帰ってくると秀雄が喜んで報告をしてきたそうだ。
――だから、それまでに何度もした話を、もう一度したんですよ
彼は秀雄に、母親と息子を校区外へ別居させてでも転校させ、そこから高校を受験させろと進言した。
イジメは根深いから、解決より回避する方が良い。高校受験まで約四ヶ月なら、このまま学校を休んで受験に不利になるよりは別居の不便さや寂しさを少し我慢して別の中学からの高校進学を目指すべきだ、と。
しかし秀雄は最後まで首を縦に振らなかった。ここで逃げたら息子のためにならない、そんな根性のない事はさせないと言い張り、晴彦が帰って来たら二人で学校に乗り込んで、イジメ相手と直接話をつけると息巻いたという。
だから殺したのだろうか。
家出するほど嫌だった学校へ連れ戻そうとする誰の言う事も聞かない父親に絶望して、母親諸共。
二人を殺した後自殺を決意して、どうせならこんなことになった原因の三人も殺してから、と考えたのか。
それにしては、三人への攻撃はあっさりし過ぎている。
両親をそれぞれ三十箇所近く刺した執拗さに比べればだが。
――お前は何を考えて、こんな事をしたんだ
テーブルの上の、写真の中の笑顔の晴彦に胸の内で問いかけた時、応接室のドアがノックされた。




