19 クラスメート その1
一番初めに来たのは女子生徒だった。
酷くこわばった顔で入って来た母と子を井川は笑顔を作って迎え、小宮共々自己紹介の後、向かい側のソファーに座らせた。
名前を聞き、名簿で確認した後、井川が少女に笑いかけた。
「今から話を聞かせてもらう訳だけど、気分が悪くなったら遠慮しないで言って。言葉づかいも気にしないで、普通に、お父さんにでも話すように話してくれたんでいいからね」
それでも警察相手に緊張が解けない彼女はぎこちなく頷く。
「もし君が私たちに何か聞きたい事があるなら、遠慮なく聞いてくれていいよ。捜査のために答えられないこと以外なら、私たちも正直に答えるから」
話をするのはよく口の回る井川にまかせて、小宮はメモを取りながら相手を観察する。嘘をついていないか、故意に隠し事をしていないか、表情と気配を探る役割だ。
事件があった時の様子はすでに宗田たちの席の近くの生徒数人から聴取しているので、
「今日は久住君や宗田君たちと山口先生について聞きたいんだ。話したくないなら、無理に話さなくてもかまわないからね」
心配げに隣で見つめる母親の方をちらりと見て、彼女は「大丈夫です」と真摯に頷いた。
「まず、久住君はどんな子だった?」
「大人しい人、だったと思います。今年初めて同じクラスになって、一度もしゃべったことないから、良く分からないけど」
これ以上聞いても情報はないと見切り、井川は次の質問に移った。
「じゃあ、宗田君たちは?」
「宗田君は、気分屋っていうか、その日によってすごく機嫌が良かったり、逆にものすごく悪かったりする人です。大石君はマイペースな人で、宗田君の機嫌なんかいちいち気にしてないみたいでした。品川君は去年同じクラスだったから良く知ってるけど、ひょうきんで目立ちたがり屋です」
「普段、服装や態度が悪くてよく先生に注意をされるような子たちだった?」
彼女はゆるゆると首を振った。
「そんなことないです。普段乱暴なことしたり言ったりするような人じゃないし、見た目だって不良ぽくなくて普通です」
彼らに非行歴はない。が、それは警察の記録上ないだけで、学校では札付きかと思えばそうではないらしい。
「でも、久住君をひどくいじめてたんだってね」
井川の言葉に彼女は深く俯く。
「どうして宗田君たちが久住君をいじめるようになったのか、訳を知ってる?」
彼女は視線を下げたまましばらく考えた後、
「久住君の動作がのろくてムカつくってよく言ってたから、それが原因じゃないかと思います」
「クラス全員で、久住君を無視していたとも聞いたんだけど」
お前もイジメに加担していたのと同じだと責められていると思ったのか、彼女は黙り込んでしまった。
「でも、君は本当はすごく嫌だったんだよね、久住君を無理に無視するのは」
ハッと顔を上げた彼女に、井川は大きく頷いて見せた。
「分かってるよ。君はそんなことはしたくなかった。でも、久住君を庇ったりしたら、今度は自分がいじめられるんじゃないかと怖かったんだよね」
はい、と答えた少女の目に涙が浮かんだ。
「宗田君たちが久住君をいじめてるのを見るの、とっても嫌でした。久住君が可哀そうで。多分クラスの殆どの人がそうだと思います」
「じゃあ、どうして誰も止めなかったんだろうね。せめて担任の先生に相談するとか」
「無駄って言われました、友達に」
あまりに宗田たちのイジメが酷いので「山口先生に言おう」と友達に持ちかけると、
「宗田君たちは山口先生のお気に入りだから、言っても先生は信じなくて、何もしてくれないだろうって」
それより告げ口したのが宗田たちにばれるからヤバイよ、と止められたという。
「宗田君たちにばれるって、どうして?」
「山口先生に話すと、絶対宗田君たちに『○○さんから聞いたんだけど』みたいな聞き方をするって」
最悪な聞き方だ。デリケートな問題を問うのに、情報源を晒すなんて。
「山口先生のそんな話の聞き方が原因で、友達と喧嘩になった子もいるらしいです。それで他の人も黙ってたんだと思います」
無能な上にトラブルメーカーか、と井川なら言いそうな雑言が頭に浮かんだ小宮は、内心ため息をついた。
「山口先生はイジメに気付いてなかったの?」
「多分。宗田君たちは先生が見ている所では絶対久住君をいじめませんでしたから」
だとしても、一人の生徒をクラス中で無視していたなら、クラス内の様子が変だと気付きそうなものだ。
山口は他者の不幸に鈍い人間なのかもしれない。自身が幸福に育つと、他者の不幸を想像も実感もできない感性の偏った人間になることもある。
「君は、山口先生をどんな先生だと思ってる?」
井川の問いに、彼女は少し眉をひそめた。
「いつも明るくて元気だけど、人の話をよく聞かない、っていうか、自分の都合の良いように聞く人だと思います」
「例えば?」
彼女は少し考え、最近あった進路面談の時の話をした。
「第一志望を聞かれて、高田西高校って答えたんです。そしたら先生が『あれ? 新谷さんが志望校変えたの、知らないの?』なんて言うから、どうしてそんな話になるのか分からなくて」
ちぐはぐな会話を続けた後、ようやくその訳が分かったという。
「先生は私が一学期の個人面談で『新谷さんと同じ、西校です』って答えたのを、『新谷さんが行くから、西校に行く』って勘違いして思い込んでいたみたいなんです。確かに咲ちゃん、あ、いえ、新谷さんもその時は西校希望だったけど、私は友達が行くからじゃなくて、将来看護師になりたいから、西校なら卒業した後に看護学校に入れるレベルの勉強ができると思って選んだんです。個人面談でもちゃんとそう言ったのに」
呆れた話だ。山口がこの子の動機を最近まで思い違いしていたということは、そんな志望動機も「良し」とする考えを持っているからだ。
子供にとって高校の選択は人生の選択につながる。仮にこの子の志望動機を「友達が行くから」と受け止めたのなら、教師として安易な考えで決めないよう指導するべきだろう。
三十路近い年齢の女性だというのに、思考が浅く幼い。
井川が小宮に視線を寄こした。
観察していて気にかかる点があれば、ここから小宮が質問に入る。が、この子からはこれ以上得られる情報はないと判断して、小宮は何気ないふうを装ってメモ帳を閉じた。二人の間で決められた終了の合図だ。
井川は大きな動作で壁の時計を見て少女に笑いかけた。
「ありがとう、もういいよ。嫌な事を色々聞いて悪かったね」
親子が立ち上がると、井川と小宮も合わせて立ち上がった。
「お忙しい所、ありがとうございました。お嬢さんが一日も早く元気を取り戻される事をお祈りします」
母親への挨拶と共に二人して頭を下げる。
会釈して出て行く少女の背中に、井川が声をかけた。
「大丈夫。君はきっといい看護師さんになれるよ」
彼女は振り返り、大きく目を見開いた。
次いで顔を歪ませてぽろぽろと涙をこぼした。




