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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第四章 【帝都魔術学園】
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1歳12ヶ月 2 ―――家族



 昔の話を何時間にも渡って聞かされたことで、お兄ちゃんはお父さんの胸にもたれかかって、いつの間にか寝息を立てていました。私の授業で少しはマシになったとはいえ、元々お兄ちゃんはあんまり集中力が長続きしませんからね。

 対して私は、前世ではゆうに一〇〇時間以上も連続稼働していたことだってザラにありました。同僚にはサイボーグなんじゃないかと噂されていたくらいですので、もちろん私はきっちり両親のお話を最後まで聞き終えましたけど。


 大好きな両親の生い立ちに興味があったためというのもありますし、そのお話の中で出てきて二人の手助けをしてくれたという魔術師の友人に、興味を惹かれたというのもあります。

 流浪の魔術師だというその友人さんに、私もいつか出会う機会があるのでしょうか? その時は、両親を助けてもらったお礼を是非ともしたいものです。


 と、現在すっかり陽も暮れているため、室内は間接照明にぼんやりと照らされています。

 そろそろケイリスくんが夕食の席に呼びに来る頃合いだと思うので、私はお母さんたちを促してリビングへと向かおうとしました。


 しかしそこで私はふと思い留まると、お父さんとお母さんにジッと視線を向けます。

 不意に真剣な眼差しを送る私に気が付いた二人は、ベッドに隣り合って座ったまま目を丸くさせました。

 そんな二人の表情があまりにそっくりだったため、私はなんだか妙に嬉しい気分になってしまいます。やっぱりずっと一緒にいると、夫婦って似てくるのでしょうか。


 先ほど両親はなれ初めを話してくれた後で、私たちの誕生をどれほど待ち望んでいたかを熱く語ってくれていました。

 それはとっても嬉しくて、なんともむず痒い気持ちにさせられる告白でしたが……しかし同時に、私の胸の奥には決して無視できない罪悪感が湧き上がっていたのです。


「……ほんとうなら、ちっちゃな赤ちゃんなんて、いちばんかわいいざかりだよね……。それなのにわたし、こんなかわいげのない子で……ごめんね……?」


 自分たちの子供が生まれたとなったら、その子を自分たちの手で育てていく楽しみというものがあるはずです。

 「ぱぱ」とか「まま」と最初に口にした時に喜んだり、犬のことを「わんわん」と舌っ足らずに呼ぶ姿に悶えたり、すやすやと寝息をたてているのを見てどうしようもなく胸をときめかせたり……

 少なくとも生後数ヶ月で言葉を操ったり、大人を言いくるめたり、かと思えば魔法を使い始めるようなことは、決してあってはならないことのはずです。


 わ、私だって当初は、お母さんに気持ち悪がられないように赤ん坊のフリをしていたんですよ!? お兄ちゃんの家出がなかったら、きっとあのまま理想的な赤ん坊を演じ続けていたはずです。

 ……しかし結局のところは、このように可愛げのない赤ん坊となってしまいました。


 そもそも私が引き継いだ記憶が、本来形成されるはずだった“セフィリア”を塗りつぶしてしまったとも言えるのです。普通ではありえない私の意識が、お父さんやお母さんの楽しみを奪ったと言っても過言ではありません。……唯一の慰めは、盗賊の襲撃を退けられたことくらいでしょうか。


 それらを踏まえての「ごめんね」だったのですが……しかしお父さんとお母さんはお互いの顔を見合わせて、よくわからないといった怪訝そうな表情を浮かべていました。

 眉根を寄せたお母さんが、そろりと口を開きます。


「“可愛げ”って……セフィくらい可愛げのある子はいないと思うわよ?」

「え?」

「たしかに、普通の赤ちゃんとは違うけれど……それがセフィの可愛いところじゃない!」


 瞳をキラキラと輝かせて、気遣いとは無縁な表情でそんなことをのたまうお母さん。

 赤ちゃんらしくないところが可愛い? いったい何を仰っているのでしょうか……?

 困惑する私に、お母さんは当たり前のことを言うかのように自然な声色で、


「だって、それがセフィでしょう?」


 自信満々に言い放たれたその一言に、お母さんの気持ちのすべてが集約されているような気がしました。

 ぽかんと口を開けて固まってしまった私を、お母さんはにこにこと微笑みながら優しく撫でてくれます。


「うちの村では、赤ちゃんが生まれたら村のみんなでお世話をするわ。だから普通の赤ちゃんは見慣れているし、ログナにだって赤ちゃんだった頃はあるわ。だから、セフィが手のかからない子だったからって、それを不満に思ったりなんてするはずがないでしょう?」

「でも……」

「それにセフィはこんなに小さいのに、誰よりも強くて賢くって……だけど魔法を悪いことに使ったりなんてしないし、誰かのために怒れる優しい心を持っているじゃない。それが私は、とっても嬉しいの」


 そう言ってお母さんは、「あんまり危ないことをされるのは困るけどね」と苦笑交じりに付け足しました。

 いい匂いのするお母さんの温かい腕の中で、私は滲む視界を自覚しながら微笑みます。


「……おかーさんには、かなわないなぁ」


 私がお母さんの胸に擦り寄ると、頭上でお母さんは優しく笑みを浮かべました。

 すると、寝てしまっているお兄ちゃんを抱いたお父さんが、私にそっと手を伸ばして頬に触れました。


「セフィ。情けないことだけど、勇者様にまでなったセフィを守ってあげられるほどの力は、僕にはないだろう。でもね、それでも戦い以外のことで、僕もセフィの支えになってあげられたらと思っているよ」

「おとーさん……」

「何かあったら言うんだよ。お父さんを、いつでも頼ってほしい」

「……うんっ!」


 お父さんの温かくて大きな手に触れて、私は心が満たされていくのを感じます。

 前世では感じることのなかった幸せ。前の人生でも決して不幸な生い立ちというわけではなかったはずですが、それでも家庭は冷え切っていて、こういった温かい触れ合いなんて記憶にありませんでした。


 ……もう一度、やり直せる。

 神様が与えてくれたチャンスを無駄にしないためにも、私はこの世界で、大切な家族を守り抜くことを改めて心に誓ったのでした。



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