4 庭師令嬢
残念ながら、呪いは完全には消えていなかった。
正確に言えば、「呪いの副作用」は消えた。
カイルの体が生命力を吸い取る性質は消え、普通に植物や人に触れられるようになった。しかし呪いの本体――結界を維持するための契約の縛り――はまだ存在している。庭を咲かせ続けなければならないという義務は変わらない。
「つまり、庭師が必要ですね」
エリナがそう提案すると、カイルは少し考えるように間を置いたあと、返事をした。
「君に、引き続き任せたい」
エリナは驚いた。
「でも、もう呪いの副作用は消えました。普通の庭師でも」
「普通の庭師では、花の声が聞けない」
カイルは庭を見ながら言った。
「私には、それが分かるようになった気がする。花には声があって、君はそれを聞いている。そういう人間にしか、この庭は任せたくない」
エリナは黙っていた。
「それに」
カイルは続けた。その声がわずかに変わった。
「君がいなくなると、困る」
エリナは一瞬沈黙したあと。
「……庭の管理が、ですか」
「それだけではない」
カイルがエリナを見た。三年間感情を殺してきた顔が、今はひどく真剣だった。
「君は花が待っていると言った。私のことを。……私も、気づいていた。でも信じることができなかった。三年間、近づくものを全部傷つけてきた。君のことも傷つけるのではないかと思っていた」
「でも、傷つきませんでした」
「君の魔力が守ってくれていた。でも本当は、君自身が強いのだと思う。私の呪いよりも、君の花への愛の方が強かった」
エリナは笑った。
「それは言い過ぎです」
「言い過ぎではない」
カイルは至って真剣だった。
「エリナ」
「はっはい」
思えば、初めて名前を呼ばれた気がする。驚いて声が上ずってしまった。
「君にいてほしい。庭師としてではなく――もし、嫌でなければ、だが」
名前を呼ばれた次は、初めて見る表情だ。照れくさそうな、なにかを懇願するような。
だから――
「嫌ではありません」
エリナは笑顔でそう答えた。
カイルが笑った。これも初めて見る表情だった。
それは不器用な、ぎこちない笑いだったが、エリナはそれを、これまで見てきたどんな花よりも美しいと思った。




