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竜血の復讐姫 ~魔女に育てられた少女は「悪」を狩り、世界を浄化する  作者: 藤明
二話 狩られる探索者達

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2-5 砦で物色する探索者

― 廃屋の隠し砦の中で……


 探索者たちは半開きの重厚な扉を押し開き、砦の中へと入る。勢いよく踏み込んだ彼らを待ち受けていたのは、外観からは想像もつかないほど広大な石造りの空間だった。整然と並ぶ回廊、堅牢な造りの中庭。一行はその規模に圧倒され、しばし戸惑いの表情を浮かべる。しかし、驚きが引くのと同時に、奇妙な違和感が彼らの胸をざわつかせ始めた。


「誰もいないな……」

「人の気配がしないんだよな……」

「使われていた形跡はあるな。最近まで……」


 先行していた粗暴な戦士が、中庭の隅に山のように積み上げられた、異様な鉄屑の山を発見した。彼はその中から一振りの剣を拾い上げ、顔を近づけてまじまじと見定める。


「……なんだこれ? 曲がった武器? どうすりゃこうなるんだ?」

「訓練に使われた武器がそのまま積まれてる感じだな」


 別の戦士が近寄り、無残に折れ曲がった槍の穂先や、壊れた盾を検分する。


「練習なのに木剣じゃないのか? エライ本格的なのか裕福なのか……」

「……この数から見るに、数十人以上……いや、百人くらいの部隊が訓練していた感じだな」


 男たちは積み上がった鉄の山を眺め、皮算用を始めた。


「これだけでひと財産だな」

「荷車があれば全部持って帰れるんですけどねぇ……」

「山道だもんなぁ。くそっ」


 刃がこぼれ、折れ曲がった武器とは言え、打ち直せば使えるものや、品質も良く原材料として使いまわせそうなものばかりだった。全部持って帰れるとしたらかなりの額になりそうだった。

 しかし、欲に目のくらんだ彼らは、その損傷の仕方が「尋常ではない」ことにまでは気が回らなかった。人の筋力で、鋼の剣が飴細工のようにこれほど複雑に折れ曲がるはずがないのだ。


 そんな中、一行の端で地面を慎重に調べていた斥候役の従者が、不可解な点に気づき、訝しげに呟く。


「大人数の足跡も……水場周辺も数人にみえる……最近のものは少ないように見えますね」

「……察するに、ここに駐留していた何かの部隊がどこかに移動した後……そう見えるな」

「何か強力な魔獣が出て討伐に出て……戻ってこなかったとかか?」

「なるほど……」


 一同が推測を巡らせ、慎重に歩みを進めていたその時、粗暴な戦士が突然大きく息を吸い込み、鼓膜を震わせるほどの大声で叫んだ。


「誰かいませんかぁ!!」


 静寂を切り裂くその絶叫に、仲間たちは肝を潰した。


「ちょ、ちょっと!」


 仲間が粗暴な戦士の突然の行動に驚き、慌てて武器と盾を構え周囲を警戒する。背中合わせになり、暗がりの回廊から何かが飛び出してこないか目を凝らす。


「お、おい!!」

「なんてことを!!」


 非難を浴びた粗暴な戦士はニヤリと不敵に笑い、大きく腕を広げる。


「返事がない……ってことは……人がいないってことだ」

 

 あまりに短絡的な証明だったが、確かに何の実害も起きないという事実が、一行の緊張を急速にとかしていく。


「……おいおい……」

「マジかよ……」

「確かに気配がしないな……無人か……」



 ミュカの警告をよそに、聖教王国側の探索者たちは、武器を下ろし、早くも略奪者の目を輝かせ始めた。



「……一応中を調べておこうぜ。お宝があるかもな」

「人がいないなら……」

「まぁ、行き掛けの駄賃ってやつだな」

「もしもの時は、帰ってきたら返せばいいんだ」


 彼らはこれだけ話しても騒いでも誰も出てこない事から、無人の打ち捨てられたばかりの砦と判断した様だった。彼らは広い砦の探索のために二手に分かれる。片方はお宝を、片方はこの「姿隠し」の魔術の根源を……


 魔術師アルガスはマナの力を感じる方向に斥候役の従者を伴って行動を始めていた。


§ § § § § §


― 武器庫にて



 お宝探索組は、重厚な扉を開け、広い部屋に入るなり喜びに満ち溢れていた。彼らを圧倒したのは、並べられた武器の質の高さもさることながら、何よりもその「量」であった。


「すげぇ……」

「武器庫……だな、軍隊のか?」


 一人が棚に並んだ長槍の石突きを撫でる。指先に付着する油の感触から、ごく最近まで入念に手入れがされていたことが窺えた。



「……最近まで手入れがされてた感じだな。軍隊にしては武器がバラバラだな。傭兵団かもな」

「おい、魔法の武器っぽいのもあるぞ!?」

「ってかこれ、いくらするんだろって代物の武器もあるような……」


 棚の奥、一際豪華な装飾が施された鞘を見つけた粗暴な戦士が、それをひったくるように手に取った。抜き放たれた刀身は、窓から差し込む僅かな光を吸い込み、うっすらと鈍い輝きを放っている。驚くべきことに、透き通るような光の粒子が、まるで意志を持っているかのように剣身にまとわりついていた。


「うははは!! これは一気に大金持ちだ! 十年は食べていけるぞ!」

「そんなにか!? これ、魔法の武器だよな??」

「どう見てもそうだよなっ!! アルガスに見てもらおう。ってかすごい装飾の武器まであるし!!」


 彼らは完全に浮かれ切っていた。そのためか彼らを陰から気配を消して見守る影に気が付く事が全くなかった。


(……ずいぶん、賑やかな人たちね)


 ルディアは隠れ里に来てからは「人間」との接触はあまりなかったので興味深そうに彼らの動向を見守っていた。狩人の師匠仕込みの、獣も気が付かないほどの「気配隠匿技術」を利用してこっそりと物陰から伺っていた。もっとも、彼らが浮かれていなくても気が付くことは無かったかもしれないが……


 彼女は冷ややかな好奇心を湛えた瞳で、欲望を剥き出しにする人間たちの浅ましい背中を、じっと見つめ続けていた。



§ § § § § §


― 書庫にて


 一方、別行動の魔術師のアルガスと斥候役の従者は、膨大な書類が置かれた書庫に入って来ていた。


「ほんと不思議なところですね……人の気配はしないけど、生活をしていた何かは感じますね」

「そうだな。大規模魔術で砦を隠し、武器が豊富……反乱組織のアジトの可能性が高いな」


 アルガスは警戒の目を崩さぬまま、卓上に広げられた書きかけの書類に視線を落とす。



「私たち……大丈夫なんですかね? ん? 魔法書……みたいなものもありますね」

「俺たちは聖教王国側じゃなくて中立という立場を貫けばば大丈夫だろう。それよりも……」


 従者の指差した先を見た瞬間、アルガスの目が魔術師特有の知識欲で爛々と輝いた。彼は答えもそこそこに、積み上げられた本の一山へと吸い寄せられるように歩み寄る。震える手で一冊を手に取り、中身をざっと捲り始めると、その速度は次第に早まり、やがて彼は驚愕に目を見開いた。


 慌てて本の背表紙を確認し、そこに刻まれた著者名に息を呑む。


「人造魔道人形の操作方法?? 禁呪か? ……え? これって「魂魄の魔女」のシルヴィエラの著書じゃないか!!」

「誰です? それ?」


 主人の豹変ぶりに、従者が不安げに首を傾げた。



「有名人だ……人形に魂を吹き込んで動かす魔法の使い手ってやつだな……聖教王国では「禁忌の魔法」だな……もともとは聖教王国の魔術師組合の人間だったが、聖教憲兵隊に追われていなくなったはずだ……」

「憲兵に追われるほどですかぁ……なるほど……え? それじゃここに魔道人形いるんですか?」

「あ、そうか!」


 最悪の可能性に思い至ったアルガスは慌てて杖を持ち魔法探知を行おうとするが、特に変わった気配はなかった。彼はここに来るまで魔道人形らしき物は見ていない。あるとすれば門番、魔術師の部屋の前に衛兵としておくはず……そう判断を下した。


「著書はあるが、ここが本人のアジトって事ではなさそうだな……とても魔術師の住まいには見えんからな」

「……だと良いんですが……ここの持ち主が帰ってくる前に出ましょうよ……嫌な感じがします」

「待て待て……読むだけなら……大丈夫だろ。それにこの魔術書、一冊金貨百枚はくだらないぞ?」

「……本当ですか?」


 金貨という響きに、斥候役の従者の耳がぴくりと動いた。


 アルガスは、これまでの魔道理論を根底から覆すような未知の術式の、精密な理論構築が記載されたページに心を奪われ、我を忘れて没頭し始めていた。


「……本当に大丈夫ですかねぇ……」


 斥候役の従者は今やっている事がただの「こそ泥」と変わらない事、好奇心が勝り、それを気にしない主人を内心嘆いていた。ただ、全部の書物を、十冊はあるものを持って帰れば金貨千枚……想像するだけで内心浮足立っていた。



§ § § § § §


― 廃屋の隠し砦の前にて……


 砦の門の前でミュカと仲間たちは重苦しい沈黙を保ちながら、今後の方針について言葉を交わしていた。

 しかし、議論の最中もミュカの意識は城壁の上へと向けられていた。先ほどから壁の狭間に佇んでいる人影……その「危険人物」が、まるで彫像のように微動だにせずこちらを俯瞰して気配を伺っていることに気づいたからだ。このまま真っすぐに逃げるのは得策ではない。彼女は自ら様子を窺いに行くことを決意した。


「ちょっと待ってるっす。もしもの時は本気で逃げるっすよ?」

「わかった」

「気を付けて」


 重装戦士のリーダーと仲間たちが、硬い表情で頷く。

 仲間たちが見守る中、ミュカは崩落しかけた岩壁のとっかかりへと手をかけた。赤狐族特有のしなやかな筋力を活かし、野生の獣を思わせる軽やかな身のこなしで、垂直に近い壁面を次々と登っていく。


「相変わらず、すごい身のこなしだな」

「門はくぐってないけど……いいのかね、あれ?」

「頓智を許す相手だったらいいんだが……」

「門はくぐってないもんな……」


 地上で見守る仲間たちが呆れ半分、感心半分に囁き合う。その頭上で、ミュカは最後の一蹴りで城壁上の通路へと音もなく着地した。


 ミュカが砦の城壁上の通路にたどりつくと、腰の剣に手を当てたヴァルターが隠れもせずに待っていた。いつでも剣が抜ける自然な構えだったが、緊張をすることもなく自然体に見えた。彼女は彼がかなりの使い手であることを一瞬で見抜く。探索者……もしくは傭兵に見える。ただ、「獣王国連合」で顔の広い彼女にとっても「彼」を見たのは初めてな気がした。


「あなたは……何者っすか? 探索者っすか?」


 ミュカが距離を保ったまま問いかけると、男は感情の読み取れない視線を送り返してくる。


「ヴァルターだ。ここを、砦の中に入ったものが外に出れない様に……守れと言われてここにいる」


 ミュカは後ろ手にノコギリ鉈のホルダーの留め具を外し、いつでも抜刀できる様に重心を低く落とした。


「誰に? ……狩人のおっさんすか?」

「おっさん? ……いや。違うな。あんたはここを知っているのか?」


 問い返すヴァルターの姿を、ミュカは細めた瞳で観察する。


 左目が紅に染まり、髪の毛に白銀のメッシュ。その姿は、彼女が良く知る人物……『白銀の魔女』の腹心、憎たらしい猫娘、「白黒猫娘のフィデラ」の姿を連想していた。


「ああ、あっちっすか、あの性悪女……」

「性悪??」


 ヴァルターは、目の前の赤狐族の娘が発した言葉に、微かな違和感を覚えた。彼がこの数週間で抱いた「ルディア」に対する上品な令嬢という認識と、彼女の語る「性悪」という評価にはあまりに乖離があった。……しかし、女同士の複雑な関係は男には理解し得ないものだという人生の教訓に従い、彼は深追いせずに彼女の真意を探ることにした。


「この砦の関係者か?」

「……半分はそうっす……でも半分は違うっすね……」


 ヴァルターは、各地に潜伏しているという「協力者」が何人か存在することを聞かされていた。しかし、彼女のまとう空気は、ルディアから聞いていたどの協力者の特徴とも合致しない。


「……この場合の指示は聞いていないな……」

「大丈夫っすよ、私は、私の仲間と共にこの場を去る予定っす……狩人のおっちゃんか確認しに来ただけっすから……」

「狩人のおっちゃん……」

「里の襲撃から逃げている……もしくはいなかったはずっす……」


 ミュカは里の惨状を思い出しながら言った。その言葉に、ヴァルターの眉が僅かに動いた。


「なるほど……他にも生存者がいる……そうか。詳しくは聞いていないな……」


 ヴァルターは自嘲気味に息を吐いた。この数週間、彼は戦い方の訓練と、いずれ訪れる「自由になれる任務」のことばかりに意識を割いていた。ルディアたちの背景や、彼女の同胞について詳しく聞き出しておくことを、完全に失念していたことに今さら気づいたのだ。


 二人の間に、張り詰めたような、それでいて困惑の混じった微妙な空気が流れる。


 互いが仲間なのか、あるいは排除すべき敵なのか。その天秤がどちらにも傾かぬまま、判断の迷いが静寂を支配しようとした……その時。


 砦の内部、武器庫の方角から、激しい怒号と、何かが派手に崩落する金属音が響き渡った。



§ § § § § §


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