2-6 狩られる戦士達
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― 武器庫にて
石造りの頑強な保管庫の中は、欲望と言う名の熱狂に包まれていた。棚に並ぶ名品の数々が、探索者たちの理性を奪っていく。
「これ、全部は持って帰れないよな?」
「ああ、欲張りすぎると身動きが取れなくなる。だが、捨てがたい……」
「今持ってる安物の荷物を捨てれば、もう少しいけるか?」
「いや、後で分け前を交渉しようぜ。まずはこれだ」
彼らは浮かれた顔で、魔法の光を帯びた武具や、豪奢な装飾が施された剣を強欲に抱え込み、意気揚々と武器庫の外へ踏み出そうとした。
だが、その足を止める影が、夜の帳が降りるような静かさで頭上から舞い降りた。
一行の目の前に音もなく着地したのは、透き通るような肌と、すべてを冷たく見下ろすような鳶色の瞳を持った少女……ルディアであった。
「うおっ!!」
「なんだっ!?」
「……どこから現れたっ!?」
予期せぬ遭遇に肝を潰した探索者たちは思わず両手に持っていた武器を取り落とす。派手な金属音が石造りの室内に無機質に響き渡る。
「ごきげんよう……あなた達は……その、「泥棒」なのかしら?」
降ってきた少女の、あまりに平穏な声。一瞬何事か理解できずに飛びのいた一行だったが、目の前にいるのは武器を持たない「一人の少女」という事に気が付き落ち着きを取り戻す。無手でも爪を隠し持つ獣人でもなく、魔術師らしい杖をもっておらず、ただの一般人、無害な人間に見えた。
状況を「把握」した彼らは、鼻で笑いながら落とした武器を拾い始めた。
「な、なんだ、女か」
「……よく見りゃ、いい女だな……」
「あんた家主か?」
ルディアは不思議に思っていた。威圧しているつもりだが、目の前の人間にはまったく効いている感じがしなかった。獣人の仲間たちだとすぐに気が付くほどの殺気を当てていたが、まるで気にしていないようだった。
(獣人と人間は、これほどまでに感覚が違うのかしら……)
彼女は不可解さを抱えつつも、宣告を口にした。
「警告するわ。その場に武器を置いてここを立ち去りなさい。……今なら命までは取らないわ」
「うわっはっはっ! 何を言ってるんだ? ここの持ち主は……あんたか? お嬢ちゃん?」
「人っ子一人いないと思ったんだが……」
聖教王国の探索者たちは、新たに手に入れた魔法の剣の輝きと、ルディアの姿を見比べる。質素ながらも育ちの良さを感じさせる彼女の服装は、彼らの目には「世間知らずのお嬢様」としか映っていない。ただ、一人でこんな場所にいることへの警戒心から、彼らはじりじりと周囲をうかがい始めた。
「お嬢ちゃん……仲間はいるのか?」
「仲間……今は人が一人と……狼が一匹かしらね……あとはどこ行ったのかわからないわ」
ルディアが淡々と答えると、男たちの顔に卑俗な余裕が戻った。
「そうか。」
「どうする? ヤルか?」
「仲間……はどう見ても近くにいないな……」
「いい女だぞ? どっちの「やる」だ?」
「……そりゃぁ……決まってるだろう?」
探索者たちは顔を見合わせ、堪えきれないといった様子で爆笑した。彼らにとって、この状況は「鴨が葱を背負ってきた」以上の幸運に見えていたのだ。
あまりに人間社会での経験が無いルディアは彼らの行動が理解できなかった。何故この状況で笑うのか、笑いが何を意味しているのかも理解しきれていなかった。獰猛な肉食獣の目の前の鼠たちが下品に笑い合っている様に見えた。
「念のため、もう一度、警告するわ。その場に武器を置いてここを立ち去りなさい」
「はん! 馬鹿じゃないの?」
「こんなお宝を目の前にして引き下がるかっつーの!」
「女一人で何が出来ると思ってんだ?」
探索者がニタニタとしながらルディアに武器を片手に近づいていく。動かないルディアを「動けない」と勝手に解釈して不用意に歩み寄っていく……
「彼の言った通りになったわね……警告しても「聞く耳」を持たないって……」
「あん?」
バァン!!
肉を打つ乾いた音が、言葉の終わりと同時に響いた。
ルディアが完全に舐め切って近づいてきた探索者の顎の先を彼女なりにやさしく手ではたく。探索者は一瞬,、宙に吹き飛んだあと、膝から崩れ落ちる様に壁にもたれかかる。彼はそのまま起き上がれずによろけて壁につんのめって転び。起きては転び……その不恰好な動作が何度も繰り返された。
「ほんとね、そこを叩くとフラフラするのね。手加減は成功……かしら?」
「て、てめぇ!! ぐ、くそっ!」
「おいおい、なにやってんだ? アハハ!」
「冗談……だよな?」
「……え? マジかよ、おい!? 」
残りの探索者たちは、何が起きたのかを理解できずにいた。彼らの目には、仲間が突然彼女の前で自分から転倒し、突然、踊り始めたようにしか見えなかった。
だが、それが「得体の知れない脅威」であることは直感的に理解した。
魔術か、あるいは何か細工をしたか。少女を明確な「敵」と判断した一人が、無言で腰の魔法剣を抜いた。手に入れたばかりの魔力を帯びた刃が、ルディアの無防備な頭部を目指して一閃される。
「てめぇ! 魔術師かっ!?」
ルディアは切りかかる刃を避けるどころか、無造作に懐へ踏み込んだ。
ヴァルターから徹底的に叩き込まれた、武器を持つ相手を無力化する体術。剣を握る腕を軽々と受け止めると、瞬く間に足払いを見舞い、腰の捻りを利用して相手を石畳へと叩きつけた。重力と彼女の怪力が合わさり、男の頭部は加速しながら床へと吸い込まれる。
ゴッ!
鈍いなにかが折れた音と共に探索者がピクリとも動かなくなる。首が不自然な方向に折れ曲がり、その場の目撃者たちは一瞬にして死んだのを悟った。
「えっ!?」
「嘘だろ?」
ルディアは奪われた魔法の剣を回収しながら、他人事のように感心していた。
「……すごいものね。こんな簡単に……お礼を言っておかないと駄目ね」
「貴様っ!!」
「この野郎!!」
仲間の死に激昂した二人が、槍と斧をそれぞれ振りかぶり、ルディアを目掛けて同時に振り下ろす。だが、気が付くとルディアの姿は斧を振るった人間の脇に立ち、奪ったばかりの剣をふりぬいていた。斧を持っていた腕は両断され、返す剣でそのまま首の頸動脈をなぞるように正確に切り裂く。
槍使いが驚愕に目を開きながらも、渾身の一突きをするが、紙一重で綺麗にかわされた上に槍をつかまれ、身動きできないように封じられたまま剣で首を完全に両断する。ヴァルターと何度も練習をした「洗練された組打ち」だった。
だが彼女は寸止めで練習してきたため、剣を振りぬいたらどうなるかまでは考えていなかった。
「あっ!」
その直後、ルディアが小さく声を上げた。
切り裂かれた動脈から、予想を遥かに超える鮮血が噴き出したのだ。真っ赤な飛沫を全身に浴びてしまい、彼女は慌てて骸となった体を突き飛ばすようにはねのけた。
「……もう、汚れちゃったじゃない。……こんなに出るなんて、聞いていないわよ……」
最初に顎を殴打されて生き残った一人は呆然としていた。彼女の動きが殆ど分からなかった。彼女の姿が霞のように溶けたと思ったら二人が血を吹き出し崩れ落ちて行った。……人間離れした動きの速さが現実とは思えないほどだった。
体中、顔までもが血まみれになって近づいてくるルディアに絶対なる恐怖を感じ始めていた。逃げようとするが、残念ながら彼の足は言う事を聞かずにガクガクと震えつんのめって転ぶだけだった。
「……み、見逃してくれ……」
「駄目よ。警告はしたわよ? 侵入者……泥棒は全員殺すことになっているの……」
「……そんな……」
ルディアは剣を振り上げるが、ふと動きを止めた。
返り血を浴びた不快感が、彼女に迷いを与えたのだ。男はそれを見て「助かった」と、無理やり醜い笑顔を浮かべようとした。だが、ルディアは剣の握りを変えると、切っ先ではなく「剣の腹」を男の頭部へ力を加減して叩きつけた。
ゴンッ!!
「これなら血が飛び散らない……けど、美しくないわね……」
ルディアは、手近にあった探索者の死体の服を使い、剣に付着した血糊を丁寧に拭った。
自身の頬や服についた紅い汚れはそのままに、彼女は光り輝く隠世の住人たちの導きに従い、もう一方の「泥棒」たちが待つ書庫の方へと、静かに歩みを進めた。
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