2-7 狩られる魔術師たち
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― 隠し砦の書庫にて……
魔術師のアルガスは魔法書やスクロールを見て興奮していた……斥候役の従者はその価値を聞いて興奮をしていた……しかし、不意に回廊の奥から響いてきた、金属がぶつかり合う破壊音と短く絶たれた悲鳴を耳にし、二人はぴたりと動きを止めた。
「何かあったんでしょうか?」
斥候役の従者が不安げに廊下の方を振り返る。アルガスは忌々しげに舌打ちをして、広げていた書物を閉じた。
「大方お宝でも見つけて取り合いになってるんだろうな……あとが面倒だ。見に行くか」
「ですね。腕は立つんですけどねぇ……」
二人は、最も価値がありそうな数冊の魔導書を抱え、逃げるように部屋を出ようとした。だが、その足は入り口で縫い付けられたように止まる。
部屋の入り口から、一人の少女がゆったりとした足取りで入ってきた。彼女は気配というものを一切感じさせず、まるで自室に戻るかのような自然な動作で、そこへ現れた。だが、その姿はあまりに異常だった。
美しい顔立ちは鮮血の飛沫で汚れ、着ている服はどす黒い返り血を浴びて、無残な色に染まっている。あまりに現実離れした光景に、二人の思考は激しい混乱に陥った。
「な、なんですか? あなたは?」
「……血??」
アルガスは直感した。武器庫やお宝を探しに行っていた仲間が殺されたことを……四人を殺したにしては十分説得力のある返り血の量だった。
「あなたは……魔術師かしら_」
ルディアが感情の欠落した声で問いかける。アルガスはかろうじて言葉を絞り出した。
「……あ、ああ、そうだ……君は?」
「この砦の……うーん。関係者かしらね。ちょうど今、泥棒退治をしているの。警告はしたわ。でもダメだったの」
アルガスは目の前の「血まみれのお嬢さん」の言う事は素直に聞けたんじゃないかなと思いつつも、「血まみれでないお嬢さん」だったら……ごろつきとあまり変わらない粗暴な戦士たちは言う事は聞かないだろうと思っていた。
「……見逃してはくれないか?」
アルガスの懇願に、ルディアは小首を傾げて冷ややかに微笑んだ。
「ごめんなさい。砦の中を見たものは、「仲間」じゃなければ殺すことになってるの」
「そ、そうか……どうやれば……お仲間になれる?」
「そうね……でも、その紋章……聖教王国のものよね?」
ルディアの視線が、アルガスのマントを留めているブローチに注がれる。そこに刻まれた意匠に気づいた斥候役の従者が、血の気の引いた顔で慌てて弁明を始めた。
「だ、大丈夫です。私たちは「聖教」を信じているわけじゃありませんからっ!」
「そ、そうだな。我々は魔術師協会の者だ……思想的な繋がりはない……」
「その手に持つものはなに?」
静かな問いかけが、二人の逃げ場を塞ぐ。
「……魔導書だ……」
彼はまるで熱い石でも放り出すように、魔導書を机の上に投げ出した。斥候役の従者もそれに続き、抱えていたスクロールを乱暴に机へと戻す。
その瞬間、ルディアの瞳が深紅の輝きを放った。
魔術師アルガスの目からも「彼女」のオド、内的な魔力の高まりを感じ、自身がかなり危険な状態なのを察した。
彼女の腕に握られた魔法の剣を見る。距離的には既に戦士の間合い。魔術を詠唱する時間が足りない……即時発動の魔力波を撃つにしても、ここまでの道中で魔力を使いすぎていた。現状の手札で手練れの戦士四人に打ち勝ってきた目の前の少女にどう対応すればいいか判断がついていなかった。
「あ、ああ、すまない……貴重な……「禁忌の魔術」が記されていてだな……つい魔術師の性で」
「すみません、持ち主がいるとは思ってなくて!」
凍てつくような紅の瞳で見つめるルディア。彼女の沈黙と無反応に、アルガスは追い詰められたように言葉を重ねる。
「その魔導書はだな……中身が「魂魄の魔女」のシルヴィエラが書いた「禁忌の魔術」なんだ。命のないものに命を吹き込む神の領域を犯す穢れた邪法だ……大地母神アリテリウス様の教えに反する」
「そ、そうですよ。魔法で人形を動かすのは違法なんです! 神以外が命を吹き込むなんて!! とんでもないことです!! 罪人なんですよ!」
必死に「自分たちはこの本の持ち主の味方ではない」と、あるいは「この本がどれほど危険なものかを知っているだけだ」と主張する男たちの醜い叫びが、静かな書庫に虚しく響き渡っていた。
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……十年前……
……隠れ里の一角。古びた魔術師の書斎では、木材と金属が擦れ合う微かな音を立てて、からくり人形がぎこちなく足を踏み出していた。
その背中に背負った重量のある物体が邪魔しているかのように見える。その傍らで熱心に魔術式を書いている女性がいた。
栗色の髪を緩く束ねたその魔女は、難解な魔術式を紙の上に紡ぎ出していく。そのすぐ隣には、宵闇を溶かしたような黒髪を持つ幼い少女が座り込み、瞬きも忘れて人形の挙動を食い入るように見つめていた。
「ねぇ、シルヴィ、これはなんで動いているの? 王国では見た事がないわ?」
幼いルディアが不思議そうに首を傾げると、魔女は羽根ペンを止めることなく、柔らかな声で応じた。
「ああ、これはね、魔法の力で動いているんだ。地の神オース様の加護と魔瘴気を利用したものね」
「なんで人形を動かすの? 楽しいから?」
無垢な疑問に、魔女……「魂魄の魔女」のシルヴィエラは、少しだけ筆を休めて優しく微笑んだ。
「うーん……これは鉱山の有毒ガス……息をすると死んじゃう場所を調べる魔道人形よ」
「ゆうどくがす? 死んじゃう?」
「鉱山で働く人はね……新しい場所に行くと死んじゃうことがあるんだ……そこでこの魔道人形の背負った装置でしらべてくれば……」
「死ぬ人はいなくなるの?」
真っ直ぐな瞳で見上げられ、シルヴィの目尻が慈しみに細まる。
「そう。頭が良いわね。ルディアは」
「へへ……」
褒められたのが嬉しいのか、ルディアが照れくさそうに頬を緩める。シルヴィはペンを置いて頭をわしゃわしゃと撫でた後ぎゅっと彼女を抱きしめていた。それと同時にからくり人形が荷物を背負ったまま後ろに倒れ、じたばたとひっくり返った虫のように足掻く。
「うーん。装置だけをロープに括り付けた方が早いか……」
「人形を大きくしちゃダメなの?」
ルディアの素朴な提案に、シルヴィは「なるほど」と顎に手を添えた。
「あー、それでいってみるかぁ。やっぱり、解決すべきは重量バランスだよね」
シルヴィは再び羽ペンを手に取ると、先ほどまでの魔術式の隣に、新たな設計図を力強く描き始めていた。
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― 隠し砦の書庫にて……
書庫の空気が、突如として鳴動を始めた。逃げ場のない空間に、物理的な重みすら伴う凄まじい魔力の圧力が膨れ上がり、棚に並ぶ古書がカタカタと震えをあげる。
返り血を浴びたルディアの瞳が、深淵のような紅へと染まり、彼女は無機質な動作で首を軽く傾げた。
「……それは聖教王国での話かしら?」
氷の刃のような低い声。その問いかけに、斥候役の従者は戸惑い、助けを求めるようにアルガスへ視線を投げた。
「え? ……そ、そうです……獣王国……帝国では違うのでしょうか?」
アルガスは答えなかった。答えられなかったという方が正しい。目の前の「血まみれのお嬢さん」から放たれる、怒気を孕んだ魔力の高まりに、冷や汗が背筋を伝い落ちる。彼はこの圧倒的な力の持ち主を懐柔しようと、必死に言葉を絞り出した。
「……そうだ、この本を聖教王国の魔術師組合に献本すれば……君にも色々と便宜がはかれよう……どうだ?」
「そうです! 「魔女」を告発することが出来れば謝礼もたんまりもらえますよ! 金貨百枚はもらえますよ!」
斥候役の従者も主人の意図を汲み、卑屈な笑みを浮かべて畳みかける。
「そうだな……邪法……邪悪の根源……指名手配されていた「魂魄の魔女」の情報を聖教神殿に告発すればいい!「白銀の魔女」も処刑された。今なら褒美がかなりもらえるぞ!」
「そうです! 魔女の告発は正義ですから! 大地母神……様の……え、ええ??」
「お、おお……」
二人の醜い皮算用を断ち切るように、ルディアの全身が異形へと変貌を始めた。宵闇の髪が半分、光り輝く白銀に変わり始め、しなやかだった右腕が、魔竜の様に硬質な鱗に作りかえられ、あらゆる刃をも跳ね返す鱗に変化していく。顔の半分が鎧の様な鱗に覆われ、まるで御伽噺に出てくる「伝説の悪魔」の様な風体になっていく。
「ひ、ひぃ! ば、化け物!!」
「……ま、魔族?? 悪魔だと?? なんと!! そのような秘術が!!」
「そ、そんなっ!! あ、悪魔っ!!」
斥候役の従者は腰を抜かし、無様に後ずさりしながら床を這った。対照的に、アルガスは死の恐怖に直面しながらも、魔術師としての忌まわしき好奇心を隠しきれず、その変貌を眼底に焼き付けようと目を見開く。
だが、その好奇心も、彼女の魂の叫びによって霧散した。
「……シルヴィは……義母さんは……いつだって人の役に立つ魔法を開発していたわ……あなた達の様な……こそ泥に、汚されたくないっ!!」
アルガスと斥候役の従者が、自分たちがなぜ彼女の逆鱗に触れたのか、その本当の理由を理解する暇はなかった。理解と同時に、二人の意識はこの世の理から無残に切り離され、永遠の闇へと突き落とされていた。




