2-8 御伽噺の存在
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― 砦の城壁の上で……
城壁の上に立つヴァルターとミュカは、互いに剣の間合いを保ちながらも、視線は眼下の惨劇へと向けられていた。先ほどまで空気を震わせていた暴力的な魔力の波動が、今は霧が晴れるように霧散していく。
「……死んだな」
ヴァルターが短く、断定するように呟いた。
「本当に殺したんすね……敷地内で……彼女らしくないっす……」
二人は、それぞれ獣人の超感覚、強化された五感で砦の中に入った手練れの探索者六人が、全員殺されたことを正確に認識していた。
「……強い魔力を感じた……」
「そうっすね……私たちは退散……見逃してくれるとうれしいっす……」
ミュカが危機を察知した猫のように飛び跳ねるように砦を降りていく。逃げるように降りてくる彼女を見た仲間が慌てて駆け寄ってくる。
「おい、どうした!?」
「中で派手な騒ぎが起きてたわよね!?」
「いいから逃げるっす!!」
ミュカの切羽詰まった言葉に一同はすぐに行動に移そうとしていたが、目の前に黒い巨大な影が舞い降りる。人とは思えない滞空時間の跳躍だった。全員が武器を構え、臨戦態勢に移る。
「ダメだ。動くな」
ヴァルターだった。彼は腰の鞘から流れるような動作で双剣を抜き放ち、両腕を広げるようにして一団を威嚇する。その鋭い眼光を正面から受けた重装戦士のラザルスが信じられないものを見たという顔でヘルメットのバイザーを上げた。
「え? もしかしてヴァルターか?」
その名を聞き、仲間の探索者たちにどよめきが走る。
「? 噂の隻眼の「魔獣ハンター」一人で竜を倒したと噂の?」
「……おい、両目あるじゃないか……」
「眼帯が無いわね。片目が赤いから隠してたの?」
ヴァルターは見知った探索者の反応に戸惑っていた。思わず再生した方の目の周りを触ってしまう。彼の目からは自分の目は見えないので確認ができない。鏡を見る習慣が無い彼は気が付くことは無かった。『赤目』は聖教王国で呪われていると言い伝えられている。ルディアが怒った時の様な「赤目」になってしまったのか……その疑念が、強者の心を僅かに揺らした。
「お、おい、何を言ってる? ……ラザルスか……久しいな」
重装戦士ラザルスは、かつての友人であるヴァルターの雰囲気が、以前とは決定的に異なっていることを察知し、盾を握る手に力を込めた。
「あ、ああ、奇遇だな……」
「なんかヤバいオーラ感じるんだけど?」
「髪が半分白くなってる……」
「話はあとっす!! 逃げるっす!」
ミュカが必死に訴えるが、ラザルスは立ち塞がる男が「深い知り合い」であるヴァルターである以上、無碍に背を向けることもできず、判断に迷いが生じていた。
「ヴァルター、そこを通してくれないか? 君を相手に荒事にはしたくないんだが……」
「……ダメだ。主の判断を仰ぐ」
「主? 一匹狼の君が? 誰かに仕えているというのか?」
ラザルスが威嚇のために剣を握り直し、構えをとるが同時に視線が泳ぐ。彼もヴァルターの強さを身に染みて知っている。しかも彼からは以前感じた事のない妙な威圧感を感じていた。ここから逃げるとなると彼を追ってこれないようにしないと全滅する……だがそれが出来る可能性はかなり低い。そう判断し、何とか交渉で逃れられないか画策し始める。場に緊張が張り詰めた……その時。
ズズッ、ズズッ……と、何か重い物体を引きずるような音が、砦の奥から近づいてきた。
ミュカのしっぽが毛羽立ち、砦の入り口から距離をとるように飛びのく。ヴァルター以外が咄嗟に武器を構え、目の前の脅威よりも更なる異様な気配に向けて武器を向ける。
「あら? 殺してなかったのね」
「!!」
不意に響いたその声に、ミュカは驚きのあまり硬直した。
砦の暗がりから現れたのはルディアだった。両手に体だけの魔術師と斥候役の従者だったモノを引きずって入り口から出てくる。全身に返り血を浴び、服は赤く染まり、体の半分は魔族のような鱗、髪の半分は白銀になった長い髪……異様な光景を見てその場のもの全員が絶句していた。
「……保留中だ。門はくぐっていないからな。それより、その姿は……」
「ちょっと……感情の制御ができなかったの……」
ルディアがちらりと侵入者の一団を品定めするように見るとミュカで視線が止まる。
「……ミュカ、あなたは大丈夫だったのね。巻き込まれなくてよかった……」
「生きてたっすね……死んだものかと思ってたっす……」
「……墓標を見たのね……」
ルディアが一瞬、悲し気な曇った表情になる。ミュカがコクリとうなずく。それと同時に里の者を埋葬した人物が誰か理解したようだった。
「……「白銀の魔女」が処刑されたって聞いたっす……聖教王国の奴らに」
「ええ、シルヴィの義母さんの「頭」を持ち去ったのよ……あいつらは……」
語る言葉に合わせ、すさまじい魔力の奔流がルディアを包み込む。その場にいたものは絶望的な力の差を前にしていることを本能で叩き込まれていた。
「……それで……シルヴィ様が……身代わりってことっすか……」
「身代わり?」
ふと「侵入者たち」を見ると、ラザルスは恐怖を通り越し、まるで伝説の宝物を目撃したかのような、珍しいものを見る目でルディアを見つめていた。彼の仲間もルディアの変異した体をまじまじと見ていた。恐怖と共に好奇心が混じった不思議な雰囲気になっていた。
「……それで俺たちはどうなる?」
「……御伽話かと思ってました……」
「ああ、本当にいたんだな……」
「今回の任務は達成……だよなぁ……はは……」
帝国側の探索者はこれから起こる絶望よりも、なにか別の事に感銘を受けている感じだった。
「逃がしてくれると嬉しいんだが……どうだろうか?」
「ここで見たことは言わないし、敵対もしない……それじゃだめ?」
「入り口の「警告」に従った……殺されることは……無い……よな?」
帝国側の探索者がルディアの変わり果てた半身、異形の姿を見て何やら興味深く観察をしているようだった。ルディアは奇妙な視線を感じ、若干居心地の悪さを感じ始めていた。ヴァルターがそんな彼らを見て助け舟を出す。
「なぁ、ルディア、どうなんだ? 警告通りに中は見ていない。それともこの砦の場所を知られちゃだめだったのか? 彼らは聖教王国の人間ではないぞ?」
「え? そうなの?」
ルディアが手持ちの息のない探索者の様相と、まだ生きている目の前の探索者を見比べる。装備を見れば出身の国が分かるのがこの地域に住んでいるものの常識だったが、彼女にはまだ「違い」がよくわかっていないようだった。
「ラザルス……彼は誠実な人間だ……約束を破るような人物ではない」
「信頼があるのね……」
「ああ、その辺は俺が保証する」
「……シルヴィだったら……「罪のない人を殺すな」って言うわね……場所を喋られても困るから……あ、そうだ。折角だし、魔術の実験をさせてちょうだい」
「え?」
「なんすか?」
「へ?」
三者三様の戸惑いの声が上がる中、ルディアは返り血を拭うこともせず、無邪気に微笑んだ。
「シルヴィに教えてもらった「言葉を縛る魔術」使ってみたかったの」
ヴァルターは彼女が、一瞬、「魔性の美女」無理難題を突き付けてくる。「魔女」と言われる厄介な存在に見えた。
「言葉を縛る魔術」……それは罪人に与える戒めの象徴だった。
「……俺ら罪人か……」
「それで命が助かるなら軽いな」
「……そうね……死ぬよりはマシだわ」
帝国側の探索者たちは、自由を縛られることを受け入れながらも、最後まで目の前の美しくも異形の少女から目を離すことはなかった。
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