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竜血の復讐姫 ~魔女に育てられた少女は「悪」を狩り、世界を浄化する  作者: 藤明
二話 狩られる探索者達

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2-4 魔障の森の侵入者たち

― 廃屋の隠し砦の中庭で


 ヴァルターは苦悶の表情を浮かべ、石畳の上に大の字になって横たわっていた。肺が焼け付くような、激しい呼吸の音だけが静かな中庭に響く。壮絶な鍛錬の直後であったことは、彼の身体を見れば一目瞭然だった。

 よく見ると、彼の腕が変な方向に折れ曲がっていた。完全に骨が折れていた腕だったが、不自然に表面がうごめき、ビキビキと音を立てながら「治って」いく。ルディアが手に持っていた水筒を優しく「動かせる手」の方へと手渡す。


「ごめんなさい、力が入りすぎたわ……」


 申し訳なさそうに眉を下げる彼女の言葉に、ヴァルターは荒い息の合間を縫って応じる。


「いや、いい。治るしな……ありがとう」


 彼はむくりと上体を起こし、水筒の中身を勢いよく喉へ流し込んだ。冷たい水が身体を駆け巡る感覚に、ようやく生き返ったような心地になる。不思議なことに、水分を摂取すると腕の修復速度が目に見えて早まった。

 最初こそ、上位神職者が授ける「奇跡」すら凌駕するこの超回復現象に戦慄していた。だが、数週間に及ぶ地獄のような鍛錬を経て、今やそれも日常の一部となっていた。もっとも、傷口が塞がる際の不快感や「怪我の痛み」そのものに関しては、「ルディアの眷属」となる前と何ら変わりはない。痛みだけが、彼を人間として繋ぎ止めているように思えた。


「のどの渇きは変わらないものなのだな。痛みも無くなればいいのにな……」

「……そうね。水を飲まないと動けなくなるし、痛いのは確かだわ……頭をやられたら……死ぬ……のかしらね?」

「……それはまだ試すわけにはいかないな……」


 この数週間は二人にとって濃密な訓練期間になっていた。

 どれほど致命的な傷を負っても、どれほど疲弊しても、瞬時に快復する強靭な肉体。そしてルディアの底知れないモチベーションと、ヴァルターのどこか自暴自棄に近い「妙なテンション」が噛み合い、常人なら数年は要するであろう過酷な訓練を、驚異的な短期間で消化し続けていた。


「なぁ、武器をこんなにつぶして……大丈夫なのか?」


 ヴァルターが問いかけながら視線を向けると、そこには無残に折れ曲がった金属の残骸が、山のように積まれていた。



「……そうね。考えてみると、何のために使うか……聞いていなかったのよね」

 

 ルディアが振り返り、鉄屑と化したかつての名剣たちを見つめる。

 あらゆる武器の型をあらかた叩き込んだ後、連日繰り返された実戦形式の「組み討ち」。さらに本格的な「打ち合い」へと熱が帯びるにつれ、ヴァルターが騎士団の武器管理担当者であったなら、即座に打ち首を覚悟するほどの損害を出していた。


(……木剣がないのが悪いんだよな……)


 彼は内心でそう責任転嫁をすることで、罪悪感から目を背けた。


「アオォーーーゥン!!!」


 その時、静寂を切り裂いて、狼にしては大きな遠吠えが聞こえる。魔狼シャドウガイルの声だった。しかし、二人は特に驚く事も無く暢気に構えていた。


「侵入者みたいね」

「この……「魔瘴気の森」の奥に?」

「音を聞きつけたのかもしれないわね」


 ヴァルターがルディアの発した何気ない言葉の意味に気が付き、呆然とする。


「……え? この砦を消す魔術は……音までは消せてなかったのか?」

「え? 見えないだけよ? シャドウガイルの声が聞こえるでしょう? 朝には鳥の鳴き声だってきこえるでしょう?」


「……マジか」


 当然のように言い切る彼女に対し、ヴァルターは眩暈を覚えた。


 ヴァルターは連日の武器の打ち合いの大音量が「侵入者」を呼び続けていることに「今」気が付いたのだった。慌てて立ち上がり、折れ曲がった剣を放り投げ慌て始める。


「おい、場所がばれてるな。どうするんだ? 討伐組合か、聖騎士……聖教王国の手の者がここに来るぞ?」

「……あ、そうね。ずっと遠吠えしている様なものだったかしら?」


 あまりにのんびりとした、落ち着きすぎているルディアの対応。これが圧倒的な力を持つ強者の余裕なのかと、ヴァルターは釈然としない思いで彼女をまじまじと見つめた。


「……どうすんだ?」

「そうね……泥棒だったら殺しましょうか……」


 ヴァルターは特に表情を変えずに言い放つルディアの顔をまじまじと見つめてしまう。この数週間で「ちょっと変わった知的で上品な普通の娘」に見え始めていたが、やはり「化け物の娘」なのだと認識してしまう。彼女の倫理観は人間寄りというよりも、苛烈な生存競争の中に生きる「獣人」のそれに近い。


「……追い払うのはだめなのか?」

「場所が割れたら殺して構わない、いえ、殺せ……そう言われているのよね……」

「……」


 その言葉を聞き、ヴァルターは確信した。やはりここは「獣王国連合」か「帝国」か、はたまた第三勢力の反乱軍組織の武器庫だと。

 余り深入りせずに目的を達したら解放してもらいさっさと逃げる……と考えていたが、もっと詳しく事情を聞いておけば良かったと後悔し始めていた。


「まぁ、なんだ。いきなり殺すのはやめないか?」

「……警告しても……聞く耳は持っているのかしら?」

「……そうだな……持っていると良いが……」

「殺さないとなると……試してみたかった魔術を試してみようかしら……」


 強化されたヴァルターの聴覚と、戦士としての直感が、複数の人間が接近している音を捉えていた。この危険極まる森に野盗が潜んでいるとは考えにくい。となれば、討伐組合から派遣された探索者の集団と考えるのが妥当だろう。魔術師や僧侶が連携する熟練のパーティでなければいいが、と焦燥感が募る。


「かなり接近されているな……なぁ……大丈夫なのか?」

「え?」


 ルディアは彼女によくまとわりついている「光り輝く幽世の存在」に手を伸ばす。ヴァルターはこの数週間の生活でたまに見る彼女の不可思議な行動だったが、「魔術師の領分」は理解の範疇を超えていると諦めていた。


「大丈夫みたい……とりあえず、汗を拭いてからにしない? 汗臭いわ」

「……え?」

「それと、そうね、入り口に張り紙をしましょう。入ってきたら「殺しますよ」って」

「……そんなので引き下がると思っているのか?」

「……どうかしら? 折角なので物語になぞらえた言葉にするわ。人によっては響くフレーズにしようかしら……」


 緊迫した状況にもかかわらず、どこか優雅に提案する彼女を無視し、ヴァルターは慌てて実戦の準備に取り掛かった。

 一方のルディアは、涼やかな顔で拭き布を手に取ると、舞うような足取りで中庭の井戸へと向かっていった。


§ § § § § §


― 『魔瘴気の森』の中で


 探索者の集団は小走りになり息も絶え絶えになりながら逃走していた。

 先ほど、彼らは最悪な存在と遭遇してしまった。漆黒の毛並みに覆われた巨躯の魔狼。しかも、ただの魔獣ではない。周囲の空気を凍りつかせるような威圧感を放つ、紛れもないこの森の「強者」だった。


「はぁ、はぁ……何なんだよ、あの狼は!!」

「襲ってこない……縄張りを警戒している……警告しているのかもな」

「声がでかい! あまり刺激しない様に……距離を……はぁ、はぁ」


 一人が叫ぶと、すぐに仲間の叱責が飛ぶ。全員が全身を嫌な汗で濡らし、極限の緊張状態にあった。



「ずっと後をつけてきてる感じだが……」

「後をつけて疲れたところをがぶっとやるのか??」

「はぁ、はぁ……オオカミの狩りの仕方ね……」

「……もう走れん……」


 誰かが弱音を吐くと、一気に足が鈍る。疲労の色が濃い粗暴な戦士が、最後尾を走る赤狐の娘を睨みつけた。


「半獣!! なんとかしろっ! 同じ「獣」だろっ!?」

「……」


 赤狐族のミュカは何も答えなかった。探索者の半分はかなりの疲労を感じ、足が止まりかかっていた。それでも後ろの脅威から少しでも離れようと息が上がりながらも集団についていく。そんな中、ミュカは神職ながらもしんがりを務め、時々振り返っては「森の主」の様子をうかがっていた。


(動きが妙っすね……)


 ミュカだけは「彼」の存在を知っていた。魔獣の狼でこの「森の王」。シャドウガイルと名付けられている存在。おそらくミュカがいる事に最初から気が付いてはいるが、同行している見知らぬ人間たちに強い警戒心を抱いている。そんな風に、彼女には見えていた。


(誰かに知らせている? ……狩人のおっちゃん……砦にいるっすかね?)


 粗暴な戦士が息も絶え絶えになりながら、立ち止まる魔術師を仰ぎ見る。


「はぁ、はぁ……これ以上は無理だ……」

「に……荷物……捨てていいか?」

「駄目だ。帰れなくなる」


 重装戦士のリーダーであるラザルスは、仲間の疲労が限界に達していることを悟り、拳を上げて停止を指示した。


「どうする、あいつの縄張りから……森から脱出するか?」

「待て、何かがおかしい……はぁ、はぁ……マナの流れが変だ」


 魔術師のアルガスが、激しい息切れを抑えながら杖を掲げ、呪文の詠唱を開始する。「姿隠し破り」の魔術の波動が周囲に伝播すると、目の前の空間が陽炎のように歪み、その奥から重厚な石造りの砦が朧気に浮かび上がった。


「やはり、姿隠しの魔術……」

「すごい……砦も隠せちゃうの?」

「こんなの初めて見た」


 絶句する一行の中で、アルガスだけは学術的な関心に目を輝かせていた。皮肉屋の彼にしては珍しく、言葉に興奮の色が混じる。


「この辺りの魔瘴気を利用して魔術をかけたのだろう。相当な使い手の様だな。素晴らしい……」

「音もあの方向から聞こえたから、あの中かもね」

「術が効いているうちに中に。消えたら入れん。魔力が心もとない。かけ直しは厳しいぞ!」


 アルガスの言葉に、一行は慌てて魔術で空いた空間の穴に入っていく。「姿隠し」の魔術はかなりの範囲のようで、砦の正門まではだいぶ距離がある感じだった。重い足をひきずり、扉の方に向かっていく。近づいていくにつれ、思った以上に巨大な砦だと言う事を認識させられていた。


「結界を張った魔術師からの警告がないな……」

「安全ってこと?」

「留守の可能性が高い」

「……助かったのか……」


 一行は「森の主」の気配が遠ざかったのを確認すると、腰を下ろし息を整えていた。


「……それにしても、この規模の砦を魔術で隠すとなると……すごい魔術師だよな……『白銀の魔女』ってやつか?」

「それは先日処刑されたんでしょ?」

「死んでも、魔術は残るからなぁ……」


「うーん、この場所だと、聖教王国側に対する何かの組織……」

「んでもよぉ、壁が崩れかかったりしているぜ? 廃棄された砦に見えるぜ?」

「廃棄されたばっかりだったら……お宝、と言うか取りこぼしあるよなぁ……」


 探索者たちがお互いの顔を見合い笑みがこぼれ始める。そんな中、ミュカが何かしらのプレッシャーを感じ、砦の城壁の上を見る。ミュカの視線の先、砦の壁の上の胸壁の物陰に誰か「男性」が隠れたように見えた。


(狩人のおっちゃんにしては背が高かったような……侵入者? このヤバい感じはなんすかね……)


「あ、ちょっと待つっす……」

「どうした?」


 ミュカは指先で砦の見張り台を指した。


「一瞬、ものすごく「嫌な」感覚を受けたっす。やばい「なにか」がいるっす……」


 聖教王国の探索者が魔術師アルガスに焦りながら急かす。お宝の匂いを感じ落ち着きが無くなっている感じだ。


「お、おい。アルガス、お得意の「探知魔法」はどうなんだ?」

「……おかしなことに空気中のマナが乱れまくってるからな……おそらく、魔獣……ドラゴンでもいない限り探知できないだろうな。それに魔術の無駄撃ちはできん状態だ」


 斥候の従者が城壁の上、窓などを警戒しながら砦の重厚な扉に近づく。それと同時に扉に貼り付けられた「紙」に気が付く。仲間に聞こえるように読み上げる。


「『許可を乞わぬ者、門をくぐる無かれ。その先に踏み込むのならば光なき死を与える』と書いてありますね」


「門の中に入るなってことか?」

「どう見ても人の気配ないけど……」

「……わりと新しい紙に見えるな……言い回しが古風だな」

「警告があるって事は……中に大事なモノがあるんだよな?」


 沸き立つ聖教王国の連中に対し、帝国側の探索者たちは冷静だった。彼らはラザルスを中心に、自然と身を寄せ合い、声を潜める。


「……御伽噺の内容っぽいですね」

「警告を無視した墓泥棒の一団がとんでもない目にあって一人だけ逃げるやつだよなぁ?」

「……ああ、あれか……」

「泥棒が来るのを察知していたんでしょうか?」

「紙が風雨にさらされた感が無いな……貼り付けたばかりに見える」

「誰かが、中にいるっぽいですね」


 ミュカが話の輪から離れ、城壁の上を見ながら後ずさりしていく。「知り合いの狩人のおっちゃん」の気配ではなく、その他の強い「誰か」なのを察する。獣人ならではの危機察知能力が彼女に警告を告げていた。


「……引き返すことを提案するっす……本気でヤバい何かがいる気がするっす」

「まじか」

「ミュカがそう言うなら……そうなんだろうな……」


 ミュカの仲間たちは彼女の言葉に動揺した後、その場に足を止め、仲間同士で視線を合わせた後、今後の方針と撤退方法を相談し始めた。一方の聖教王国側の探索者は足を止めずに砦の門に近づいていく。


「警告したっすよ!」

「知らねえな!」

「どう見ても廃棄された砦だろう!? 何かお宝あるだろ!」

「半獣の言う事なんで信じられると思ってんのか?」


 魔術師のアルガスが仲間を止められそうに無いのを察し、呆れた表情を浮かべていた。


「……調査後戻ってくる。荒事になりそうだったら撤退だな。笛で知らせる」


 魔術師は聖教王国探索者たちの後を追った。ミュカは、これが彼らとの最期の会話になりそうな、嫌な予感に支配されていた。だが同時に、ここまでの道中で散々浴びせられてきた「獣人」への差別の言葉を思い出し、少しだけせいせいした気分になっている自分にも気づいていた。



§ § § § § §


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