2-2 隠し砦の訓練
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― 廃屋の隠し砦
ヴァルターは、目の前の光景に絶句していた。
案内された廃屋の砦……外壁こそは崩落しかけ、長い年月見捨てられてきたような侘しさを漂わせていた。
だが、壁の中は「生きて」いた。石造りの回廊は整然と保たれ、防衛用の狭間からは森の監視が容易だ。兵士さえ揃えば、中規模な砦であれば容易に攻め落とせそうなほど、軍事拠点としての機能が完成されていた。
「これは……」
「たまに頼まれた物資を運んだり、掃除したりしているの。丁度いい広さでしょ?」
ルディアがことも無げに言う。広大な中庭に彼女の声が反響した。
「たしかに……」
城壁に囲まれた中庭には武術の鍛錬を行うに十分な……軍の一個小隊が同時に演習を行えるほどの平坦な土の地面があった。
中庭の隅には武器を突き刺す練習用だろうか、苔の生えた藁の人形が並び、その先には古びた弓矢の的が据えられていた。
ヴァルターが背負っていた重い荷物を、冷たい石壁が剥き出しになった一室に下ろすと、ルディアは淡々と案内を続けた。
「ここが武器庫ね。この辺で拾ったものとかもかなりあるから」
「……すげぇな」
「鍛冶師のグルーディが……綺麗にしてくれてたわ……」
ヴァルターは数百にもわたる武器がしっかりと保管され、物によってはしっかりと磨かれているのに驚きを隠せなかった。思わず手に取り武器の状態を見ていると、ふと、彼の頭の中で街や討伐者組合での噂や聖従士から聞いていた情報などが一つにつながる。
『獣人たちに謀反の動きあり、注意されたし』
……彼は顔には出さないが、水面下で行われていた獣人たちの革命運動の情報が、聖教王国側に漏れていたことを理解した。
同時に、商売柄、武器の確認を念入りにしてしまう。中にはどう見ても「魔法の武器」や、騎士の家宝レベルの逸品も並んでいたが……見なかったことにした。
(……ここは、反乱軍の拠点……だったのか? 魔女狩りは「ついで」だったとかか?)
不穏な思考を打ち消すように、ルディアが適当な、手入れの行き届いた安価な剣を見繕ってヴァルターに投げ渡す。
「振り方を教えてちょうだい」
「……もうやるのか……」
窓から差し込む陽光を見る限り、まだ夕暮れには遠い。道中、重い荷物を背負って小走りで移動してきたはずだが、ヴァルターの肉体は不思議と疲れを感じていなかった。いつもなら長距離移動で悲鳴をあげる足の裏も、今はその存在さえ忘れるほど軽い。
彼はしぶしぶと、先行する彼女の背を追って再び中庭へと出た。
ルディアの真剣な視線を感じる中、ヴァルターは迷いながら剣をふる。教えるべきか、あるいは、はぐらかすべきか。彼は無意識に重心をずらし、わざと適当な軌道で剣を動かしてみせた。
己が磨き上げてきた剣技に、彼女が持つあの悪魔的なまでの身体能力が加わればどうなるか。想像するだけで背筋が凍る思いだった。現に、適当に振った今の斬撃でさえ、以前の自分より遥かに力強い音が空気を震わせている。
だが、ルディアの目は欺けなかった。彼女は醒めた、ひどく冷淡な瞳で彼を射抜いた。
「違うでしょ? ……教える気ないの?」
「いや……これはだな……」
「なんならまた打ち合いをしてみましょうか?」
殺気を含んだその一言に、ヴァルターは隠し事が無意味であることを悟った。
ここに来る道中にも「森の主」との遭遇前に、遠くで獲物として彼らを狩ろうとしていた魔獣の額を弓の一撃で射殺していた。
達人……そう思えるレベルの技巧だった。彼女は与えられた力に溺れるような甘い存在ではない。技の「真偽」を一瞬で見抜けるだけの、冷徹な観察眼の持ち主だと思い知らされた。
「……わかった」
ヴァルターが諸々を諦めて、型通りの剣技をみせる。
最速の踏み込み、最短の軌道で、体重の乗った連撃を振るう。
彼自身、眷属となった力。身体能力がはるかに上がった「新しい体」を使って剣を真面目に振るのは初めてだった。凄まじい斬撃だった。空気を引き裂く力が遠くに届く気がした。踏み込みがすべて致命の一撃、今の自分なら、この世のあらゆる障害を斬り伏せられるのではないか……そんな万能感さえ覚える斬撃だった。
「すごいわね……空を引き裂いている……」
「……力が増したからか……」
感嘆の声を漏らしたルディアだったが、すぐさまその動きを模倣し始めた。
既にヴァルターの事を剣の腹で殴ってきた時の「素人丸出し」の振り方ではなかった。
(……今の自分なら、隙を突いて彼女を殺せるかもしれない)
一瞬、ヴァルターの脳裏に反逆の思考がよぎったが、それは妄想だと理解した。天賦の才なのか、数回剣を振るうだけで、その一振りは達人の域に達しそうとしていた。
「こうかしら……ちょっと違うわね。もう一度見せて」
ヴァルターが何度か型通りに剣を振るう。かつて剣の師匠に教わった通りに。彼のアレンジを加えたさらなる高みの型を……今まで到達できなかった領域の剣技と速度と威力に彼自身が興奮を覚えていた。
ルディアは彼の動きの一挙手一投足を、食い入るように瞳に焼き付け、それを驚くほど綺麗になぞっていく。彼女の超常的な膂力も相まって、剣先から見えない刃が飛び出さんばかりの勢いだった。
「覚えが良いな……」
「そうね……ダンスを覚えるのは……褒められた気がするわ」
「……ダンス……ね」
ダンスと剣技……ヴァルターの頭の中では結び付く事のなかったものだったが、「剣舞」という言葉を思い出し、彼は納得する。
気づけば、ヴァルターの心から警戒心が消え、純粋に「教える楽しさ」が芽生えていた。彼は次々と異なる剣の型を繰り出していく。それをルディアが面白いように再現し、自分のものにしていく。
過去に出会ったどの教え子よりも、どの後輩騎士よりも物覚えが良く、天才的なセンスに溢れた彼女の動きに、彼はいつしか強く引き込まれていった。
「……じゃ、これはどうだ?」
「え、ええ、ありがたいわ……型が色々あるのね……」
先ほどまで、自分を仇敵のように警戒していたはずのヴァルター。
彼がなぜ、これほどまでに活き活きとした表情で自分に剣を教えてくれるのか。その急激な心境の変化に戸惑いながらも、ルディアは里では見た事も無い洗練された技術を水を含む綿のように吸収していった。
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― 討伐者組合の酒場
喧騒に包まれた討伐者組合の酒場。その片隅で、赤狐族のミュカは、張り付いたような作り笑顔を浮かべていた。
『笑顔で聞き流せ』
……それは過酷な歴史を歩んできた彼女の種族に伝わる、世渡りのための悲しい信条だ。
逆らえば火種になり、黙り込めば付け入られる。だから彼女は、頬の筋肉を強張らせながら、目の前で繰り広げられる無遠慮な言葉を、ただの雑音として処理し続けていた。
「なんだ、半獣人と一緒かよ!」
突き放すような怒声が、木製のテーブルを震わせる。
「おいおい、まじかよ……」
「まぁまぁ。抑えろよ。かなり割のいい仕事なんだからよ」
「金欠なのが悪いんだよなぁ……」
聖教王国人が主体の探索者グループの半数は明らかに「嫌なそぶり」を隠さなかった。獣人連合国や、帝国人にとって、彼らの「聖教」の教えに熱心なほど別人種を軽んじ、差別するのは常識になっていた。
それでも、本来は多様な種族が交わるはずのこの「中立区域」で、ここまで堂々と排斥の念を表に出す連中は、中でも酷い部類と言えた。
「しかも「卑怯者」の「狐」じゃないか!」
粗暴な戦士が、ミュカの豊かな尻尾を忌々しげに睨みつけ、吐き捨てるように言った。
「おい、貴重な「癒し手」なんだ」
相手パーティのリーダーである魔術師のアルガスがイラついた様子で諫める。
「……ちっ……邪教徒が……」
粗暴な戦士たちの発言に、いつもは温厚な重装戦士のリーダーが曇った表情を彼らに向ける。
「組む気はないのか?」
その問いに、魔術師のアルガスが、慌てた様子で腰を浮かした。
「いや、まて、お前ら押さえろ。そんなんだから俺たちは最近稼げないんだ。『壁の外』で「聖教」の教えはあまり持ち込むんじゃない。発言を控えろ」
アルガスの叱責を受け、戦士たちは舌打ちをしながらも、渋々と口をつぐんだ。
「ちっ、わかったよ……」
「……ふん」
彼らは納得したわけではなく、あくまでリーダーの面目を立てたに過ぎなかった。当然、ミュカへの謝罪の言葉などは微塵もなかった。
聖教王国の高名な魔術師であるアルガスの命令には絶対的に従う。その規律の高さだけは伝わってきた。
そのまま、リーダー同士による詳細な作戦内容のすり合わせが始まった。ミュカは「笑顔」という仮面を剥がさぬまま、静かにそのやり取りを耳に入れる。
だがその心の内側では、事前に聞いていた情報よりも遥かに根深い聖教王国人の差別に、激しい舌打ちを繰り返していた。




