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竜血の復讐姫 ~魔女に育てられた聖女は「悪」を狩り、世界を浄化する  作者: 藤明
7話 竜の巫女

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7-9 困惑するルディア

§ § § § § 


翌日……


 ステンドグラスから差し込む柔らかい光の中で、ルディアがゆっくりと瞳を開けた。その目覚めをずっとそばで見守っていたメルティが、そっと安堵の息を漏らし、温かな声をかける。


「……メルティ……」

「アルヴィ様? 記憶が?」


「……おぼろげながら思い出したわ……どこかのお城にいたのかしら私は……」

「アルヴィ様……」


「不思議ね……夢のような世界だわ……綺麗な世界……」

「……ベアトリーチェ様のことは……」

「……それは誰?……」

「アルヴィ様の母君になります」

「……そう……それは思い出せないわね……顔は何となく……この人かしら? 優し気な人ね……」


 ルディアは遠い目をして、かすかな記憶の糸をたぐるように呟いた。


「……実の母……生きているの?」

「はい、ご存命かと……」


 彼女はしばらく思案に暮れていたが、部屋の壁に立てかけられた愛用の弓、シルヴィたちが作った弓に目を留めると、決意を固めたように表情を引き締めた。

(……シルヴィ……母さん……)


「私は行くわ……やり残したことがあるから……」

「ベアトリーチェ様にお知らせは……」

「しないで頂戴……悲しむだろうから……」


 ルディアがベッドから立ち上がり、旅装を整え始めたその時、教会の入口の方からただならぬ騒がしい足音が響いてきた。


 ルディアが赴くと、そこには牛人族の戦士たちが集まっていた。その前には制止するようにヴァルターが立ちはだかり、グウィンが困惑してその様子をみていた。

 ただ事ではない気配にルディアが駆けつけると、そこには牛人族の精悍な戦士たちが大挙して集まっていた。その前には、立ち入りを制するようにヴァルターが立ちふさがり、その後ろでグウィンが困惑の色を隠せずに事態を見守っている。


「どうしたの? また聖教王国が襲ってきたの?」


「……違う。ルディア……君への客だ」

「……」


 いつもと変わらぬ飄々とした様子のヴァルターと、驚きを隠せない様子のグウィンが、同時に彼女へ視線を向けた。

 


「……なんというか……すまん……俺のせいだ」

「? めずらしいわね、あなたが素直に謝るなんて」


 ルディアが教会の前に集まった牛人族の戦士たちの前に一歩踏み出した、その瞬間だった。彼らはいっせいにその場に膝をつき、深く頭を垂れたのである。


「……えっ?」

「巫女様……我らにお導きを」


 突然の恭順に、ルディアはどう振る舞うべきかわからず、慌ててヴァルターに救いを求めた。


「……何が起きてるの?」


 ヴァルターがルディアの耳元にそっと顔を寄せ、密やかにささやく。


「祝詞……どうやらあの祝福の言葉が……御伽噺だと思ったんだが……牛人族に伝わる伝説の祝詞だったらしく……」

「……それで?」

「君を「竜の巫女様」と勘違いしている……すまない」


 ルディアは跪く牛人族を不思議そうに見た後、ヴァルターに非難の視線を向ける。


「……どうすればいいの?」

「……だよな」

「どういうことですか? 竜の巫女などと大それたことを……」


 グウィンが射抜くような強い視線でルディアを注視する。


(竜の巫女様? 伝承と全然違いますね……皮膚は竜の鱗に覆われ、髪は白金に輝き、神々しいと「長老」は言っていましたが……別物ですね……名を語ったのか?)


 グウィンの瞳が不快感を映すように深紅へと染まる。いつも冷静な彼が激昂しかけているのを見て取り、ヴァルターは諦めたように前へ出ようとした。だが、しびれを切らしたルディアが先んじて声を張り上げた。


「みなさま、頭を上げてください。私は「竜の巫女」ではありません!」


 牛人族が一斉に顔を上げ、驚きに満ちた目でルディアを見つめる。

 グウィンもまた、意外な彼女の反応に目を見開いた。


 戦士たちの視線に色濃い困惑が浮かぶのを見て取ると、ルディアは言葉を重ねた。


「知らなかったのです。私はあの「祝詞」を、言われるがままに言葉にしただけなのです。なので、私は「竜の巫女」エルテナ様の使いでもなんでもありません!」


 真摯に言葉を尽くすルディアの姿に、ヴァルターはどこか微笑ましさを覚えていた。

(……まぁ、彼女視点から見たら正しい事を言っている……か)


「……なんと……」

「言われたまま祝詞を唱えただけで……」

「あのような奇跡を……」


 しかし、ルディアの解明を聞いた牛人族の長老たちの目は、かえって感銘を受けたように輝きを増していく。

その様子を横目で見ていたヴァルターが、呆れたように肩をすくめた。

(逆効果ってやつだな……)


 ヴァルターはわざとらしく咳払いをして見せた。


「あ~牛人族の戦士たちよ……竜の巫女にはこれからやることがある。今は鷲獅子卿の手の者に見つかるのはまずい。意味が分かるな? 早々に退散されよ」


 戸惑いあぐねる牛人族の中から、戦士長ガリウスが静かに手を挙げて歩み出た。


「……わかった。それで……巫女様……ではなく……あなた様はこれからどうするのだ?」


「……私はこれから、えっと……探索者のライセンスを取ったら……鷲獅子卿の……」

「岩窟城塞都市カヴァルベイルだな」

「そう、カヴァルベイルに行く予定……話してよかったのかしら?」

「そうだな……おそらくそこに三週間後に到着する予定だ」

「……え? そうなの?」


 ルディアはヴァルターを見つめ、真偽を確かめようと首を傾げた。


「次の便の話は付けてある。2週間後に出発だ」

「……そうだったのね……ありがとう……」


 牛人族の首長とガリウスが顔を見合わせ、深く頷き合う。


「……承知した……3週間後だな」

「これは……心が躍るな……」


 予想とかけ離れた熱量を帯びる戦士たちを前に、ルディアの困惑は深まるばかりだった。


「ね、ねぇ……ヴァルター……おかしなことを言っている様に思うんだけれども?」

「大丈夫だ。……やりやすくなる」

「……いいのかしら……」

「問題ない、任せておけ」


 ヴァルターはそう言ってルディアを宥めると、牛人族の首長を脇へ呼び寄せ、手短に話し合いを始めた。

 その傍ら、取り残された戦士長ガリウスのそばへルディアがそっと歩み寄る。


「あの……ガリウス……」

「なんでしょう? 巫女様……」

「ルディアよ……」

「承知しました。ルディア様」


 恭しい扱いに気まずさを覚えつつも、彼女は胸につかえていた痛みを絞り出すように口を開いた。


「……何と行ったらいいか……ダグが……ごめんなさい……死んでしまったの……」

「……ダグ……シルヴィ様についていった……あのダグですか? 巨漢の片目の……」

「ええ……あなたの事を話していたわ……勇敢で……自慢の戦士だって……」

「そうですか……惜しい男をなくしました……」

「……ごめんなさい……私が襲撃に気がつかないで……」


 深く俯き、申し訳なさに押しつぶされそうなルディアの姿を見て、ガリウスの目元に温かな光が宿る。


「なるほど……ダグは……守るべき人を護れたようですね……」 

「そんなことは……生き残ったのは私と……里のみんなは……」

「それは……何と言えばいいか……」


「鷲獅子卿の手のものにやられたのですね……」

「ええ、鷲獅子……それだけじゃないわ……風牙虎、炎操雀、水蛇龍、地響亀……」

「なんと……それは、その勢力……」


 ガリウスは息を呑み、相手がどれほどの巨悪であるかを悟った。そして、首長と何やら密談を交わしているヴァルターへと一瞬視線を走らせる。


「あの……今は……敵討ちをしにいっているの。あなた達を巻き込むわけにはいかないわ」

「……なるほど……承知しました。戦えぬものは参加させぬようにしましょう」

「……え?」

「大丈夫です。時期が来たらはせ参じましょう」


「え、ええ……ええっと……」


 雲行きの怪しさに不安を覚えたルディアは、ヴァルターの袖を引いた。


「どうした?」

「あの、なんかついてきそうな勢いなんだけど……」

「ああ、大丈夫だ。適当な集合場所を言ってある」

「そうなの? 彼らを巻き込まない?」

「もう彼らは巻き込まれているだろう? この町を襲ったやつらが戻ってこないんだから」

「……そうね……」


「ああ、そうだ、荷物をまとめておいてくれ。乗り込む便に送れるわけにはいかないからな」

「……わかったわ」


 背を向けながらも、ルディアは胸の内でそっと首を傾げた。

(……任せてよかったのかしら?)



 教会の中へと戻り、自室で静かに荷造りを進めていると、ノックの音とともにメルティとソンヨークが足を踏み入れてきた。


「……ルディア様」

「メルティ……もう立たれるのですか?」


「ええ、急がないとダメみたいなの……私がここに来たのは黙っておいてくれる?」

「はい。ですがいいのですか?」


 静かにたたずむ二人に向かい、ルディアはどこか吹っ切れたような笑みを浮かべた。


「……ええ、私の母は……シルヴィ……魔術師シルヴィエラだから……」


 ルディアは温かく微笑むと、荷物を背負い直し、まっすぐ前を見据えて部屋をあとにした。



§ § § § § 

§ § § § § 


― 商業都市バルハワ・都市の入り口で……


「お姉ちゃんありがとう……本当に」

「また、この町にこいよな!」


 白黒の毛並みを持つ猫人族の少女フィデラは、瞳に涙を浮かべていた。見送りに集まったのは、鼠人族のラディックやテッタたち……貧民街の孤児たちだ。温かい声援に包まれながら、彼女は深い感動に胸を震わせていた。


 フィデラはこの数日間、貧民街を脅かしていた違法奴隷商の組織を文字通り壊滅させていた。しかし、その活躍によって町の中で顔が割れ始めてしまったため、名残惜しさを抱えつつもこの都市を去る決断をしたのだった。


 そこへ、紅の瞳をした鼠人族のナックモルが静かに歩み寄ってくる。


「……ジーク様の行方なのですが……」

「! わかったのですか?」

「はい、それが……動いていないそうです……」

「……え?」


 フィデラは驚き、ナックモルの紅い瞳をじっと見つめ返す。


「悲しみに暮れて動けない……とのことです……」

「……なんてことですか!? ルディア様はこんなに動いてくれているのに!」


 やり場のない苛立ちから、フィデラは勢いよく地面を蹴りつけた。ドスンと響いた衝撃と威力に、周囲にいた鼠人族の子供たちが驚いて目を丸くする。


そんな彼女の様子を気遣うように、ナックモルが声をかけた。


「……大丈夫ですか?」

「なにがですか?」

「路銀……無いでしょう? あれだけ支援していただければ……」

「……くっ……予定変更です……傭兵ギルドに行ってきます……」


 懐の寂しさを突きつけられたフィデラは苦々しい顔を浮かべると、一度は向かいかけた町の出口から踵を返し、再び傭兵ギルドの方向へと歩き出した。


§ § § § § 


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